名古屋大学腎臓内科教授の丸山彰一先生は、現在脂肪由来幹細胞という特殊な細胞を用いた腎炎の治療について、研究活動を進められています。脂肪細胞由来幹細胞は臓器再生を助ける働きのほかに免疫系を調整する役割も持ち合わせているため、腎炎や腎疾患以外の自己免疫疾患(膠原病など)数多くの疾患に応用が可能です。この治療法はこれまで手の施しようがなかった重篤な患者さんを救う画期的な方法ではあるものの、幹細胞の培養など一部の手順においてはまだ課題が残っているといいます。引き続き、丸山先生にご説明いただきます。
ヒト間葉系幹細胞は骨髄や脂肪などの中胚葉性組織に由来した幹細胞のひとつで、骨や軟骨、脂肪など様々な組織に分化する能力や免疫制御機能を持っており、幹細胞治療のための細胞源として注目を集めています。
ヒト間葉系幹細胞を用いた細胞治療はすでに臨床に活用されつつあります。たとえばヒト間葉系幹細胞は、GVHD(移植片対宿主病)※という重い病気の消化器症状に劇的な効果があることが知られており、治験が終わって国から承認を得た薬剤が実際に販売されています(テムセル®)。
移植を受けた場合にしばしばみられる合併症で、ドナーから提供された移植片(いしょくへん:健康な体の一部から採取した正常組織のこと)に含まれるリンパ球が、レシピエントである患者さんの体そのものを「敵」と判断して攻撃してしまう免疫反応のことです。移植後、早い段階で起こるGVHDは急性GVHDと呼ばれ、皮疹や下痢、肝障害などが起こります。一方、移植後100日以上が経過して起こるGVHDを慢性GVHDといいます。慢性GVHDでは皮膚症状や目の乾燥、口内炎、肝障害など多彩な症状が生じます。
先ほど、ヒト間葉系幹細胞には免疫制御機能があるとお話ししました。またヒト間葉系幹細胞は骨髄のみならず、脂肪組織にも多量に含まれています。そこで私は、脂肪組織から採取したヒト間葉系幹細胞(脂肪由来幹細胞)を腎炎治療に使うことができないかと考え、現在脂肪由来幹細胞を用いた腎炎治療(炎症の抑制効果)の研究を進めています。
腎炎には様々なタイプがありますが、現在私が計画しているのは腎炎の中でも最重症型であるANCA関連腎炎に対する治療です。「ANCA」とはanti-neutrophil cytoplasmic antibodyの略称で、抗好中球細胞質抗体のことを指します。ANCA関連腎炎とは、好中球のなかにある細胞質(核以外の物質)に対する自己抗体が原因となる難治性の腎炎です。
ANCA関連腎炎の場合、高齢の患者さんが多いので、免疫抑制治療に伴う感染症死が多いことが問題とされていました。
通常、ANCA関連腎炎にはステロイドに加えシクロホスファミド水和物やリツキシマブといった免疫抑制剤が処方されます。これらの薬剤は強力な効果を発揮しますが、以前は多くの患者さんが治療の途中で亡くなっていたことが統計調査にて判明します。その後、薬の量を減らすことで死亡率は下がりましたが、腎生存率の改善は思わしくありません。副作用を生じずに治療をすることが難しく、長年の課題だったのです。
従来の免疫抑制剤が効かない方、あるいは高齢で十分な体力がない方に対して強い免疫抑制治療を継続するのは危険です。また、このような方々はやはり腎不全に陥ることが多いので、ここに対して新たな治療を提供できないかを考えています。
この研究の問題は、培養に時間がかかることと、培養液の認可をとるのが困難なことです。
培養方法には二つの手段があります。ひとつめは、患者さん自身の細胞を採取して培養し、体内に戻す方法です。ふたつめは、血液型も合わせずまったく他人の細胞を入れる方法です。この場合はすぐに使用できますが、他人の細胞が体内に入り込むとHLA抗体※ができてしまうため、将来の腎移植に支障を生じます。現在のところは副作用が生じにくい患者さん自身の細胞で進めようとしています。しかし、自己の細胞を用いる場合、培養に一か月かかってしまいます。そのため、この治療法が適応されるのは、従来の治療では治らず慢性に病気が進行する難治症例に限定されます。
