心臓の「弁」が狭窄もしくは閉鎖不全を起こして正常に機能しない場合には僧帽弁手術を行います。僧帽弁手術にはいくつかの方法がありますが、それぞれどういった手術方法なのでしょうか。
僧帽弁手術について、体への負担の少ない(低侵襲な)心臓手術を得意とする国立大学法人 浜松医科大学 外科学第一講座 教授の岡本 一真先生にお話を伺いました。
僧帽弁手術とは、僧帽弁閉鎖不全症の患者さんに行われる手術です。
僧帽弁閉鎖不全症とは心臓の左心房と左心室の間にある弁(僧帽弁)に異常が生じることで、心臓が収縮する際に血液の逆流が起きてしまう病気です。
正常な心臓は、収縮することで血液を押し出して血液を全身へ循環させます。このとき血液を大動脈に押し出すため僧帽弁は閉鎖されます。
しかし僧帽弁閉鎖不全症では僧帽弁に異常が生じているため、大動脈へ血液が押し出されるときに僧帽弁が完全に閉じません。その結果、僧帽弁が閉じていない部分から血液がもれ、左心房に逆流します。
左心房へ血液が逆流すると左心房の収縮力低下・肥大と拡大、不整脈、心房細動などが生じることがあり、心臓への負担が大きいと判断された場合には治療が必要です。
僧帽弁閉鎖不全症の基本的な治療法は外科療法(心臓手術)です。そして僧帽弁の機能不全を改善する手術を、僧帽弁手術といいます。
僧帽弁手術には主に2つの方法があります。
・僧帽弁形成術:患者さん自身の弁を残し、弁やその周囲の形を整える手術
・僧帽弁置換術:機能不全が生じた僧帽弁を人工弁に置き換える手術
僧帽弁形成術や僧帽弁置換術はどのような手術であるか、図を用いながら解説します。
僧帽弁形成術は機能不全になった僧帽弁を形成する手術です。僧帽弁の異常は大きく分けて弁輪の拡大、後尖(こうせん)の逸脱、前尖の逸脱の3つがあります。
僧帽弁のどの部分に異常が生じて機能不全が生じているか(血流の逆流が起きているのか)によって手術手法が変わります。僧帽弁形成術では主に下記の手法を使って弁を形成します。それぞれ詳しく説明していきましょう。
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・弁輪形成 :人工弁輪という補強材を縫着して弁の形状を保てるよう補強する
・弁尖切除:逸脱した弁の一部を切り取って縫い縮める
・腱索の移植/調整:腱索(弁を支えている支持組織)を移植・調整する
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弁輪形成術は原則として全例に行われます。
僧帽弁の後尖や前尖が逸脱している場合には弁輪形成術以外の手法を合わせて行いますが、弁輪が拡大している場合は、弁輪形成術のみで弁の機能を回復させることが可能です。
弁輪形成術では、弁の周りが伸びて弁輪が拡大している部分に人工弁輪(リング)という補強材を当てて理想的な弁輪の大きさに補正します。リングによって弁の周囲の形を整えることで、弁の機能を回復させることができます。
僧帽弁の後尖が逸脱している場合には、弁輪形成術と弁尖切除という手法が合わせて用いられることが多いです。弁尖切除では弁の逸脱した部分を切除して取り除き、切除部分を縫い縮めることで弁の機能を回復させます。
弁の切除手法には、切除する弁の形によって矩形切除(くけいせつじょ)、三角切除、砂時計型切除などがあります。
僧帽弁の前尖が逸脱している場合は、矩形切除が難しく弁形成が困難とされています。そのため、弁の形を整えるのではなく弁と心臓の筋肉を結ぶ、紐状の組織(腱索)を移植・調整する方法で弁の閉鎖不全の改善を図ります。
また僧帽弁前尖の逸脱以外にも、腱索の付け根にある乳頭筋が伸びる、腱索が切れることで弁の機能が低下した場合にも腱索の移植・調整が行われます。
腱索の移植・調整を行う手術を人工腱索再建術といいます。人工腱索再建術では腱索の代わりとなる糸(人工腱索)を使って、弁と乳頭筋をつないでいきます。この手法によって腱索が再建されることで弁が支えられ、弁の機能を回復できます。
