

イーヘルスクリニック新宿院 院長、帝京大学大学院公衆衛生学研究科 非常勤講師、久留米大学医学部公衆衛生学講座 助教
2月に入り、今年もまたスギ花粉の飛散が本格化し始めている。
街中でマスク姿の人を見るたびに、「自分もそろそろ……」と憂鬱な気分になっている人はいないだろうか。
花粉症は今や国民の4割以上が罹患しているともいわれる「国民病」だが、その影響は個人の不快感だけにとどまらない。アレルギー性鼻炎による労働生産性の低下によって生じる経済損失は、年間で4兆円以上にもなるという試算もある。
イーヘルスクリニック新宿院(東京都新宿区)が2026年1月に実施したアンケート調査によると、花粉症患者の8割以上が仕事のパフォーマンス低下を実感している一方で、効果的な「新しい治療法」の存在があまり知られていない実態が浮き彫りになった。
同院の院長である天野 方一(あまの ほういち)先生に、花粉症がビジネスパーソンに与える深刻な影響と、新しい治療オプションである「舌下免疫療法」や重症患者向けの「注射薬(オマリズマブ)」について、そのメリットだけでなく費用や条件といった注意点も含めて解説していただいた。
花粉症を、「たかが鼻水、くしゃみでしょ?」と侮ってはいけません。
花粉症は私たちの生活の質(QOL)を著しく低下させるだけでなく、ビジネスの現場においても深刻な停滞を招く要因となります。
当院が2026年1月に全国の一般生活者の男女305名(平均年齢:約40.6歳)を対象に、花粉症治療に関する意識調査を行ったところ、実に82.0%の方が「花粉症の症状によって仕事等の効率が下がっている」と回答しました。(図1)
その内訳を見ると、「とても下がっている」が23.0%、「少し下がっている」が59.0%となっており、多くの人が本来のパフォーマンスを発揮できずにいる現状が明らかになっています。
これは単に鼻をかむ回数が増えるからではありません。鼻づまりで口呼吸になりやすい状態では、集中力や思考に影響が出る可能性があります。さらに、目のかゆみによるイライラ、夜間の鼻閉による睡眠不足が重なることで、出勤はしているものの業務効率が著しく落ちてしまう「プレゼンティーイズム(Presenteeism)」の状態を引き起こしているのです。
しかし、これだけ多くの人が困っているにもかかわらず、満足のいく対策ができている人はごくわずかです。
同調査で「現在の対策や治療に満足しているか」を尋ねたところ、「十分に満足しており、症状をほぼ感じない」と答えた人は、わずか5.9%にとどまりました。(図2)
残りの9割以上の人は症状を抑えきれず、つらさを抱えたまま春のシーズンを耐え忍んでいることになります。
なぜ、このような状況になっているのでしょうか。
その背景にはまず、図3で示したような医療機関での治療の実施率の低さ(45%程度)があります。また、花粉症を抑える薬には往々にして「副作用(眠気)との戦い」がついて回ることも、治療の実施率の低さに影響しているでしょう。
しかし私は、花粉症の治療効果への満足度が低いこと、医療機関で治療を受ける人が少ないことの理由としてもっとも大きいのは、「新しい花粉症の治療法」の選択肢が知られていないからではないかと考えています。
かつての花粉症治療は、「症状が出たら薬で抑える」という対症療法が中心でした。
しかし近年、医療技術の進歩により、「体質を変える」「重症化を元から断つ」といった新しい選択肢が登場しています。
それが、次の2つの治療法です。
1. 根本治療を目指す「舌下免疫療法」
「毎年薬を飲み続けるのはもう嫌だ」という方におすすめなのが、アレルゲン免疫療法の1つである「舌下免疫療法(シダキュア)」です。
これはスギ花粉のエキスを含んだ錠剤を毎日舌の下に含み、体を少しずつアレルゲンに慣れさせていくという治療法です。 3~5年程度の継続が必要ですが、症状を和らげるだけでなく、「寛解(症状がほとんど出ない状態)」を目指せる唯一の治療法として注目されています。
