視覚障害とは、視力が低下したり視野が狭まったりすることで、生活に支障が生じている状態のことです。緑内障、網膜色素変性、糖尿病網膜症、加齢黄斑変性といった視覚障害を引き起こす目の病気は、多くの場合、自分では気づかないうちに進行します。発症すると、最悪失明などの重篤な視覚機能障害を生じることもあり、自覚症状がないときでも、40歳を過ぎたら、一度は眼科を受診して詳しい検査を受けておくことが大切です。
本記事では、眼科検診を受けることの重要性について述べるとともに、近年急速に普及してきた視覚障害の早期発見に有用なOCT(光干渉断層計)という検査法について、東京慈恵会医科大学眼科学講座主任教授の中野匡先生にお話しいただきました。
目の病気には、結膜炎や網膜剥離などの突発的に起こる病気と、緑内障や網膜色素変性などの慢性的に起こる病気があります。慢性的な目の病気のなかで、視覚障害を引き起こす原因となる主な4つの病気を紹介します。
いずれもゆっくり進行する病気であり、発症してもなかなか自覚しにくいことが共通しています。たとえば、緑内障や網膜色素変性は、どちらも周辺の視野からじわじわ狭くなることが多いため、発症していてもなかなか目の異常に気づきにくいといわれています。
視覚障害を引き起こす原因疾患の第1位は、2000年頃までは糖尿病網膜症でした。しかし、眼科と内科の連携により重篤な糖尿病網膜症が減ったことや、新しい糖尿病薬の登場で血糖値がコントロールしやすくなったなどの要因により、結果として糖尿病網膜症の順位は下がってきています。
その一方で、緑内障の患者さんは増加し続け、不名誉にも視覚障害の原因疾患の第1位を守り続けています(2019年時点)。その背景として、緑内障患者が多い高齢者がますます増加していることや、PCやスマートフォンが必要不可欠な社会となり、ますます目を酷使する機会が増え、リスクとされる近視*が引き続き増加傾向にあることなどが気になる要因として挙げられます。さらに、自覚症状が出にくいことから適切な診断に結びつかず、緑内障にかかっていることに気がつかず、治療をしていない患者さんが多いことも大きな課題となっています。
近視…近くの物を見るときはピントが合うが、遠くの物を見るときにピントが合わずぼやけて見える状態。
多くの目の病気では、治療の開始が遅れると、生活の質(QOL)が大きく低下する可能性があります。たとえば、加齢黄斑変性では視野の中心が見えにくくなるため、見ようとする物がちょうど見えなくなり、とてもストレスを感じることが多くなります。また、緑内障や網膜色素変性にかかると、視野が周辺から徐々に狭くなるため、自分では見えていないことに気づきにくいことが多いです。幸か不幸か、視野が悪くても病気が進行しない限り健康な目の人と同じように視力は保たれるため、自動車免許の更新時も視力の基準を満たし、検査をパスすることが多いです。急に視野が狭くなるわけではないため、ある程度は顔や目を動かして狭くなった視野をカバーできます。しかし、視野の障害レベルによっては、大変危険な状態で運転している可能性があります。
慢性的な目の病気の多くは、症状を自覚しにくいことが多く、眼科にかかるかどうかを自己判断だけでするのは危険な場合が多いです。そのためか、運よく人間ドックや健康診断などで目の異常を指摘されていても、「見えているのだから大丈夫」だと思いこみ、眼科で精密検査を受けないという患者さんは少なくありません。自己判断せず、眼科でより詳しい検査を受けることが大切です。
一般的に目の老化は40代頃から始まるとされますが、眼科疾患を発症するリスクが高くなるのもその年代からといわれています。そのため、40歳を過ぎたら一度は眼科を受診することが推奨されています。また、加齢に伴って発症する目の病気を早期発見するためには、人生で一度だけ眼科検診を受ければよいのではなく、定期的に検診を受けることが望ましいです。
眼科検診を受けるべき年齢や頻度のめやすについては、確立しているわけではありません(2019年3月時点)。今後さらにデータを集積し、理想的な眼科検診のスケジュールを明確にすることで、より効果的な医療を提供することが、眼科全体の課題だと考えています。
家族のなかに同じ病気を持っている方がいることを「家族歴がある」といいます。眼科疾患のなかでも、網膜色素変性や緑内障は、家族歴のある方が発症しやすい病気とされています。それらの病気で家族歴がある場合は、念のため早めの検診を受けておくことをおすすめしています。
眼科の検査を受けた後は、検査結果を大切に保管しておきましょう。特に眼底写真はとても重要です。数年後に検査を受けたとき、以前と比べてどのような状態になっているのか、変化を確認できるからです。また、異常がないときに検査を受けておけば、何か異常が出たときに以前の正常な状態との比較ができるため、医師も今後の治療方針を立てやすくなります。
健康診断には、特定健診、地方自治体が行う健診、人間ドックなど、公的なものから任意のものまでさまざまな種類があります。眼科疾患については、まずは公的な健診をきちんと受けることが大切です。しかし、定期健康診断の検査項目として義務付けられている項目は、視力検査のみであるため(労働安全衛生法第66条)、健診を受けただけでは病気の早期発見にはつながらない可能性があります。
