インタビュー

進歩する視神経脊髄炎スペクトラム障害の再発予防治療――薬の選択、見直しのポイントとは?

進歩する視神経脊髄炎スペクトラム障害の再発予防治療――薬の選択、見直しのポイントとは?
富沢 雄二 先生

順天堂大学医学部附属順天堂医院 脳神経内科 准教授

富沢 雄二 先生

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視神経脊髄炎(ししんけいせきずいえん)スペクトラム障害(しょうがい)では、視神経や脊髄などに炎症が起こることによって、急激な視力の低下や手足の麻痺などさまざまな症状が現れます。こうした症状に対応する急性期治療とともに重要なのが、再発を予防するための治療です。近年、生物学的製剤という新たな治療薬が登場し、再発予防治療の選択肢が広がっています。

順天堂大学医学部附属順天堂医院 脳神経内科 准教授の富沢 雄二(とみざわ ゆうじ)先生は、「治療を見直すことで、減薬やQOL(生活の質)の向上につながる場合がある」とおっしゃいます。富沢先生に、視神経脊髄炎スペクトラム障害の再発予防治療の選択や見直しにおけるポイントについてお話を伺いました。

視神経脊髄炎スペクトラム障害は、本来体を守るためにはたらく免疫システムが誤って自分の体を攻撃してしまうことで生じる“自己免疫疾患”の1つです。日本では10万人あたり5人ほどの頻度で起こる病気とされています。

この病気の発症には、中枢神経*内の細胞に多く存在するアクアポリン4という成分を攻撃する抗アクアポリン4抗体(自分の体を攻撃する自己抗体の1つ)が関与しています。血液中を流れる抗アクアポリン4抗体が何らかのきっかけで中枢神経に接触し、アクアポリン4への攻撃を始めると発症すると考えられており、かぜやストレスによる体調不良がその引き金になる場合があります。

視神経脊髄炎スペクトラム障害では、このようなしくみで中枢神経が攻撃され、視神経や脊髄、時には脳が障害されます。放置すると重症度が高まるため、急性期の症状を早期に治療するとともに、その後も再発を予防するために適切な治療を継続していくことが大切です。

なお、基本的に親から子に受け継がれるような遺伝性の病気ではないと考えられています。

*中枢神経:脳と脊髄から成り立ち、全身にさまざまな指令を伝達するはたらきがある。

自己免疫疾患は女性に多くみられる傾向がありますが、その中でも視神経脊髄炎スペクトラム障害の患者さんは特に女性の比率が高く、女性の患者さんは全体の約9割を占めます。

また、発症年齢の平均は40歳前後です。仕事や子育てなど、社会において重要な役割を担う世代の女性に多いといえるでしょう。ただし、10歳代などより若い世代で発症する方もいれば80~90歳代といった高齢で発症する方もいらっしゃり、幅広い年齢層で発症し得る病気といえます。

視神経脊髄炎スペクトラム障害の主な症状は、視神経炎脊髄炎によって起こります。

視神経炎は眼球から脳につながる視神経に起こる炎症で、急激な視力の低下や視野の欠損、目の痛みなどの症状が現れるのが特徴です。症状は片目のみ、あるいは両目同時に起こり、適切な治療を行わない場合は失明する可能性もあります。患者さんの中には、症状に気付いて眼科を受診され、視神経の異常を疑われて脳神経内科に紹介され診断に至る方もいらっしゃいます。

脊髄炎は脳から手足などに信号を送る脊髄に起こる炎症であり、手足の麻痺やしびれ、感覚障害のほか、排尿障害(頻尿、失禁、排尿困難など)、排便障害(便秘など)などが現れることがあります。適切な治療を行わない場合は、車椅子が必要な状態になる可能性もあります。

現れる可能性のある症状(MN作成)
現れる可能性のある症状

視神経脊髄炎スペクトラム障害を発症すると、顕著な症状が現れます。そのため、ご自身で異変に気付きやすいでしょう。視神経や脊髄に炎症が起こってから症状が現れるまでの期間は、1~2日ほどのときもあれば1週間ほどというケースもあります。

様子を見ていると悪化する恐れがあるため、お話ししたような何らかの症状が現れ“おかしい”と思ったらすぐに受診してください。早期に治療を開始すれば予後(その後の経過)の改善が期待できます。

視神経脊髄炎スペクトラム障害を疑う症状がみられる際に行う検査は、血液検査とMRI検査です。さらに、脳脊髄液検査を行う場合もあります。多発性硬化症*という類似した病気と見分けるためにも、これらの検査が重要になります。

*多発性硬化症:中枢神経のさまざまな場所に繰り返し脱髄が生じる病気で、視神経や脊髄などの症状を引き起こす。脱髄とは、神経の線を覆う髄鞘(ずいしょう)が破損して中身が剥き出しになった状態をいう。

