免疫療法は、サイエンス誌の2013年ブレイクスルー・オブ・ザ・イヤーにも選出された、がん治療において世界的に注目されている治療法です。免疫研究は数十年前から行われていましたが、近年やっと化学的にその効果が証明されつつあります。がん免疫療法について、京都府立医科大学付属病院の橋本直哉先生にうかがいます。
人の体内には、細菌やウィルスなど有害な外敵から体を守るシステムがあります。これを免疫と呼びますが、もともと私たちの体が持っているその免疫反応を利用してがんを攻撃する治療法が免疫療法です。がん細胞は、正常細胞には発現せず、がん細胞のみに発現する抗原を持っています。これをがん関連抗原といいますが、この抗原を取り出して製剤化したものががんワクチンです。これを患者さんの体内に打つと、正常な細胞が(抗原の入った)ワクチンを「異物がきた」と認識し攻撃します。
がん関連抗原はタンパク質の一種です。このがん細胞しか持っていないタンパク質がHLAという分子の上にのっており、がん細胞上に提示されています。タンパク質は、本来アミノ酸がたくさんつながった物質ですが、このHLAの上にうまくのるアミノ酸はがん関連抗原ごとに発見されており、アミノ酸の集合1本(通常は8~9個)をペプチドといいます。大阪大学や京都府立医科大学附属病院で研究しているWT1という抗原には、このがん関連抗原を提示するアミノ酸が多数見つかっています。
WT1はがん関連抗原のひとつです。人類におけるがん関連抗原は、現在までに多数見つかっています。繰り返しますが、正常細胞にはなく、がん細胞にしか発現していません。
2009年、アメリカの免疫学者たちが、75個のがん関連抗原を、臨床試験の結果、薬としての毒性や安全性を証明するための動物実験結果などの観点からランキングしました。そしてWT1は、そのランキングでもっとも臨床応用を優先すべきがん関連抗原であると位置づけされました。つまり、グリオーマに発現する種類を含む数ある抗原の中で、WT1を攻撃することが治療においてもっとも有効だろうという結果が出たのです。(NationalCancerInstitute,国立米国がん研究所)
このWT1ペプチドワクチンによるグリオーマ(記事末尾の表参照)の免疫療法は、世界的にも非常に大きな期待を受けています。
一方、WT1は脳腫瘍でも髄芽腫(子どもに発症することの多い悪性腫瘍)などでは発現しません。この場合、WT1ではないほかのがん関連抗原が発現しているためです。免疫治療の効果を上げるためには、このような基礎的な研究も非常に重要です。
グリオーマは、三大がん治療とされる手術、放射線、抗がん剤(化学療法)をもってしても、もっとも悪性のものでは診断から14か月以上の生存は難しいといわれています。抗がん剤の選択肢が広いほかのがんに比べ、グリオーマに対する抗がん剤はテモゾロミドという1種類しかありません。このような選択肢の少ない非常に悪性度の高い腫瘍に対して、第4の治療法として確立させるべくがんの免疫研究が続けられてきました。
現在、ワクチンによる免疫療法はまだまだ限られた治療法ですが、従来の治療法だけでは効果が見込めない患者さんは多くいらっしゃいます。そういった患者さんのためにも、BNCTと共存できる先進医療として臨床研究(試験)を進めています。
現在がん免疫療法の対象になっている悪性度の高いがん
※WT1ペプチドワクチンの臨床対象外
悪性皮膚がんのひとつで、グリオーマより治療成績は良いとされる。
グリオーマ(神経膠腫)
脳の神経膠腫から発生する悪性脳腫瘍の総称
星細胞腫 (アストロサイトーマ) グレード2
乏突起神経膠腫 グレード2
退形成星細胞腫 グレード3
退形成乏突起神経膠腫 グレード3
京都府立医科大学 教授 脳神経外科学教室
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