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学校での小中学生へのがん教育-子どもが生死や病気について学ぶ意義

学校での小中学生へのがん教育-子どもが生死や病気について学ぶ意義
近藤 太郎 先生

近藤医院 院長、公益社団法人東京都医師会 顧問

近藤 太郎 先生

この記事の最終更新は2017年07月21日です。

がんの中には、非常に高い確率で治癒できるがんもあります。しかし、「治すことのできるがん」であっても、病名を聞き絶望されてしまう患者さんは少なくはありません。また、治療中・治療後の就労に関する理解が得られず、生活に支障が生じている方もおられます。この原因のひとつには、病気になる前の人に対するがん教育保健指導が十分に行き届いていないことが挙げられると、東京都医師会顧問の近藤太郎先生はおっしゃいます。長年学校医として活動され、学校におけるがん教育の推進を担当されている近藤先生に、義務教育下の子どもたちが病気や生死について学ぶことの意義をお伺いしました。

学校医

東京都医師会副会長としての職務の中には、学校におけるがん教育や児童生徒の定期健康診断など、学校保健領域の仕事があります。私は小学校の学校医でもあり、長年地元の渋谷区医師会や東京都医師会学校医会、東京都学校保健会、日本学校保健会の委員・役員として活動してきました。

学校に学校医を置くことは学校保健安全法により定められており、公立の小・中学校や高等学校の学校医の多くは、地元の地区医師会の推薦により任じられています。

一般の方のなかには、学校医を定期健康診断の担当医としてのみ認識している方も多いでしょう。しかし、これは子どもたちの健全な成長を見守る学校医の役割のひとつに過ぎません。

学校医とは、子どもの健康管理健康教育保健指導に関与する役割を担った学校のチームの一員であると考えます。

日本の医師の職務や資格を規定する医師法の第1条には、

「医師は、医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする。」

と明記されています。

つまり、保健指導とは医療と並ぶ医師の基本的な職務として、位置づけられているということです。

しかしながら、日本において重視され続けてきた国民皆保険制度は、病気になった患者さんが受療するための医療の制度であり、保険診療の枠外である保健指導はなおざりにされてきたといえます。

メタボ検診

平成20年度から、糖尿病生活習慣病予防のために特定健康診査とともに特定保健指導が実施されるようになりましたが、対象者の選別は腹囲の測定により行われており、国民の意識も「脱メタボ」というように、一方向にのみ集中しています。

しかし、糖尿病予防のための情報提供や動機づけを行うのであれば、より若い世代からの介入が必要ですし、痩せ型の糖尿病や他の疾病に関する保健指導も考えねばなりません。後述するがんへの理解不足も、国民に対する教育や保健指導の欠落によるものが大きいのではないかと考えます。

アメリカでは、保健指導に対して診療報酬をつけている保険会社も多数存在します。わが国では医師による保健指導を蔑ろにしてきたために、疾患に対する認知や理解が不足している点が、現在の日本の大きな課題であるといえます。

がんは、(1)かなりの確率で治癒が望めるがん、(2)発見された時点ですでに治療が難しい予後の悪いがん、(3)治療努力により克服できる可能性があるがん、の3種類に分けることができます。このうち、ごく初期の乳がんは(1)の治癒が望めるがんに分類されることがほとんどといえます。

しかしながら、一般の方のうち、「早期の乳がんを不治の病と考える」人は約3割にものぼるといわれています。実際に、医師が治癒を望めるがんであると説明しても、悲観的に捉えてしまう患者さんは多々おられます。

ギャップ

上述した医療者と患者の間のギャップは、がんに関する教育や知識の不足により生じたものでしょう。

がんとはどのような病気か学ぶ機会を得られないまま、突然告知を受けた患者さんが慌ててしまうのは、当然のことであると思われます。そのため、私はがんになる前の健康な方、とりわけ若い世代へのがん教育を推進していく必要があると考えています。

がん対策基本法に基づき策定された第2期がん対策推進基本計画(平成24年度から28年度)には「がんの教育・普及啓発」が示され、昨年平成28年12月に成立した改正がん対策基本法には、新たに「がんに関する教育の推進」という項目が設けられました。