血液検査を行い、視神経脊髄炎スペクトラム障害の多くにみられる抗アクアポリン4抗体を検出します。抗アクアポリン4抗体が陽性であれば、視神経脊髄炎スペクトラム障害が強く疑われます。また、MRI検査によって視神経や脊髄の炎症の状態を確認することも大切です。

血液検査で抗アクアポリン4抗体が陽性、かつ視神経や脊髄の炎症が確認できれば診断が確定します。

脳脊髄液検査を行う場合もあります。この検査では、背中から背骨の間に針を刺す腰椎穿刺(ようついせんし)という方法で脳脊髄液を採取し、炎症の程度や免疫細胞の作用に関わるサイトカインというタンパク質の量などを測定します。

視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療は、急性期治療、再発予防治療、対症療法・リハビリテーションの3本柱で考えられています。ここでは急性期治療と再発予防治療についてお話しします。

急性期治療は病気を発症したとき、また再発したときに行う治療です。この段階で適切な治療ができるかどうかで、残存する症状の程度が変わってきます。当院では、下記の流れで急性期治療を進めています。

ステロイドパルス療法

まずはステロイドパルス療法を行います。この治療は、発症時や再発時に、多くの医療機関で最初に選択されることが多いでしょう。体内でもともと分泌されているステロイドというホルモンを点滴によって大量に投与する治療法で、炎症を抑える効果が期待できます。なお、点滴治療は基本的に3日間連続で行います。

血漿浄化療法

血漿浄化療法(けっしょうじょうかりょうほう)は、血液を入れ替えたりろ過したりすることで、視神経や脊髄に炎症を引き起こす抗アクアポリン4抗体を除去する治療法です。

初めて症状が出たとき、また再発して症状が重いときなど、ステロイドパルス療法で十分な効果を得られない可能性がある場合に行います。血漿浄化療法を早めに追加すれば、予後の改善が見込めることが明らかになっています。

急性期治療で症状が治まったとしても、何もせず放置していると高い確率で再発するため、症状が落ち着いていても再発予防治療を継続することが重要です。これまで広く使われてきたステロイド薬や免疫抑制薬に加えて、近年は生物学的製剤という選択肢もあります。

ステロイド薬・免疫抑制薬による治療

以前から広く行われてきたのがステロイド薬や免疫抑制薬などの飲み薬による治療です。急性期を脱した後、継続的に服用していれば多くの患者さんにおいて再発を抑える効果が期待できます。

しかし、ステロイド薬には骨粗鬆症糖尿病、肥満などを引き起こすリスクがあり、使用を続けることでQOLの低下につながる場合があります。免疫抑制薬を併せて服用することでステロイド薬を徐々に減らしていくようなケースもありますが、近年は、下記の生物学的製剤を積極的に使ってステロイド薬を減らし、ゼロに近づけていこうという流れになりつつあるのです。

生物学的製剤による治療

生物学的製剤はバイオテクノロジー技術によってつくられた薬で、自己抗体の産生や作用に関わる免疫物質などのはたらきを抑える効果が期待できます。点滴薬と注射薬があり、投与の間隔は薬の種類によってさまざまです。また、ご自宅での自己注射が可能な薬もあります。

生物学的製剤にはステロイド薬の低減を期待できるというメリットがありますが、一方で感染症にかかりやすくなるという注意点もあります。治療が遅れると重篤化する感染症もあるため、感染には十分な注意が必要です。また生物学的製剤の中には、感染症にかかったとしても症状が現れにくい薬もあるため、当院では使用開始前に注意点をひととおりお伝えするようにしています。どの薬を選ぶにしても、体調を崩している方との接触を避ける、手洗い、うがいをしっかりと行うなどの感染予防対策が重要です。

定期的な受診が必須

視神経脊髄炎スペクトラム障害は再発リスクが高い病気であるため、使っている薬や症状に応じて定期的に受診し、経過を確認する必要があります。

再発予防治療を続けるなかで再発してしまったときには、ステロイドパルス療法や血漿浄化療法による急性期治療を行った後、再発予防治療を継続していきます。再発時の症状の程度によっては、社会復帰するまでに一定期間のリハビリテーションを要するケースもあります。ただし、生物学的製剤を取り入れている方については重篤な再発は起こりにくいといわれています。

視神経脊髄炎スペクトラム障害に対する生物学的製剤は、患者さんごとにどの薬を投与すべきといった使い分けに関する明確な基準がまだありません。そのため、再発予防治療で使用する薬は、基本的に患者さんと医師の話し合いによって決定します。

