後頭部の下半分にある、小脳橋角部(しょうのうきょうかくぶ)にできる「聴神経腫瘍」などの良性脳腫瘍は、脳神経群に接触し圧迫しているため、手術では各脳神経の機能を守ることが最重要になります。そのため、熟練医師の技術、経験や判断力に加え、高いレベルの「術中神経モニタリング」を行うことが不可欠となります。今回は、「顔面神経の持続刺激モニタリング」と「聴神経(蝸牛神経・かぎゅうしんけい)モニタリング」について、東京医科大学脳神経外科学分野主任教授の河野道宏先生にご説明いただきました。
聴神経腫瘍を摘出する手術においては、腫瘍が癒着し圧迫している「顔面神経機能」や「聴神経(蝸牛神経・かぎゅうしんけい)機能」などを温存する(守る)ことが優先されます。これらの機能温存に欠かすことができない「術中神経モニタリング」とは、手術中に電気刺激を与えたり、音を聞かせたりすることで、神経機能が低下していないかどうかを持続的にモニターする(監視する)ことです。
当科では、顔面神経の機能温存をするために、次の3種類の術中モニタリングを行っています。
一つ目の「フリーラン」の顔面筋電図(刺激で生じた変化を図で表したもの)では、手術によって顔面神経が刺激されたことを把握できますが、障害を受けていないか把握しにくいという欠点があります。二つ目の「随意的な電気刺激」は、手術を行う医師が必要だと判断した時にボールペン型電極で電気刺激を行い、顔面神経の位置などを確認します。ただし、この方法ではリアルタイムに顔面神経機能の情報を得ることができません。そこで重要になるのが3つ目の「持続的な電気刺激」です。これは、手術の間「持続的に」釣り鐘型電極により電気刺激を行い、顔面神経機能を観察する方法です。医師や技師がモニターを連続監視する必要がありますが、リアルタイムに状況を把握できるので極めて有用です。
まだ認知度が低い「顔面神経の持続刺激モニタリング」は、非常に有用性の高いモニタリングです。顔面神経の損傷後に把握する事態が起こりうる「随意的な電気刺激」とは違い、“手術のあいだ自動的に1秒間に1電気刺激”を行い、顔面機能の反応を持続的にチェックできます。もしも顔面神経の機能が落ち始めたら、その時点で「警告」が発せられるため、即座に手術の手を休め反応の回復を待つ、別の場所を操作する、といった応用を利かせることができます。「フリーラン」や「随意的な電気刺激」といった従来型の顔面神経モニタリングに加え、この「持続刺激モニタリング」を行うことで、より安全に聴神経腫瘍の切除を行うことが可能になっているのです。
耳の奥にある聴神経(蝸牛神経)の温存、いわゆる聴力を温存するための術中モニタリングも2種類行っています。
「ABR (聴性脳幹反応)」は、手術中に音刺激を与えることで生じた活動電位(電気信号)を頭皮側から記録する方法です。睡眠や意識の影響を受けないため、安定した再現性の高い波形が得られることで広く知られていますが、電位が低いため500~1000回ほど聴覚刺激が必要になり、また波形の確定に数分かかります。もう一つの「CNAP」は、音刺激に対する活動電位を聴神経(蝸牛神経)上からひろいます。「CNAP」は20~30回の刺激で済むため、少ない加算で安定した波形が得られるため、リアルタイムなモニタリングが可能です。
聴神経(蝸牛神経)モニタリングでは、聴力を守るために、「ABR・CNAP・蝸電図」すべての変化から状況を読み取っていきます。「ABR」「CNAP」「蝸電図」すべてが低下したら、障害された場所が内耳であることや、血行障害が推測されます。「ABR」「CNAP」が低下しても、「蝸電図」が保たれていれば、後迷路(内耳から脳につながる部分)に障害が起こっていると考えられます。
東京医科大学病院 脳卒中センター長、東京医科大学 脳神経外科学分野 主任教授
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