どういった形成をするかは患者さんの弁の状態によって異なります。それぞれの弁の異常に合わせた形成を行い、閉鎖不全を改善することで僧帽弁の機能を取り戻すことができます。
僧帽弁置換術では僧帽弁を人工弁に置き換えます。人工弁には生体弁と機械弁があります。
生体弁は、ウシの心膜やブタの心臓弁などを加工して作られている弁です。
生体弁の最大のメリットは、血栓(血液の塊)ができにくく、抗凝固薬の服薬が短期間である点です。
置換した弁に血液が付いて固まると、血栓ができてしまいます。血栓は血流によって流され血管に詰まることで、脳梗塞や心筋梗塞などの血栓症を引き起こす可能性があります。そのため血栓が生じることは非常に危険です。
機械弁の場合、材質が金属であるため弁に血液が付着して凝固する可能性が高く、血栓が形成されやすくなります。そのため機械弁による置換術では手術後に血栓形成を予防するための抗凝固薬を服薬し続ける必要があります。一方、生体弁は弁の材質が生体由来であるため、血液が弁に付着して凝固する可能性が極めて低いです。そのため生体弁では抗凝固薬が必要になるのは手術後の数か月のみで、その後継続的に服薬する必要はありません。抗凝固薬を長期間服薬しなくてよいメリットは非常に大きいといえます。
一方、生体弁のデメリットは機械弁に比べて耐久性が劣るということです。一般的に生体弁は15年前後で硬くなり、動きが悪くなって狭窄や逆流が生じます。そのように弁の機能が低下した場合には再び弁置換の手術が必要になります。生体弁は大動脈弁に使った場合よりも僧帽弁に使った場合のほうが壊れやすいとされているため、生体弁を用いた僧帽弁手術を行う場合には耐久性のデメリットをよく理解することが重要です。
機械弁は炭素線維やチタンなどを用いて心臓弁と同じように機能するデザインに作られています。
機械弁の最大のメリットは優れた耐久性です。基本的に不具合が生じなければ半永久的に使用し続けることができます。そのため再び弁置換術をしたくないという方は機械弁が推奨されます。
一方で、機械弁には血栓症のリスクがあり、手術後に抗凝固薬を服薬し続けなければいけないというデメリットがあります。抗凝固薬は血栓を形成しにくくすることから出血リスクが高まるため、外傷を受ける可能性が高い仕事に就く方の場合には注意が必要です。また抗凝固薬の効果を適切にコントロールするために、定期的な服薬・受診が必要です。さらに抗凝固薬の中には催奇形性(妊娠中に服用すると胎児の発育に影響を及ぼす可能性がある性質)を示すものもあり、妊娠の可能性のある女性には推奨されません。こうしたリスクを回避するためには、生体弁を使用することが望ましいでしょう。
一般的に、若い方は耐久性に優れた機械弁を、高齢の方では服薬の負担が軽減される生体弁を選択されることが多いようです。一応の目安としては65歳から70歳より若ければ機械弁、それより年齢が上であれば生体弁をおすすめしていますがこの選択は患者さんの考え方次第で大きく変わるものです。最近は生体弁の耐久性が向上してきたこと、仮に再手術になってもその際のリスクが減ってきたことから、生体弁を使用する年齢はより若くなる傾向にあります。
生体弁と機械弁にはそれぞれメリットとデメリットがあるため、僧帽弁置換術を行う際には患者さん自身のライフスタイルや希望に合わせて、主治医と相談して決めていきましょう。
症例にもよりますが、僧帽弁手術のうちの多くは僧帽弁形成術が行われています。
これまでの僧帽弁手術の歴史を振り返ってみると、以前は僧帽弁形成術よりも、僧帽弁置換術のほうがより多く行われていました。しかし近年では、僧帽弁形成術のほうが人工弁関連合併症を起こしにくく、左心室機能がより維持されることが明らかになり、僧帽弁形成術の優位性が確立されてきました。こうして現在では僧帽弁手術を行う場合には自己弁温存が可能であれば、僧帽弁形成術を選択するべきだと考えられています。
2014年に発表された日本胸部外科学会学術調査によると、2014年に国家臨床データベースNational Clinical Database(NCD)に登録された僧帽弁手術4,851件のうち、僧帽弁形成術と僧帽弁置換術(生体弁・機械弁)のそれぞれの手術件数は、弁形成が3,249件、生体弁918件、機械弁684件であると報告されています。