PIXTA
写真:PIXTA

どの薬も再発を抑える効果が期待できるものの、それぞれ特徴が異なります。たとえば、感染している方の接触や飛沫により感染しやすい髄膜炎菌感染症*に注意を要する薬は、集団生活をされる方にはリスクが高いと考えられます。

また、排尿障害がある方は尿路感染症を起こしやすい状態といえます。そのため、排尿障害が強く現れている場合は、尿路感染症が起こる可能性を考慮して薬を選択することが大切です。

自己注射ができる方であれば、自己注射可能な薬を選ぶことで通院の負担を減らせるでしょう。

*髄膜炎菌感染症:髄膜炎菌に感染して髄膜炎や敗血症などを引き起こす。髄膜炎は脳と脊髄を覆う髄膜に、敗血症は血液に起こる感染症。

再発予防治療を決定する場合、そして治療の過程で見直しを行う場合には、患者さんと医師の話し合いが欠かせません。患者さんがよりよい選択ができるよう、私が大切にしていること、そして患者さんに心がけてほしいことをご紹介します。

医師と相談しながら十分な検討を

患者さんには、医師と相談しながら十分に検討したうえで治療を選択していただきたいと考えています。

患者さんの意思に沿った治療選択のために、当院では、製薬会社が作成したパンフレットも活用しながらそれぞれの薬の特性や注意点、投与頻度、自己注射が可能かどうかなどについて事前にしっかりとご説明するようにしています。基本的に患者さんご本人の意思で決めていただけるよう、最大限のお手伝いをしようと努めているのです。

また、使用開始時期も含め、その場ですぐに決めるというよりも、いったん持ち帰って考えていただき何回か話し合ったうえで決定することを大切にしています。

仕事や生活の状況、要望などを伝えてほしい

治療選択の際には、患者さんの置かれている状況や要望などを医師に伝えていただくことも大切です。医師が患者さんの背景を把握できていれば、よりよい対応につなげることができるからです。

仕事をされている方については、生活リズムに無理が生じなければ基本的にこの病気を理由に仕事を辞めたり変えたりする必要はありません。ただし、ストレスが再発の引き金になる可能性もあるため、患者さんと相談したうえで医師が職場宛てに診断書を書いて、強いストレスがかからないよう配慮を求めるといった対応をすることもあります。

また、妊娠・出産を望まれる女性の患者さんに対しては、患者さんの要望を確認しながら妊娠・出産を想定したうえで薬を選んでいきます。さらに、生物学的製剤について十分理解されたうえで使用を希望しない方には別の治療法を検討します。

急性期治療後の患者さんに対して、医師としては再発予防をもっとも重視しますが、患者さんによってはしびれや痛みなど急性期治療後に残ってしまった症状をまずはどうにかしたいと希望されるケースも少なくありません。このような場合は、再発予防治療とともに、今悩まれている症状を抑える治療も併せて進めていくようにしています。

治療の見直しが必要となる場合とは?

患者さんの中には、ステロイド薬を使った再発予防治療を長く続けていて、再発は抑えられているものの薬の量が多くなっているという方もいらっしゃいます。しかし、多量のステロイド薬を使っていると、感染症にかかりやすくなる、骨粗鬆症が進行して骨折しやすくなるといったリスクが高まってしまいます。

骨密度の低下など副作用の兆候がみられれば、患者さんご本人が現状のステロイド薬による治療に支障を感じていないとしても薬の切り替えを検討するタイミングといえるでしょう。

減薬やQOLの向上につながることも

副作用の兆候など具体的な問題が生じていなくても、医師の側から生物学的製剤を導入してステロイド薬を減らすよう提案するケースもあります。しかし、患者さんからすると、再発もしておらず、特に目立った症状の変化がない状況で治療を切り替えるメリットを感じにくいでしょう。このような場合は、ステロイド薬を使い続けた場合に予想される将来的なデメリットや、薬を変えた場合に期待できるメリットを伝えるようにしています。生物学的製剤に切り替えれば骨密度が改善されたり、ステロイド薬の副作用を抑えるために使っていた薬を減らせたりするなど、QOL向上が期待できる可能性があります。

ただし、生物学的製剤の使用中に再発がみられたときには、別の生物学的製剤への切り替えなどを検討します。

MN

2000年代に入って抗アクアポリン4抗体が発見されたことで、視神経脊髄炎スペクトラム障害の診断、治療は大きく進歩しました。病気が発見されやすくなり、治療選択肢も増えている状況です。今後も患者さんと医師が協力し、よりよい治療を続けていくことが重要だと考えています。

しかしながら、現在行われているのは急性期の炎症を抑える治療や再発を予防する治療であり、病気の治癒を目指す段階には至っていません。今後さらに研究が進み、治癒を目標にできる時代が来るよう願っています。

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