視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)は難治性かつ再発しやすい病気であり、再発すると後遺症が残りやすくなる病気です。しかし、治療の進歩に伴い再発を抑えられるようになっており、治療を続けながら就労することもできるようになってきています。
今回は、愛媛大学大学院医学系研究科 難病・高齢医療学講座 教授の越智 博文先生に、視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療と就労支援を中心にお話を伺いました。
視神経脊髄炎スペクトラム障害は、視神経や脳、脊髄といった中枢神経系に炎症が生じる病気です。症状や重症度に個人差が大きく、中には重篤な症状をきたす方もいます。患者さんの約9割は女性で、30歳代後半~50歳代に発症することが多いといわれています。
難治性かつ再発しやすい病気であり、再発すると後遺症が残りやすくなるという特徴があります。現状では根治的な治療法がないため、視神経脊髄炎スペクトラム障害と診断されたら早期に再発予防治療を開始することが重要です。
アクアポリン4抗体(AQP4抗体)*という自分の細胞を攻撃する自己抗体の1つが、アストロサイトと呼ばれる神経細胞の構造を維持したり神経細胞にエネルギーを供給したりする細胞を攻撃することで発症します。これにより、髄鞘(脳の内外にある神経線維を包み、神経信号を正常に伝える役割を担う組織)を形成する細胞や、神経細胞が障害される自己免疫疾患**です。
*AQP4抗体:視神経脊髄炎スペクトラム障害の患者さんの血液中に存在する疾患特異的な自己抗体。
**自己免疫疾患:本来自分の体を守るためにはたらく免疫機能に異常が発生し、自分の細胞や組織を攻撃してしまう病気。
炎症をきたした部位によって現れる症状が異なるのが視神経脊髄炎スペクトラム障害の特徴です。視神経や脊髄、最後野(延髄背側部)、脳幹の症状が主体ですが、ホルモンに関連する症状などが出る場合もあります。
視神経に炎症をきたすと、視力低下や視野の欠損といった視覚障害が起こります。重篤な場合には1回の発作で失明することもあります。
脊髄炎は多くの場合で広範囲に起こるのが特徴で、強い運動麻痺によって体を思うように動かせなくなったり、感覚鈍麻(温度や痛みなどに対する感覚が鈍くなること)やしびれ、痛みといった感覚障害が現れたりします。場合によっては、1回の発作で車椅子を必要とする歩行障害を引き起こすこともあります。
膀胱や直腸機能が障害(膀胱直腸障害)されると、尿や便が出にくい、尿失禁を起こす、排便を我慢できないといった排泄に関する問題が生じることがあります。
脳の炎症部位によって現れる症状が異なります。最後野に炎症をきたすと、難治性の吐き気や嘔吐、しゃっくりが止まらないといった症状がみられます。脳幹の炎症では、ものが二重に見える、眼球を動かしにくい、しゃべりにくくなるといった症状が現れる場合があります。
視床下部に炎症が起こると、尿崩症*や低ナトリウム血症**になったり、日中の強い眠気に襲われたり(ナルコレプシー)することがあります。
*尿崩症:薄い尿がたくさんつくられる病気。
**低ナトリウム血症:血液中のナトリウム濃度が低下し、疲労感や頭痛、食欲不振などの症状をきたす状態。
視神経脊髄炎スペクトラム障害では、再発するごとに上記の症状が後遺症として残りやすくなるという特徴があります。日常生活や就労において、しびれや痛み、運動麻痺、排尿や排便に関する症状などは特に支障度が高いといえます。そのため、早期に急性期治療を開始するとともに、再発予防治療に努めることが重要だと理解いただきたいと思います。
問診で患者さんから中枢神経の炎症が原因と思われる症状の訴えがあった場合には速やかに血液検査を行い、AQP4抗体の有無を確認します。AQP4抗体が検出され、ほかの病気の可能性が除外できれば視神経脊髄炎スペクトラム障害と診断します。一方、疑わしい症状はあるもののAQP4抗体が陰性であったならば、それ以外の病気を疑う必要があると思われます。
視神経脊髄炎スペクトラム障害は症状が多彩であり、重症度も異なります。したがって、問診と診察所見、検査所見とを併せて患者さんの症状を正確に把握することが重要といえるでしょう。
急性増悪期治療、再発予防治療、それに加えて後遺症に対する対症療法が視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療の三本柱です。急性増悪期治療によって炎症を抑制できたら、再び炎症が起こらないように速やかに再発予防治療を開始することが重要になります。
