慶應義塾 常任理事、慶應義塾大学医学部 外科学 教授、国立がん研究センター 理事(がん対策担当...
北川 雄光 先生
国立がん研究センター 先端医療開発センター
落合 淳志 先生
国立がん研究センター東病院病理・臨床検査科 医員
渡邊 麗子 先生
公益財団法人 がん研究会有明病院 病院長
佐野 武 先生
国立がん研究センター がん対策情報センターがん臨床情報部部長
東 尚弘 先生
2019年10月24日(木)〜10月26日(土)の3日間にわたり、福岡国際会議場・福岡サンパレス・マリンメッセ福岡にて、第57回日本癌治療学会学術集会(以下、本学術集会)が開催されました。本学術集会では、“社会と医療のニーズに応える−TACKLING THE NEEDS OF SOCIETY AND MEDICINE−”をテーマに多数の講演やシンポジウムが行われ、これからのがん治療について、各会場にて活発な学術的議論が繰り広げられました。
本記事では、3日目の10:20から第3会場(福岡国際会議場2階)にて行われた、会長企画シンポジウム17“取扱い規約の共通化ガイドライン”の概要をレポートします。
司会:
落合 淳志先生(国立がん研究センター 先端医療開発センター)
檜山 英三先生(広島大学 小児外科)
はじめに、司会も務められる落合 淳志先生(国立がん研究センター 先端医療開発センター)より、“領域横断的がん取扱い規約の課題と将来像展望”というテーマで講演が行われました。
落合先生:
がんの分類には、大きく分けて“がんのステージング”と“病理組織分類”の2つがあります。がんの分類方法として国際的に活用されているUICC-TNM分類は、世界の異なる医療技術と医療システムを考慮して作られています。一方で、日本のがん取扱規約は各学会が個別に作成しています。
日本におけるがんのステージングは、肺がんや胃がんにおいては原則的にUICC-TNM分類とほぼ同じですが、一部は“準拠”という形になっていることがほとんどです。つまり、全てがUICC-TNM分類と一緒ではないということになります。一般に日本独自の医療のためのルールを作成することは理にかなっています。なぜなら、医療技術や日本の医療保険制度などの日本の医学的状態は、世界の他の国とは異なることが多いからです。
一方で、各臨床分野の学会によって作成されたがん取扱い規約は、しばしば“ガラパゴス化”であると指摘されます。がん登録の方法が法制化されているにもかかわらず、各学会が独自の用語、略語、リンパ節番号を用いたコードでがん登録を行っており、各学会の規約がすべてバラバラの時期に改訂されているためです。したがって、各病院で規約をもとに診断する病理医には、各規約がいつ改訂されたのかが分からない状況です。
こうした課題を解決するために、私たちのチームでは、各規約において翻訳が可能な共通規約を作る必要があるのではないかと考えました。そこで、領域横断的がん取扱規約の作成が提案されたのです。提案から10年の歳月を経た2019年10月、領域横断的がん取扱い規約第1版を出版することができました。
領域横断的がん取扱い規約の作成にあたり重視したのは、各学会の規約がUICC-TNM分類とどのような関係になっているか、他学会の規約との記載方法の違いはどこにあるのかを明確化することです。本規約は、がんのステージングと病変の記載方法の標準化を目指して作られたと理解していただければと思います。
今後は、用語や改訂時期をどのような形で一致させるのかを含め、さらに詳細を検討していく必要があると考えています。さらには、日本の診療情報を的確にするために、疾患の記載法を統一して共通データベースを作っていくことが求められるでしょう。
続いて、病理医として活躍される渡邊 麗子先生(国立がん研究センター東病院 病理・臨床検査科)からは、“領域横断的がん取扱い規約作成のポイント”というテーマで講演が行われました。
渡邊先生:
