2020年からの2年間は、新型コロナウイルス感染症に対する感染対策が強化されたことでインフルエンザによる大きな流行は起こりませんでした。しかし、2022年の冬頃から今年にかけて、国内ではインフルエンザの流行や集団感染が確認されるようになってきました。
インフルエンザは子どもがかかると重症化するリスクがある病気です。感染対策が緩和されて人と接する機会が増えてきた今こそ、自分はもちろんお子さんが感染しない、あるいは重症化しないために、インフルエンザの感染対策を見直してみませんか。
今回は新潟大学 大学院医歯学総合研究科小児科学分野 教授の齋藤 昭彦先生に、インフルエンザの流行について、また予防やワクチン接種の重要性についてお話を伺いました。
昨シーズン(2022/23シーズン)の12月、国内では3年ぶりにインフルエンザが流行入りし、インフルエンザの感染者数が増加しました。この理由として、コロナ禍の2シーズン(2020/21シーズン・2021/22シーズン)はインフルエンザの感染者数が少なく、インフルエンザに対する感受性者(インフルエンザに対する免疫〈抗体価〉が低いため、感染する可能性のある人)が増えたことが挙げられます1)。社会全体のインフルエンザに対する免疫が低下し、感染しやすい状況になっていたと考えられます。
今年の5月には、宮崎県内の高校で大規模なインフルエンザの集団感染が確認されました2)。インフルエンザウイルスは感染力が強く、多くの感受性者が長時間にわたって行動を共にするなどの接触が学校内での大規模な集団感染を引き起こした理由と考えられます。
昨シーズンは大規模な流行にならなかったことから、今シーズンもインフルエンザに対する社会全体の免疫が引き続き下がっており、インフルエンザの感染者数が増えることが考えられます。感受性者が多いことを考えても、ワクチン接種率に大幅な変化がない限り、感染者数が増加し流行の拡大が予想されます。
また、感受性者の多さに加え、今シーズンは海外から日本への旅行客も増えつつあり、海外からインフルエンザウイルスが持ち込まれる可能性も大いに考えられます。国内外での往来も活発に行われるようになってきているため、インフルエンザの流行を促す因子がより大きくなっているといえるでしょう。
新型コロナウイルス感染症流行下では大規模なインフルエンザの流行がなかったため、“ウイルス干渉”が起こっているのではないかと考えられていました。ウイルス干渉とは特定のウイルスが流行するとほかのウイルスが流行しない現象のことです。
しかし、昨シーズンにインフルエンザと新型コロナウイルス感染症が同時に流行したことから、この2つのウイルス間では昨シーズンの流行をみる限り、干渉作用が起こらないことが明らかになりました。
また、これまではRSウイルスとインフルエンザウイルスはウイルス干渉が起こるといわれていましたが、今年の4~5月にはRSウイルス感染症とインフルエンザが同時に流行しました。
このように、新型コロナウイルス感染症パンデミック後、インフルエンザと新型コロナウイルス感染症、インフルエンザとRSウイルス感染症の同時流行が認められたことから、インフルエンザの流行時期に関する概念は大きく変わりつつあります。インフルエンザはほかの感染症の流行に影響されず、いつでも流行する可能性があるのです。
昨年の流行予想でも、インフルエンザへの感受性者が多いことからコロナ禍の2シーズンより大規模な流行になると考えられていましたが、予想よりも大きなピークを迎えることはありませんでした。
はっきりとした原因は明らかになっていませんが、インフルエンザに対して感受性のある人が増えた一方で、新型コロナウイルス感染症に対する感染対策がインフルエンザの流行抑制に功を奏していたのかもしれません。
2023年3月には、新型コロナウイルス感染症の感染対策として講じられていたマスクの着用が個人の判断になりました。また、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが変更され、パーテーションの設置や検温などの感染対策は事業者ごとの判断に基づくようになりました。
