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インタビュー

公開日 : 2017 年 01 月 10 日
更新日 : 2017 年 05 月 08 日

静岡県立静岡がんセンター(以下、静岡がんセンター)は、現在の日本のがん診療の中心的存在です。院内がん登録数は全国2位、あるいは「がんに強い病院ランキング500」(「ダイヤモンドQ 創刊準備3号」ダイヤモンド社)第2位で、年間2,000名以上の治癒を達成しており、その実力は折り紙付きです。加えて、患者家族支援を徹底させ、年間1,000名以上の最期の看取りをQOD(Quality of Death、死の質)の追求しながら実施しており、その活動には「朝日がん大賞」が授与されています。こうした静岡がんセンターの「患者さん最重視」の取り組みについて、静岡がんセンター総長 山口 建先生におうかがいしました。

静岡がんセンター設立の経緯

患者さん重視のがん医療を。静岡がんセンター設立から今日までの歩み

静岡がんセンター内観

静岡がんセンターの計画が持ち上がったのは、1994年、静岡県東部地域に「医療城下町」をつくろうという声がきっかけでした。この医療城下町が、記事2『静岡県に医療城下町を!ファルマバレープロジェクトで変わる、静岡県東部地域の医療と経済』でお話しするファルマバレープロジェクトにもつながってきます。

もともと沼津市、三島市や静岡がんセンターがある駿東郡長泉町などの静岡県東部地域は、長期療養型の病院が多く、いわゆるオーバーベッド(病院などの保険医療機関における定数超過入院)の地域で、総合病院をつくることは困難とされていました。一方で、「静岡県にがんセンターがほしい」という声もあったことから、静岡がんセンター設立の案が出てきました。

私は当時、国立がんセンターに勤務していました。いわずもがなですが、国立がんセンターは日本のがん研究の中心施設です。確かに国立がんセンターを含むがんを扱う病院では今まで「がんという病気そのものの研究」を熱心に追求していましたが、「がん患者さんを対象とした研究」はほとんどなされていない状態でした。そうした背景から、静岡がんセンターは患者さん重視のがんセンターにしようという方針を立て、国立がんセンターとの差別化を明確にしました。

そして、2002年に静岡がんセンターが開院したのです。

患者家族支援学の確立

「がん患者さんの研究」には患者家族支援学が欠かせません。患者家族支援学とは、がんなどの病気においていかにして患者さんやその家族を支援するのかを体系的に研究・実践する学問分野です。より広い意味で「がんの社会学」とも呼んでいます。

たとえば胃がんという病気の研究では、10人の胃がん患者さんがいたとして、がん細胞の特性に注目し、個別化治療を研究する時代になりました。一方、医学的には一人ひとりの患者さんの悩みや負担、あるいは家庭状況や就労は考慮せず、治療を勧めることが一般的でした。むしろ、患者さん一人ひとりの社会的状況にとらわれずに最善の治療を実施することが医療スタッフの心構えとされてきました。

しかし患者さんのバックグラウンドは実にさまざまです。高齢で独居している方、幼い子どもがいる方、失職する方。当たり前ですが、患者さんの生活や環境、精神状態は皆それぞれ違っており、治療にあたっては社会的背景に配慮せざるを得ない状況が生まれてきました。そこで、「がんという病気そのものの研究だけでなく、患者さんの悩みや負担、あるいは社会学的背景を熟知した上で、患者・家族を支援することが大切だ」と気づきました。

もちろん、これまでも患者・家族からの訴えをもとに、医師や看護師や医療ソーシャルワーカーが様々な形で支援してきました。しかし、学問として体系化していないために、医療スタッフ個人のボランティア的な活動の域を出ず、経験豊富なスタッフが人事異動や退職などで現場からいなくなってしまうとそのノウハウは途端にゼロになってしまいます。このような状態ではいつまで経っても患者さんやその家族を支援する医療の広がりは期待できません。そのため「患者家族支援学」をひとつの学問として確立するための体系化と継続性を目指し、この十数年をかけて静岡がんセンターでその研究と実践を心がけてきました。

20年が経過し超高齢化社会が訪れた今、がん医療の実践において患者さんの研究の重要性がさらに増していると感じています。

静岡がんセンターが実践する患者さんやその家族の徹底支援

「患者家族支援学」の実践は、1.調査研究、2.対応部門整備と支援ツールの開発、3.医療スタッフによる包括的患者家族支援体制の構築、4.支援の実践、という四段階で進めました。

