インタビュー

視神経脊髄炎の患者さんが安全に妊娠・出産するために

視神経脊髄炎の患者さんが安全に妊娠・出産するために
清水 優子 先生

東京女子医科大学 脳神経内科 特命担当教授

清水 優子 先生

目次
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視神経脊髄炎(ししんけいせきずいえん)は、自己免疫が脳や脊髄などの中枢神経細胞を攻撃することで、しびれや視野障害などの症状が現れる自己免疫疾患の1つです。30歳代後半から40歳代前半の女性に多く発症する病気で、患者さんの中には年齢的に妊娠・出産を考えられている方も少なくありません。さらに昨今では新型コロナウイルス感染症の蔓延もあり、従来どおりに治療を受けていて問題ないのか、治療を続けながら妊娠・出産が可能なのか、胎児に影響はないのかなど、さまざまな不安を感じている方もいるでしょう。今回は、東京女子医科大学病院 脳神経内科 特命担当教授の清水 優子(しみず ゆうこ)先生に、視神経脊髄炎の病態やコロナ禍での治療における注意点を踏まえて、妊娠・出産をするにあたって意識すべき点やリスク、治療の方針などについてお話を伺いました。

視神経脊髄炎が起こるのは主に視神経(目)と脊髄で、脳内に炎症が生じることもあります。患者さんの男女比は1対9で女性に多くみられる病気です。30歳代後半から40歳代前半で発症するケースが多く、中には高齢になってから発症する人もいます。

視神経(目)と脊髄のほか、全身にさまざまな症状が現れ、症状の出方にはかなり個人差があります。以下に具体的な症状を挙げます。

ものが見えづらくなる、視野が欠けるといった症状が現れます。視神経のどこに炎症が起こっているかによって、視野が欠ける部分が異なります。視界の中心が見えなくなる“中心暗点”、視界の下半分が見えなくなる“水平性半盲”などがあります。

脊髄には運動神経や感覚神経が通っているため、脊髄に炎症が起こることで、手足が動かなくなる、耐えがたいしびれや痛み、感覚麻痺、けいれんなどの症状が現れます。また、脊髄の下の部分に炎症があると排泄障害が起こることもあります。

吐き気や嘔吐、しゃっくりが長時間続くなどの症状が出ることもあります。消化器内科などで胃の内視鏡検査を受けても異常がみられず、その後のMRI検査で脳内に炎症が見つかり視神経脊髄炎と分かるケースもあります。

脳や脊髄といった中枢神経にはアストロサイトという血管や神経を支える役割の細胞があり、神経に栄養を運んだり、指令を伝えやすくしたりするはたらきをしています。アストロサイトの足突起(そくとっき)という部分は中枢神経の血管と接しており、細胞への液体や水分の出し入れに関わるアクアポリン4(AQP4)というタンパク質が多く存在します。

視神経脊髄炎の患者さんの血液中には、このAQP4を攻撃する抗AQP4抗体と呼ばれる特有の抗体があります。抗体というのは本来、ウイルスや細菌などから体を守るはたらきをするものですが、抗AQP4抗体は逆に体にダメージを与えてしまいます。

抗AQP4抗体がAQP4を攻撃することによってアストロサイトの足突起に強い炎症が起こり、足突起に接している中枢神経の血管を通じて、血液中から脳組織への物質の移行を制御する血液脳関門までも損傷します。その結果、神経の伝達に不具合が生じ、視神経脊髄炎のさまざまな症状が起こると考えられています。

MN作成

視神経脊髄炎を単独で確定診断できる検査はありません。そのため、ほかの病気の可能性を除外していくうえで、診断基準に照らし合わせて現在の病状を把握し、視神経脊髄炎にみられる特徴の有無を確認することで診断を行います。

実際に視神経脊髄炎の検査・診断はどのように行われるのか、当院を例にご説明します。

まずは血液中に抗AQP4抗体があるかどうか検査します。

また、抗MOG抗体*によって視神経炎脊髄炎が起こることもあるため、併せて抗MOG抗体の検査も行います。

*抗MOG抗体:中枢神経系の神経線維を覆うミエリンを構成する成分の1つ“ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク”を攻撃する抗体。

