視神経脊髄炎(NMO)/視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)(以下、“視神経脊髄炎”)は、免疫システムの異常により自己の免疫細胞が自己の体を攻撃してしまう自己免疫疾患の1つです。主に脊髄、視神経に炎症が起こると考えられていますが、そのほかに脳などに炎症が出ることもあり、症状が起きる場所はさまざまです。免疫抑制薬などを用いた治療を行うため、患者さんは治療と並行して新型コロナウイルス感染症を含めた感染症対策を意識していく必要があります。そこで今回は病気の概要や原因、治療を踏まえたうえで、視神経脊髄炎と感染症対策について、新潟大学医歯学総合病院脳神経内科・大学院医歯学総合研究科医学教育センター/准教授の河内 泉先生にお話を伺いました。
視神経脊髄炎は、自己の細胞を間違って攻撃してしまう中枢神経の病気で、炎症性の自己免疫疾患の1つです。主に視神経と脊髄に炎症が起こるのがこの病気の特徴ですが、大脳や脳幹に炎症が出る場合もあります。
視神経脊髄炎の患者さんは、現在約4,000人以上(2022年1月現在)いらっしゃるとされています。以前より海外に比べて日本国内で発症が多く確認されていたため、日本の医療界が視神経脊髄炎の病態解明に関して重要な立ち位置にあったとも言えるでしょう。
さらに、昨今のAQP4(アクアポリン4)抗体*1の発見が契機となり、視神経脊髄炎の診療は大きく変化しました。このAQP4抗体が診断バイオマーカーとなり、視神経脊髄炎と似た症例とも区別して診断できるようになったことに加えて、免疫分子の異常が分かってきたことにより病態機序の解明につながり、薬の開発も進んだのです。
現在は、しっかりと治療を続けることで、患者さんが通常どおりに近い生活を送ることも可能になってきました。このような背景から、私は視神経脊髄炎の現在の診療の研究を続けてきた医療の歴史を“静かな革命”と呼んでいます。
*1AQP4:中枢神経系の中にあるアストロサイト(神経細胞・血管などに栄養を与えたりはたらきを助けたりするグリア細胞)の足突起であり、水分子の出入りを調節するタンパク質。
以下のような症状が起こるとされています。症状の現れ方はどこに炎症が起こったかによって個人差があります。
急にものが見えにくくなる、視野が欠けるといった目の症状が起こります。重篤な場合は1回の発作で失明する場合もあります。
起床時に手足のしびれを感じるなどの感覚障害、足だけでなく手も含めた、四肢の運動障害(歩行困難)、脊髄炎に伴う自律神経障害(頻尿や残尿感などを含めた排尿障害)など、多様な神経症状が起こります。
重くなったり軽くなったりする慢性的な疼痛、しびれ感に悩まされる患者さんが少なくありません。これらの症状は季節や気圧の変わり目になると強くなる傾向にあるとされています。
ウートフ現象とは、体温の上昇に伴って、一時的に神経症状が悪化する現象です。暑い環境下や入浴、運動などで、視界がぼやけるなどの症状が出やすくなります。
数日間以上続くしゃっくりや嘔気も視神経脊髄炎にしばしばみられる症状で、発症初期に出ることが多いと考えられています。医療機関を受診しても消化器系の病気と間違われやすいため注意が必要です。
視神経脊髄炎は中枢神経系のグリア細胞*2の1つアストロサイトが攻撃されることで発症します。どこが発症要因なのか、またそのメカニズムを知ることは、治療を進めていくうえで知っておきたい方も多いでしょう。そこで、なぜアストロサイトが攻撃されるのかという仕組みを下記4つの観点からご説明します。
*2 グリア細胞:中枢神経系を構成する細胞の1つ。
AQP4は中枢神経*3系にあるグリア細胞アストロサイトの足突起で、水分子の出入りを調節するタンパク質です。視神経脊髄炎を発症すると、免疫異常によって増産されているAQP4抗体が現れ、AQP4をターゲットとして攻撃してしまい、炎症反応が起こります。
AQP4抗体は、視神経脊髄炎を発症した患者さん以外は持たないので重要なバイオマーカーとなります。
