国立病院機構広島西医療センターは広島市の西約30km、山口県との県境に位置し、地域の基幹病院としての急性期医療に加え、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や筋ジストロフィーなどの神経・筋疾患や、重症心身障害といったセーフティネット分野の医療も担う全440床、複合型の病院です。同院の特徴や今後の展望について、院長の新甲 靖 先生にお話を伺いました。
当センターは、“国立大竹病院”と“国立療養所原病院”という2つの病院が統合して発足した病院です。大竹病院が担ってきた“一般急性期医療”という役割と、原病院が担ってきた“政策医療(神経筋難病・重症心身障害など)”という役割を引き継ぎ、現在も両方の医療を充実させながら日々診療を行っています。
当院では、内科系、外科系ともに地域のみなさまに必要な急性期医療を提供しています。救急医療については、二次救急と言われる入院が必要な救急患者さんの受け入れを中心に行っていますが、急な体調不良で時間外でも診てほしいなどのいわゆるウォークインの対応もしており、断らない医療を目標に、地域医療を支えている医療機関です。
内科系診療科はほぼ全ての専門分野に医師を配置しておりますが、特徴的な専門分野として、血液内科と脳神経内科があります。
血液疾患として白血病や悪性リンパ腫といった悪性疾患はもちろん、日常的にみられる貧血や出血性疾患など、近隣に血液疾患の診療を行っている医療機関が少ないこともあり、広島市から山口県東部まで広範囲にわたり専門的な診療を提供しております。
頭痛など一般的な病気の診療はもちろん、末梢神経疾患、筋疾患を中心とする変性疾患では全国的にみても多くの患者数を持ち、広島県から難病医療拠点病院に指定されています。
さらに近年話題となっている認知症については、かなり以前から臨床研究、薬剤の開発治験などで関わっており、アミロイドPET検査による診断から、新しい治療薬(レカネマブ)の投与まで行える数少ない病院として2024年2月より稼働開始いたしました。
また2021年より、地域で不足していた血液浄化(人工透析)センターも新設し、他疾患を合併した腎不全など、対応の難しい症例の透析を積極的に受け入れております。さらに、外科系診療科も、一般外科、整形外科、泌尿器科など、多くの手術症例を受け入れております。
最初に述べたように、当院はセーフティネット分野の医療も担っております。これは国民の健康に重大な影響のある疾患に対し国を挙げて取り組むべき医療であり、“政策医療”ともいわれます。
国立病院機構は全国的なネットワークで政策医療の多くの部分を担っていますが、当院はその中でも重症心身障害と筋ジストロフィーを含む神経・筋疾患の診療を行っており、重症心身障害では主に医療重症度の高い患者さんを他府県からも受け入れています。これらの医療は一般の方々の目に触れる機会が少ない部分ではありますが、社会全体にとって絶対必要な医療であり、当院に求められる使命のもう1つの柱であると自負しております。
加えて当院は広島県指定の災害拠点病院でもあり、DMATチームも保有しています。今回の能登半島地震(2024年1月1日発生)でも国立病院機構の一員として、被災者支援のための医療班(医師、看護師、薬剤師、事務職からなる5人チーム)を派遣しました。それとは別に、被災地域周辺病院(国立病院機構金沢医療センター)に対する看護師の派遣も行っております。このような機能も社会から当院に求められる使命と考えております。
6年くらい前(2018年頃)の社会状況が持続していれば、上記の話で広島西医療センターの機能と必要性は十分に伝えられたと満足していたと思いますし、この方針で安定した病院経営が保たれていれば地域から、また社会全体から求められる医療に応えられていると考えたのではないかと思います。
私が院長に就任した2022年4月は、新型コロナウイルス(COVID-19)の第6波のさなかで、オミクロン株が出現し、当院でもクラスターの抑制に四苦八苦していた時期でした。この頃は新型コロナのパンデミックによる極度の医療ひっ迫と、その後の医療需要形態の変化という大きな出来事がありました。その一方で、少子高齢化とこの先の人口減少に起因する医療経済のひっ迫、それに対する政府による医療費削減の大方針があり、そのうえ2022年に始まったロシアのウクライナ侵攻による国際流通障害から、エネルギーをはじめとした諸物価の高騰と賃金の上昇が起こりました。さらに、働き方改革により医療従事者の労働力の増大が求められています。
負担世代が減少の一途を辿る国民皆保険制度、経費の増加を価格に転嫁できない診療報酬制度、需要が急増したからといって専門職である医療従事者は急に増員することは不可能など――無理難題が山積みになっていきました。そこへ追い打ちをかけるように、地域医療構想(急性期医療の絞り込み、各病院の機能分化、慢性期病床の削減、地域連携による在宅医療の推進など)が再び求められはじめ、新任院長としては八方ふさがりの気分でした。
一般の皆さまも含め、他組織の医療従事者の皆さんにご理解いただきたいことがあります。当院が所属する独立行政法人国立病院機構は、旧国立病院と旧国立療養所が2004年に独立行政法人化され、2014年に職員も非公務員化された組織で、現在日本全国に140病院を持つ日本最大級の医療ネットワークです。
多くの方が「国立病院と名前に入っているのだし、赤字が出ても税金から補填されるのだから関係ないはず」と思っておられるようですが、それはまったく違うことをご理解いただきたいです。どのように赤字が出ようとも、国立病院機構という組織はあくまでも“自収自弁(自己の組織の収入で運営を賄う)”での運営を求められています。
このような、八方ふさがりどころか逃げ場のない状況で、入院患者数は減少からなかなか元に戻らないまま1年が過ぎ、就任2年目の2023年度はやや持ち直すも、コロナ前の患者数にはまだ及ばない状態が続いております。
このような状態を打破するために、現在、考えていることがいくつかあります。
まず、地域医療の原点に立ち戻り、近隣の急性期病院と得意な診療分野のすみ分けを行っていくことです。当院であれば、以下が挙げられます。
コロナ禍でやや希薄となってしまった近隣の病院、かかりつけ医の先生方と顔の見える関係を再び構築し、円滑なコミュニケーションのもとで連携を取っていければと考えています。そのため、地域研修会への参加なども積極的に行っていきたいと思います。
政策医療、特に重度心身障害医療領域では、ポストNICU*患者(NICUでの治療後も退院が困難な患者さん等)の積極的な受け入れを行っていきたいと考えています。そのためにも、広島市民病院ほか周産期センターとの連携をさらに強化していければと思います。
また、移行期医療についても重要な課題であると考えています。移行期医療とは、小児期医療から成人期医療への切り替わりの過程における医療、サポート等を指しますが、重度心身障害医療の領域においての移行期医療は非常に難しい問題です。当院でも少しずつですが、小児科から他の科への移行を進めており、小児、思春期、成人まで、継続した医療および生活サポートまで含めて行えるように努めています。
*NICU……新生児集中治療室
上記のような取り組みのほかにも、2024年6月より非DPC対象病院からDPC対象病院へ移行することが決まっています。これにより、今後は入院診療費の計算方法が、“出来高算定”から“包括払い(DPC/PDPS)方式による算定”へと変更されます。
これまでお話ししたとおり、医療激動の時代というべきさまざまな転機を迎えています。広島西医療センターの“変革”というよりは“原点回帰”というべきかもしれませんが、地域に求められる医療・社会に求められる医療の両者を安定かつ継続的に提供することが、最大の使命であることをあらためて認識し、この思いを病院全体で共有したうえで、職員全員が同じ方向を向いて進めるよう、院長として旗を振り続けたいと思っております。
*病床数や診療科、提供している医療の内容等についての情報は全て2024年3月時点のものです。
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