記事3『性成熟期における健康問題』では、性成熟期における主な問題である月経困難症についてお伝えしました。ここでは、「更年期・老年期における心身共の変化や、変化への対応方法」について東京医科歯科大学名誉教授 麻生武志先生にお話し頂きました。
性成熟期が終わり更年期の時期に入ると、この時期に特化した様々な症状・障害や疾患が現れることになります。そしてこの時期の健康問題が次の老年期の健康問題と深く関連しますので、更年期・老年期全体を含めた一連の健康問題として捉えることが重要となります。
女性が加齢を最も切実に感じるのが更年期です。全ての生物は発生・発育・発達・成熟・円熟という登り坂の時期を経て、その後は下り坂を進み、やがて全ての機能が停止する死に至る過程を辿ります。この下り坂の過程における加齢(エイジング)をどのようにコントロールするかが、これらの時期の健康問題に対する基本的な考え方になります。
男性も50歳位を境に男性ホルモンの量が減りますが、なだらかな丘を下るようなパターンを示します。これに対して女性は50歳前後の閉経を境に、急な崖を飛び降りるように女性ホルモンの量が減ってしまいます。
閉経前後には一連の更年期症状を訴える女性が多くみられますが、男性には閉経はなく、それに伴う症状を実感しないため、この年代の女性の悩みを理解しがたく、夫婦間のトラブルの一因となることもあります。また、閉経前の若い女性でも何らかの疾患の治療として手術によって両側の卵巣を摘除せざるを得ない場合もありますが、その結果は閉経が早く起こることと同じで、同様な症状・障害が起こるリスクが高くなりますので心身の変化を見極めたヘルスケアが必要となります。
主に女性ホルモンを作るのは卵巣内の卵胞で、そのもとである「原子卵胞」の生まれつき持っている数は決まっています。この原子卵胞は年齢とともに40歳位まではなだらかに減りますが40歳位を境に減少は急速となり、50歳を過ぎるとほとんど見られなくなります。
図5に示すように、32歳の卵巣では卵胞(矢印で示す)が10個以上ありますが、53歳で閉経した卵巣では卵胞が完全に消失しています。このような変化により排卵は無くなり、女性ホルモンの産生が停止し、妊娠はできない状態になります。
性成熟期には性中枢である視床下部・脳下垂体から分泌される中枢ホルモンの調節により、約4週間の周期で月経が起こります。周期の前半は排卵に向けて卵胞が成熟する過程で、卵胞ホルモン:エストロゲンが増加し、これに反応して子宮内膜は厚くなります。排卵は卵胞が破裂し卵子が排出される現象で、次回の月経開始日から約2週間前に起こります。排卵後に卵巣は大きく変化し、排卵後に形成される黄体からエストロゲンと共に黄体ホルモン:プロゲステロンが産生されます。子宮内膜もこれらホルモンの変化により妊娠が成立するための準備ができた状態になります。妊娠が成立しない場合には約2週間で黄体機能が自然に停止し、子宮内膜が剥がれて月経が開始します。以上の月経周期が規則的に維持されるには、中枢・卵巣・子宮内膜で形成されるシステムが正常なバランスを保って稼働することが必要です。加齢が進行し閉経に至ると、卵巣でのホルモン産生は停止し、持続的な無月経状態へと進行します。このように卵巣の機能が低下する時期になると、しばらくの間はその機能を回復させようと、中枢ホルモンによる卵巣への過剰な刺激が加わる状態が引き起こされます。しかしいくら中枢ホルモンによる刺激が加わっても卵巣にはそれに反応する卵胞が無く、中枢と卵巣の間の機能調節システムに乱れが生じ、その影響が種々の更年期症状の発症に関連していると考えられています。
更年期にはエストロゲンの低下に伴って心身の機能に変調を来し、全身的な加齢を実感することになります。またこの年代には女性を取り巻く家庭・社会との関わりや生活習慣にも変化が起こります。例えば、子供が成長し家庭を離れる時期となり、それまでの日常生活での中心軸であった「子育て」という役割から解放され肩の荷が下りたと感じると同時に、虚無感に陥るエンプティネストシンドローム(空の巣症候群)の発症、就労女性では上司と若い世代とのジェネレーションギャップから生じる過度のストレス、定年後の配偶者との接し方とそれに伴う生活サイクルの変化、自分または配偶者の親の介護などによる負荷などの影響が現れます。
