福岡市東区にある貝塚病院は、1988年の開院以来、地域の医療ニーズに応えながら歩みを進めてきました。現在は外来診療や救急医療をはじめ、回復期リハビリテーションや在宅医療まで、患者さんの状態に合わせた医療を提供しています。
理事長の庄司 哲也先生が同院の病院運営を引き継いだ当時は、非常に厳しい状況に置かれていたといいます。しかし、院内の体制づくりと地域の人々との関係構築に尽力し、腎臓・透析医療や脳神経疾患、血管疾患などの診療に取り組んで病院を立て直してこられました。
「地域に根を下ろす病院」へという強い思いを胸に歩みを進める庄司先生に、これまでの軌跡とこれからの展望について伺いました。
当院は1988年に開院し、翌年には救急告示病院の指定を受けました。その後は1993年に腎センター(現:透析センター)を設置し、2002年には脳神経センター(現:脳神経外科)を開設するなど、地域の医療ニーズに合わせて少しずつ機能を拡充してきました。
現在は急性期の治療を行うだけでなく、地域包括ケア病棟や回復期リハビリテーション病棟を備え、患者さんの回復や退院後の生活までを見据えた医療を提供できる体制を整えています。
私が34歳で病院の運営に関わるようになった2006年頃、実は病院経営は非常に厳しい状況に置かれていました。医師は実質5名しかおらず、多額の負債を抱えるなど経営的に非常に苦しい状況で、銀行からは病院の売却を迫られることもありました。しかし、売却すれば職員の退職金が支払えなくなってしまいます。まさにどん底からのスタートでした。
それでも私は何とかしてこの病院を立て直したい、よい病院にしたいという思いだけは強く持っていました。そして試行錯誤を重ねるなかで、私の羅針盤となってくれていた事務のメンバーたちと話し合い、1つの考えに行き着きました。
それは、この病院が生き残るには地域に根を深く下ろしていくしかない、というものです。そこからは、単に病院の中で患者さんを待つのではなく、自ら地域社会へ入り込み、医療・介護・行政・住民をつなぐインフラとしての役割を果たす病院を目指す泥臭い取り組みが始まりました。
まずは医療の立て直しです。私自身が手術を行いながら、訪問診療にも回り、時には病院の救急車を自ら運転して患者さんをお迎えに行くこともありました。当時の訪問診療は夕方以降に患者さんのご自宅を回っていたため、行く先々で晩御飯を出していただいたことは今でも心に残る温かい思い出です。
また、私たちから自治会や公民館に足を運び、出前講座や認知症カフェなどを通じて、地域住民の方々や介護関係者、行政機関との対話を地道に重ねていきました。
さらに、私自身が医師会のソフトボールチームに参加して一緒に汗を流すことで、徐々にクリニックの先生方にも心を開いていただけるようになりました。
振り返ると地道な取り組みばかりですが、当院はそうやって少しずつ地域に根を張り、信頼関係を築いてきたのです。
そのようにして成長してきた当院の現在の柱の1つが、腎臓・透析医療です。腎センターを開設して以来、当院では人工透析を必要とする患者さんを受け止めてきました。現在は透析センターとして人工透析装置39台を備え、九州大学第二内科をはじめとする医療機関から患者さんをご紹介いただいており、リハビリテーションを行いながら透析を受けられる施設として安定した診療体制を維持しています。
だからこそ当院では、慢性腎臓病、いわゆるCKDの段階から患者さんに向き合うことを大切にしています。透析を必要とする患者さんの数は、社会全体の人口構成の変化もあって、少しずつ減少の傾向にあります。CKDの時点で生活習慣を見直すきっかけを提供することで、さらに透析の患者さんを減らすことができるでしょう。
なお、透析を受けている患者さんは、シャント(人工透析を行うために手術で動脈と静脈をつなぎ合わせて作った特別な血管)のトラブルや血管の変化が起こりやすくなります。こうした血管の問題への対応は、後ほどご紹介する血管外科センターにて行っています。
当院の血管外科センターでは、整形外科、糖尿病内科、腎臓内科、循環器内科などの診療科と外科が連携した治療を行っています。
透析患者さんを診療していくなかでは、シャントが狭くなったり詰まったりといったトラブルへの対応がどうしても欠かせません。私自身はもともと九州大学医学部の第二外科出身で血管外科を専門としており、現在も診療や手術を行っています。
