インタビュー

視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療の進歩――再発予防のための新たな選択肢とは?

視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療の進歩――再発予防のための新たな選択肢とは?
王子 聡 先生

埼玉医科大学総合医療センター 脳神経内科 准教授

王子 聡 先生

目次
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視神経髄炎(ししんけいせきずいえん)スペクトラム障害(NMOSD)とは、視神経や脊髄、脳などの中枢神経系に炎症が起こることによって視力の低下、体の痛みやしびれなどさまざまな症状が現れる病気です。かつては再発予防が難しく、重い後遺症が残ることも少なくありませんでしたが、近年は高い再発抑制効果が期待できる生物学的製剤が登場し、治療の選択肢が広がっています。

今回は、埼玉医科大学総合医療センター  脳神経内科 准教授 王子 聡(おうじ さとる)先生に、実際の診療状況を踏まえて、治療法や生物学的製剤の選び方などについてお話を伺いました。

視神経髄炎スペクトラム障害(NMOSD)とは、自己免疫により視神経や脊髄、脳など中枢神経系に炎症が起こり、視力の低下や体の痛み、しびれなどさまざまな症状が現れる病気です。例外はあるものの、これらの症状は急激に起こるため患者さん自身も異変に気付きやすいといえます。

本来、免疫は自分の体を守るために、外から侵入した病原体やウイルスを攻撃して排除する役割を持っています。しかし、何らかの原因で免疫に異常が起こると、自己抗体(自分自身の成分に対する抗体)がつくられ自分の細胞を誤って攻撃するようになるのです。

このように異常な免疫が起こる原因は、まだはっきりと解明されていませんが、風邪など何らかの感染症がきっかけで発症するのではないかと考えられています。NMOSDでは、AQP4(アクアポリン4)抗体が、AQP4という中枢神経内に存在するタンパク質を標的として障害することにより、発症・再発することが分かってきています。

NMOSDは女性に多い病気です。患者さんの約70~90%が女性で、年代としては、30歳代後半から50歳代で発症する方が多いという特徴があります。

NMOSDでは、炎症が起こる場所によって、さまざまな症状が現れます。代表的な症状に以下のようなものがあります。

視神経炎が起こると、急激な視力の低下や視野の欠損といった症状が現れ、重篤な場合は失明することもあります。

また、脊髄炎が起こると、しびれや痛みなどの感覚障害、四肢麻痺などの運動障害が現れます。膀胱や消化管を支配する神経に影響が及ぶと排尿・排便障害が生じ、尿の回数が増えたり排泄しにくくなったりします。

炎症は、脳の延髄や視床下部、大脳にも引き起こされます。延髄の最後野という部位に炎症が起こると、しゃっくりが長期間にわたって止まらない(難治性吃逆(なんちせいきつぎゃく))症状や吐き気が現れることがあります。視床下部の病変では眠気、大脳では脳腫瘍(のうしゅよう)のような大きな病変をきたし、重篤な片麻痺などをきたす場合もあります。

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発症から間もない急性期には、ステロイドパルス療法や血漿(けっしょう)浄化療法などの治療を行います。治療が遅れると、しびれや痛み、運動麻痺、排尿障害などの後遺症が残ることがあります。このような後遺症を残さないために、できるだけ早く治療を行うことが大切です。

ステロイドパルス療法

急性増悪期の治療として、まずはステロイドパルス療法を行います。短期間で炎症を抑えることを目指し、ステロイド(副腎皮質ホルモン薬)を1日に1回点滴で投与し、これを3~5日間程続ける治療が基本です。

血漿浄化療法

ステロイドパルス療法で十分な改善がみられない場合には、⾎漿浄化療法を行います。血漿浄化療法とは、血漿(血液中の液体成分)からAQP4抗体などを物理的に取り除くことで、病態の改善を目指す治療です。血漿浄化療法を早期に行うことにより、後遺症を軽減することにつながるため、当院では症状の程度やステロイドパルス療法の効果が乏しいことが予想される場合、ステロイドパルス療法と同時に行うこともあります。

