ご自身の将来の可能性として胃ろうを考えるとき、特に胃ろうを希望しない場合、「事前指示書」は非常に大切です。誰もが知っておくべきこの問題について、横浜市立大学総合診療医学准教授の日下部明彦先生に引き続きご説明いただきます。
自発的に口からものが食べられなくなった場合には、人工的な栄養療法を行うことができます。
「自発的に口からものが食べられなくなる病状」というのは様々ありますが、あらかじめ多様なケースを分けて考えておくのは難しいことです。そして、多くの医療者は患者さんを見れば、まず救命的な処置を行うことを考えます。ですから自発的に口からものが食べられなくなった患者さんに対しては、なんらかの栄養療法の実施を考えるでしょう。そして、栄養療法のなかでも日本静脈経腸栄養学会のガイドラインで推奨され、最も効果が期待でき、扱いが簡単で、家族の方々でも扱うことができ、費用もそれほどかからない胃ろうをお勧めすることになるでしょう。
ただし、患者さん自らが「胃ろうを希望しない」と意思表示した場合や、あらかじめ「胃ろうを希望しない」と事前指示書に明記していた場合には胃ろうは行わないという結論になるかもしれません。
ただし、「胃ろうは希望しません」では患者さんの意図は十分に医療者へ伝わりません。患者さんが希望しないのは、「胃ろう」でしょうか? それとも「人工的な栄養療法」を希望しないということでしょうか? 胃ろうは拒否するが、高カロリー輸液を希望するという意味でしょうか?
胃ろうを含めた人工的な栄養補給法全般を希望しないのならば、事前指示書にも「人工的な栄養療法を希望しない」と記載する必要があります。もし、「胃ろうは嫌だけれど、高カロリー輸液は希望する」という患者さんがいらした場合ですが、残念ながらそれは医療的に認められません。胃ろうは消化管機能が保たれている患者さんにとって栄養療法として最も優れた方法であり、患者さんの好みで選択するべきものではないからです。患者さんに「この抗生物質を飲みたい」と言われ、その通りに処方する医療は良い医療ではないのと同様です。つまり胃ろうを希望しないということは、人工的栄養療法を希望しないということだと認識する必要があります。
患者さんが自ら人工的な栄養療法を希望しないと意思表示した場合や、あらかじめ「人工的な栄養療法は希望しない」と事前指示書に明記していた場合でも、まだいくつかのハードルがあります。
当然のことのように感じられますが、家族内で共通の認識であることを確認する必要があります。
「死は敗北ではない」「終末期においては自己決定権や本人の尊厳をより意識する必要がある」「患者本人の希望によって治療を差し控えることは、法には触れない」「倫理的な問題は医療チームで考える」…このようなことを主治医が理解していないと、話し合いが進みにくくなります。かかりつけ医がいると、家族は終末期医療に対する希望や死生観を共有しやすくなります。
認知症や老衰で徐々に経口摂取量が少なくなってきた場合、再び経口摂取が可能になる見込みは、ほぼないでしょう。この状態であれば、主治医も人工的な栄養療法を行わないことに同意するかもしれません。しかし、脳卒中による嚥下障害については回復の可能性があり、胃ろうを行うメリットが高いと考えられます。その場合はよく主治医の説明を聞き、再検討されることをお勧めします。
遠くで暮らしているお子さん方も含めた話し合いの結果であり、家族の総意として人工的な栄養療法を行わないと考えていることが重要です。
主治医だけでなく、関わっているすべての医療スタッフが「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン~人工的水分・栄養補給の導入を中心として~」や「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を参照し、人工的な栄養療法の中止に対して全員が合意している必要があります。
人工的な栄養補給・水分補給法を行わなければ、入所できない介護施設(もちろん病院も)もあります。
ご本人・ご家族が望むような終末期医療が最も叶いやすいのは、かかりつけ医をもつ在宅療養の患者さんといえます。