視神経脊髄炎スペクトラム障害では、急性増悪期治療後に視力障害や運動麻痺、しびれや痛みなどの後遺症が残ることがありますが、後遺症に対する治療法は確立されていません。そのため、患者さんと相談しながら根気強く対症療法に取り組むことが必要不可欠だと考えています。
通常、急性増悪期治療の第1選択であるステロイドパルス療法を行います。ステロイドパルス療法を1クール行っても十分な回復がみられない場合には、当院では速やかに血漿浄化療法へ移行しています。これは、発症から5日以内に血漿浄化療法を開始すると予後が良好であるという報告があることが理由に挙げられます。
なお、視神経炎がある場合には、免疫グロブリン大量療法を行う場合もあります。
炎症を抑制するためにメチルプレドニゾロンというステロイドを3~5日間(1クール)点滴で投与する治療です。ステロイドパルス療法を行うのは短期間のため、一般的にステロイドによる副作用は起こりにくいとされています。
機械を用いて血漿*中からAQP4抗体や炎症に関わる物質を取り除く治療です。発症から5日以内に開始することが望ましいですが、血漿浄化療法は透析治療のように体外循環を行う治療であるため事前準備が必要になります。当院では、患者さんがステロイドパルス療法を開始するのと同時に腎臓内科と連携し、血漿浄化療法が必要となった場合に速やかに実施できるような診療体制を整えています。
ただし、心不全がある方や全身状態が悪い方などは受けられない場合があります。また、低血圧や低カルシウム血症、蕁麻疹、アレルギー症状などの副作用にも注意が必要です。
*血漿:血液の液体成分。体内に栄養分を運搬し、老廃物を体外に排出する役割を担う。
免疫グロブリンという血液に含まれる抗体を5日間連続で点滴により投与し、免疫状態の改善を図る治療です。主な副作用には、動悸や頭痛、呼吸困難感などがあります。
急性増悪期治療によって症状が安定してきたら、速やかに再発予防治療を開始します。以前は経口ステロイド薬や免疫抑制薬を用いて治療していましたが、近年は生物学的製剤*という治療効果の高い薬を使用することが多くなっています。これは、長期間にわたるステロイドの内服によって骨粗鬆症や免疫力の低下に伴う感染症、満月様顔貌(顔が丸みを帯びること)などの副作用がしばしば問題となっていたことが理由に挙げられます。
2024年5月現在、効果の発現や副作用、投与頻度などの異なる5種類の生物学的製剤が視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療薬として承認されています。
*生物学的製剤:遺伝子組み換え技術などを用いて作られた特定の分子のはたらきを抑える薬。視神経脊髄炎スペクトラム障害では、B細胞・IL-6・補体に作用する3種類に大別される。
生物学的製剤の投与頻度や投与方法はさまざまです。下図に示しているとおり、導入期後の維持期には4週間に1回の頻度で自宅で自己注射ができる薬もあれば、6か月に1回点滴で投与する薬もあります。そのため、それぞれの薬の特性や副作用などについて説明のうえ、患者さんと相談しながら治療薬を選択します。ライフスタイルや就労に関する事情などを考慮して治療薬を選択することも大切ですので、希望や悩みなどがある方は主治医に遠慮なく相談してください。
生物学的製剤は免疫力を低下させる作用があるため、かぜや肺炎といった感染症を引き起こす可能性があります。頻度は低いものの髄膜炎菌感染症といった重篤な副作用が現れることが報告されている薬もありますので、これらの感染症が疑われる場合の対処法について、あらかじめ主治医とよく相談しておきましょう。
生物学的製剤が高額であるために使用するか悩まれる方もいるかもしれません。視神経脊髄炎スペクトラム障害は指定難病の1つですから、一定の要件を満たせば医療費助成を受けることができますので、その点も併せて主治医に確認いただくとよいでしょう。
経口ステロイド薬や免疫抑制薬による治療を続けていて症状が安定している患者さんについては、あえて生物学的製剤に変える必要はないと私は考えています。ただし、副作用が問題となっている場合や、症状が悪化した際には生物学的製剤への切り替えを検討いただくことをおすすめします。
就労にあたって特に困る後遺症は“目に見えない症状”でしょう。代表的なものとして、慢性疼痛や倦怠感、抑うつ、膀胱直腸障害などが挙げられます。
当院では、これらの症状があれば必要に応じて他科と連携し、治療にあたっています。また、体力をつけていただくために気分転換も兼ねて適度な運動をすることもおすすめしています。
