かつては“no man’s land”、「手の付けられない場所」と呼ばれていた頭蓋底に発生する腫瘍。現在は技術の進歩により外科的治療が可能になりましたが、この部分にできる腫瘍の切除手術は、依然として最高難易度のものであると言われています。今回は、頭蓋底腫瘍の中でも特に治療が難しく、悪性化率も高い「頭蓋底髄膜腫(ずがいていずいまくしゅ)」の手術をご専門とする、東京医科大学脳神経外科分野主任教授の河野道宏先生にお話を伺いました。
髄膜(ずいまく)とは脳を包む硬膜の総称であり、髄膜腫はこの膜から発生する腫瘍のことを指します。髄膜腫の手術の難易度は発生部位により大きく異なり、腫瘍が脳の表面にある場合は比較的容易に取り去ることが可能です。しかし、脳の奥深くである頭蓋底(ずがいてい)にできる髄膜腫には重要な神経組織や血管が絡みついている場合が多く、これらを少しでも損傷してしまうと、重い合併症を引き起こしたり、時には死に繋がる可能性もあるため、難易度は格段に上がります。非常に難しいアプローチ法を二つ以上組み合わせることもしばしばあります。また、頭蓋底髄膜腫は放射線治療で6%も悪性化すると言われており、他の良性脳腫瘍に比べて扱いの難しい腫瘍であると言えます。
頭蓋底髄膜腫は、発生部位により小脳橋角部髄膜腫、斜台髄膜腫、錐体斜台部髄膜腫、錐体部髄膜腫、テント髄膜腫などに分けられます。
この中でも、頭蓋の中心である「錐体斜台部(すいたいしゃだいぶ)」にできる髄膜腫の治療は、とりわけ高い専門性を要する最も難しいものになります。
まず、錐体斜台部髄膜腫を取り除くには、頭蓋底側からの手術アプローチが必要となります。しかし、このアプローチは高い専門性と熟練の技術が必要なものであり、これを日ごろから用いている施設は、全国的に見ても数軒に限られていると思われます。
また、錐体斜台部髄膜腫には多数の脳神経が絡みついているため、これらの神経機能を温存のための、厳重な脳神経モニタリングも必要不可欠になります。
さらに、髄膜腫は血流に富んでおり、術中の多量の出血も考えられます。これを防ぐために、術前に血管内治療を行って出血を制御する必要もあります。
以上をまとめると、錐体斜台部髄膜腫の手術を行うには、
これらの要素が全て必須事項として要求されるということになります。
次に小脳橋角部にできる髄膜腫についてお話しします。小脳橋角部髄膜腫の主な症状には、聴力障害や顔面神経麻痺、嚥下障害(飲み込みの障害)、声嗄れといったものが挙げられます。これら神経症状だけでなく、歩行障害などの脳幹症状を合併するケースもあり、頭痛や嘔吐、意識障害などが現れることもあります。
小脳橋角部にできた髄膜腫で、内耳道内進展を伴っているケースにおいては、手術による聴力悪化のリスクがあります。そのため、術前に聴力低下がみられる場合は、医師から聴力喪失は免れないと説明を受ける患者さんも多いようです。しかし、当科では、小脳橋角部の髄膜腫の術後に患者さんの聴力が改善することもしばしば経験しています。このような経験から、当科では聴力を諦めるのではなく「改善させる」ことを目的として、内耳道内の腫瘍摘出手術を行っています。
先にご紹介した錐体斜台部髄膜腫の治療と同様、神経モニタリングを徹底して行い、複数の手術アプローチを使い分けることで、実際に、術前に聴力低下が見られた患者さんの34%のケースで聴力を改善させることができています。
頭蓋底髄膜腫の手術を行う必要がある患者さんのほとんどは、年齢が若く、なおかつ腫瘍が大きい方です。腫瘍が小さい場合は経過観察をし、年齢が高い方であれば放射線治療を選択します。手術を行うのは顔のしびれなどの症状が出た時であり、無症状の場合は脳幹に接触して命をおびやかす危険がある時などに限ります。頭蓋底髄膜腫の手術とは、それほどに難易度とリスクの高いものであり、どうしても切除しなければならない時を除いては積極的に勧められるものではありません。治療を行う施設側は、患者さんそれぞれにとって最適な治療法を見極め、説明する必要があります。
また、現在は患者さんが複数の施設に相談することも当たり前になり、メディアを通して医療情報を得ることも可能になりました。ぜひ、施設ごとに専門は異なるということを知っていただき、患者さんご自身が治療を受ける施設を選べる時代になったのだと考えていただければと思います。
参考URL:http://plaza.umin.ac.jp/KOHNO/Skull%20base%20meningioma.htm
東京医科大学病院 脳卒中センター長、東京医科大学 脳神経外科学分野 主任教授
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