白血球には赤血球と同様、血液型のようにA座、B座、C座、D領域(DR・DQ・DP)の6つに分類されています。これをHLA型(ヒト白血球抗原)といいます。臓器移植の際や複数回にわたって血小板輸血を受けた方に対しては、このHLA型が一致している血液を輸血しなければなりません。兄弟・姉妹間では4分の1の確率でHLA型が一致しますが、他者間では数百〜数万分の1の確率でしか一致しません。過去に輸血を受けた場合には、移植に障害となる抗HLA抗体が産生されている可能性があります。
私たちの研究グループは独自に培養液および培養法(低血清培地:通常培養と比べて再生促成因子を多く分泌し、かつ腎保護効果が高いという特徴を持つ)を編み出していますが、実際に使用するためには、培養液一つ一つの組成において、それを人に使ってもよいという特別な許可を取得しなければなりません。これを私たち研究者の力のみですべて取得することは非常に困難であり、どうしても製薬会社などの企業に入っていただかなければやりきれないのが現状です。現在は、企業の協力を得ながら開発した培養液をもう一度見直している段階にあります。
このように、脂肪由来幹細胞を用いた腎炎治療の見通しは立ってきたものの、実際に臨床の現場で使えるレベルには到達しておらず、その導入にはまだ時間がかかりそうです。
私たち以外にも、北海道の大学グループが骨髄由来のヒト間葉系幹細胞を培養して脳梗塞治療に応用しようという研究を行っていますが、この培養液の許可取得にも大変な苦労があったとお聞きしています。
ただし現在の日本は細胞治療に関する法律が定まったので、定められた基準をクリアすれば使用が可能になるところまで到達してきました。現在、製薬企業をはじめとして、多くの会社が一斉に細胞治療分野に参入し始めています。今まさに、本格的な研究が始まったところといえるでしょう。近い将来、日本から世界に向けて新たな細胞治療が発信されるのではないかと期待しています。
現在、私たちは重症患者に対する細胞治療研究を実施する体制を作っている最中です。こうした細胞治療は大学と相性が良い研究テーマだと考えます。製薬企業の立場では、稀な難病の患者さんひとりひとりに多額のお金や手間暇をかけることは好みません。一方、大学の立場からすると、重症の難病患者さん一人ひとりを丁寧に治療していきたい気持ちが強くあります。つまり、企業があまり好まない分野の研究を積極的に行っていくことができるのです。ニッチな分野だからこそ、大学できちんとやる意味があると考えています。
脂肪由来幹細胞を用いた腎炎治療が市民権を得れば、たとえば糖尿病性腎症の患者さんに一般の薬として注射することが可能になるかもしれません。最初は少数の重症例だけを適応として、徐々に一般に普及していくことが大学の使命です。
ヒト間葉系幹細胞は骨髄、臍帯、脂肪を含む全身の臓器から採取可能です。私はこのなかでも脂肪が一番再生医療に適していると考えています。脂肪細胞由来幹細胞は骨髄由来間葉系幹細胞と比較して培養による増幅が容易であること、高い分化・再生能のみならず高い免疫調整機能を持ち合わせていることがわかっています。この治療研究の話は腎炎に限らず、自己免疫疾患一般にも応用することができます。
私は腎臓内科であり、自分の目の前の患者さんに多い腎炎治療の実現を目指していますが、次の段階では腎炎に限らず腎疾患以外の膠原病(SLE)や神経の難病である多発性硬化症などにも応用していけるでしょう。脂肪由来幹細胞を用いた治療は世界中で何百単位の臨床試験が進行している最中です。
脂肪由来幹細胞の基礎研究から腎炎への治療応用に向かっていき、やがてより多くの疾患にこの治療法が用いられるよう、引き続き研究を進めていきます。
名古屋大学腎臓内科 教授
丸山 彰一 先生の所属医療機関
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