一般的に視神経脊髄炎スペクトラム障害の患者さんの再就職は難しいため、就労中の患者さんに関しては治療をきっかけに離職しないよう治療でサポートすることが重要だと考えています。具体的には、急性増悪期治療をしっかりと行いできるだけ後遺症を残さないようにするとともに、再発予防治療によって再び炎症が起こらないように努めています。後遺症が残ってしまった場合には、可能な限り後遺症を軽減する治療を行っています。
患者さんに必ず伝えていることは「就労・就職はできます。そのためには、しっかりと治療に取り組むことが大事」ということです。こうした方針で治療に臨むことで、病気を理由に離職される視神経脊髄炎スペクトラム障害の患者さんは少なくなると期待しています。
近年の再発予防治療の進歩に伴い、適切な治療を行うことで再発を抑えられるようになってきています。若くして視神経脊髄炎スペクトラム障害を発症した患者さんなどは、急性増悪期を脱して症状が落ち着いたら速やかに就労支援を受けるとよいと思われます。
また、後遺症の重症度によっては障害者雇用を行っている企業への就職を目指すのも1つの方法だと思います。治療によって症状が安定し、就職活動を経て企業で活躍されている患者さんもいます。就職希望がある方は主治医にまず相談いただき、必要に応じてサポートを受けていただくとよいでしょう。
視神経脊髄炎スペクトラム障害の症状や経過には個人差があります。ですから、主治医は患者さんの話を聞いて現状をよく理解するとともに、それに応じた治療を行うことで就労を継続できるようにサポートすることが大切です。
仮に後遺症が残ったとしても、職種によっては大きな支障なく元の職場に復帰できる患者さんもいます。受付の仕事をしていた患者さんが発病をきっかけに片目を失明されたのですが、これまで通り元の職場で就労を継続しているというケースもあります。このように、後遺症の種類や程度、希望する職種によっても就労への支障度は異なります。医師をはじめ医療従事者の方はこれらの点を十分に理解し、患者さんが治療や就労、育児などに関する悩みや希望を話しやすい関係性を築いていくことが重要だと考えています。
また、患者さんから就労に関する悩みを相談されたならば、難病相談支援センターなどの福祉の窓口に適切につなぐことも主治医の大切な役割だと思っています。患者さんの勤務先に産業医がいる場合には、産業医とコンタクトを取りながら就労を継続できるようにサポートする必要もあるでしょう。
視神経脊髄炎スペクトラム障害の患者さんを中心として、主治医や難病相談支援センターの相談員、ハローワークの方などさまざまな立場の方が連携し、可能な限り患者さんの希望を多面的にサポートできる体制を構築いただきたいと思います。
身体機能に大きな問題がみられなければ、視神経脊髄炎スペクトラム障害によって生活を制限する必要はないと考えています。もちろん感染症や疲労、ストレスは再発の引き金になり得るため注意していただきたいのですが、過度に神経質になる必要はありません。体力づくりに励みながら、いろいろな場所に出かけたり趣味にいそしんだりして毎日を楽しく過ごしてほしいと思います。
視神経脊髄炎スペクトラム障害の再発予防治療の進歩に伴い、患者さんの中には治療を続けながら仕事を続けている方、家事や育児に励んでいる方が増えています。こうした患者さんがいることを知っていただき、病気とうまく付き合っていく方法を見つけてほしいと思います。
そのためには、視神経脊髄炎スペクトラム障害という病気について正しく理解する必要があります。したがって、治療や就労などに関する悩みがあったら1人で抱え込まず、主治医に質問して正しい知識を得ていただきたいと思います。
将来的には、痛みやしびれ、感覚障害といった後遺症に対する治療薬の開発、また根治的治療が可能になることを強く期待しています。患者さんにも治療の進展に対する希望を持って主治医とともに治療に取り組んでいただければ幸いです。
視神経脊髄炎スペクトラム障害という病気について理解いただき、そのうえで患者さんをサポートいただきたいと考えています。そのためには、してほしいことや困っていることがないか患者さんの話に耳を傾けることが大切です。そして何より、病気だからといって患者さんを特別扱いしないことが重要だと思っています。
矛盾していると感じるかもしれませんが、ご家族や周囲の方には病気のことを理解したうえで発症前と変わらない対応をするようにお願いしたいです。患者さんからサポートをお願いされたり、困っている様子に気付いたりしたならば、そっと手を差し伸べていただきたいと思います。
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