ミトコンドリアは私たちの体を構成する細胞の中で活動に必要なエネルギーを作り出しています。このミトコンドリアの機能が障害され、細胞の働きが悪くなることによって起きるさまざまな症状を総称して「ミトコンドリア病」と呼んでいます。厚生労働省の難治性疾患研究班「ミトコンドリア病の診断と治療に関する調査研究班」の研究代表者であり、国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター メディカル・ゲノムセンター長の後藤雄一先生に、ミトコンドリア病についてお話をうかがいました。
ミトコンドリアは細胞のひとつひとつにそれぞれ数百個ずつ存在し、さまざまな働きをしています。しかし、もっとも重要な働きは細胞の活動に必要なエネルギーを作り出すということです。
ミトコンドリア病とは、ミトコンドリアに異常が生じることで機能が障害され、細胞の働きが悪くなってさまざまな症状が現れることをいいます。体のどの部分のミトコンドリアにどれくらい異常が生じるかによって症状が大きく異なります。
ミトコンドリア病の原因はDNAが変化することによる遺伝子変異です。これにはミトコンドリアDNAの変異である場合と、核DNAの変異である場合の2通りがあります。DNA(デオキシリボ核酸)には私たちの体を形づくるために必要な情報が入っていて、そのひとつひとつが遺伝子と呼ばれています。
核DNAはミトコンドリアDNAの働きにもかかわっています。ミトコンドリアに必要なタンパク質のうち約1,500種類が核DNAの情報をもとに作られ、13種類がミトコンドリアDNAの情報をもとに作られますが、ミトコンドリアDNAは核DNAのおよそ10倍も変異が起こりやすいといわれています。
ミトコンドリア病を引き起こすミトコンドリアDNAの変異でもっとも代表的なものは3243変異と呼ばれるものですが、他にも多くの変異が見つかっています。そして現在は新しく核DNAの遺伝子異常の変化が次々に見つかってきています。
ミトコンドリア病は、エネルギーを多く必要とする脳や筋肉などに特に症状が出やすいことから「ミトコンドリア脳症」「ミトコンドリア脳筋症」とも呼ばれています。しかし、体のどの部分で症状があらわれるかは症例によってさまざまです。
また、パーキンソン病など、これまで別の神経疾患であると考えられていたものが実はミトコンドリアの機能異常を背景にして起こっているということがわかってきました。したがって、どこまでの範囲をミトコンドリア病と呼ぶべきなのかということ自体、狭く考えるか広く考えるかによってかなり変わってきます。疲れやすさ・精神症状・糖尿病などもミトコンドリア病の症状のひとつですし、老化現象も広い意味ではミトコンドリアの機能異常が関係しているといえます。
しかし、ミトコンドリアの機能異常全般をミトコンドリア病としてとらえるとあまりにも範囲が広すぎます。診断がついていないだけで、実はミトコンドリアの異常が隠れているという方はたくさんいらっしゃると考えられます。したがって、一般的にはミトコンドリアの細胞内でのさまざまな働きの中でもっとも重要なエネルギーを作り出すというところを中心に考え、エネルギーの産生低下によって起こる病気を総称して「ミトコンドリア病」と呼ぶようにしているのだと理解していただくとよいでしょう。
ミトコンドリア病は国から難病に指定されていて、平成24年度医療受給者証保持者数は1,087人となっています。これを患者数ととらえるとけっして多いわけではありません。つまり、代表的な遺伝子変異である3243変異やその他のミトコンドリア異常を持っている方がたくさんいらっしゃる中で、ごく一部の方しか発症していないということです。
しかしながら、患者さんがどれくらいいるのかというのは非常に難しい問題です。今のところミトコンドリア病の診断基準には全世界的に定まったものがありません。日本では国が医療面の支援をするために認定基準を設けましたが、現在それは診断基準としては用いられていませんし、その基準に基づいて疫学調査を行ったわけでもありません。
たとえばフィンランドやイギリスでは、数万人を対象として3243変異を持っている人たちがどれくらいいるのかということを調べた疫学調査があります。それらをみる限り、ミトコンドリア異常を持つ人たちが相当多いであろうということはいえます。
