インタビュー

機能性ディスペプシアにおける食欲不振――食欲がないときの原因と対策

機能性ディスペプシアにおける食欲不振――食欲がないときの原因と対策
眞部 紀明 先生

川崎医科大学 検査診断学(内視鏡・超音波) 教授、川崎医科大学総合医療センター 中央検査科 部長

眞部 紀明 先生

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機能性ディスペプシアとは、明らかな病気がなく、検査しても原因が分からないものの、胃の痛みや食欲不振などの症状が続く病気を指します。中でも食欲不振は、食べたいという欲求がなくなったり低下したりする状態で、場合によっては栄養失調や心身の衰えにつながる恐れがありますが、漢方療法などで症状の改善が期待できます。本記事では、機能性ディスペプシアにおける食欲不振の原因や対策について、川崎医科大学 検査診断学(内視鏡・超音波)教授 眞部 紀明(まなべ のりあき)先生に伺いました。

機能性ディスペプシアとは、胃がん胃潰瘍(いかいよう)のような病気(器質的疾患)がなく、検査しても原因が分からないものの、胃のはたらき(機能)の悪化などによって胃もたれや胃の痛みなどの症状が続いている状態のことです。ディスペプシア(dyspepsia)には“消化不良”という意味があります。

以前は胃の痛みや胃もたれなどで受診した患者さんが、胃潰瘍や胃がんといった器質的疾患(臓器に明らかな異常が認められる病気)と診断されるケースは半数程度ありました。しかし、最近では機能性ディスペプシアという診断がつく患者さんが増えています。なお、健康診断を受けた人の11~17%、病院を受診した人の44~53%に機能性ディスペプシアが見つかるといわれています。

機能性ディスペプシアが増加している要因として、胃潰瘍や胃がんの原因となるピロリ菌*に感染している方が少なくなり器質的疾患と診断される方が減ったことや、次の項目で説明するように、ストレスを抱える人が増えていることなどが考えられます。

*ピロリ菌:衛生環境が整備されていない時代に生まれ育った人では感染率が高い

機能性ディスペプシアの原因にはさまざまなものがあり、社会的ストレス、消化管の運動機能異常、消化管の知覚異常(少しの刺激で強い痛みなどを感じる状態)が三大要因といわれています。

また、ストレスによって知覚異常が起こったり、知覚異常によってストレスがかかったりするなど、3つの要因は相互に関連しています。そのため、1つの要因に対して治療しても症状をコントロールできないことがあります。たとえば、背景にストレスや知覚異常がある場合は、運動機能を改善しても症状がよくならないといったように、治療が一筋縄ではいかないことも少なくありません。

そのほかにも、ピロリ菌感染によって胃の中に炎症が起こって知覚過敏が生じたり、過剰に分泌された胃酸が十二指腸の粘膜を刺激して運動機能の異常を引き起こしたりすることなど、さまざまなことが機能性ディスペプシアの原因となりえます。

主な症状としては、次のような腹部症状が挙げられます。

  • 胃もたれ(食べたものが胃の中にたまっている状態)
  • 早期飽満感(食べ始めてすぐにお腹がいっぱいになってしまう)
  • 心窩部痛(しんかぶつう)(みぞおちの痛み)
  • 心窩部灼熱感(しんかぶしゃくねつかん)(みぞおちが焼けるような感覚)

ただ、1つの症状だけで受診する方は少なく、胃もたれと早期飽満感があったり、胃もたれと心窩部灼熱感があったり、複数の症状が合併しているケースも多いです。

機能性ディスペプシアの患者さんの約半数が、逆流性食道炎などの胃食道逆流症過敏性腸症候群を合併しているという報告もあります。さらに、不安や抑うつなどの精神的な病気を合併している方も一部いらっしゃいます。

ご自身の症状の原因がどのような部分にあるのかを自分で判断するのは難しいケースも多いのではないでしょうか。後ほど詳しく説明するように、食生活や生活習慣を見直しても症状が治まらない場合は受診を検討するとよいでしょう。