脳と脊髄のMRI検査により、視神経脊髄炎に特徴的な病巣があるかどうか確認し、多発性硬化症との鑑別を行います。

背中から背骨の間に針を刺す腰椎穿刺(ようついせんし)という方法で髄液を抜き取り、髄液内の物質を調べます。

視神経脊髄炎では、多発性硬化症によくみられるオリゴクローナルIgGバンドが陰性になることが多いため、多発性硬化症との鑑別が可能です。

目が見えづらいという症状があっても、その原因となる病気はさまざまで、視神経脊髄炎以外でも起こり得ます。

緑内障白内障のほか、目の血管が詰まって見えづらくなる網膜中心動脈閉塞症(もうまくちゅうしんどうみゃくへいそくしょう)などの病気の有無を検査してほかの病気の可能性を調べます。

視神経脊髄炎以外にも視神経や脊髄に炎症を起こす病気は多く存在します。

上述の多発性硬化症や目の病気のほか、ベーチェット病などの炎症性疾患や膠原病(こうげんびょう)サルコイドーシスがんなどとの鑑別が重要であり、そのための検査を行います。

視神経脊髄炎であると診断されたら、急性期の炎症を抑える治療を早めに行い、さらに再発を予防する治療を行います。これにより病気の進行を抑え、神経のダメージを最小限にとどめることが重要です。できる限り再発しないように状態をコントロールすることが、その後の良好な経過につながります。

以下に急性期の治療と、再発予防の治療について具体的に説明します。

発症直後は、ステロイドを3~5日間点滴投与するステロイドパルス療法を行います。

これにより改善がみられなければ、血液浄化療法を行います。これは血液をいったん体外に取り出し、好ましくないはたらきをする抗体を除去して再び体内に戻すという治療です。

このほか、ステロイドで十分な効果が得られない急性期の視神経炎には免疫グロブリン大量療法という治療法もあります。

従来は免疫抑制薬によって過剰な炎症反応や免疫反応を抑える治療が行われていましたが、近年は、視神経脊髄炎の根源に対して作用するモノクローナル抗体による治療(抗体治療)ができるようになりました。

治療にあたっては、患者さんの状態や生活様式に応じて、より適切なものを選択することになります。

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コロナ禍においても、基本的にはモノクローナル抗体などによる治療を継続します。

ただし、抗体治療中は抗体をつくれなくなるため、新型コロナウイルスワクチンを接種しても抗体ができないということになります。そのため、ワクチン接種前後のモノクローナル抗体治療には一定の期間を空ける必要があるとされています。

また、モノクローナル抗体治療を行っている患者さんの場合、使用している薬にもよりますが、新型コロナウイルスに感染した場合に炎症反応が出にくくなる可能性があります。そのため、肺炎になったときに検査データだけでは分かりづらくなる可能性があります。感染の見逃しを防ぐために、データだけではなく咳などの症状がたとえ軽くても、併せて注意深く診断する必要があります。

さらに、新型コロナウイルスに感染すると視神経脊髄炎の再発リスクが高まる傾向があるため、感染対策を徹底することが重要です。

コロナ禍の治療にあたっては、上述のようにさまざまな注意が必要です。新型コロナウイルスワクチンを接種する際や、わずかでも体調に変化がある場合には主治医にご相談ください。

視神経脊髄炎の患者さんの中には、妊娠・出産を迷っている方もいると思います。病気の遺伝や、薬の胎児への影響も気になるところでしょう。

ここからは、安心して妊娠・出産を迎えるための知識や注意点を挙げます。

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妊娠・出産に制限はない

一言でいえば、妊娠・出産は可能です。

ただし妊娠・出産によって体内の免疫バランスに変化が起こることで再発しやすくなり、特に出産後3か月間は再発リスクが高まる傾向があります。ですから、再発することなく出産に至るには、妊娠前からしっかり治療を受け、病気をコントロールしておくことが大前提となります。

妊娠が判明したときに不安を感じたり、薬を途中で変えたりすることがないよう、妊娠前から出産後まで、継続してよい状態を保っておくことが重要です。妊娠・出産を考えている方は、早めに主治医にご相談ください。

