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インタビュー

グリオーマ(悪性脳腫瘍)の手術-切除率が高いと予後が改善する

グリオーマ(悪性脳腫瘍)の手術-切除率が高いと予後が改善する
廣瀬 雄一 先生

藤田医科大学 医学部脳神経外科 主任教授

廣瀬 雄一 先生

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この記事の最終更新は2016年10月13日です。

脳に発生するがんの代表「グリオーマ神経膠腫)」は、手術のみで治せる疾患ではなく、放射線治療や薬物療法との組み合わせが不可欠です。しかし、近年アメリカの大規模研究により、腫瘍の切除率が高いほど予後はよくなるという報告がなされました。

グリオーマの治療における手術の立ち位置と、現在世界的に有効性が認められているグリオーマの遺伝子診断について、藤田医科大学 医学部 脳神経外科の主任教授・廣瀬雄一先生にお話しいただきました。

  • グリオーマ神経膠腫)とは、脳腫瘍の約25%以上を占める、代表的な悪性脳腫瘍
  • 手術のみでは克服できず、放射線治療や薬物療法も併用し、必ず多角的な治療を行う必要がある
  • 現在(2017年時点)、遺伝子診断により悪性度と種類を正確に特定できるようになった

脳神経細胞を支持するグリア細胞(神経膠細胞)に生じる「グリオーマ神経膠腫)」は、脳腫瘍の約25%以上を占める、代表的な悪性脳腫瘍です。

グリオーマの治療は、その悪性度に応じて変わります。手術に放射線治療のみを組み合わせる場合もあれば、薬物療法を組み合わせる場合もあり、「多角的な治療」が必要な疾患といえます。では、このような多角的治療のなかで、「手術」はどのような意義を有しているのでしょうか。

実はごく最近まで、グリオーマの切除率と予後の関係を、科学的根拠に基づき示した研究は存在しませんでした。つまり、グリオーマとは切除しようがしなかろうが、助かる見込みの少ない疾患であると認識されていたのです。実際に、開頭手術の開始後に、悪性度の最も高い「膠芽腫」が見つかった場合は、「お手上げ」と判断し、体に必要以上の負担をかけないよう手術を終了することもごく普通に行われていました。

しかし最近になり、アメリカで「腫瘍の切除率が高いほど予後が良くなる」といった報告がなされました。

日本のような国ではできない、膨大なデータに基づいた報告が大規模センターから出されたことで、グリオーマを手術で切除することの意義は広く知られるようになりました。とはいえ、グリオーマとは、理論上は100%切除できる腫瘍ではありません。というのも、グリオーマは、腫瘍細胞が周辺の組織に染み込むように広がる(浸潤する)特徴を持ったがんだからです。

画像検査を行うと、腫瘍と正常細胞の“境い目”は肉眼レベルでは確認できるものの、その境界線に沿って切除すれば、全ての腫瘍細胞を除去できるというわけではないのです。

たとえば、胃に小さながんがみつかった場合は、浸潤の可能性がある胃を全摘出することも可能です。

しかし、重要な神経や血管が密集する脳の組織を必要以上に大きく切除してしまうと、患者さんに重大な後遺症がのこってしまうリスクが高まります。また、大昔の逸話ですが、粗野な医師が患者さんの脳の半分を切除したところ、残した半分の脳にグリオーマが生じたという報告も存在します。

このように、グリオーマとは理論的にも倫理的にも、完全に取り切ることはできない腫瘍なのです。切除術には外科医のスキルが不可欠であり、深部腫瘍の手術などと同様に、我々脳神経外科医は常に「どこからどのように切除していくか」を検討し、切除率を高めるべく努めています。しかし、あくまで手術は「グリオーマ治療の第一歩」です。「多角的治療」と表現したとおり、グリオーマを克服するためには、必ず放射線治療や薬物療法も併用する必要があります。

グリオーマは、手術のみで治せないのと同じように、放射線治療単体、薬物療法単体でも治すことができず、必ず多角的な治療を行う必要があります。

稀に、腫瘍が非常に小さな状態でみつかり、切除手術を行わずとも治癒することがありますが、これは「本当に運のよいレアケース」と考えていただいたほうがよいでしょう。悪性脳腫瘍のうち、切除手術や移植手術を行わないものは、悪性リンパ腫と胚細胞腫の大部分と、脳幹など脳の奥深くの取ることができない部分にある腫瘍のみです。(※悪性リンパ腫・胚細胞腫でも、症例によっては手術を行うことがあります。)

グリオーマの悪性度と種類は、肉眼的な病理診断のみでは、正確に診断をつけられないことがあります。この問題は、長年にわたり課題とされていましたが、近年になり、遺伝子診断で正確に腫瘍の種類を特定することができるようになりました。

グリオーマの遺伝子診断は、既に欧米で数年前から進められており、2016年5月にはWHOの脳腫瘍病理分類が改訂され、「星細胞腫(アストロサイトーマ)と乏突起膠腫(オリゴデンドログリオーマ)の診断においては、遺伝子診断を必ず行うこと」と定められました。

しかし、遺伝子診断は世界各国どこでもできるものではありません。そのため、「実施できる国においては」、必ず遺伝子診断も行うことと明記されています。残念ながら、日本では遺伝子診断が保険収載されておらず、広く一般的には行われていません。

1990年代には、腫瘍切除後の化学療法が100%の確率で効く、乏突起膠腫の遺伝子マーカーも特定されています。腫瘍は完全に消失するわけではありませんが、特定の遺伝子を持つ患者さんであれば、残りの腫瘍が明らかに縮小し、再発しないことが明らかになっているのです。

遺伝子診断を行うことが、正確な診断と適切な治療に繋がることが証明されているわけですから、欧米のように必ず診断項目に組み込むことが理想といえるでしょう。藤田保健衛生大学では、研究の一部として、同意をいただいた患者さんに対し、研究費で遺伝子診断を行っています。

素材提供:PIXTA
素材提供:PIXTA

しかしながら、日本では、保険診療外という高いハードルがあるため、全ての医学部を持つ大学がグリオーマの遺伝子診断について調査や研究を進めていたわけではありません。私の所感では、おそらく80大学中、WHOによる脳腫瘍分類の改訂以前からこのような研究を行っていたのは20大学前後にとどまるのではないかと思われます。

グリオーマに限らず、そのほかの脳腫瘍や希少がんについても、遺伝子情報をデータとしてとっておけば、未来の患者さんにとって有益な研究や治療の開発も行えることでしょう。このような理由から、今後は日本でも、遺伝子診断を保険診療内で受けられる対象疾患を拡大していくべきと考えます。

廣瀬先生画像

良性・悪性に関わらず、多くの脳腫瘍はただ単に切除すれば済むというものではありません。たとえば、良性脳腫瘍のひとつである頭蓋咽頭腫のなかには、予後が悪性脳腫のように悪くなるものもあり、切除後に放射線治療を行うなど、多角的治療が必要となることもあります。一方、良性の髄膜腫の多くは残存があっても問題とならないこともあり、悪性の経過を辿る頻度はごくわずかです。ですから、「最良の治療」とは、その腫瘍のバイオロジー(生態)や性格に応じた治療であると考えます。

過去には、ガイドラインに従った治療を行い、それにより治癒(寛解)しなければ諦めるしかないと考えられていた時代もありました。しかし、遺伝子診断などが登場した今、治療もその腫瘍の性質に合わせて柔軟に変えていかねばなりません。

「この患者さんの腫瘍はどのようなものか」を明らかにすること、それこそが一人ひとりの患者さんにとって最善となる「多角的な治療」のスタート地点であると考えます。

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