こうしたデータからも分かるように、現在では僧帽弁置換術よりも僧帽弁形成術のほうを選択されるケースが非常に多くなってきています。
一般的な僧帽弁手術は、胸の中央を大きく切開する「胸骨正中切開」で行われます。その一方で、一部の医療施設では小さい切開創で手術を施行しているケースがあります。こうした小切開の手術はMICS(minimally invasive cardiac surgery:低侵襲な心臓手術)と呼ばれ、手術後の傷あとが小さく、回復も早いなどのメリットがあります。
MICSは、主に胸骨の第四肋間に小さい切開創を作り、そこから特殊な手術器具を使うことで手術を進めます。MICSは手術創が小さく手術の視野(術野)が狭いことから、一般的な手術と比較すると格段に難しくなります。そのためMICSを行うには熟練した手術技術、豊富なMICS手術の経験、そして手術チームの連携が重要です。
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僧帽弁形成術そのものは、一般的な胸骨正中切開であっても難易度の高い手術です。
僧帽弁形成術は患者さん僧帽弁の状態に合わせて弁形成をするため技術が求められる手術です。また僧帽弁閉鎖不全症の手術症例は比較的少ないこともあり、僧帽弁形成術の経験が非常に豊富な医師は多くありません。
こうした難易度の高い僧帽弁形成術を、術野が狭く、多くの医療器具を使いこなさなければならないMICSで確実に成功させるには、医師の高度な技量が求められます。
MICSのような難易度の高い手術では、いくつかのポイントを確認し、リスクとなる要因に該当する方かどうかを判断することが重要です。
たとえば動脈の状態がよいこと(動脈硬化がない)、肺の機能が安定していること、そして大動脈からの逆流が見られないこと、高齢でないことなどを確認することが大切です。必要に応じてCT検査や肺機能の検査を行って、こうした点に問題がないかどうかを確認していきます。
それでは、僧帽弁閉鎖不全症で多く行われている「僧帽弁形成術」を例に、入院から退院までの一連の流れについて解説します。
僧帽弁形成術の入院日数は医療機関によって異なりますが、MICSであれば通常術後約6〜7日であることが多いです(通常の胸骨正中切開による僧帽弁形成術の場合は最短で約2週間)。
手術は人工呼吸器を装着して行いますが、MICSの僧帽弁形成術を行う場合、通常手術直後に人工呼吸器から離脱することができます。ですから術後の回復も早く、一般的には手術終了3〜4時間後にはご自身で飲水をしていただくことができ、また手術翌日からは立ち上がって動くことができる患者さんがほとんどです。
通常、手術翌日までは集中治療室(ICU)で管理を行い、術後2〜3日には一般病棟に戻ります。一般病棟に戻った後にはご自身でお手洗いに行ったり、歯磨きをしたりと徐々に自立した日常生活を送っていただきます。
また患者さんによっては、心臓リハビリテーションを行うこともあります。たとえば階段昇降などの運動を、心電図モニターを装着しながら行います。そして「どの程度動いたら、どれだけ脈拍が上がるか」を確認し、脈拍を上げずに動ける範囲を増やしていくリハビリテーションを実施します。
手術直後は肺炎を防ぐために、しっかりと深呼吸をして痰を出すことが大切です。深呼吸をすると傷口に強い痛みを感じることがあるので、そのときには我慢をせずに痛み止めを服用してでも深呼吸をして痰の排出を促しましょう。
また、医療機関によっては術前に肺活量を鍛える呼吸訓練を行う施設もあります。肺活量を鍛えておくことで、術後効果的に深呼吸を行うことが可能となります。
MICSの場合、デスクワークであれば術後およそ3週間で職場復帰が可能です。ただし、患者さんによって個人差がありますので、通勤できる自信がついてきてから無理のない範囲で徐々に復帰していくようにしましょう。