ただし血漿浄化療法では、人工透析のような機器を使い血液を一時的に体外に取り出すために、血圧低下などのリスクを考慮しながら行う必要があります。

経口ステロイド薬と免疫抑制薬

NMOSDは、再発を繰り返す病気です。そのため、再発予防の治療を継続して行う必要があります。

かつては、再発予防に経口ステロイド薬のみが用いられていました。しかし、ステロイドは身体に必要な免疫も抑制してしまうために感染症にかかりやすくなるリスクがあるほか、長期にわたる服用は、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)をはじめとするさまざまな副作用を引き起こす恐れがあります。そのため、経口ステロイド薬はできるだけ少量にとどめ、免疫抑制薬*を併用することが多いです。しかし、少量ステロイド薬と免疫抑制薬のみでは再発抑制が十分ではない場合もあります。近年では次に説明する生物学的製剤が実臨床で用いられるようになり、再発予防治療は大きく変化しつつあります。

*免疫抑制薬:体内の過剰な免疫反応や炎症を抑制する内服薬。

生物学的製剤

近年、再発予防治療薬として生物学的製剤*が登場しました。これは大きな変化といえるでしょう。2024年7月現在、複数の生物学的製剤が承認されていますが、どの薬をどういった状態の患者さんに使用するかという点までは明確に定められていませんので、現状では個々の患者さんの状態を踏まえて医師と患者さんが話し合ったうえで適切な薬を選択することになります。

*生物学的製剤:バイオテクノロジーによって作られた薬。視神経髄炎スペクトラム障害では、発症に関係する特定の細胞などを標的とし、そのはたらきを阻害することで再発を抑える効果が期待できる。

生物学的製剤は皮下注射や点滴によって投与する薬です。投与の間隔は2週間に1回のものから6か月に1回のものまで、さまざまな種類があります。

生物学的製剤の選び方

現段階では患者さんの状態やライフスタイルなどに合わせて、患者さんと医師が相談のうえ薬を選択します。

たとえば視神経の炎症によって、すでに片方の目を失明されている方は、もう片方の目での再発を防ぐことが重要です。そういった患者さんには、できるだけ強い再発抑制作用を持つ薬を選択することが望ましいと思われます。

一方で、私の臨床経験から後遺症としてしびれや痛みが残っている方に向いていると考えられる薬もあります。脊髄炎の後遺症による体幹部(胴体)の痛みは、帯できつく締め付けられるような痛みとして残ることがあります。神経性の疼痛(とうつう)を軽減する薬もありますが、NMOSDの後遺症によるしびれや痛みは難治性であることが多く、それらの薬では症状を抑えられず困っている方も少なくありません。中には、痛みによって涙を流しながら来院するほどつらい後遺症に悩まされる方もいらっしゃいます。そういった患者さんに対して、神経性疼痛を緩和できる可能性のある生物学的製剤を選択することがあります。ただし保険適用はあくまで再発予防を目的とした治療であり、神経性疼痛の軽減ではないことに注意が必要です。

生物学的製剤のメリット

生物学的製剤を使用することにより、ほかに服用する薬を減らせる可能性があります。NMOSDの患者さんでは、服用する薬の種類が多くなる傾向があり、たとえば経口ステロイド薬を内服する場合は、消化管への副作用を予防するため胃薬を併用することがあります。さらに骨粗鬆症糖尿病などのほかの病気が合併することもあり、その治療のための薬も増えていきます。このような状態は、ポリファーマシー*につながっています。生物学的製剤を使用することにより、ステロイド薬自体の量を減らせるほか、ステロイド薬による合併症治療のための薬も減らせる可能性がある点はメリットだと思います。

*ポリファーマシー:薬剤の種類や量が多いため、副作用や飲み間違えなどのリスクにつながる恐れがある状態のこと。

生物学的製剤の注意点

生物学的製剤は免疫のはたらきを抑えるため、感染症に注意しなければなりません。投与していると感染症にかかっても発熱が抑えられてしまう薬もあり、感染症が悪化しても気付きにくくなる恐れがあります。また、髄膜炎(ずいまくえんきん)に感染しやすくなるような生物学的製剤もありますので、発症を防ぐためにワクチン接種などによって感染症対策を行うことが必要です。

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写真:PIXTA

私が担当した患者さんの治療の経験を1つお話ししたいと思います。その患者さんは、今から30年ほど前にNMOSDという病気の概念がまだなかった時代に発症されました。治療法が限られていたなかで再発を繰り返し、失明されて脊髄炎の後遺症も重い状態でした。

そこで生物学的製剤の中でも、脊髄炎による神経性疼痛に向いている可能性がある薬を使用したところ、痛みの症状が軽減されステロイドを減量することができたのです。

ただし、私の治療経験からお話しすると、薬の作用には個人差があるようです。すぐに症状の緩和を実感される方もいらっしゃれば、何年か治療を続けていくうちに治療の効果を実感する方もいらっしゃいます。    