子どもへの影響

視神経脊髄炎の患者さんの血液中の抗AQP4抗体が、胎盤・臍帯(さいたい)を通じて胎児へわずかに移行することがあります。しかしこの抗体は自然消滅し、胎児に影響を及ぼすことはないとされています。

また、遺伝子が関係する病気ではありません。

治療を継続する

第一に、しっかり治療を続けましょう。前述のように、妊娠・出産を希望している方の治療には、胎児に影響を及ぼさない治療薬が選択されます。妊娠中・出産後の体調を良好に保つためにも、不確かな知識や間違った情報をもとに自己判断で治療を中断することは絶対に避けるべきです。

不安なことがあれば主治医にご相談ください。

妊娠中の体調管理

視神経脊髄炎の患者さんは、一般の妊婦さんに比べて流産の可能性がやや高いといわれています。また、妊娠高血圧症候群のリスクも上がります。

普段以上に体調管理に努め、産婦人科・産科の医師とも相談しながら血圧コントロールに十分留意してください。

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妊娠中に再発した場合、急性期治療は可能か

妊娠していない患者さんで視神経脊髄炎が再発した場合、急性期治療として前述のステロイドパルス療法が行われますが、妊娠中の患者さんは胎児への影響を考慮し、胎児の重要な器官ができる器官形成期(妊娠12~15週頃まで)は控えるべきとされています。また血液浄化療法も、凝固剤などを使用することから妊娠初期には避けたほうがよいと考えられています。

妊娠中でも先ほどお示しした器官形成期以降に再発した場合には、患者さんの体調回復のため、ステロイドパルス療法を行うことができます。しかし万一、器官形成期に再発した場合には、患者さんの状態を見て判断することになるでしょう。失明に近い状態や四肢麻痺などの重篤な症状があるときには、母体を優先した治療が行われます。

その際の胎児への影響について断言はできませんが、リスクがあることをあらかじめご説明しておく必要があると考えています。

繰り返しになりますが、この時期の再発を避けるためにも、妊娠前から適切な治療を行ってしっかり病気をコントロールしておくことが重要です。

妊娠中・産後の再発予防の治療

再発予防の治療については、妊娠中・出産後も妊産婦さんへ投与が可能である薬によるコントロールを継続します。ステロイドや一部の免疫抑制薬、モノクローナル抗体は“治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与する”とされています。妊産婦への安全性のデータが報告されているものもあり、妊産婦さんにも使用できます。妊娠・授乳の際に続けてもよい薬なのかどうか、主治医とよく相談してください。もし分からないことがあれば国立成育医療研究センター“妊娠と薬情報センター”を活用してください。妊娠に伴って治療の選択肢をしっかり納得したうえで、個々の患者さんにとって適切な治療法を検討していくことが大切です。

なお、治療方針を決める段階で主治医に妊娠・出産を希望していることを伝え、これを見越した治療法を主治医と一緒に考えておくと安心です。当院では、視神経脊髄炎の患者さんには当初から妊娠・出産の希望を確認し、希望する方には妊娠中・出産後も赤ちゃんに影響のない薬を選択しています。また挙児希望がなくても、妊娠可能な年代の患者さんには“予期せぬ妊娠”も念頭において、同様に治療方針を決定しています。

昨今のコロナ禍においては行動制限や感染への不安など、全国的にストレスを抱えている方が多い状況といえます。特に視神経脊髄炎の患者さんはストレスや感染などで再発リスクが高まる恐れがあるため、体調管理が難しくなりがちでしょう。コロナ禍で妊産婦となった患者さんが病気をコントロールしながら生活するうえでは、基本的なことではありますが、自分自身に過度な負担がかからないような生活習慣を意識することがまず大切です。ここでは、日常生活で心がけておくとよいポイントをいくつかご紹介します。

基本的な感染対策を徹底する

人ごみを避け、マスクの着用や手洗いを徹底しましょう。

ストレスをためこまない

ストレスがたまると病気の再発リスクが高まります。

リモートワークやオンライン授業が普及して家族が家にいる時間が増え、家事負担が重くなっている方もいるかもしれません。無理をせず家族に家事・育児を分担してもらうなどして、心身の負担を軽減するよう心がけましょう。