このような生活環境における問題が、急速に進行する身体機能の加齢変化と重なって起ることは、身体のみでなく精神的・心理的な症状・障害に関連しますので、更年期とその後の老年期に多様で複雑な健康問題を引き起こすことになります。以上のように女性の場合、単に更年期・老年期障害と片付けられない重要な側面があることを理解しなければなりません。そして、女性がQOLを保ちつつ実力を十分に発揮できる社会を目指している今日の我が国とって、これらの問題への対応をサポートする家庭と社会の体制の確立が取り組むべき重要な課題となっています。
更年期に中枢と卵巣からなるシステムのバランスに大きな乱れが生じますが、中枢である視床下部は、卵巣などの内分泌機能を調節する中枢だけでなく、自律神経・代謝機能・免疫などをも調節する役割を担っていますので、卵巣をコントロールするシステムでのバランスの乱れは、その他機能の調節にも影響して全身的な変調を引き起こすことになります。例えば、自律神経の失調により、ほてり・発汗・動悸・気分が落ち込む・眠れないなどが、免疫系への影響としては、膠原病の病状の悪化・風邪などの感染症の発症などがあげられます。更年期障害として訴える症状・障害はこのような心身のバランスの乱れが主な原因となっています。
更年期に入って最初に自覚するのは月経周期の変調です。この時期には排卵と無排卵周期が混在しはじめ、徐々に無排卵周期が増えていずれは閉経に至ります。無排卵周期では排卵に至らない途中まで発育した卵胞から少量のエストロゲンのみの産生がみられることがあり、また卵巣以外の組織、例えば肥満女性では脂肪組織などで産生されるエストロゲンに反応して子宮内膜が増殖し、その一部が剥離して不正性器出血をみることがあり、少量の出血が長期間続くのが特徴です。不正出血が頻発し長期間持続する場合には子宮内膜の異常、時に悪性変化を起こしていることもありますので精査が必要です。
卵巣で産生されるエストロゲンは心身の正常な機能の維持に非常に大きな役割を担っています。例えば、思春期の二次性徴の発現、正常排卵周期の維持、妊娠・出産・母乳分泌などの生殖に関連する作用があります。しかしそれだけにとどまらず、脳の機能や認知能・心血管系・骨代謝・脂質代謝・皮膚・泌尿生殖器などに対する作用も認められています。ということは、エストロゲン産生が停止した状態になると、上記の機能に対しネガティブな影響が現れることを意味し、乳房の萎縮・皮膚の萎縮や色素沈着・骨量の減少・物忘れやうつ・心血管疾患のリスクの増加・性器の萎縮・排尿障害などの症状が現れることになります。これらの健康問題は加齢と共に進行しますが、更年期までにこれらの機能がどのような状態にあったによって閉経後のエストゲン減少・消失の影響の種類や程度が異なりますので、各自に即した生涯を通じての健康状態を正しく評価・診断して予防・治療を行うことが重要になります。
更年期に好発する気分が落ち込む・物忘れという症状は、その後のうつ病や認知症の発症に繋がります。高血圧・悪玉コレステロール(LDLコレステロール)や中性脂肪の増加は、動脈硬化や心筋梗塞の原因となります。また骨量減少は骨粗しょう症やさらに骨折を引き起し、筋力、特に骨盤底部の筋力が弱まることで生殖器が下がる(性器脱)・排尿障害などを来します。これらの症状・障害を早期に発見し初期の段階での対応によりその進行を防ぐことが極めて重要です。
ではどうすればいいのでしょうか?
運動や食事や食事などの生活習慣の見直が基本です。身体の加齢は更年期以降に急速に進行しますので、若い頃と同じ生活を続けることは許されません。例えば、ウォーキング・水泳・筋力トレーニングなどの運動を無理のない範囲で積極的に継続して行う、食事の内容・栄養のバランス・摂取量・食べる時間・食べ方などを見直すなどが求められます。先ず以上のように日常生活の適正化を行い、症状・疾患がどこまで改善するかを見てみましょう。もしそれで効果が得られない場合には薬物療法が必要になります。薬物療法を行う前にサプリメントを使うことも改善方法の一つです。サプリメントは欧米、特にアメリカでは更年期女性の8割が摂取しており、日本も同じような状態に近づきつつありますが、その有用性に関する科学的なエビデンスが得られているかを確認することがサプリメントを選択する際に必要となります。
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