NMOSDは、症状が重くなり後遺症が残ることのある病気です。ステロイドパルス療法や血漿浄化療法によって急性期の症状が落ち着いた後も、リハビリテーションを続けなければならない患者さんも多くいらっしゃいます。

そこで、途切れることなく治療を続けられるようにするには、急性期病院とリハビリテーション病院の連携が必要です。

NMOSDの患者さんは、足のしびれで整形外科を受診したり、視力の低下で眼科を受診したりすることも多いと思います。しかし、NMOSDは患者さんの数が少ない病気であるため、診療科によっては診断に苦慮されることもあるかもしれません。

2023年に診療ガイドラインが改訂され、診断基準のアルゴリズムが分かりやすく示されたことで、神経内科を専門とする先生方も診療が進めやすくなったように思います。患者さんが最初に受診することの多い診療科と病診連携を強め、NMOSDの可能性がある患者さんは速やかに紹介していただけるような体制づくりが重要だと考えます。

視神経脊髄炎スペクトラム障害に携わったきっかけ

私は、もともと血漿浄化療法を中心とした研究や診療を行っていました。NMOSDは、かつて多発性硬化症(MS)*の中の“視神経脊髄型MS”に分類されることもありましたが、AQP4抗体の発見により、MSとは異なる病気ということが明らかになりました。自己抗体が関係している病気なら、血漿浄化療法の治療・研究の経験が役立てられるのではないかと興味を持ったのが、この病気に関わることになったきっかけです。

その後、ウィーンに留学した私は、留学先でNMOSDの研究にも従事し、以来診療や研究に取り組んできました。

*多発性硬化症(MS):中枢神経のさまざまな場所に繰り返し脱髄(だつずい:神経を覆う髄鞘<ずいしょう>が破損し中身が剥き出しになった状態)を生じることで、視神経や脊髄などの症状が現れる病気。

診療では再発の兆候を見逃さないように

再発予防の治療中の患者さんを診察するときは、何か変わったことはないかじっくりとお話を聞き、再発の兆候を見逃さないように心がけています。再発時には何らかの症状が出ることが多いものの、症状によっては患者さん自身が再発に気付いていない場合もあるからです。

また、患者さんそれぞれのライフスタイルによって、適する治療法も変わってきます。たとえば生物学的製剤の自己注射を選択された方であれば、うまく注射が打てているかどうかを確認するようにしています。

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写真:PIXTA

生物学的製剤を投与すると、再発が抑えられた状態が長く続きます。しかし、それは治癒したわけではありません。中には、自己判断で治療を中止してしまい、再発して救急受診される方もいらっしゃいます。治療をやめた途端に再発してしまう恐れがありますので、処方されている薬は欠かさずに使用し治療を続けるようにしてください。

また、治療薬によって感染症にかかりやすい状態になっている可能性がありますので、日常生活を送るうえで感染症予防対策をしっかりと行うことも大切です。ステロイドを服用している方は、骨粗鬆症にも注意が必要です。ご自身でも病気についてよく理解し、情報も日々アップデートするように心がけていただくのがよいと思います。

生物学的製剤の登場はとても喜ばしいことです。現状では、どういった患者さんにどの薬を使うべきかという薬の使い分けまでは整理されていませんが、これから生物学的製剤による治療の経験が蓄積されていけば、その課題も自ずと解決していくことと思います。

生物学的製剤を中心に治療を行い、基本的にステロイドを中止あるいはできるだけ減量しながら、再発を抑えるような治療を目指すことが大切だと考えています。

生物学的製剤は、今後も新しい薬が研究開発されることと思いますので期待しています。また、近年、がんの免疫療法としてCAR-T(カーティー)療法*が注目されています。これは血液系のがんに対して用いられてきた治療法ですが、最近では自己免疫性の病気にも有効ではないかと注目されつつあります。今後、このような新しい治療法の研究開発が進んでいくことにも期待しています。

* CAR-T療法:患者さんの体内から取り出したT細胞を用いて治療する方法。

NMOSDは、まだ分からないことも多い病気です。しかし、研究が進み、少しずついろいろなことが判明し、治療法も進歩してきています。現在は、適切な治療をしっかりと続けていれば、再発を抑えることが期待できるのです。今後はさらに研究が進み、いつか完治を目指せる日も来るのではないかと考えています 。ですから希望を持って、治療を中断することなく、前向きに取り組んでいただきたいと思います。

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