
通常私たちは目に痛みや違和感があれば、目そのものの異常や病気を疑って眼科を受診することが多いでしょう。しかし、中には目ではなく体のほかの部位に大きな原因が隠れている場合があります。その1つが甲状腺眼症です。甲状腺眼症は内科的な治療が必要な病気であり、治療のタイミングが遅れると目の重大な機能障害につながる可能性もあります。今回は、大阪市立総合医療センター 糖尿病・内分泌内科の金本 巨哲先生に、甲状腺眼症の症状と見逃さないためのポイント、治療の概要や新しく発売された薬に期待する思いについてお話を伺いました。
甲状腺眼症とは、免疫異常によって目の周りの組織に炎症が起こる自己免疫疾患の1つです。本来の免疫のはたらきは体外から侵入した異物を排除することですが、自己免疫疾患では自分自身の組織を異物と誤認して攻撃してしまいます。これが首にある甲状腺で起こると、甲状腺の機能が過剰に亢進する“バセドウ病”や逆に機能が低下する“橋本病”が生じ、目の周りの組織で起こると甲状腺眼症となります。
甲状腺眼症の原因はまだ完全には解明されていませんが、遺伝的な素因に環境的な素因が組み合わさって発症すると考えられています。遺伝的な素因としては甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体など免疫を調節するさまざまな分子の遺伝子多型などが、環境な素因としては喫煙が発症に関与しているといわれています。最近になり、インスリン様成長因子-1(IGF-1)受容体*がTSH受容体と相互作用することにより病態に関与することが明らかになってきました。
* IGF-1受容体: IGF-1とIGF-2により活性化され、細胞増殖、分化、炎症など重要な細胞活動を調節する。
甲状腺眼症は、バセドウ病やまれに橋本病などの甲状腺疾患に関連して発症することが多いのですが、甲状腺機能が正常であっても起こることがあります。発症するタイミングはバセドウ病とほぼ同じ時期の方が多いものの、目の症状が先に出る方やバセドウ病と診断され数年経過した後に目の症状が現れる方もいて、患者さんによってさまざまです。
患者さんが甲状腺眼症に気付くきっかけとなる症状には、まぶたが張る・腫れる、目の充血や痛み・違和感、涙が出る(流涙)などがあります。進行すると目の周りの組織が肥大化して眼球が前方に押し出されることによる“眼球突出”、目を動かす筋肉の動きが悪くなり物が二重に見える“複視”や視力低下などの症状が現れることもあります。
バセドウ病など甲状腺の病気の治療中に目の症状が現れた場合には、早めに医師に相談してください。眼科を受診する場合は、甲状腺の病気を治療していることを医師に伝えましょう。それによって、甲状腺眼症の早期発見につながる可能性が高くなります。
甲状腺眼症は治療を開始するタイミングが非常に重要です。発症してからなるべく早期、炎症が生じて症状が悪化する“活動期”の間に炎症を抑える治療を行えるとよいといわれています。その後、炎症が落ち着いた“非活動期”に移行しますが、活動期の間に十分に炎症を抑える治療を行えなかった場合は、目の症状が残ることもあります。私は患者さんにはよく火事の消火に例えて説明しています。小火のうちに消火できれば再建は比較的容易ですが、全焼してしまってからでは大変です。
バセドウ病が疑われる患者さんは全員、初診時に気になる目の症状がないか確認します。「目が出ている気がする」との訴えがあった場合は、眼球突出のチェックを行います。眼球突出に加えて、目の充血や痛み、涙が出る、複視などの症状がある場合は、眼科の先生に相談のうえMRI検査などを行い、甲状腺眼症として治療を行う必要があるか検討します。
病院によって異なるかと思いますが、当院の場合、甲状腺眼症の治療は主に内分泌内科が行い、必要に応じて眼科や放射線科と連携しています。
甲状腺眼症の治療のゴールは大きく2つあります。まずはなるべく炎症を抑えて日常生活に困らない程度まで目の症状を改善すること、次いで、それが難しい場合は症状の改善に必要な眼科的な手術などの処置が行えるようにすることです。残念ですが、現在のところ目の状態を完全に元に戻すことは難しいことが多いため、患者さんにもそのように説明しています。
甲状腺眼症の治療法は、症状の程度や治療を開始するタイミング(“活動期” または“非活動期”)によって異なります。いずれの場合も、バセドウ病など甲状腺の病気の治療は継続し、喫煙している方には禁煙をすすめます。
日本甲状腺学会・日本内分泌学会編集の『甲状腺眼症診療の手引き』では、目の症状がまぶたの炎症や腫れ、斜視などに留まる場合は、ステロイドやボツリヌス毒素*の局所注射を行うこととされています。
* ボツリヌス毒素の局所注射:上まぶたへの投与は保険適応外