各学会の取扱い規約は、それぞれの出版時期が異なっており、改訂時期もバラバラです。このため、病理報告書が一貫性のある法則性に欠けてしまい、病理医にとって使い分けが煩雑になっているという問題がありました。また、日本の取扱い規約に沿って記載された病理報告書は、国際的には通用しません。このような状況の中で、正しい病期分類を行い患者さんの利益につなげるための“領域横断的がん取扱い規約”を作る取り組みが開始されました。ワーキンググループを立ち上げ、多数の学会や有志の方の力を借りながら編集を進め、そして2019年10月、“領域横断的がん取扱い規約第1版”が出版されました。
領域横断的がん取扱い規約の主な基本方針は、外科材料を対象とすること、UICC(国際対がん連合)による分類と読み替え可能であること、略語および記号の使用を整理すること、そして何より、各学会のがん取扱い規約の主旨と内容から逸脱しないことです。さらに、必要な解説を載せるための側柱の設置や目次の統一を徹底し、ページ数を増やさず一冊にまとめることを意識しました。
また、領域横断的がん取扱い規約の大きな特徴として、記載順の統一が挙げられます。臨床情報、原発巣、組織型、病期分類、断端・遺残腫瘍分類、組織学的記載事項(脈管侵襲や細胞診、組織学的治療効果判定)という6分類に項目を設定しました。さらに、6つの記載順にしたがい、チェックリストを作りました。可能な限り記載をコンパクトに収めることで、記載すべき概要が把握しやすくなっています。
今後の課題としては、今回取り入れることができなかった絨毛性疾患や膣外陰、尿道、陰茎、中皮腫瘍、脳腫瘍といった分野をどのように取り入れていくかという点が挙げられます。また、がん取扱い規約の国際的発信力を高めるためにはエビデンスが必要であり、各分野の研究者にとって使いやすい記載でなければなりません。今後の日本の国際的競争力を高めるために、領域横断的がん取扱い規約を通じて何らかの貢献ができたらと考えています。
次に、佐野 武先生(がん研究会有明病院 消化器外科)からは、“日本の取扱い規約とUICC / AJCC TNM分類は統合可能か?”というテーマで講演が行われました。
佐野先生:
日本のがん取扱い規約とTNM分類を比較すると、さまざまな違いがあることが分かります。最大の違いは、日本の取り扱い規約が病理や治療、レスポンスなども含めた包括的な教科書として、臓器別に独立して作成されているのに対して、TNM分類はステージのみ、それも臓器共通の原則に基づいて作成されたステージのみを示しているという点です。また、日本の取り扱い規約は私たち日本人にとってベストな治療法や診断法を提示しているのに対し、TNMは“世界にルールはひとつ”というコンセプトで作成されています。
日本が独自の規約を有することにはメリットがありますが、課題もあります。それは、日本の取り扱い規約がTNM分類と類似しているために、日本人医師がTNM分類の本質的な部分を理解しきれていない面があること、それゆえに翻訳が不適切になってしまうのではないかということです。たとえば、胃がん取り扱い規約では肝転移や腹膜転移はH、Pで表し、これらを除く腹腔外の遠隔転移をM1としていましたが、TNM分類では、胃がんに限らず領域リンパ節転移以外の転移は全てM1です。胃がん取扱い規約の改訂第14版ではこうした細かな相違がある点を一つずつ調整しました。
私たちは日本の取り扱い規約とTNM分類を統合する可能性について、真剣に取り組む必要があるでしょう。両者がそれぞれのメリットを活用し合い、統合することが理想ですが、現実的ではありません。日本の取り扱い規約とTNM分類は構造も目的も異なるからです。とはいえ、今後日本が国際的リーダーシップを担ううえで、TNM分類との合流は必要です。少なくともステージングに関しては、TNM分類に譲歩することが求められるでしょう。
ただし、私たちが今まで作り上げてきた、非常に緻密なデータベースは、今後のTNM分類の改訂に大いに貢献すると考えます。
最後に東 尚弘先生(国立がん研究センターがん対策情報センター がん登録センター)からは、“TNM分類・ステージとがん登録〜現状と今後”というテーマで講演が行われました。
東先生:
日本には二つの公的な登録システムがあります。一つは“全国がん登録”、そしてもう一つは“院内がん登録(HBCR:Hospital-based Cancer Registry)”です。