もちろん、ミトコンドリア病の遺伝子変異は3243変異だけではありませんから、それだけを判断基準にするというのはまったく現実的ではありません。しかもエネルギー産生の低下を客観的に評価するような指標もありません。たとえば血液検査で数値を見ればわかるというようなものではないため、診断は困難です。
変異があっても発症しない方はたくさんいらっしゃいます。ミトコンドリアDNAの場合は核のDNAとは異なり、ひとつの細胞に数百から数千ものコピー(複製)が入っています。そのうちの一部に変化があったとしても何も細胞には影響がなくて病気を発症しない、しかし遺伝子検査をすると変化をもったDNAが見つかるという方がいらっしゃいます。遺伝子の変化が見つかるということと病気であるということはまったく違います。その点がミトコンドリア病の診断において、非常に難しい部分となっています。
ミトコンドリア病にはさまざまな臨床症状があるため、どの臓器を中心にみていくのかという点も含め、全体でひとつの診断基準を作ることが難しくなっています。ミトコンドリア病は症状の現れ方によっていくつかの病型に分類されているため、病型ごとにそれぞれの診断基準を個別に作ったほうがしっかりとした診断基準ができるという面があります。現在は新しく診断基準を作成すべく、議論を重ねながら見直しを行っているところです。
ミトコンドリア病はその症状の現れ方によってさまざまなタイプ(病型)に分類されます。代表的なものは次のとおりです。
たとえばミトコンドリア病で一番多いMELAS(メラス)という病気は脳卒中を起こすとされていますが、MELASの原因となるミトコンドリア遺伝子の変異を持っていても、大部分の方は脳卒中を発症することはありません。遺伝子変異を持っている方はたくさんいらっしゃるのですが、実際に脳卒中になる方は少ないのです。
しかも、なぜ脳卒中になるのか、どのような場合になるのかということがまったくわかっていません。外来に来られる患者さんやご家族の方には脳卒中を心配されている方が多いのですが、わからないことをあまり心配しすぎないほうがよいのではないかということをお話しするようにしています。
インターネットなどではどうしても症状が重い患者さんの情報が目につくことが多いのですが、症状が軽い方は普通に生活していますから、ご自分から何かを発信するということはありません。その結果、外来に来られる方は重症例の情報だけを持って不安を抱えた状態で来られています。しかし病気が発症するかどうか、症状が重いか軽いかということは今の研究段階ではまったく予想がつきません。ですから、外来に来られる方の多くが過度に心配しているという状況があります。
脳や心臓など大事な臓器に関しては、定期検診を受けて早めにその異常をチェックし、できるだけ早く対処するようにしたほうがよいということをお話ししています。だからといって過度に心配をして運動もしないなど、日常生活の中でむやみに制限を設ける必要はないと考えていますが、それも実際のところ個々の症例によって異なってきます。
ですから、ミトコンドリア病をよく診ている専門の先生に診てもらうということが重要です。我々の研究班でも、今後はミトコンドリア病を診ることができる専門医を全国に配置できるよう取り組んでいかなければならないと考えています。
ミトコンドリア病の経過は、急性に現れる場合・ゆっくり症状が現れる場合・ゆっくり改善する場合・ほとんど変わらない場合など、あらゆる経過がありうるため、将来の予測は困難です。
たとえばミトコンドリア病の病型のひとつにLeber病(レーベル遺伝性視神経症)という視神経が障害される病気があります。この病気は発症すると急速に悪くなって失明に近い状態に進行しますが、2年以内に徐々に視力が回復するケースが数パーセントの割合でみられます。治る方と治らない方では何が違うのかということも研究されていますが、まだわかっていません。
ミトコンドリア病は病型によっても異なりますが、急激に症状が進み、乳児のうちに亡くなるような重篤な例もあれば、60~70歳で初めて病気がわかる方もいらっしゃいます。ですから、診ている診療科もまちまちで、新生児であれば小児科医が診ていたり、高齢で発症した方は老年科の医師が診ている場合もあります。そういった状況があるため、疾患の全体像を把握することがなおさら難しくなります。
ミトコンドリア病の検査は、「どのような症状が出ているかを調べる検査」と「ミトコンドリアの異常を調べる検査」の2つに大別されます。
