胃ろうからの栄養療法が中止される場合には、大きく分けて2パターンがあります。医療的な理由による場合と、家族からの申し出による場合です。この記事では、こうしたケースにおいてどのようなことが考えられ、どのように判断がなされるのかについて、横浜市立大学総合診療医学准教授の日下部明彦先生に引き続きご説明いただきます。
栄養中止が考慮される状況は大きく分けて以下2つのパターンです。
特に胃ろうを行っていない、口から食事ができる方であっても、食事を摂れないときや摂りたくないときがあります。たとえば、インフルエンザ感染などで高熱が出たときです。なんとか水分は摂るように努力しますが、食事は摂れそうもありません。そんなときには、だれであっても無理に食事を摂ることはしません。
胃ろうからの栄養療法をされている方も同様です。発熱している、痰の絡みが多いなど、いつもの様子と異なっていれば消化管運動や吸収機能が落ちているかもしれません。体調に合わせて栄養の量を調節することが重要です。
人は徐々に衰えていきます。胃ろう栄養を開始した数年前に注入していた1200キロカロリーという量が、現在の体調に対しても適正かどうかは常に評価し調節する必要があります。患者さんののどからゴロゴロとした音がよく聞こえる場合は、今の体調に対して栄養の量が過剰になっているかもしれません。一日600キロカロリーの栄養で何年もご自宅で過ごされている方も在宅医療ではそれほど珍しくはありません。超高齢者に適した栄養量というのは明らかではありませんので、計算式ではなく、よく患者さん本人の様子を見ながら、加減するのが正しいでしょう。
終末期医療に携わっている在宅医療のスタッフは、患者さんの老衰による死を何度も経験しています。ご家族からの話・身体診察・バイタルサインから、お別れが近い状態かどうかを判断できることもあります。そのような際には、医療側から栄養療法の中止を提案することもあります。亡くなる前に、栄養や水分をそれほど必要としないことは、生物として自然なことです。
私たちは、家族からの申し出により、トラブルなく行われていた胃ろうからの栄養療法の中止を医療チームで検討したことがあります。患者さんはアルツハイマー型認知症の終末期であり、寝たきりで、表情も消失した状態でした。そんな認知症の母親を介護する娘さんから、「母は今のような状態を望んでいない。苦しんでいると思う。胃ろうをやめさせてあげたい」という申し出がありました。
「そんなことできるわけがない!」とお思いになる方は多いでしょう。実際に相談を受けた医療者もいらっしゃるかもしれません。そんなことをしたら罪に問われると思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし私たちは、ガイドラインに沿ってクリニックで以下のことを行いました。
そして、患者さんのご自宅で関係者(娘さん・医師2名・ケアマネージャー・訪問看護師・介護士・福祉用具・訪問入浴のスタッフ)によるカンファレンスを2回行いました(事前に娘さんを含む全員にガイドラインを熟読してもらいました)。いずれの職種も娘さんが今の母親の幸せを考えて栄養療法の中止を望むのならば、娘さんの考えを支援するという意見でした。この結果、家族と多職種間で合意が得られ栄養療法を中止する方向となりました。しかし、最終的には栄養療法の中止を行う前にインフルエンザ感染症により呼吸状態が悪化し、永眠されました(栄養中止の申し出があってから約3か月後)。
胃ろうを含め、人工的な栄養療法を希望するかどうかは本人・家族の自己決定権と捉えられるようになってきています。認知症終末期の患者さんが自力で食事を摂れなくなれば、それを寿命と考え、家族も人工的な栄養療法を希望しない、医療者も敢えて人工的な栄養療法を勧めない、というかたちも少しずつ増えてきています。
一度胃ろうを造設したならば、それをずっと使い続けなければいけない・栄養を入れ続けなければいけないというのはおかしな話です。点滴のルートに置き換えて頂くとよいでしょう。使うか使わないかは、その時の病状や取り巻く状況に合わせて異なります。胃ろうによる栄養療法のメリット・デメリットを継続的に評価し、常に患者さんご本人とご家族の幸せにつながるような胃ろうの使い方を考えるということが、本来あるべき姿と考えます。胃ろうはあくまでもご本人・ご家族の理想の生活を実現するための道具に過ぎません。
前述の①のパターンについては、適正な医療を行っているだけであり、全く法的にも倫理的にも問題はないと思います。しかし、②については、悩まれることもあるかもしれません。
まず、「法的な問題があるか?」です。このあたりの法整備の動き(いわゆる、尊厳死法案)はありますが、治療の差し控え・中止が明確に認められているわけではありません。かと言って、法的に禁止されているわけでもありません。栄養療法の差し控え・中止は、特に在宅医療のなかではそれほど珍しいことではありませんが、表立って明らかにすることではないというのが今までのスタンスだったと考えられます。
日本老年医学会のガイドラインに作成には多くの法律家が参加しており、本人のより良き生の観点から人工栄養中止の検討を検討することを支持しています。私たちは、前述のケースについては学会発表や論文発表を行っておりますし、NHKスペシャルでも紹介されましたが、警察からの問い合わせはありません。
医療従事者にとって大切なのは、患者さんまたは家族から、栄養療法の中止の申し出があった場合は、決して「そんなこと言わないで、がんばりましょうよ」と流すのではなく、真摯に思いを聞くことです。そして、ガイドラインを参照し、本人・家族の理想の生活をどう実現させるかを考えることです。私たちの経験上、そのプロセス自体が非常に重要な支えとなります。