調査研究:がんに関する悩みや負担の全貌把握と分類

がん患者の悩みや負担に関する静岡分類 静岡がんセンター提供
がん患者の悩みや負担に関する静岡分類 静岡がんセンター提供

患者さんやその家族を徹底的に支援するには、まずは患者さんが抱えている悩みや負担のすべてを知る必要があります。そこで2003年に1回目の全国調査を行いました。調査対象者は7,885人の患者さん、集積された悩みや負担はおよそ26,000件に達しました。この大規模な調査、そして全国に先駆けて静岡がんセンターが設置した「よろず相談」での年間1万件あまりの相談内容を参考に、患者さんの悩みは大きく4つの柱に分けられ、さらに、15の項目に分類されることがわかりました。私たちはこれを「がん患者の悩みや負担に関する静岡分類」と名づけています。

がん患者さんの悩みや負担の4本柱は「診療上の悩み」「身体の苦痛」「心の苦悩」「暮らしの負担」です。このなかでも特に多いものが診療上の悩みで、全体の約半数を占めます。

静岡がんセンターでは、過去10年間、院内で起きるすべてのことをこの分類に基づいて分析するという実験的な試みを行い、対応部門の整備や支援ツールの開発に生かしてきました。その結果、9つの機能が必要と考えられ、十数年をかけて整備に努めてきました。

対応部門の整備や支援ツールの開発:九大機能と情報処方

患者家族支援のための九大機能
患者家族支援のための九大機能 静岡がんセンター 提供

多くの患者さんが抱える「診療の悩み」については「患者家族支援センター」や「よろず相談」が対応します。「患者家族支援センター」の看護師は、診療を受けるすべての患者さんの悩みや負担を把握するため、初診時にその有無を確認し、支援が必要な患者さんを抽出し、支援部門を紹介します。

手術を受ける患者さんへの説明も患者家族支援センターが対応し、患者さんの求めや医療スタッフからの紹介をもとにカウンセリングが実施されます。また、患者さんの様々な相談や地域の病院からの患者調整や在宅・転院の支援も「よろず相談」が担当しています。

がんに伴う症状や治療に伴う副作用、合併症、後遺症などの「身体の苦痛」に対しては、内容に応じて、「化学療法センター」、「支持療法センター」、「緩和ケアセンター」などが対応します。さらに、社会復帰のための「リハビリテーション部門」の活動も重要です。不安や恐怖や生き方への疑問といった「心の苦悩」には「患者家族支援センター」、「緩和ケアセンター」、「よろず相談」で看護師や心理療法士やソーシャルワーカーが対応します。

患者さんやご家族は、家計や家族関係、あるいは就労に関する問題などの「暮らしの負担」を抱えますが、これには「よろず相談」で医療ソーシャルワーカーが担当します。

がん治療に当たって、患者・家族に対し、適切な情報提供を行うことは患者家族支援の重要なテーマです。静岡がんセンターでは、各部署が、患者・家族が求める情報はもちろん、医療スタッフしか気がつかない患者・家族に必要な情報も「情報処方」というコンセプトのもとでの提供に努めています。これは、「薬剤を処方し、患者さんが飲み下す」のと同様、患者さんに理解してもらわねばならない情報を、上意下達的に提供する手法です。

このように、最初は患者家族支援センターやよろず相談が窓口になるというワンストップのかたちは残しつつも悩みの種類に基づいてセンターを細分化し、専門スタッフを配置することによって、どのような患者さんの悩みにも対応できるようにしたのです。

この充実した相談体制は、他にはできない「患者さん重視」の静岡がんセンターならではの取り組みであり、また大切なことだと自負しています。この経験を生かし、すべてのがん診療連携拠点病院も実践できるような簡素な体制やツールの開発についても積極的に取り組んでいます。

がん患者就労支援システムの構築

2003年のがん患者の悩みや負担に関する調査結果をもとに、静岡がんセンターが率先して取り組んできたテーマががん患者の就労支援です。

ここでのキーワードは「情的な活動」です。雇用者の場合、医療従事者や患者さんがいくら論理的に就労に向けて努力しても、雇用主が首を縦に振らなければ就労には至りません。そのため自身ががんサバイバーである社長の企業などを訪ね「この人もがんを克服したんですよ」と情に訴えることで成功することがあります。

2013年からは、長期療養者就職支援モデル事業(厚生労働省モデル事業)としてハローワークと連携しての就労支援も行っています。2016年までの約3年間での紹介件数は122件、就職件数は55件と就職決定率は約50%です。

一見順調にみえるその一方で、課題もあります。たとえ就職しても、辞めてしまう方が少なくありません。特に女性に多い乳がんや子宮がんなどの年齢分布は40代〜50代とまだまだ働く方が多い年代と重なります。正社員はまだしも、契約社員や派遣社員、パートタイムで働く女性たちは、どこかで「契約は更新しない」と契約を切られてしまうことが多いようです。

がん患者の就労について最も重要なことは、再就職は難しいので、決して自分からやめずに仕事を続けることが大切で、企業や医療機関の役割は仕事と治療の両立が可能であるように継続した支援を続けることのようです。