室内でできる運動を習慣にする

感染対策で外出もままならず、運動不足になりがちです。筋力低下を防ぐため、室内でできる簡単な体操やストレッチを取り入れてみましょう。気分転換にもつながります。

些細なことでも主治医に相談する

体調に違和感があれば、どんなに些細なことでも主治医にご相談ください。直接受診することが難しい場合に備えて、電話など、何かあったときの連絡方法を決めておくとよいでしょう。

リモートワークを活用し、オーバーワークを防ぐ

仕事をされている方は、過度の疲労を避けるよう心がけましょう。

勤め先にリモートワークの制度がある場合は、リモートワークを活用すれば自分のペースで働けるうえ、通勤の必要がなくなり心身の疲労が軽減されますので、検討してみるとよいでしょう。また、視神経脊髄炎の患者さんは、暑すぎる環境におかれると、体温の上昇とともに体調が悪化しやすくなります。これをウートフ現象といいます。自分で室温設定ができるリモートワークは、体調管理上でも好ましいといえます。

産後は社会支援をできる限り利用する

育児には体力・気力が必要で、1人で背負ってしまうと休息時間を確保することも難しくなります。社会支援を積極的に利用し、体調を整えながら余裕を持って子育てができるようにしましょう。

保育施設の利用などには診断書が必要ですので、主治医にご相談ください。

出産は産科・新生児科・神経内科がそろった医療機関で

出産にあたっては、産科・新生児科・神経内科がそろっており、視神経脊髄炎を専門とする医師がいる医療機関が望ましいといえます。または、産科の医師と神経内科の主治医がすぐにコンタクトが取れる体制であれば安心です。

入院中に再発の兆候がみられたときなどに、迅速に対処してもらえる病院を選ぶとよいでしょう。

視神経脊髄炎の患者さんは、出産後に再発しやすい傾向があります。家族や周囲の方もそのことを理解し、サポートしていただければと考えています。その際のポイントを挙げます。

家族のサポート

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家族、特にパートナーの方は、家事や育児を“手伝う”のではなく“一緒に協力して行う”というスタンスを心がけましょう。また、患者さん本人にとっては自分の両親やパートナーの両親によるサポートは大変心強いものです。

妊娠中・出産後の患者さんが心身共に余裕を持って過ごせるよう、少しでも自由な時間を確保することに協力していただければと思います。

職場の上司や同僚のサポート

妊娠や育児と仕事の両立は健康な人にとっても大変なことです。視神経脊髄炎の患者さんにとっては、さまざまな再発リスクを抱えることにもなります。

上司や同僚の方には、患者さんの状況をみながら過労(働きすぎ)にならないようご配慮いただければと思います。

たとえば、猛暑時期の外回り、冷房の高めの室温設定などはウートフ現象を誘発することがあります。大抵の場合、体温が下がれば体調も回復しますが、体温が下がっても症状が続く場合には再発の可能性も考えられます。

このように、日常生活のさまざまな場面が患者さんの体調に影響を及ぼす可能性がありますから、無理なく働ける職種、環境を考えていただければと思います。

当院では、必要に応じて上司の方に仕事上の注意点を直接ご説明させていただくこともあります。

かつて、視神経脊髄炎の患者さんは子どもを産んではいけない、といわれていた時代もありました。しかし、それは治療法が確立しておらず再発防止の手立てがなかった頃の話です。

現在は、視神経脊髄炎の解明が進み、さまざまな治療法が確立されてきています。そして、治療選択肢も増えました。患者さん各々に合った適切な治療を継続すれば再発を予防できます。また、再発したとしても軽症で済み、重篤化するケースは少なくなっています。

視神経脊髄炎の患者さんも、普段から病気をコントロールして体調を整えておけば、妊娠・出産・育児は可能です。ただし、疲れがたまると体調を崩しやすくなります。特に妊娠中、育児中は無理をせず、家族や周囲に協力してもらい、社会支援を上手に活用してください。

大切なのは「自分にはできない」と諦めず、「自分はできる!」と自信を持ってやりたいことをかなえてください。

病気をうまくコントロールしながら、就学、妊娠・出産・育児、家庭生活、仕事、趣味に臨み、充実した人生を満喫してください。

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