造血器腫瘍とは、骨髄のなかにある造血幹細胞を由来とするがんです。造血器腫瘍は以前より難治性の病とされてきましたが、分子標的薬の登場により治療が大きく進歩しました。分子標的薬をうまく活用するには、薬剤の適切な容量を決定するための治療薬物モニタリング(TDM)が重要になります。造血器腫瘍の検査・治療・TDMについて、秋田大学血液内科の高橋直人先生にお話を伺いました。
造血器腫瘍の多くは、検診もしくは患者さんに持病がある場合の定期検診で発見されます。造血器腫瘍は血液の疾患であるため、血液検査で貧血・血球異常・血小板減少または増加・血球などがみつかり、精密検査を行い診断に至るケースが多いです。
そのほかに、記事1『血液のがん(造血器腫瘍)とは? 貧血・出血などの症状がでる難治性の病気』でご説明した3大症状(貧血・感染症・出血)をきっかけに検査を行い、発見されることもあります。症状によって発見される場合には、ある程度進行しているケースが多く、早急に治療を開始する必要があります。
造血器腫瘍は、血液のがんです。一般的に、がんの治療でメインとなる方法は手術による切除・放射線治療・薬物療法の3つですが、造血器腫瘍は局所的ではなく全身のがんであるため、手術による治療はほとんど行いません。放射線治療は局所的に取り入れることがあります。また1974年からは、造血幹細胞の移植も行われていますが、造血幹細胞移植では大量の抗がん剤を使用するため患者さんの身体的負担が非常に大きいことが問題です。上記のような理由から、造血器腫瘍の治療では、薬物治療がもっとも重要となります。
記事1『血液のがん(造血器腫瘍)とは? 貧血・出血などの症状がでる難治性の病気』でお話ししたように、造血器腫瘍には多くの分類が存在しますが、それらは病気の原因が異なるだけではなく、それぞれに適切な治療法(薬剤の種類など)があることも同時に示します。
造血器腫瘍の薬物療法には、従来の多剤併用療法(抗がん剤治療)があります。近年は抗がん剤に加えて、がん細胞の特異的な性質をとらえターゲットを絞って効率よく攻撃できる分子標的薬が登場しました。
がん細胞をテロリストにたとえてイメージをご説明します。従来の多剤併用療法は、テロリストが潜む町のあらゆる場所に爆弾を落とすような治療で、テロリスト(がん細胞)を倒せる代わりに普通の町民(正常な細胞)にまで被害が及びます。一方の分子標的薬は、町に潜んでいるテロリスト(がん細胞)をスナイパーが探し出して攻撃するようなイメージです。このように分子標的薬は副作用が少なく、がんの治癒率および患者さんのQOL(生活の質)を高く保てるため、優先的に治療に用いられます。
【造血器腫瘍のおもな治療】
先述のように、分子標的薬が効果を示す疾患が多数みつかっています。毎年のように新しい分子標的薬が登場するなかで、治療戦略も変化しました。
造血器腫瘍のうち有効な分子標的薬がわかっているものに対しては優先的に分子標的薬を使い、多剤併用療法との2本柱で治療を行います。その後、最終的な手段として造血幹細胞移植を検討します。このように分子標的薬を活用し、患者さんの体に負担の少ない治療を選択することができます。
分子標的薬は、疾患の種類によって経口薬(飲み薬)と注射を使いわけます。外来治療が可能である経口薬は、入院を要する注射よりも患者さんのQOL(生活の質)を高く保つことができるため、経口薬による治療が理想的です。
造血器腫瘍のなかでは、2001年頃から分子標的薬が治療に用いられています。たとえば、急性前骨髄球性白血病(APL)に対するトレチノインや、慢性骨髄白血病(CML)に対するイマチニブなどです。これらの造血器腫瘍は分子標的薬の効果が高く、抗がん剤治療や造血幹細胞移植をせずに治療できる可能性があります。この2つの分子標的薬によって、急性前骨髄球性白血病(APL)と慢性骨髄白血病(CML)は、根治できる可能性のある疾患になりました。
急性前骨髄球性白血病(APL)の治療には、経口の分子標的薬トレチノインを用います。急性前骨髄球性白血病(APL)は、発症初期に急激な病状進行や、出血などの合併症が起こるため、治療のはじめには入院が必要です。退院後は、2年ほど分子標的薬を服用し、治療を継続します。
慢性骨髄白血病(CML)の治療には、経口の分子標的薬イマチニブを用います。入院は不要で、3年ほど分子標的薬を服用し、定期的な検査をしながら治療を行います。
慢性骨髄白血病(CML)の治療について、欧米では、白血病細胞が2年にわたって検出されなければ治療を停止し、再発の早期診断のための検査のみ行う方法が新たに提唱されています。今後は本邦でも、その治療法が実用化されていくでしょう。
骨髄異形成症候群(MDS)とは総称であり、輸血のみで治療できるものから白血病に近いものまで、幅広く分類できます。骨髄異形成症候群(MDS)の治療では、リスクの程度によって3つに分類し、適切な治療を選択します。
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL,NOS)は、B細胞に由来しています。B細胞にかかわるCD20という抗原に対する抗体として、リツキシマブが有効です。
多発性骨髄腫に対する分子標的薬については、現在さかんに研究が進められています。なかでも、抗CD38モノクローナル抗体が多発性骨髄腫の新たな治療薬として注目されており、今後の実用化に期待しています。
治療薬物モニタリング(therapeutic drug monitoring:TDM)とは、薬剤の血中濃度を測定し、至適血中濃度におさまるよう経口薬の容量を調整する方法です。
薬剤にはそれぞれ有効治療域が存在し、その有効域を超えた量では体に悪影響を及ぼしますし、逆に少なければ効果が出ません。分子標的薬は有効治療域が狭いため、薬剤容量の調整をして、効果的かつ副作用の少ない治療を行う必要があるのです。よって、分子標的薬による治療では、TDMが重要となります。治療開始から数回の薬剤服用に際して測定し、適正量の設定を経て完了します。
薬剤の血中濃度は、吸収から代謝排泄までのカーブを描きます。血中濃度がピークに達してから半減するまでの時間を半減期と呼び、たとえば1日1回服用する薬剤の場合、半減期は20時間ほどです。そして血中濃度が下がりきらないうちに次の服用を行うことで、一定以上の濃度を保つことができます。
次の薬剤を服用する直前の、もっとも低い血中濃度をトラフ値といいます。TDMでは、このトラフ値が薬剤の有効治療域におさまっているかを測定します。トラフ値は、高速液体クロマトグラフ(HPLC)という機械を使って測定します。まず患者さんから採った血液を血漿分離し、対象となる薬剤とともにHPLCに入れ、患者さんの体内の薬剤濃度を測定します。
TDMによって適切な薬剤容量を設定できれば、治療効果を向上させることができます。一方で、分子標的薬は非常に高額です。たとえば先述のイマチニブは、標準的な量で年間300万円ほどかかります。もちろん、医療保険などを駆使すれば患者さんの費用負担は減りますが、国家として医療費の削減は現在大きなテーマになっているため、TDMによって適切な薬剤容量を設定することは、本邦の経済にとっても非常に重要な課題となります。
【TDMによる効果】
・治療効果の向上
・医療費の削減
造血器腫瘍は、年々新たな分子標的薬の登場し、今後も治療効果の向上が期待されている疾患です。私たちは、患者さんのために常に最新の医療を安全に提供できるよう準備しています。希望を持って、一緒に病気と戦いましょう。
秋田大学 血液腎臓膠原病内科 教授
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