機能性ディスペプシアの診断においては、同じような症状が現れる病気の可能性を除外すること(除外診断)がポイントとなります。そのため、まずは問診と身体診察で器質的な病気(特にがんなど)がないかを確認します。このときに重視することがアラームサイン(警告症状)です。アラームサインとしては、高齢、貧血、体重減少などが挙げられ、該当するものがある場合は上部消化管内視鏡検査腹部超音波検査を実施し、詳しく調べることもあります。さらに、血液検査で貧血や肝機能障害などがないかも確認することが一般的です。

当院では、問診の後はまず血液検査や腹部超音波検査を行い、必要であればピロリ菌の検査も兼ねて上部消化管(食道~十二指腸)の内視鏡検査を行います。基本的には上部消化管内視鏡検査で胃がんなどの除外が必要とされていますが、先述したように、最近では若年でピロリ菌に感染している方が減っています。それに伴い、器質的疾患が見つかる患者さんは少なくなっているため、必ずしも全ての患者さんに対して上部消化管内視鏡検査を行わなくてもよいと考えています。

一方、腹部超音波検査は当院ではほぼ必須で行っています。実は若くて痩せている方などの場合は、超音波で胃の中の様子がほとんど見えるため、内視鏡検査では見つけにくいといわれているスキルス胃がん(胃の壁を硬く厚くしながら広がるタイプの胃がん)などは腹部超音波検査でも確認できます。そのため、当院では若い患者さんで、近親者にがん患者さんもいないような場合は腹部超音波検査や血液検査のみで診断することもあります。

また、機能性ディスペプシアの診断においては、膵臓(すいぞう)がんの有無を確認することが重要です。膵臓は体の奥のほうにある臓器なので、腹部超音波検査で確認しづらい場合は腹部CT検査を行うことがあります。

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機能性ディスペプシアの治療では、胃酸分泌抑制薬(胃酸の分泌を抑える薬)や、消化管運動改善薬(胃の動きをよくする薬)、漢方薬などを使うことが一般的です。

中でも、第一選択薬(最初に使う薬として選ばれているもの)として、胃酸分泌抑制薬やアコチアミド(消化管運動改善薬)、食欲不振や胃もたれに効果が期待できる漢方薬が用いられます。第二選択薬(第一選択薬が効かないときに次の選択肢となる治療薬)としては、アコチアミドではない消化管運動改善薬やほかの漢方薬、抗不安薬、抗うつ薬が挙げられます。さらに、生活習慣や食事の改善も同時に行うことが大切です。

食欲不振や胃もたれに効果が期待できる漢方薬は、機能性ディスペプシアの治療では第一選択薬の1つとして推奨されています。

東洋医学では、体内で気・血・水の要素がうまく巡ることで健康が維持されていると考えられています。そして、たとえば痩せているのか太っているのか、冷え症があるのか、暑がりやのぼせやすい方なのか、胃もたれがあるのか、年齢はどうなのかなど、体質や症状を総合的に考えて漢方薬の種類を選択します。

機能性ディスペプシアに使う漢方薬は、胃の運動機能を整える作用、抗ストレス作用、食欲をコントロールする“グレリン”というホルモンに対する作用があるとされているため、治療に適した薬だといえるでしょう。

治療を始めてから4~8週間ほどで治療効果が出ているかどうかを判定するケースが多いです。今回挙げた薬は、4~8週間ほどであれば副作用はあまり気にしなくてもよいですが、肝障害などのリスクはゼロではないため、注意しながら経過を見ていきます。

また、機能性ディスペプシアは5人に1人くらいで再発することがあるといわれています。生活習慣や食事内容を改善しておくことで、再発するリスクも抑えられると考えられます。

食欲不振とは、食べたいという欲求がなくなったり低下したりする状態のことをいいます。食欲不振の感じ方は人によってそれぞれ違いますが、患者さんは「食事が美味しくない」「お腹が空かない」といった表現をすることが多いです。