そのほか、下肢の血管が細くなる末梢動脈疾患や、下肢静脈瘤の患者さんも、他の医療機関から紹介いただく機会が増えました。末梢動脈疾患に対して血管を風船で広げたり、ステントを入れたりする血管内治療も行っており、外科医として向き合ってきた症例の数には、自分なりに手応えを感じています。
脳神経外科には3名(2026年8月時点)の医師が在籍しており、専門的な症状だけでなく、頭痛のような身近な症状にも幅広く対応しています。特に片頭痛の診療に力を入れている医師がおり、日常生活に支障をきたしている患者さんの相談にも応じています。
脳梗塞についても、状態が安定した段階で搬送される患者さんであれば当院で診療にあたることができます。
気になる症状があれば、気軽に相談していただける窓口でありたいと考えています。
かつての当院では、専門領域の違いによって患者さんへの対応がスムーズに進まない場面もありました。自分の専門外の症状がある患者さんを誰が診るのかという問題が生じ、診療科同士の連携がうまく機能していない時期があったのです。
大きな転機となったのは、消化器外科を専門とする古賀 聡先生の入職でした。古賀先生とは長崎の中高一貫校の寮で12歳の頃から共に過ごした間柄で、九州大学の医局まで同じ道を歩んできた仲です。先生は福岡県内の病院に長く勤めたのち当院に加わり、2026年1月からは院長を務めています。
一人ひとりの医師と丁寧に向き合いながら医局をまとめてくれる存在で、その人柄もあって、医局全体の雰囲気は次第に和やかになっていきました。また、専門にとらわれず目の前の患者さんをまず診るという古賀先生のあり方が、少しずつ院内に根付いてきたように感じています。このような素晴らしい医局を作っていただいた古賀先生には感謝しかありせん。
また、こうした病院の運営を支えてくれているのが、経営企画室長と事務部長です。地域とのつながりを考えるうえで、この2人からもらう助言にはいつも助けられてきました。経営企画室長は「こうしたほうがよい」「ああしたほうがよい」と的確な方向性を示してくれる、いわば羅針盤のような存在です。事務部長は真摯に業務に取り組み、病院の基盤をしっかりと支えてくれています。現在の当院があるのは、経営を支え続けてくれた事務の仲間たちのおかげだと深く感謝しています。
地域の皆さんにとって必要なのは、急性期から回復期まで一貫した医療を受けられることではないでしょうか。
当院は二次救急病院として、九州大学の支援をいただきながら、「断らない救急」を信条にさまざまな病気に対応できる体制を整えています。そして、外来や救急で受け入れた患者さんを入院治療から回復期リハビリテーション、そして退院後の在宅療養へとつなげていくことも重要です。
当院には地域包括医療病棟、地域包括ケア病棟、回復期リハビリテーション病棟があり、患者さんの回復の段階に応じた医療を提供できる体制を整えてきました。
さらに、在宅医療科ではご依頼をいただいた患者さんのご自宅や施設に伺い、訪問診療にもあたっています。このような体制を整えることで、単に病気を治療して終わりにするのではなく、その後の生活まで見据えたトータルケアを実現したい。それが当院の思いです。
当院は将来に向け、2030VISIONと題して「地域と共に、人が集まる病院へ」という目標を掲げております。このビジョンを実現するための大きな一歩として、2030~2031年頃を目途に新たな病院への移転を構想しているところです。
私たちが目指しているのは、具合が悪くなった患者さんだけが訪れる場所ではありません。日頃の健康診断で足を運んでいただいたり、ちょっとした気になる症状を気軽に相談できたりと、皆さんの日常に寄り添える病院をつくりたいと考えています。多くの方に自然と集まっていただけるような、この街になくてはならない拠点となるべく、職員が一丸となって新しい病院づくりへ向けてしっかりと準備を進めてまいります。
当院は、安心して来院できる身近な病院でありたいと考えています。
具合が悪くなったときに受診していただくのはもちろん、紹介状がなくても困ったときにはいつでもご相談にお越しください。また、健康診断などを通じて、病気になる前の健康な状態から皆さんの生活をサポートしていきたいと願っております。
当院で働く医師やスタッフは皆、目の前の患者さんに向き合い、安心していただける医療を届けたいという思いで日々診療にあたっています。これからも地域にしっかりと根を下ろし、皆さんの健康と生活をトータルで支える存在として歩んでまいりますので、どうぞお気軽に当院をご活用いただければ幸いです。
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