アンケートでは約半数の方が舌下免疫療法を「知っている」と回答しており(図4)、徐々に認知が広まっていますが、実際に始めている人はまだ多くありません。
2. 重症患者向けの薬「オマリズマブ(ゾレア)」
「飲み薬や点鼻薬を使っても、どうしても症状が治まらない」「仕事柄、絶対に眠くなる薬は使えない」。
そんな重症・最重症の患者さんのために登場したのが、抗体医薬「オマリズマブ(商品名:ゾレア)」による注射療法です。
従来の内服薬が「出た症状(ヒスタミンなど)を抑える」のに対し、オマリズマブはアレルギー反応の根本原因となる「IgE抗体」のはたらきを直接ブロックします。
いわば、アレルギーという火事の「火元」を消火するような効果が期待できます。
しかし、この画期的な治療法の認知度はわずか15%程度。「もっと早く知りたかった」と後悔しないためにも、選択肢の1つとして知っておくべきでしょう。(図5)
近年の花粉症治療は多様化しており、症状の重さや体質、治療開始の時期や費用対効果を考慮して選ぶことができるようになりました。私は患者さんに、以下の3つのアプローチを提案しています。
ポイント1 早めの対策で症状を軽減(初期療法)
手軽かつ重要なのが「初期療法」です。この治療では、本格的な花粉飛散が始まる2週間前、あるいは「少し鼻がムズムズしてきた」と感じた時点から抗アレルギー薬を服用し始めます。
これにより、粘膜が炎症を起こして敏感になる前に「バリア」を張り、ピーク時の症状を軽く抑えることを狙います。
ポイント2 寛解を目指す舌下免疫療法
前述のとおり、体質改善を目指す治療法です。根本から治したい方には最適ですが、スギ花粉が飛散していない時期(6月~12月頃)に開始する必要があり、治療期間が長期に及ぶため、計画的な対応が必要です。
ポイント3 重症患者さんには抗体医薬オマリズマブ
従来の治療で効果が得られない場合の、新たな選択肢です。ただし、オマリズマブは効果が期待できる一方で、誰でも使用できるわけではありません。
保険適用には、以下の条件などを満たす必要があります。
● 「前シーズンでも重症な症状があった」
● 「スギ花粉のアレルギー検査の結果が陽性(0~6の7段階のクラスで3以上)」
● 「既存の治療を1週間以上行っても効果不十分」 など
そのため、治療前には慎重な検査が必要になります。
また、薬価が高い傾向にある点も理解しておく必要があります。投与量と投与間隔は血中IgE濃度と体重によって決まり、自己負担額(3割負担の場合)は月に数千円から数万円ほどとなります。
「忙しいから病院に行けない」「毎年なんとかなっているから」と受診を先送りにしてしまう気持ちはよく分かります。しかし、花粉症を放置してパフォーマンスを落とすことは、ご自身にとっても、会社や社会にとっても大きな損失です。
現在、花粉症治療は症状の重さや体質、そして費用対効果を考慮して選ぶことができます。自分に合った治療法を選ぶには、まず自分の体の状態を知ることが重要です。アレルギーの程度は血液検査で数値として確認できます。そのうえでかかりつけの医師と相談して適切な治療を選び、より快適な生活を目指しましょう。
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イーヘルスクリニック新宿院 院長、帝京大学大学院公衆衛生学研究科 非常勤講師、久留米大学医学部公衆衛生学講座 助教
埼玉医科大学卒業後、都内の大学附属病院で研修を修了。東京慈恵会医科大学附属病院、足利赤十字病院、神奈川県立汐見台病院などに勤務、研鑽を積む。2016年より帝京大学大学院公衆衛生学研究科に入学し、2018年9月よりハーバード大学公衆衛生大学院(Harvard T.H. Chan School of Public Health)に留学。予防医療に特化したメディカルクリニックで勤務後、2022年4月東京都新宿区に「イーヘルスクリニック新宿院 (eHealth clinic 新宿院)」を開院。複数企業の嘱託産業医としても勤務中。