複視などの眼球運動障害や視力の低下などがみられる場合は、活動期であれば炎症を抑えるためにステロイドの全身投与(ステロイドパルス療法**)と放射線照射を行います。ステロイドの投与量や投与スケジュールは症状の程度により異なりますが、基本的には1か月ほどの入院が必要です。また、ステロイドの副作用として糖尿病や高血圧、脂質異常症、感染症、骨粗鬆症などが生じる可能性があり、それらの対策が必要です。後述のとおり、2024年に新しく生物学的製剤が発売されたため、治療選択肢の1つとして対象となる方全員に必要な情報提供を行っています。
症状から考えて緊急性が高い場合や複視などの症状が残る場合、活動期を過ぎている場合(非活動期)などは、必要に応じて眼科的な手術を行います。
ステロイドパルス療法を行った後は、注射から内服に切り替えてゆっくりとステロイドの量を減らしていきます。当院の場合は、1日当たりの投与量が25mg以下となったら退院とし、その後は1~2か月に1回ほど通院していただきながら1年ほど継続します。
**ステロイドパルス療法:多量のステロイドを投与することで、強力に炎症を抑える治療法。
2024年11月に甲状腺眼症に対する新しい薬である生物学的製剤が発売されました。目の周りの組織のIGF-1受容体に作用して自己免疫反応を抑え、筋肉の肥大化や脂肪の増加を抑制して、眼球突出や眼球運動を改善することが期待されています。
当院でもすでに使用を開始しており、これまでの標準的な治療であったステロイドパルス療法による治療が対象となる患者さんには、それぞれの治療のメリットとデメリットを説明したうえで選択していただいています。新薬の有効性は高いと期待されていますが、副作用として聴覚障害や高血糖などが報告されている点は注意が必要です。3週間間隔で計8回投与する必要があり、現在のところ当院では初回投与時のみ1週間ほど入院していただいています。また、高額な薬のため高額療養費制度の活用が可能ですが、ステロイドパルス療法と比較して、経済的な負担が大きい点はデメリットといえるでしょう。
バセドウ病などの甲状腺の病気と診断された患者さんは、定期的に通院してしっかりと薬の服用を続けましょう。バセドウ病の患者さんの中には、さまざまな理由で受診や薬の服用を中断してしまい、“甲状腺クリーゼ*”とよばれる命に関わる極めて危険な状態になる方もいらっしゃいます。
甲状腺眼症は、先に述べたように喫煙が関係するとはされているものの、特に発症しやすい方や発症しやすいタイミングがあるわけではありません。気になる目の症状が現れた場合は、早めに医師に伝えるようにしてください。眼科を受診する場合は、甲状腺の病気の治療中であることを眼科の医師に伝えましょう。
また、甲状腺眼症で治療を行う場合、ステロイドを使用している期間は感染症にかかりやすくなり、血糖値や血圧、コレステロールなども上がりやすくなります。そのため、手洗いやうがいなどの基本的な感染対策に加えて、食事や運動などの生活習慣にも注意が必要です。新薬は副作用として耳の違和感や聞こえづらさなどが報告されているため、定期的に耳鼻咽喉科での診察や検査を行いますが、気になる症状がある場合は早めに医師に相談してください。
ストレスは甲状腺眼症の寛解を妨げ、バセドウ病を悪化させるといわれています。現代社会では誰でもストレスは付きものですし、全てのストレスから離れることは難しいでしょう。なるべく規則正しい生活を心がけ、追加のストレスを避けられるようにするとよいかと思います。
*甲状腺クリーゼ:甲状腺中毒症(甲状腺ホルモンが過剰な状態)の治療が不十分なときに、感染症や大きなけが、手術などの強いストレスを受けて、甲状腺ホルモンが過剰な状態に耐えきれなくなり、複数の臓器の機能が急速に低下する状態。
私は学生の頃、免疫学と内分泌学のいずれにも興味を持っていました。そのため、どちらの患者さんも担当できる京都大学医学部 内科学第二講座(当時、現・糖尿病・内分泌・栄養内科)に進みました。学問としては病態の複雑さに面白さを感じていたものの、患者さんの治療においては日々難しさに立ち向かう日々でした。その後、内分泌内科を専門にするようになってからも、長い間バセドウ病にも甲状腺眼症にもなかなか新たな治療法は登場してきませんでした。
そのため、今回の新薬の登場は一筋の光であると感じています。治療の選択肢が増え、症状が改善し、患者さんのQOLが上がるのはとても喜ばしいことです。しかし、注意すべき副作用も報告されていることから、慎重に適切に使用されていくことが望ましいと考えています。2024年12月には私も委員を務めている日本内分泌学会と日本甲状腺学会の委員会、日本眼科学会のワーキンググループが合同で「適正使用に関するステートメント」を公表しました。今後は臨床でのデータが蓄積されることで得られる新たな知見から、より効果が高く副作用が少ない治療法が見いだされ、いつか甲状腺眼症が完治を目指せる病気になることを期待しています。
大阪市立総合医療センター 糖尿病・内分泌内科
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