*3中枢神経系:脳、視神経、脊髄からなり、末梢神経などから伝達された情報をまとめて全身に指令を送る神経系統の中心的なはたらきをする。
補体とは、免疫の作用を補うタンパク質の因子で、AQP4抗体の病原性を活性化させる免疫物質です。
AQP4抗体がアストロサイトのAQP4の分子に結合することで補体が活性化し、補体依存性細胞障害活性(CDC)*4が起こり、アストロサイトを壊します。アストロサイトが壊れると血管や神経、髄鞘へのサポートがなくなり、視神経脊髄炎をきたすのです。
*4補体依存性細胞障害活性:抗体が標的細胞の抗原に結合することで補体(血清タンパク質)が活性化し、標的細胞を溶解する一連の反応。
IL-6(インターロイキン-6)は免疫反応に関わる細胞で作られ、免疫や炎症反応の調節をサポートする物質“サイトカイン”の一種です。
このIL-6のはたらきによって刺激を受けたAQP4抗体はリンパ球から増産され、血管壁のバリアを破壊し、炎症を引き起こします。
B細胞は、本来は体内に侵入した病原体を排除するために必要な抗体を作り出す細胞ですが、AQP4抗体を産生する細胞でもあります。
B細胞により産生されるAQP4抗体がアストロサイトのAQP4に結合することで、アストロサイトに炎症が発生し、視神経脊髄炎の発症をきたします。
前提として、できるだけ速やかに、1回目の診療で視神経脊髄炎だと診断をされることが重要になります。経過観察としてしまえば失明をまねく可能性もあります。もし上述した症状がみられたら、可能な限り早く受診して診断を受けてください。
主な検査は以下の内容となります。
初発症状がみられたらまずはAQP4抗体を調べるために血液検査を行います。なお、検査をする方法や時期によっては偽陰性(陽性であるにもかかわらず陰性と判定されること)になることがあるため、陰性であっても繰り返し実施する場合が珍しくありません。
視神経と脊髄のMRI検査で病変を確認します。患者さんに自覚症状がなくても、炎症が見つかる場合もあります。
視神経に炎症が起こっている時は視神経乳頭(視神経が脳へと向かうために強膜を突き抜ける一点のこと)が赤く膨らむ場合があります。視力低下が強くみられる場合は視神経乳頭が萎縮する場合もあります。
視野が部分的に欠ける症状を調べます。視神経脊髄炎では、中心暗点(真ん中が見えない)、両耳側半盲(両目の視野の外側半分が見えない)、同名半盲(両目の視野の左半分または右半分が見えない)、水平性半盲(視野の上半分または下半分が見えない)などがみられます。
一般的な視力検査を行い、視力低下の程度を調べます。
網膜の厚さを測定するOCT(光干渉断層計)検査や、VEP(視覚誘発電位)検査などを状況に応じて行うことがあります。
急性期の治療としては、ステロイドパルス療法があります。ステロイドパルス療法とは、大量のステロイドを点滴で投与する治療法で、発症後できるだけ早い時期に開始します。3~5日前後の点滴を 1 クールとして、回復が不十分な場合は2クール前後行うのが標準的です。様子を見て、経口ステロイドによる治療に移行させていきます。
ステロイドパルス療法で効果がみられない場合は、血液中の抗体を取り除く血漿交換療法を行います。
ステロイドパルス療法などの治療をしても効果がみられない難治性の視神経炎に適応される治療法で、免疫システムの異常を調節するといわれている免疫グロブリンを点滴します。ステロイドパルス療法と併用する場合もあります。
第一に、ステロイドによる治療が行われます。ステロイド薬は症状の治まり方に応じて徐々に減薬していく方針を取りますが、10mg以下になると再発しやすくなることが知られています。そのため、減薬は慎重に行う必要があります。
ステロイドの量を徐々に減らしていくにあたり、免疫抑制薬を併用します。
モノクローナル抗体薬品は、経口ステロイドや免疫抑制薬による治療を行っても改善しない場合に適応される場合があります。2022年1月現在は、IL-6受容体抗体剤、CD19モノクローナル抗体剤、C5モノクローナル抗体剤が使われています。現時点ではこれらの薬が第一選択になることは難しいのですが、今後、骨粗しょう症や肝臓障害などの合併症がリスクになるステロイドによる治療を経ずにモノクローナル抗体を処方することが可能になるかどうか、議論が進むでしょう。