このように徐々に感染対策が緩和されても、個人の判断のもとでマスクを着用している人は今でも多く見かけますし、手洗い・うがいを心がけたりこまめに手指の消毒をしたりしている人も多いかと思います。
これらの個人による感染対策に焦点を当てると、2023年現在の日本における感染対策の水準は、新型コロナウイルス感染症が登場する以前の感染対策に比べて高いといえます。このような高い水準の感染対策が引き続き行われている限りは、インフルエンザの流行は抑制されると考えられます。
しかし、先ほどもお伝えしたように、インフルエンザに対する感受性者が今年も全国的に多いことを考えると、インフルエンザは流行することが予想されます。また、個人のマスク着用の判断、消毒液の設置が見直されるなどの感染対策の緩和はインフルエンザを流行させる1つの因子になり得ます。
そのため、今シーズンは個人による感染対策を引き続き行うことに加え、インフルエンザワクチンを接種することで、インフルエンザに対する感染予防や、かかったとしても重症化を予防する準備をしておく必要があるでしょう。
インフルエンザは、子どもや高齢の方、免疫力が低下している方などがかかると重症化して合併症を引き起こすことがあります。特に子どもが重症化した場合に発症しやすい合併症は以下のとおりです。
インフルエンザの感染に伴って発症し、発熱と共にけいれん重積(けいれんが長く続く状態)や意識障害などが現れます。7~8%の割合で命にかかわることや、15%ほどの割合で後遺症が残ることが明らかになっています3)。
ウイルスや細菌などの感染をきっかけに心臓の筋肉に炎症が起こり、かぜのような症状や嘔吐・下痢などの消化器症状に加え、心不全や胸の痛み、不整脈を引き起こします。
急性心筋炎を含む子どもの心筋炎に関して、正確な発生率は明らかになっておらず、国内では子どもの人口1 万人に対し0.3 人、あるいは人口10万人に対し0.26人が発症すると推定されています。発症の割合だけをみると子どもが急性心筋炎にかかる可能性は低いですが、新生児期では致死率が31~50%と高く、非常に危険な病気です。また、小児期の生存率は1歳未満で69.6%、12歳以上で86.3%となりますが、中枢神経・心不全・不整脈などの重篤な後遺症を引き起こすことがあります4)。
なお、インフルエンザウイルスへの感染で発症することもありますが、発症の頻度は不明です。
インフルエンザウイルスに感染すると、乳幼児は肺炎を合併しやすいことが分かっており、中には肺炎から急性呼吸窮迫症候群(ARDS)が引き起こされるケースもあります。ARDSを発症すると血液中の酸素レベルが低下し、心臓や脳などの重要な臓器が機能不全に陥ることがあります。治療には酸素の投与や人工呼吸器による管理が必要で、集中治療室での治療が行われることもあります。
これらの合併症に対して特に注意が必要なのは、チアノーゼ(血液中の酸素が不足し唇が紫色になる症状)が認められる先天性心疾患を持つ子どもや、喘息などの慢性の呼吸器疾患をもつ子どもです。
しかし、それらの病気がない健康なお子さんに合併症が起こらないというわけではありません。先ほどもお伝えしたとおり前シーズンまではインフルエンザの流行がなく、一人ひとりのインフルエンザウイルスに対する免疫が低下している状況です。そんな今だからこそ、重症化しないようワクチン接種により免疫を獲得するなどして、インフルエンザに対する感染対策を講じる必要があるのです。
ワクチンの接種はインフルエンザを予防する有効な手段です。また、インフルエンザワクチンには、感染そのものを予防するだけではなく、発症したとしても重症化を予防する役割があります。最近の研究では、インフルエンザワクチンを2回接種することによるワクチンの有効率は、3歳未満の子どもの場合で62%5)、6歳未満の子どもの場合で41~63%6)とされ、ワクチン接種によって発病リスクを低減できることが分かっています。
ワクチンは毎年、世界保健機関(WHO)が接種を推奨するワクチン株の中から期待される有効性やワクチンの供給可能量などを踏まえて選定されます。流行しているウイルス株と製造されたワクチンの株が一致するとワクチンの効果が高くなり、感染を防ぐ効果もより期待できます。
