免疫療法は、がん治療において禁忌と過去には考えられていました。抗がん剤治療によって患者さんの免疫機能が下がってしまうため、その落ちた免疫機能を賦活することは難しいと考えられていたからです。しかし、研究によって免疫機能の新たな可能性が見いだされました。京都府立医科大学付属病院橋本直哉先生にお話をうかがいます。
昔から免疫療法と抗がん剤治療は相いれないものとされてきました。本来、抗がん剤には免疫力を落としてしまう作用があるからです。しかし、大阪大学で行われた研究ではそれを覆す結果が出ています。
たとえば、グリオブラストーマの患者さんの場合、通常手術をして、放射線と化学療法を6週間行うと、その後は月5日間の抗がん剤治療だけになります。しかし、大阪大学での臨床試験では、放射線と化学療法が終わった直後からワクチンを毎週打ち始めました。この患者さんの例では、安全性をみるために投与を早期に開始したのですが、放射線と化学療法で免疫が落ちているときに免疫を賦活(ふかつ=活性化させること)して効果があるのかと疑問視されていました。
結果は、臨床試験を行った7人の患者さんに大きな副作用はほとんど見られませんでした。なかには生存5年目になる方もいらっしゃいます。この結果は、免疫療法が抗がん剤治療とも組み合わせが可能だということの証明になりました。これは、グリオブラストーマの治療例としては驚異的な生存率といえ、現在国際共同治験が始まりつつあるため、その結果も期待されています。
手術と放射線・抗がん剤治療のあとにワクチンを打つのは、リンパ球の数が限定されているため、がん細胞の量が一番小さいときに治療を行わなければ十分な効果が得られないからです。長い間研究を続けてきた立場として、この悪性度の高いがんが免疫療法だけで完治するとは考えていません。がんの初期にも免疫系は絶対に働いているはずであり、がんはそれをくぐり抜けて大きくなるはずなので、免疫療法だけで完治させることは難しいからです。
しかし、免疫療法は自分の免疫系を賦活させているだけなので、副作用がなく延々と続けていける治療です。ほかの治療法と組み合わせれば、ほぼ完治といえる治療結果を招くことが可能なのではないかと考えています。
効果が見込めるはずの患者さんの中にも、思うような治療効果が見られなかった患者さんがいらっしゃいます。この理由として、免疫に対する耐性(ワクチンにがん細胞が慣れてしまうこと)ができたことが考えられます。しかし、研究によりそのメカニズムもある程度までわかってきました。
たとえば、患者さんが手術をします。しかし、再発したためワクチンを打ちました。そしてワクチンが効かなかったため、再度手術をしました。その、最初の手術での腫瘍のサンプル(ワクチンを使っていない)と、再発時の手術での腫瘍のサンプル(ワクチンを使っている)を比べたところ、腫瘍細胞の中で、がん関連抗原の発現とHLAの発現が抑えられていることがわかりました。さらに、キラーT細胞と反対の働きをする、抑制性T細胞(免疫反応を抑える細胞)が増えていることがわかりました。
つまり、腫瘍細胞の中で、HLAクラスが下がりWT1が減ったことによってがんが見つかりにくくなり、抑制性のT細胞の増加によって免疫に攻撃されにくくなるということが起きていたのです。これを「免疫(反応)からの逃避」といいます。一般的に「耐性」といわれるもので、ワクチンが効かなかった理由です。
この理由として、がん細胞が発達し「ここにいますよ」という抗原提示をやめた(WT1を出さなくなった)か、抗原提示をしていた細胞が減少(ワクチンの効果で抗原提示していたがん細胞が減少)し抗原提示をしていなかった細胞が残ったことが考えられます。しかし、この現象が起こるメカニズムはまだ解明されていません。
脳は免疫寛容(特定の抗原に対して免疫反応を示さないこと)があるため、免疫療法が効きにくいとされていました。脳には所属リンパ節もないため、リンパ球(キラーT細胞)の働きが見込めないといわれています。つまり、脳には免疫機能がないはずなのに※、なぜか脳腫瘍に対する免疫療法で良い成績を上げていることが研究者を驚かせているのです。
もちろん、それ以外の臓器にも免疫療法は効果があると考えています。また、実際の研究データはありませんが、理論的には骨にも効果が見込めると考えられます。加えて、特に肉腫系には効果があると考えています。横紋筋肉腫という子どもにできやすい筋肉の肉腫がありますが、その研究データで驚異的な結果を見せました。抗がん剤の効果があまり見込めなかった方でも、長期生存の方がいらっしゃいます。その横紋筋肉腫の臨床試験も始まっています。
免疫療法ががん治療に効くということは、以前から指摘されていました。感染症の炎症がひどい、重症結核になる、脳膿瘍ができて毎日熱発してしまうなど、免疫系のストーム(強い免疫反応)が起こったがんの患者さんで、大きながんが治ったという報告がたくさんあったためです。そこから免疫療法が研究されるようになったのです。臨床科のドクターはそういった経験から、がんに免疫療法が効くと知っており、その効果を信じてきました。免疫療法が科学的に証明されつつあるのです。
※2015年6月、バージニア医科大学Jonathan Kipnisの研究チームが脳内のリンパ系発見に関する論文を発表している。
現代の医療では、がんのできた段階、つまり早期発見されたがんなどに関しては手術で切除するのが一般的です。しかし、メラノーマに効果のある薬剤(CTLA,PD1,PDL1抗体など)はすでに製薬化され、免疫療法が標準治療になりつつあります。
ペプチドワクチンによる治療は、がんが一番小さいときに行うことが最も効果的だとお話ししました。さらに話を膨らませると、早期発見ならばワクチンを打つだけの免疫療法で治すことが可能になるかもしれません。もっと臨床経験を積めば、将来的には、がんの予防ワクチンとして免疫療法が発展し、胃がん、大腸がん、乳がん、脳腫瘍などメジャーといわれるがん関連抗原を何種類かミックスして混合ワクチンをつくり、18歳になったらみんな打っておく。そんな時代がやってくるかもしれません。
京都府立医科大学 教授 脳神経外科学教室
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