食欲不振が続くと、若い方の場合は仕事の能率が落ちたり、ひどくなると仕事ができなくなったりすることも考えられます。また、高齢者の場合はや栄養障害によってフレイル(心身の衰え)につながることもあるため注意が必要です。ただ、高齢者の場合は食欲不振の原因が機能性ディスペプシア以外にあるケースもあるため、慎重にチェックする必要があります。

食欲不振のみられる患者さんは、胃の動きが悪くて食べられない場合もあるものの、治療をしてもなかなかコントロールできないような重症例や難治例の方に多くいらっしゃいます。食欲不振がある場合は早期飽満感や胃もたれといった病態に、さらに治療でコントロールしづらい要因が加わっていることが多いということです。

また、先述のとおり、高齢の方の場合は食欲不振の原因が機能性ディスペプシア以外の病気ということもあります。たとえば、がん認知症などの神経系の病気、甲状腺機能低下症などでも食欲低下が起こることがあるため、こうした病気を見逃さないように、診断や治療は慎重に行う必要があります。

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食欲は胃で感じるわけではなく、脳の摂食中枢で感じるものです。そこで鍵となるのが“グレリン”というホルモンです。グレリンは胃から分泌され、摂食中枢にはたらきかけて食欲をコントロールする作用を持っています。

グレリンと同様のはたらきをする薬(グレリン様作用薬)を用いて治療すれば食欲の改善が期待できると考えられますが、グレリン様作用薬は機能性ディスペプシアに対しては保険適用されていません(2022年6月現在)。

そこで、機能性ディスペプシアにおける食欲不振に対しては、グレリンを介して食欲不振を改善させる漢方薬(食欲不振や胃もたれに効果が期待できる漢方薬)を使うことが多くなります。

食欲不振を訴える高齢の男性に対して、食欲不振や胃もたれに効果の期待できる漢方薬が有効だった事例があります。その方は食欲不振でなかなか食事が取れず、ストレスも抱えている方で、さまざまな西洋薬を試してみても効果がありませんでした。ところが、漢方薬を使ったところ、よく効いたという経験をしました。

この漢方薬は、末梢神経(まっしょうしんけい)(体の隅々まで指令を伝える神経)だけでなく、中枢神経(脳と脊髄(せきずい)からなる、全身に指令を送る中心的な神経)にもグレリンを介して影響していることが分かっています。さらに、抗ストレス効果があることも分かっているため、食欲不振に対して効果があったのだと考えられます。

また、食欲不振がある場合、西洋薬では吐き気止めが処方されるケースがあります。しかし、吐き気止めは消化管の動きをよくして胃の中のものを十二指腸へ送る作用がメインになるため、胃は空っぽになるものの必ずしも食欲改善にはつながらないといわれています。食欲不振というのは胃の運動だけに問題があるわけではないため、グレリンを介して摂食中枢そのものに作用するような漢方薬が有効だと考えています。

消化管の運動には自律神経が関係しているため、自律神経が整うよう、規則正しい生活や十分な睡眠を取るほか、適度な運動や食生活の改善をすることも大切です。

特に高齢の方は命に関わる病態を引き起こすこともあるため、規則正しい生活を心がける必要があります。なかなか眠れないという方や不眠の方も多いため、自分なりの安眠法を工夫するなど対策を取って不眠を改善することも重要です。家の中にこもりがちになっている方は、外に出てウォーキングなどの適度な運動をするのもよいでしょう。食事については、バランスの取れた食事になるよう、内容を見直してみることも大切です。

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治療でコントロールしづらいような機能性ディスペプシアは、食欲不振を合併するケースが多いと感じています。特に高齢者はフレイルに陥るなど、さまざまな合併症を引き起こすリスクがあるため注意が必要です。栄養失調のような状態にまで進んでしまうと、治療も難しくなってしまいます。

そのため、2週間ほどで症状が治まればよいですが、長期にわたって食欲不振が続いている場合は早めの受診を検討していただき、適切な薬の処方などを受けることをおすすめします。

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