けいれんが起きる病気というと、熱性けいれんやてんかんをイメージする方が多いのではないでしょうか。しかし、なかにはウイルス感染による胃腸炎が原因で、全身を硬直させる大きなけいれんを引き起こすこともあります。こうしたけいれんは「ウイルス性胃腸炎に伴うけいれん」と呼ばれ、一般の方ではその存在を知らないケースも多々あります。
ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんではどのような症状があらわれ、発症時にはどのような対処が求められるのでしょうか。本記事では記事1に引き続き、千葉市立海浜病院小児科部長の橋本祐至先生に、ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんの概要・対処法をお伺いしました。
ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは多くの場合、6か月~4歳の乳幼児に起こります。大人では、この病態を引き起こすことはありません。
ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは、胃腸炎を発症している期間に引き起こされます。一般的には胃腸炎を発症してから1~5病日で、主に発症から数日してけいれんがあらわれるケースが多いですが、早い場合では胃腸炎を発症したその日からけいれんがあらわれるケースもあります。
けいれんの持続時間は1~3分程度と短く、繰り返し発生する(群発する)ことが特徴です。なかには1時間に数回のペースでけいれんがあらわれることもあります。
けいれんを起こしている間、患者さん自身は意識を失っています。
けいれんの様子はさまざまで、患者さんによっても異なります。
特に多くみられるのは、四肢がこわばって硬直する強直性(きょうちょくせい)けいれんや、体がガクガクとする間代性(かんだいせい)けいれんなどです。こうしたけいれんは全般発作と呼ばれています。
一方、なかには目を開いたままボーっとしてしばらくのあいだ反応しなくなってしまうものや、手足の一部がピクピクするといった症状があらわれることもあります。こうした症状もウイルス性胃腸炎に伴うけいれんの一症状であり、これらは部分発作と呼ばれます。
患者さんによって、
といったように、さまざまなけいれんのパターンがみられます。
ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんであれば、上記のどの形でも治療は一緒のため区別できなくても問題はありません。ですが実際には、けいれんした時点で、けいれんの原因が判明しているわけではありません。そのため、けいれんの形をよく観察して、後で医師に伝えることは重要です。けいれんが始まった瞬間を保護者が見ていないケースもあり、患者さんにどのようなけいれんが起こっているのかを正確に把握することが難しい場合もあります。また部分発作から全般発作に移行した場合には、けいれんが激しくインパクトが大きい全般発作のみが印象に残ることが多いです。すると保護者の方は、病院にかかったときに印象に強く残っている「全般発作」のことだけを医師に伝えている場合もあります。こうしたことからけいれんの様子をはっきりと正確に表現することは難しいといえます。
ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは多くの場合、けいれん後すぐに意識が戻り、普段の状態となることが多いです。しかし群発傾向があるため、その後も繰り返しけいれんを起こすことがあります。けいれん後の意識の回復は比較的早いため、保護者の方は安心してそのまま様子をみられることもありますが、何度も繰り返しけいれんを起こすことから、最終的に保護者の方が患者さんを連れて医療機関を受診されるケースがほとんどです。
いくつかの推測がなされていますが、正確な原因はまだ明らかにされていません。
しかしウイルス性胃腸炎に伴うけいれんには、症状を改善に導くことができる効果的な薬剤が存在することが既にわかっています。その薬剤はNa(ナトリウム)チャネル遮断薬とよばれ、一般的にはてんかんを治療するために使われている抗てんかん薬です。
このNaチャネル遮断薬というのは、脳の神経細胞に存在するNaチャネル(Na+を神経細胞内に取り込むための通り道となっている部分)を遮断する薬剤であり、そうした作用機序を持つことによって脳の興奮を抑える働きを有しています。
ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんに対してNaチャネル遮断薬を使うことで、症状を改善に導くことができます。そのため、ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんの発症原因はまだはっきりと解明されていないものの、本疾患の病態にはこのNaチャネルが何らかの形で関連しているのではないかと考えられています。
ウイルス性胃腸炎のほかに、けいれんをおこす原因として挙げられるものには、主に下記のようなものがあります。
など
けいれんというと、てんかんを思い浮かべる方も多いと思いますが、てんかんの場合は後日脳波検査を行うとてんかん特有の異常波が認められます。一方、ウイルス性胃腸炎を伴うけいれんの場合にはそのような脳波は確認されません。
また乳幼児では、高熱をだしたことによるけいれん(熱性けいれん)が多くみられます。そのためウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは、熱性けいれんと間違って認識されてしまうこともあります。熱性けいれんの場合であると、多くは1回のみのけいれんで繰り返すことは少ないですが、ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは群発性で繰り返しけいれんを起こすことが多くあります。そのため、胃腸炎の際にけいれんを群発性に繰り返す場合で、かつ発熱も目立たない場合にはウイルス性胃腸炎に伴うけいれんの可能性がより高まると考えられます。
もし長く持続するけいれん、けいれん後の意識の回復が悪い場合や、患者さんの発症年齢が6か月未満や5歳以上の発症の場合は、脳炎・脳症を考えたほうがよいでしょう。脳炎・脳症はウイルス感染がきっかけとなり、脳の急激なむくみが生じることで、けいれん、意識障害、嘔吐などの症状をきたす疾患です。生命が危険に及ぶことも稀にあるため注意が必要です。高熱があり、意識がもうろうとしている場合には脳炎・脳症を疑い、救急病院を受診するようにすべきでしょう。
ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは、痛みや啼泣※(ていきゅう)による刺激で誘発されることが多いのも特徴です。
また、けいれんは低血糖や電解質(イオン)のバランスの崩れによっても誘引されることがありますが、ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは血液検査を行ってもそのような所見は認められません。
こうした特徴も他の疾患との鑑別に役立ちます。
※啼泣…声をあげて泣くこと
ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは、その後の発達に影響を及ぼす疾患ではなく、胃腸炎が治癒すれば、その後けいれんがあらわれることはありません。そのため脳炎・脳症のような疾患と比べれば、治癒しやすく予後もよい疾患であるといえるでしょう。
しかし一般の方がけいれんの原因を判断することは難しいと考えられます。お子さんがけいれんを起こした場合には、医療機関を受診することで正しい診断と対処を行うことができますので、不安に感じた場合にはお子さんとともに病院へかかることを推奨いたします。
また、同じウイルス性胃腸炎が原因であっても、感染したウイルスの種類によってウイルス性胃腸炎に伴うけいれんの発症頻度が違ってきます。
ウイルス性胃腸炎はその感染ウイルス(病原体)によって、ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、その他の大きく4つに分けられます。
迅速検査が可能なウイルス性胃腸炎の中で、ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんを引き起こしやすい順に並べてみると、
という順番になります。
胃腸炎を発症した場合、必ずしも感染ウイルスを明らかにするための検査を行うわけではないため、患者さん自身が感染している病原体をご存知でない方もいらっしゃると思います。一方で、ロタウイルスに感染していることが明らかになった場合に、けいれんを過剰に心配する必要はありません。ロタウイルスの頻度が多いというだけで、ロタウイルス胃腸炎全体から見ると、ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは一握りにしかすぎないからです。
けいれんを起こしているときは、けいれんが治まるまで見守りましょう。けいれんは約1~3分で治まります。ただし、けいれん時にウイルス性胃腸炎に伴うけいれんと診断ができているわけではないため、5分以上持続する場合は救急車を呼んで下さい。
強直性けいれんや、間代性けいれんがあらわれている場合には、けいれん中に周囲のものとぶつかることがないよう、患者さんの周辺のものを移動し、けいれんによって体にけがを負わないようにできるとよいでしょう。また、けいれんに伴い嘔吐をすることがあります。けいれん中やけいれん直後は意識がないため吐物で誤嚥しないように、顔を横にする、体全体を横にするなどして誤嚥しないように注意するのがよいでしょう。
けいれんが繰り返し起こる場合には入院によって治療を勧めることも多くあります。
ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは、「なぜ、ウイルス性胃腸炎でけいれんが起きるのか?」でもお話したようにNaチャネル遮断薬による治療が奏効します。こうした薬物治療をおこなうことでけいれんの発症をおさえます。
当院では、胃腸炎では嘔吐の症状もあるため、以前は坐薬(フェニトイン・フェノバルビタール配合剤)を多く使用していました。近年では、嘔吐症状があっても意外と経口薬(カルバマゼピン)の内服が可能で、けいれんに対する効果も坐薬より成績がよいため、経口薬のNaチャネル遮断薬(カルバマゼピン)を主に使用しています。また経口薬(カルバマゼピン)の方が坐薬(フェニトイン・フェノバルビタール配合剤)に比べて眠気の副作用が現れにくいため、こうした背景も、より経口薬を中心に使用している要因のひとつになっています。当院では、坐薬・経口薬に関わらず、基本1回のみの単回投与で、数日薬剤を使用することはありません。
現在は、全国的にも大部分の病院が経口薬(カルバマゼピン)の単回投与で治療をしていることが多いです。
「ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんと判断するためには?」でも解説したように、ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは、発熱も伴っていると熱性けいれんと誤って認識されやすい疾患です。小児科の医師は、熱性けいれんの患者さんを診療する機会が多いため、発熱に伴うけいれんがあると熱性けいれんの可能性が高いと判断しやすい傾向があると考えられます。ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんは発熱を伴わないことが多いですが、ロタウイルスによる胃腸炎では初期には発熱を伴うことも多く、より熱性けいれんとみなされやすいでしょう。
しかし、同じようにけいれんを引き起こす疾患であっても、熱性けいれんの治療に使われる薬剤(ジアゼパム坐薬)では、ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんの症状の改善を期待できません。
熱性けいれんの治療にはジアゼパム坐薬が多く使用されています。そのためウイルス性胃腸炎に伴うけいれんが熱性けいれんと誤診された場合、またはけいれんの原因がはっきりはしないがとりあえずダイアップ坐薬を使用して経過を見ようと考えジアゼパム坐薬が使用されることがあります。ジアゼパム坐薬ではウイルス性胃腸炎に伴うけいれんの症状にはまったく効果が期待できません。熱性けいれんが疑われジアゼパム坐薬を使用しているにもかかわらず、けいれんを繰り返す場合は、胃腸炎症状があればウイルス性胃腸炎に伴うけいれんの可能性を疑った方がよいといえるでしょう。
お子さんが突然けいれんを起こすと、保護者の方はとても心配になると思います。ウイルス性胃腸炎に伴うけいれんの特徴は、けいれんが短く、繰り返し起こるという点です。そうした特徴がみられた場合にはぜひ胃腸炎が原因でけいれんが起きている可能性があることを、多くの方に知っていただけたらと思います。
うさぴょんこどもクリニック 院長、千葉市立海浜病院 小児科 非常勤医師
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