日本では、国民の2人に1人が生涯でがんに罹患し、3人に1人ががんで死亡すると推計されています。(国立がん研究センター・平成28年がん統計予測を参考に算出)

この数値からもわかるように、身近なご家族や友人、ご自身ががんに罹患する可能性も低くはなく、子どものうちにがんに対する知見を広げておくことには意義があります。たとえば、がんと診断されたご家族の相談相手となることもできます。また、情報が横溢するインターネットから、正しい医療情報を選び取る力を養うことにもつながります。

これらに加え、がんに対する偏見や誤解を解消していくことは、社会問題となっている患者さんの治療と就労の両立支援にも結びつくものと考えます。

ここまでに記してきた「子どもに対するがん教育」を担える人材とは、本記事のテーマでもある学校医なのではないでしょうか。

ランドセルの子ども

義務教育を終えた子どもたちは、皆が皆高等学校などへ進学するわけではありません。また、進学するとしても、地元から離れてしまう学生は沢山います。その後の進路は更に多岐に分かれていくため、健康や病気について学ぶ機会を得られる人は成長に従い限られていきます。

したがって、健康な子どもたちに広く語りかけることができるチャンスは、彼らが小・中学校に属している間がいちばんであると考えます。

しかし、保健体育や理科の授業で、生きることや死ぬということ、病気のことについて教えている教員や学校は多くはありません。

この問題は既に15年ほど前から議論されてきましたが、私は学校医こそが、健康教育とともにがん教育を担うに相応しい職種であると考えています。

日常的に生徒と接するわけではない学校医による授業はインパクトがあるため、後々まで覚えていてくれる子どもが多いという特徴があります。

また、がん予防の一環として子どもに喫煙の健康被害について教えることで、がん検診の受診率向上だけでなく、保護者の禁煙家庭における受動喫煙の防止にもつながることが期待できます。

もちろん、学校医は単独で動かねばならないというわけではありません。教員や養護教諭、校長らと協力し、ティーム・ティーチングと呼ばれる方式で授業を行うのもよいと考えます。がん・緩和ケアの専門医など、その地域の基幹病院からがん診療を行う医師にお話しいただいて、学校医がサポート役をつとめる方法も有用でしょう。

教師と一対一で話している子ども

学校においてがん教育を実践する際には、生徒のなかに小児がんを経験したがんサバイバーがいる可能性や、ご家族ががんの治療中という子どももいる可能性を考慮し、事前に学校側と調整し、配慮することが大切です。

事前配慮を行わず、突然学校医が訪れて病気の話を始めると、様々な背景を抱える子どもはショックを受けてしまう可能性があります。ですから、あらかじめ「聴きたくない人は出席しなくてよい」といった環境を作ることは必須です。そのためには、生徒の家庭環境などを知る担任教師との協力が重要になります。

海外では各生徒により宗教観などの違いがあることから、こうした事前配慮が常日頃から行われているそうです。都立学校などでは性教育の授業の際に自習などを認めていますが、病気や生死に関する授業においても、生徒一人ひとりが抱える背景を考慮し、個を尊重する姿勢を忘れてはならないと考えます。

ヘルスプロモーションとは、WHO(世界保健機関)が1986年にオタワ憲章のなかで提唱した健康戦略であり、

「人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし、改善することができるようにするプロセス」

と定義されます。

病気にならないことを目標とする疾病予防とは異なり、より良好な状態を維持・増進していこうとするヘルスプロモーションの概念は世界中で受け入れられ、1990年代後半にはアジアでヘルシースクール(ヘルスプロモーティング・スクール)の考え方が広がり始めました。

日本において、地域のヘルスプロモーションを推進する拠点となり得るのは、やはり地域の学校であると考えます。本記事では、子どもに対するがん教育に焦点を当てて学校医の役割を述べてきましたが、今後は学校を健康づくりの発信拠点とすべく、より広い視野を持った学校医の活動を促していきたいと考えています。

 

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