なお、インフルエンザの中でも感染力が強いインフルエンザA型とインフルエンザB型のうち、A型は症状の現れ方が強く、世界的流行を引き起こす型でもあります。インフルエンザワクチンはインフルエンザA型に対する発症予防効果・入院予防効果が特に高いことが明らかになっていますので、ワクチン接種はお子さんの健康を守るために非常に有意義なアクションといえます。
また先述のとおり、インフルエンザは流行の時期やピークがいつになるかを予測することが難しいため、起こり得る流行に対して前もってワクチンを接種しておくことが非常に重要です。
今年はインフルエンザ、新型コロナウイルス感染症それぞれがいつ流行するのか予想がつかない状況にあります。2023年7月現在では、RSウイルス感染症の感染者も多く、基本的に病院の医療資源は1つの感染症が大流行すればひっ迫してしまいます。ですから、インフルエンザがRSウイルス感染症や新型コロナウイルス感染症と同時に流行した場合には、限られた医療資源を有効に使わなければなりません。十分な診療を受けられない可能性もある中でお子さんが感染症にかかってしまうというのは保護者の方としても大変心配なことだと思います。そのため、ワクチンを接種し、もしものために備えておきましょう。
通常、日本国内でのインフルエンザは12月から3月頃に流行し、1~2月にピークを迎えます。そのため、流行が始まる前の10月末から11月頃にワクチンを接種しておくことをおすすめします。日本で推奨されているワクチンの接種回数は以下のとおりです。
ワクチン接種は1回接種よりも2回接種したほうが、より抗体価が上昇することが分かっています。万が一ワクチンの供給量が足りない場合には、13歳未満で初めてワクチンを接種するお子さんは2回、そうでないお子さんの場合は少なくとも1回接種できるようにしましょう。
なお、2回接種の場合は2~4週間ほど間隔をあけて接種する必要があるため、2回目の接種が10月末から11月頃に終わるようにスケジュールを組んで接種を完了させることが望ましいです。
2023年7月現在、インフルエンザワクチンは新型コロナワクチンと同時に接種することができます。また、生後6か月からインフルエンザワクチンは接種できますので、生後6か月以降に接種するB型肝炎ワクチン(3回目接種)のほか、1歳時に接種する麻疹・風疹混合(MR)ワクチン、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)ワクチン、水痘ワクチン、そして追加接種の対象であるヒブワクチン、肺炎球菌結合型ワクチン、4種混合ワクチンを接種するタイミングで、可能な限りインフルエンザワクチンも同時に接種することをおすすめします。インフルエンザワクチンの接種率が社会全体で上がることで集団免疫を作ることができ、流行の予防につながります。
これまでお伝えしてきたように、インフルエンザはいつ流行するか分からないため、10月末から11月頃に接種する必要性を感じない方もいらっしゃるかもしれません。しかし、流行時期が分からないからこそ「インフルエンザにかかるかもしれない」「インフルエンザが流行するかもしれない」との考えのもと前もってワクチンを接種し、いつ来るか分からない流行に備えておくことが非常に大切です。
ここからは、インフルエンザワクチンを接種するにあたって注意したい点や、保護者の方が気になるポイントについてお伝えします。
インフルエンザワクチンの副反応として比較的多いものは、接種した部位の痛みや腫れ、赤みで、接種した人のうちの10~20%にみられるとされています。また、5~10%の人には発熱、頭痛、寒気(悪寒)が現れるといわれています。これらはいずれも2~3日で軽快することがほとんどです7)。もし、3日を経過しても副反応がおさまらない場合はワクチン接種を受けた医療機関に相談しましょう。
副反応としてはまれですが、接種直後にアナフィラキシー(強いアレルギー反応)として、全身の蕁麻疹をはじめとする皮膚症状、呼吸困難などの呼吸器症状、腹痛や嘔吐などの消化器症状が現れることがあります。