昨今の新型コロナウイルス感染症の蔓延により、多くの人が感染症対策を意識して生活するようになっています。
視神経脊髄炎の患者さんは、薬の服用などによって新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどに感染しやすい状態になっており、かつ感染すると症状が悪化する恐れがあります。そのため、病気の進み具合や、投薬の内容・時期について医師と相談しながら上手にコントロールしつつ、感染防止対策も両立していくことが大事です。
以下に、新型コロナウイルス感染症対策と治療を両立していく具体的なポイントを解説します。
暴飲暴食を避け、十分な睡眠時間を取るなど、生活習慣を見直しましょう。
ご自宅でじっとしているのではなく、心身への負担と感染リスクのない範囲で適度に体を動かすのがおすすめです。
感染リスクの高い所への不要・不急な外出は控えることが望ましいでしょう。
基本的な感染対策である手洗いとマスクは徹底してください。
皮膚に傷があると菌やウイルスが入りやすくなるため、冬は特に肌の保湿を心がけ、病原菌の侵入を防ぎましょう。
コロナ禍で、視神経脊髄炎の患者さん以外の健康的な一般の方々が、感染対策をきちんと考える機会が出てきたように思います。免疫力が下がりやすい患者さんご本人だけではなく、ご家族や周囲の方々も基本的な感染対策を徹底することが、患者さんをウイルスから守ることにつながります。
視神経脊髄炎の患者さんが新型コロナウイルスに感染した場合、重症化しやすいかどうかの十分なデータはまだ揃っていません。そのため、一概に重症化しやすい方を断定するのは難しいのが実情です。
ただし、同じ中枢神経系の病気の1つである多発性硬化症では、60歳以上の方、体に強い障害がある方、肥満症・糖尿病・心疾患・肺疾患などをお持ちの方などは重症化リスクが高くなると考えられています。
視神経脊髄炎でも、これらと似た状況に該当する方は、特に感染対策を意識する必要があるでしょう。
さらに、どのような薬を使っているかも重要になってきます。服薬量も関係してくると思いますが、一部の薬により重症化リスクが上がる可能性があるためです。
日本神経学会では、視神経脊髄炎の患者さんも原則全員ワクチン接種をすることを推奨しています。ただし、患者さんにはそれぞれの生活がありますから、患者さんご本人のお考えや接種時期なども考慮する必要があります。また、現在服用している治療薬によってはワクチンの効果に影響を及ぼす可能性もあるので、主治医とご相談のうえ、接種の計画を立てることが大切です。
診療を通じて、患者さんの中にはコロナ禍で今までと同じ治療をどのように選択すればよいか不安になっている方が多くいらっしゃるように感じます。
そのような方にまずお伝えしたいのは、ご自身の病気の活動性、治療方針、治療薬の副作用、効果、地域の感染状況、ご自身の感染リスクが高いかどうかなどについて、主治医とよく話し合っていただきたいということです。
もし、新型コロナウイルスに感染した場合でも基本的に治療は継続することになると思います。なぜなら、視神経脊髄炎の治療を無計画に全て停止してしまった場合、視神経脊髄炎の再発をしやすくなる可能性があるからです。ただし、ワクチンの接種時期によっては視神経脊髄炎の薬を開始するタイミングを調整する場合があります。ですので、主治医と相談のうえ、ワクチン接種のスケジュールも含めた治療計画を立てていくとよいでしょう。
パンデミックの下では分からないことがたくさんあると思うので、主治医に遠慮なくご相談ください。私たち医師は患者さんから状況を伺ったうえで、できるだけご希望に沿った具体的な治療を決めていくことに努めています。
