頭蓋底腫瘍とは、目や鼻、喉などの近くにある頭蓋底にできる脳腫瘍です。頭蓋底には神経や血管が集中しているため、腫瘍の摘出には高度な技術と知識を要します。本記事では頭蓋底腫瘍の手術における特殊性や治療法について解説します。
頭蓋底は頭蓋骨のうち脳を下から支えている骨を指します。頭蓋底のすぐ下には鼻や目、喉の奥などが存在していて、これらの動きや感覚を司る神経は、脳から頭蓋底を介して顔面まで通じています。
つまり、頭蓋底には生活機能や生命維持のために非常に重要な神経や血管が密集していて、これらが硬い骨のなかを複雑に交差しながら走行しているのです。特に頭蓋底の真んなかになればなるほど神経の密集度は高くなります。
この頭蓋底にできた腫瘍を総称して頭蓋底腫瘍といいます。
頭蓋底には重要な神経や血管が集まっていることなどから、その他の脳腫瘍(頭蓋底以外の場所にできる脳腫瘍)に比べて手術の難易度が高くなります。
頭蓋底腫瘍の手術では特に“腫瘍に到達すること”と“腫瘍を摘出すること”の2つの難しさがあります。
頭蓋底腫瘍摘出術は、そもそも腫瘍に到達すること自体が困難な手術です。
先述したように、頭蓋底腫瘍ができる場所は神経や血管が密集しているうえに、硬い骨でがっちりと守られています。それらを傷つけないように避けながらアプローチしていくことが頭蓋底腫瘍の手術における難しさの一つです。
また、腫瘍を摘出することも非常に難易度の高い手技となります。
頭蓋底腫瘍には周囲の脳神経や血管などを巻き込みながら増殖していくという特殊性があります。そのため、腫瘍に巻き込まれている神経や血管を傷つけないように摘出を行うことが非常に難しい手術です。
これらの難しさから、頭蓋底はかつて“no man's land(誰も立ち入れない領域)”とよばれていました。しかし、近年解剖学的な知識や医療機器の発達によって、以前は治療が極めて困難な場所にあった頭蓋底腫瘍の摘出もできるようになってきました。
技術的な面では、神経モニタリング(術中に神経を刺激することで、神経がきちんと動いているかなどを確認するもの)や術中ナビゲーションシステム(手術をしている場所がリアルタイムで確認できるシステム)の発展、神経内視鏡技術の発達が頭蓋底腫瘍摘出術に大きく寄与しています。
頭蓋底腫瘍で特に多くみられるものは髄膜腫(良性〜中等度悪性のものがある)です。
その他の良性〜中等度悪性腫瘍として神経鞘腫、下垂体腺腫、脊索腫、軟骨肉腫があります。また悪性脳腫瘍では鼻腔・副鼻腔がん、嗅神経芽腫などが頭蓋底腫瘍として挙げられます。
小児に多い頭蓋底腫瘍としては横紋筋肉腫、頭蓋咽頭腫があります。また、頻度は少ないですが、男児を中心に若年性鼻咽腔血管線維腫の発生もあります。
頭蓋底腫瘍は頭蓋底に存在する脳神経を障害することが多くあります。これにより、以下のような症状が起こることがあります。
<頭蓋底腫瘍の主な症状>
など
頭蓋底腫瘍は複雑に骨が入り組んでいる場所に発生するため、腫瘍が小さく無症状のうちは発見が難しいことがあります。しかし、近年画像診断の技術が進歩とともに、診断の技術も向上しています。
頭蓋底腫瘍の診断には、通常の脳腫瘍と同様にMRI検査(磁気を使い、体の断面を写す検査)が有用です。MRI検査を行うことで腫瘍と周囲の神経・血管などとの位置関係を把握することができます。
また、頭蓋底腫瘍は骨と密接にかかわっている腫瘍のため、CT検査(エックス線を使って身体の断面を撮影する検査)も非常に重要です。CT検査では腫瘍による骨の変形や変化を確認します。
頭蓋底は大きく前頭蓋窩、中頭蓋窩、後頭蓋窩に分けられ、それぞれに対してさまざまなアプローチ方法で手術を行います。いずれのアプローチ方法も、皮膚を切開して手前に存在する筋肉を外して骨を削り、脳をよけることで深部にある腫瘍に到達します。このとき、脳に対していかに負担をかけずに腫瘍に到達させるかが大きなポイントとなります。
そのために、適切なアプローチ方法に関する知識はもちろんのこと、先ほどお話しした神経モニタリングや術中ナビゲーションシステムの技術を駆使することで、合併症を防ぐことが非常に重要です。
頭蓋底腫瘍の周囲に血管が豊富にある場合、術中に多量の出血を起こしてしまい、摘出が難しいことがあります。
そのため、多量の出血が予想される場合には術前にカテーテルを用いて血管を詰める“腫瘍栄養血管塞栓術(血管内治療)”を行います。術前に腫瘍栄養血管塞栓術を行うことで、出血量を抑えることができ、さらに摘出できる腫瘍の量を多くすることにもつながります。
頭蓋底腫瘍も通常の脳腫瘍と同じように全摘出が理想です。
しかし、腫瘍が大きかったり、固かったりする場合や、他の組織との癒着(ゆちゃく)が強い場合などには、手術の危険性が高くなります。
そのため、良性の頭蓋底腫瘍であれば合併症が起こらない範囲で全摘出を目指しますが、癒着が強い場合などには無理に切除せず、意図的に一部の腫瘍を残すことも考慮します。
悪性の頭蓋底腫瘍の場合も良性と同様です。しかし、腫瘍がわずかに残ってしまった場合でも術後再発の可能性が高いときには、患者さんやご家族に事前によくお話ししたうえで、部分的な神経障害と引き換えに腫瘍の摘出を行うこともあります。
腫瘍を摘出した後は、骨などの組織の欠損を生じるため、これらを再建することも重要です。頭蓋底腫瘍の場合、骨が腫瘍化してしまうことがあります、このとき骨の切除も行うのですが、骨の切除範囲によっては脳から鼻腔や咽喉が見えてしまうことがあります。すると、鼻や咽喉から脳の髄液が漏れ出してくる髄液漏となってしまいます。
そのため、骨の欠損部を患者さん自身の骨膜や筋膜、筋肉で埋める再建手術が必要になります。また、顔面からのアプローチの際には、顔の再建も行いますので、形成外科や耳鼻いんこう科の医師と協力して再建を行うこともあります。
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