以下に当てはまる方は、インフルエンザワクチンを接種することができません。
このほか、予防接種を行うことが不適当であると医師が認めた場合にはワクチンを接種することができません。
なお、鶏卵アレルギーがある場合でもインフルエンザワクチンを接種することができます。日本製のインフルエンザワクチンは製造過程に有精卵が使われていますが、鶏卵タンパク質の含有量は1mLあたり数ng(ナノグラム)ほどで、重篤な反応が生じる可能性はかなり低いレベルとされています。ただし激しいアレルギー症状がみられる場合には、接種前にかかりつけ医またはアレルギーを専門とする医師によく相談しましょう。
一部のワクチンに含まれるエチル水銀(チメロサール)が気になる方もいらっしゃるかもしれませんが、現在日本で製造されているインフルエンザワクチンは、エチル水銀を除去したり減量したりしたワクチンのみです。また、発達障害との関連性は示されていないとの研究結果が報告されています8)。
子どものインフルエンザワクチンは任意接種となるため、接種にかかる費用は全額自己負担で、1回3,000~5,000円程度と医療機関により金額が異なります。自治体によっては独自の助成制度があり、助成金を申請することができますので、接種前にお住まいの地域の制度を確認してみましょう。
インフルエンザを予防するためには、新型コロナウイルス感染症に対する感染対策と同様の対策が効果的です。他者との交流機会が増えている中でも、室内でのマスクの着用、手洗い、手指の消毒といった基本的な感染対策は、お子さんと一緒に保護者の方も引き続き心がけていただけるとよいでしょう。
また、規則正しい時間に寝起きしたり決まった時間に食事を取ったりして基本的な生活リズムを整えることは免疫機能を保持するうえで非常に重要です。お子さんの生活リズムを整え、規則正しい生活を送れるように心がけましょう。
インフルエンザは家庭内でも流行します。インフルエンザの感染経路の多くは子どもから大人に感染するケースが多いですが、大人から子どもに感染するケースももちろんあり得ます。
インフルエンザワクチンに限らず、ワクチンには感染予防、重症化予防に加え、周囲の人に感染を広めない役割もあります。
また、乳児に対する感染対策に、コクーンストラテジーという考え方があります。周囲の大人がワクチンを接種することによって免疫を獲得し集団免疫を作ることで、繭のように子どもを感染症から守るという対策です。子どもを感染から守るために、先述の基本的な感染対策に加え、保護者をはじめとする周囲の大人もしっかりとワクチンを接種して、大人がウイルスを持ち込まない、あるいはかかったとしても、周囲に拡げるリスクを減らし、重症化しない環境を作りましょう。
実際に保護者の方がかかったインフルエンザがお子さんに感染し、合併症の発症から後遺症が残ってしまったケースを目の当たりにした経験がありますが、保護者の方としては非常につらいことと思います。自分が感染したことでお子さんの一生を変えてしまうことは、どのような感染症でも可能性があります。このようなリスクを減らすためにも、周囲の大人が子どもを守ってあげる必要があります。
今シーズンのインフルエンザの流行は、新型コロナウイルス感染症の流行や感染対策の状況などによってどの程度の規模になるかが不透明な状況ですが、流行することが予測されるので、お子さんがインフルエンザにかからないよう、また、かかっても重症化しないよう、予防に努めましょう。特に基礎疾患のあるお子さんは重症化する可能性が高いですから格段の注意が必要です。
また、基礎疾患のないお子さんでもインフルエンザの感染予防、そして重症化予防のためにワクチンを接種していただき、急性心筋炎やインフルエンザ脳症といった、まれに起こり得るインフルエンザの合併症へのリスクを減らしていただきたいです。
重症化し、合併症が起こる前の予防策の選択肢の1つとして、インフルエンザワクチンの接種があります。お子さんや周囲の大人が前もってワクチンを接種し流行に備えておくということが、お子さんも守るために非常に重要なポイントになります。
参考文献