僧帽弁閉鎖不全症で僧帽弁形成術が成功すれば、その後は一般の方と同じような寿命で生活することができます。
しかし、なかには僧帽弁閉鎖不全症の再発により再手術が必要な患者さんもいらっしゃいます。日本胸部外科学会の2009年学術調査によると、弁形成術後10年以内の再手術の割合は7〜10%であったという報告もされています。ですから、術後も定期的に医療機関で検査を受け、経過観察を続ける必要があります。
再手術が必要であると判断された場合には、人工弁に置き換える僧帽弁置換術を行うことが一般的です。しかし妊娠・出産を控えている女性など、多少無理をしてでもご自身の弁を残す必要があると考えられる場合には、再度僧帽弁形成術を行うこともあります。
先ほども述べましたが、僧帽弁形成術は非常に難易度の高い手術です。ですから、なるべく僧帽弁形成術の経験が豊富な医師の手術を受けることが理想的です。
最近は病院のホームページなどを見ると、実施している手術症例数を公開していることが多くあります。その中で「僧帽弁形成術もしくは弁膜症手術の年間症例数」は、僧帽弁形成術を受ける病院を決定する判断材料の1つになると考えます。
僧帽弁形成術の年間症例数20例以上、もしくは弁膜症手術の年間症例数100例以上の医療機関であれば、安心して手術を受けることができる病院であるという目安にはなるかと考えます。もちろん、年間症例数だけが心臓血管外科医の技量を表しているわけではありませんので、あくまでの1つの目安として捉えていただければと思います。
僧帽弁閉鎖不全症は、心不全などの合併症がない限り、一刻も早く手術をしないといけないという病気ではありません。ですから手術を受ける必要があると診断されたときには、焦らずに1か月ほどかけて、どこの医療機関で手術を受けるべきか吟味していただきたいと考えます。
MICSは手術創が小さいことで多くのメリットを享受できる手術法ですが、僧帽弁形成術の場合には切開創の大きさにこだわりすぎるのではなく、いかに確実に弁の形成ができるかのほうを重視すべきです。当院では多くのMICS手術を行っていますが、患者さんの状態をしっかりと判断しながら、MICSの適応になるかどうかを判断しています。
心臓の手術をする間は心臓の代わりとなる人工心肺を用います。そのためこれまでは、体に負担が大きくならないよう手術時間は「早ければ早いほどよい」といわれてきました。しかし実際にはそうではなく、しっかりと確実に手術を行うこと、そして確実に手術を進めても問題がないくらい手術のセットアップをしっかりと行い、確実な弁形成を行える状態にしていくことがもっとも重要だと私たちは考えています。
これからも確実でより患者さんの体への負担が少ない僧帽弁手術を行えるように、手術技術、そしてチーム医療の質を向上させていきたいと考えています。
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国立大学法人 浜松医科大学 外科学第一講座 教授
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国立大学法人 浜松医科大学 外科学第一講座 教授
日本低侵襲心臓手術学会 幹事日本外科学会 外科認定医・外科専門医・指導医日本心臓血管外科学会 心臓血管外科修練指導者・心臓血管外科専門医・評議員
慶應大学卒業後、同大学病院で心臓外科医師としてのキャリアをスタート。ベルギー、イタリア、タイと海外の有名病院でフェローを務めあげ、手術実績ならびに研究業績をあげる。2010年より慶應義塾大学 外科(心臓血管)助教に就任、2012年に同専任講師となる。2016年より明石医療センターで心臓血管低侵襲治療センター長に就任。2024年から国立大学法人 浜松医科大学 外科学第一講座 教授に着任。
心臓血管低侵襲手術のパイオニアとして、自ら多くの症例を手がけるだけでなく、国内での手術手技普及にも貢献する。
岡本 一真 先生の所属医療機関
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