横浜市立大学総合診療医学准教授の日下部明彦先生は、緩和ケアを専門とされています。今回は10記事にわたり、「胃ろう」について日下部先生にご説明いただきました。本記事は、「胃ろうとはなにか、胃ろうという方法をどうとらえるべきか」についてのお話です。
胃ろうに関わる問題は度々メディアでも取り上げられます。
「その時になってみないと……」「単なる延命処置ならしたくない……」「自分は胃ろうはしたくないけど、家族だったらどうしよう……」「日本の医療費を考えたらどうなのか……」
自分のこととして考え出すと非常に難しく、なかなかモヤモヤは晴れないのではないでしょうか?
私・日下部は、消化器内科医として実際に胃ろう造設の手術を行ってきました。その後は在宅医として、在宅や介護施設での胃ろう管理に携わってきた経験も持ちます。また緩和ケア医として、どのようにがん患者さんの幸せのために胃ろうを役立てていくかということも考えてきました。
そのような経験をもとに、私はこの連載でみなさんの胃ろうについてののモヤモヤをスッキリさせたいと考えています。
胃ろうについてメディアから聞こえてくるのは、「延命治療」「もう口から食べられない」「胃に穴をあけてまで生きたくはない」「医療費の高沸」等のネガティブな意見やキーワードが多いように思います。どうも「胃ろうはよくないもの」というイメージがあるようです。恐らく、今現在健康な方であれば、なるべく胃ろうはせずに人生をまっとうしたいと考える方が多いのではないでしょうか。
さて、医学部の試験で、「胃ろうとは何か?」と問われたら、以下のように答えれば合格点です。「体表と胃内腔(胃の空洞部分)をつなぐトンネル。主に内視鏡で人工的に造設する。栄養ルートのひとつであり、自力で栄養が摂れなくなった患者に胃ろうを用いて経腸栄養を行う。」
これが、医学的な面でのみ述べた胃ろうです。つまり胃ろうとはシンプルに言うとトンネルのことなのです。
胃ろうは人工的に造ったトンネルで、その目的は栄養・水分・薬剤を胃の中に注入することです。つまり胃ろうは口から栄養を十分に摂れない状態にある方への栄養のルートのひとつであり、位置づけとしては、点滴の“針”と同様のものと言えるでしょう。
なお、栄養ルートには腸管を使った栄養方法と静脈を使った栄養方法があります。
腸管を使った栄養方法のほうが、栄養面・感染防御面・簡便性・経済面において優れており、口から物が食べられなくなった場合の栄養ルートとして、医療的には腸管を使った栄養方法(経腸栄養)が日本でも欧米でも薦められています。経腸栄養を行うためのルートとして、経鼻胃管(鼻からチューブを挿入し、胃の中にチューブの先端を留置する方法)と胃ろう(または腸ろう)がありますが、長期的(4週間以上)に栄養療法が必要と見込まれる場合は、胃ろうが薦められます。
栄養療法のルートとして胃ろうが最も優れているため、医療者は胃ろうを薦めるのだということは、一般の方々にも理解しておいて頂きたい重要なポイントです。
医療者の方もこの記事を読んでいらっしゃるかもしれません。医療者の方には、本人・家族へ突然「胃ろうにしますか? しませんか?」と聞くのではなく、まずは栄養療法の効果があるかどうかの評価を行った後に「栄養療法を希望しますか? しませんか?」と尋ねるべきであることを付け加えておきます。
現在胃ろうをされている患者さんは、日本全国に40万~60万人と推定されています。また、胃ろうをされているの患者さんに関わる方の数は、家族や介護士、介護施設スタッフ、訪問看護師、在宅医等を含めると、患者さん1人に対してサポート者10人以上と考えられます。この記事を読んでいる方で、現在当事者である方もいらっしゃることでしょう。それぞれの方が、胃ろうに関わり、それぞれの感じ方をしていることと思います。
胃ろうがうまくいっている話のほうよりも、胃ろうをしてよくなかったというネガティブな話のほうが広がりやすいようです。医療者の中でも胃ろうに対して個人的に消極的な考え方を持つ方がいることは否定できません。ですから、まず医療者も含めて、世の中のムードに流されず、胃ろうに対しての基礎的かつ正確な情報を得ることが必要だと私は考えています。
個別の介護や生活は、人と同じものはありませんので、人の数だけ胃ろうに対する感じ方があります。介護生活は大変なことが多いでしょう。それと同時に辛いことも多いと思います。ただそれは胃ろう自体が原因で起きている辛さではありません。
胃ろうはあくまで一つの医療的な処置です。胃ろう自体がいい・悪いということはありません。原子力がいい・悪いではないというのと同じと考えて頂けると良いでしょう。胃ろうをよりよく使うことで、介護生活はもっと理想の生活に近づく可能性があります。
胃ろうは私たちの生活をよりよくするための道具であるとして、ニュートラルに捉えなおすことが重要です。
この項の最後に、医療者や援助者が、胃ろうについて最も行ってはいけないことをお伝えします。それは、目の前の胃ろうを持つ方に「どうして胃ろうなんかにしたの?」と発言したり、そのような態度をとることです。
胃ろうについての考え方は様々ありますし、胃ろう造設時の状況と現在の状況が違っていることもあります。今の状態だけ見て、目の前の方の胃ろうに対し否定的な態度をとることは、いわゆる「後出しジャンケン」です。医療者・援助者の行うことは、その胃ろうを用いて、または用いないで、患者さんと家族の理想の生活に近づけるお手伝いをすることです。