全国がん登録の最大の目的は、罹患統計を算出することです。2016年より、日本国内の全ての病院では、がんの診断が生じた際に都道府県に届出を行うことが義務化されています。病院によってはがんの診療数が少ないケースもあるので、ステージについては簡素化された“進展度”を使用します。一方、院内がん登録の目的は、臨床的な診療情報および診療状況を把握することにあります。院内がん登録においては、TNM分類およびステージングも要求項目であり、併せて提出することが定められています。
国立がん研究センターでは、全国の拠点病院および専門施設のがんの実態に関する報告書を掲載しています。このがん登録は、専門的な研修を受けて認定された“院内がん登録実務者”が行っています。さらに、予後の追跡を支援する形で継続的に行っていることも特徴です。報告書の種類は多岐にわたり、登録件数の報告書をはじめ、3年生存率や5年生存率といった報告書も開示しています。
院内がん登録は、基本的にはUICCのステージ分類を使って入力しています。なぜ、日本の取り扱い規約ではなくUICCを使っているのかというと、取り扱い規約のように臓器ごとに改訂があると、実務者への指導が困難であることが大きな理由のひとつです。また、がん登録の国際連携および国際比較を行う際に、UICCは有用であるという点や、がん登録実務者自身による登録推進がされているという点も重要なポイントです。
このような状況下で、近年では、院内がん登録によるUICC-TNMの経時的な切り替えを検討している段階です。たとえば“T”であれば、腫瘍の大きさや浸潤の深さを登録しておき、そのデータを変換してTNMを評価するような流れを想定しています。そうすることで、UICCの改訂が行われたときに、取り扱い規約も併せて変換できるのではないかと考えられます。
4名の演者による講演後は、北川 雄光先生(慶應義塾大学 外科)より特別発言がありました。
北川先生:
日本癌治療学会理事長としての4年間の任期が、本日終わりを迎えます。その最後の公式セッションが本セッションであり、この場で最後の特別発言をさせていただくことに感謝しております。本学会の書店コーナーに『領域横断的がん取扱い規約第1版』が並んでいることが、大変感慨深いです。
領域横断的がん取扱い規約の作成は、まさに吉田会長が掲げられた“社会の医療とニーズ”に応えるということから必要性が生じたと考えています。我々は正確な臨床情報を集め、横断的なデータとして患者さんに届けなければなりません。それに関して、今回の作業は恐らく歴史的な意味を持つのではないでしょうか。本規約については、まだまだ議論を重ねる必要があると思いますが、がん医療における大きな一歩を踏み出したのではないかと感じています。
この取り組みを推進してくださった司会のお二方、落合先生、檜山先生、渡邊先生はじめ、多くの先生方に感謝を申し上げまして、私の特別発言とさせていただきます。誠にありがとうございました。
北川先生の特別発言を受けて、大きな拍手に包まれながら【取扱い規約の共通化ガイドライン】は終了しました。
慶應義塾 常任理事、慶應義塾大学医学部 外科学 教授、国立がん研究センター 理事(がん対策担当)兼任
北川 雄光 先生の所属医療機関
落合 淳志 先生の所属医療機関
渡邊 麗子 先生の所属医療機関
佐野 武 先生の所属医療機関
国立がん研究センター がん対策情報センターがん臨床情報部部長
日本内科学会 認定内科医
臨床医になるため医学部に入学。卒業後、研修中に黎明期のEBMに出会ったことで、正しい医療とは何かということに疑問をもち臨床研究を学ぶために渡米を決意。誤解により、実際には臨床研究ではなく“医療の質”の研究者が集まるヘルスサービス研究のプログラムに参加するが、研究手法に共通部分が多く留学の動機ともより一致していたため、アメリカでヘルスサービスを学ぶ。がん対策基本法の施行と時期を同じくして国立がんセンターに勤務し、以来がん医療をよくするための研究とがん対策実務の有機的な融合を目指し、尽力している。
東 尚弘 先生の所属医療機関
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