新型コロナウイルスに限らず、インフルエンザなども含めて、視神経脊髄炎の患者さんは常に感染しやすい状況であるという認識は持っていただきたいと思います。また、一部の薬の服薬中は熱が上がりにくくなるために、感染による症状が現れにくく、感染症への罹患を発見しにくい場合もあります。「ちょっとした風邪かな?」と思っていたのに重症化してしまったということもあるので注意が必要です。
このため、患者さんが「いつもと違う」と感じたとき、患者さんは緊急の連絡先を把握しておいたり、周囲の方やご家族が患者さんの様子を見て医療機関に連絡をしたりすることも大切です。
患者さんを守るために、ご家族や周囲の方もワクチン接種や、手洗いとマスク装着などを中心とした基本的な感染対策を行ってください。家の中に、新型コロナウイルスだけでなくインフルエンザウイルスも含めたウイルス全般を持ち込まないことで、患者さんを守りましょう。
また、患者さんの様子に何らかの違和感を抱いたら、医療機関に連絡を取る意識を持つことも大切です。
視神経脊髄炎の治療法は進歩していますが、今でも仕事や学業、妊娠・出産、患者さんの介護に関してはハンディキャップがあります。就労支援の仕組みはありますが、実際にその仕組みが十分に活用されているとはいえません。一般社会には、視神経脊髄炎の方や障害を持った方の就労に対する理解がまだ浸透していない部分があるのかもしれません。
しかし、コロナ禍で“新しい生活様式”が提案されたことにより、リモートでの仕事が導入されるなど、労働環境やプライベートでの過ごし方が変化した方もいらっしゃるように見受けられます。
ですから、これからは社会全体がコロナ禍で得た学びを生かし、古い考え方から新しい考え方へと思考を変えていく“マインドセット”の転換に取り組むことが重要になるのではないでしょうか。視神経脊髄炎など病気を抱えた方に対して一人ひとりが理解を示すとともに、柔軟な思考を持ち、温かく受け入れる体制をいかに広げていくかがこれからの課題だと考えています。
海外では、患者さん同士が医師を交えてつながる機会があるなど、情報交換を行う場もあります。日本でも「介護が必要なときはどうすればよいのか?」など迷ったときに、患者さんが気楽に相談する場所が増えることを願っています。
視神経脊髄炎の治療は日進月歩で進み“静かな革命”と呼べるほどの治療の発展が起こっています。視神経脊髄炎になったからといって、人生、仕事、出産や育児をあきらめる必要はありません。これらと治療とが、両立可能な時代になりつつあります。ですから視神経脊髄炎になったからといって、本来の自分らしさを失わないでいただきたいと思います。
もし何か迷ったりすることがあれば、主治医に相談してください。主治医と話し合いながら、自分らしく病気と前向きに付き合っていきましょう。
新潟大学医歯学総合病院 脳神経内科・大学院医歯学総合研究科医学教育センター 准教授
新潟大学医歯学総合病院 脳神経内科・大学院医歯学総合研究科医学教育センター 准教授
日本神経学会 代議員・神経内科専門医・指導医・「多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン」作成委員会 診療ガイドライン委員日本神経免疫学会 評議員・レジストリ検討委員会 委員・MS・NMOSD委員会 委員日本神経治療学会 評議員日本神経病理学会 代議員・神経病理認定医・指導医日本シミュレーション医療教育学会 評議員日本内科学会 認定医・総合内科専門医日本免疫学会 会員日本認知症学会 会員日本神経感染症学会 会員日本神経化学会 会員日本リハビリテーション医学会 会員日本脳卒中学会 会員日本頭痛学会 会員日本母性内科学会 会員日本医学教育学会 会員日本医学英語教育学会 会員日本行動医学会 会員アメリカ神経学会 Corresponding Active (Int’l)アメリカ免疫学会 会員国際神経免疫学会(International Society of Neuroimmunology) 会員国際多発性硬化症認知機能学会(IMSCOGS) 会員日本医師会 会員日本多発性硬化症協会 医学顧問団
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