健診の追加項目として、眼圧検査を行うこともできますが、視力検査と眼圧検査だけでは見逃してしまう眼科疾患は少なくありません。緑内障を例に挙げると、患者さんの8~9割は、眼圧が正常値を示す「正常眼圧緑内障」であるといわれています。日本眼科医会が2002年に行ったアンケート調査によると、正常眼圧緑内障の診断経緯を、「他疾患で眼科診察時に発見」や「視力・視野異常を自覚して来院」と回答した方が多かったです。このことから、正常眼圧緑内障の患者さんの多くが、偶然発見されたか、残念ながら進行してから診断されたということが分かります。
健診では見逃してしまう病気を早期に発見するためには、視力検査や眼圧検査だけでなく、より詳しい検査を眼科で行うことが重要です。東京慈恵会医科大学附属病院 新橋健診センターでは、視力検査・眼圧検査・眼底検査を主に行っています。また、片目35秒ずつという短時間で行える視野検査「FDTスクリーナー」や、従来の眼底検査に代わる新しい3D眼底検査の「OCT(光干渉断層計)」も検査項目として準備しています。OCTは、患者さんに負担をかけることなく、網膜などの断層面を簡単に観察できるため、緑内障やAMD(加齢黄斑変性)をはじめとした多くの眼科疾患の診断に有効であるという報告もあります1)。
OCTは、光の特性(干渉)を利用して眼底を測定して撮影する装置です。三次元の画像解析装置であるため、二次元の眼底写真に比べてさまざまな方向から見られることが利点です。二次元の眼底写真で診断できる眼科疾患もありますが、はっきりと病状がわかりにくい症例のときは、OCTを使用することでより精度の高い診断ができます。
OCTの登場により、眼球の断層が三次元で見えるようになり、これまで分からなかった眼科疾患の原因や特徴などが明らかになってきました。今日(2019年3月現在)では、OCTは外来の検査において急速に普及してきています。
近年、OCTの眼科検診への導入、普及が期待されるようになってきました。
OCTによって眼底(網膜)から非常に多くの情報が得られるようになりましたが、どのように検査結果を評価するかは、まだ明確な結論が出ていません(2019年3月時点)。そのため、多くの情報の中から、いかに必要な情報を適切に抽出し、より正確な診断につなげるかということを考えると、高いスキルを持った眼科医による読影*が欠かせません。
しかし、これまでの多くの眼科検診では眼科医が関与しない施設も決して少なくなく、OCT導入や評価の大きな壁となっています。
そこで、私たちは産学共同研究にて、OCTを用いて効率的な眼科検診できるように、妥当な基準値作りを進めています(2019年3月時点)。今後、費用対効果に優れた適切な診断基準を確立できれば、健診現場でもOCTの普及が進み、眼科検診に不可欠な眼底検査として健康診断の必須項目になる日が来るかもしれません。
読影…検査画像を観察し、結果を判断すること。
日本では、生活習慣の改善を目的とした特定健康診査や、運動機能の低下を予防するための啓発活動など、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ = QOL)の維持や向上のためのさまざまな取り組みが行われています。しかし、生活の質を維持するためには、運動機能の維持だけではなく、視覚の質、つまりクオリティ・オブ・ビジョン(QOV)の維持が重要です。楽しみにしていた本や新聞が読みづらくなったり、買い物で商品のラベルが見えづらくなったりしては、毎日の生活でストレスを感じることが多くなるでしょう。そのため、最期まで生活上の楽しみになるのは「物を見ること」であると考えています。
私たち眼科の医師は、「生活の質(QOL)につながる視覚の質(QOV)」という言葉に注目しています。目の健康を守り、視覚の質(QOV)の向上を図ることで、健全な生活の質(QOL)の向上につなげていきたいと考えています。
緑内障などの慢性的な目の病気は、発症すると元の状態に戻すことは困難です。重症化すると失明のリスクもあります。しかし、さまざまなモノがインターネットにつながる概念であるIoT(Internet of Things)や、スマートフォンなどを活用することで、「見る」ことの代わりになるようなツールの開発が進み、テクノロジーにより視覚障害をカバーできることが増えてきました。たとえば、PCやスマートフォンの自動読み上げ機能のように、文字を音声で再生するソフトを活用すれば、視覚を聴覚で補うことができます。眼科の医師としても、視覚障害がある方の生活の質(QOL)を高めるためには、治療とともにテクノロジーを活用することも重要であると考えています。
視覚障害は、病院を受診すべきかどうかを自己判断してしまいやすく、症状を自覚したときには重症化している可能性が高いことが特徴です。一般的に40代から発症のリスクが高くなるため、40歳になったら一度は眼科にかかって検査を受けるようにしてください。その後の定期検査については、主治医の先生と相談しながら行いましょう。
生活の質(QOL)の維持・向上には、視覚の質(QOV)が重要になります。眼科を受診することは、目の病気の発症を予防することや、進行を遅らせることにつながります。目の病気について気になることがあれば、お気軽にご相談ください。
参考文献
1)Br J Ophthalmol. 2014 Jul;98 Suppl 2:ii15-9. OCT for glaucoma diagnosis, screening and detection of glaucoma progression.
東京慈恵会医科大学 眼科学講座 主任教授
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