筋生検(きんせいけん)に関しては、全国から1年間でミトコンドリア病疑いの患者さんおよそ200~300人分の検体が送られてきます。主に大学病院から送られてくることが多いのですが、おそらく主治医の先生がミトコンドリア病を疑い、筋生検で診断がつく可能性があると考えて検体を送ってこられているのだろうと考えています。一方で規模の小さい病院や一般病院ではそこまでの検査ができないので、経過観察をしているという場合もあるかもしれません。
医療機関の役割として、大学病院のような専門的な検査ができるところとそうでないところとでは、どこまでの検査を実施するかということが変わってきます。また、それとは別に患者さんと医師の関係性もかかわってきます。患者さんが病気の原因を探してほしいと強く希望している場合など、さまざまな要因が関係するため、「この段階でここまでの検査をしたほうがいい」ということも一概にいえない部分があるのです。
たとえば外来では、血液検査で乳酸の値が高くミトコンドリア病が疑われる状態があるものの、現在は元気なので様子を見ているという患者さんもたくさんいらっしゃいます。しかし、どのような施設でいつ・どこまでの検査を受けるべきかというような検査の指針となるものを出すこともなかなか難しいというのが実際のところです。
ですから、検査についてもやはり専門医に相談していただくのが一番よいと考えています。検査方法も進歩していますし、出てくる結果の解釈も少しずつ変わってきています。近年、特に遺伝子検査の方法が大きく進歩しているので、将来的には遺伝子の変化がより詳しくわかるようになり、確定診断がつくということも期待できます。
ミトコンドリア病の治療法は対症療法と原因療法の2つに大きく分かれます。
ミトコンドリア病の治療については、それぞれの臓器ごとのいわゆる対症療法が中心となります。たとえば難聴の場合は人工内耳が非常に有効ですし、けいれんには抗けいれん剤が効きます。また糖尿病であれば血糖降下薬やインスリンを使うことで治療が可能な症状がありますので、それぞれの専門医に診てもらい、対症療法をしっかりと行うことが大切です。
その一方で、病気そのものの本態がミトコンドリア機能の異常であるため、ミトコンドリアの代謝にかかわる物質やビタミン類を投与して、ミトコンドリアの機能を高めることをめざした治療も行われています。これらの治療薬については現在も研究が行われていますが、今のところ有効性が証明されているものはまだありません。
また、それ以外の原因治療としては、ミトコンドリア遺伝子の中で変異を持っているものを壊して正常なものを残すという、遺伝子治療的な方法の研究も行われています。最新の治療に関する研究については、記事2でもう少し詳しくご説明します。
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター NCBN中央バイオバンク上級研究員、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター メディカル・ゲノムセンター特任研究部長、東邦大学 客員教授、東京大学医学部 非常勤講師、横浜市立大学医学部 非常勤講師
日本小児科学会 小児科専門医日本小児神経学会 小児神経専門医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医・臨床遺伝指導医
北海道大学医学部に学び、1988年からミトコンドリア病の研究を始める。1990年にミトコンドリア病の中でもっとも頻度の高いMELASの遺伝子変異を発見し、Nature誌に報告した。厚生労働省「ミトコンドリア病の診断と治療に関する調査研究班」の研究代表者を長年勤めた(令和4年度まで)。
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側頭葉てんかんもち、頚椎神経根神経症もち、です。なやんでいます
頚椎神経根症はっしょうしてから、睡眠に、入る時や、入ってから、体があっちこっちと。びくつきます。 一分間にひどい時は20回。その日は、1時間しか、睡眠が取れなかったのですが、最近は、びくつきの時、前よりびくつきが、小さいために、熟睡していないように、感じますか、このままほっておいて大丈夫なのか、心配です。また、側頭葉てんかん医師に相談したところ、てんかんからではないと言われました。
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