記事1『女性の一生を通じての予防医学とは』では、女性のライフサイクルからみた医療の必要性をお伝えしました。ここでは、「思春期・性成熟期における健康問題」について東京医科歯科大学名誉教授 麻生武志先生にお話し頂きました。
思春期は二次性徴が現れて生殖機能が確立する人生の新たなステップです。二次性徴が現れてもすぐには妊娠できませんが、11-13歳に発来する初経から4~5年後には妊娠できる状態になります。初経からしばらくは月経のサイクルは不規則で、また月経異常である「若年性出血」では、貧血の原因となるような多量の出血を起こすこともあります。
生殖機能が確立する段階ではホルモンの変動が非常に激しく、心と身体の成長が同調しないことも多く、身体だけ大人になり心は大人になれない女性が多く見受けられます。また、「太る」ことを気にして体重を無理に落したり、喫煙をする女性も多くみられます。成長とともに体重が増えないといけないところ、「痩せていた方が美しい」という歪んだ美意識による極端な体重減少が体調を崩し月経異常を起こす原因となります。最近では女性アスリートの健康に関する問題も広く注目されています。激しく厳しいトレーニングの身体と心への影響を、トレーニングを指導する側と受ける側とが十分わかっていないまま継続すると、例えば骨折や月経異常を引き起こしてしまいます。これは2020年の東京オリンピックに向けての選手強化にも関連して、最近取り上げられている問題でもあります。オリンピックに向けて早く有能な選手を育成しなければならないという社会的なニーズがある一方で、選手の健康のサポート・ケア体制が十分とは言えません。そのような状態での選手育成がもたらす女子選手の思春期とそれ以降の健康に対する悪影響を重要な問題として捉えなければいけません。
10歳代での性交経験に関する調査では、現在40-50歳代の女性の約3割、また現在10-20歳代前半の約7割が10歳代で性交を経験していると報告されています(厚生労働省:HIV感染症の疫学研究班調査報告より)。時代の流れもあるかと思いますが、妊娠・生殖についての正しいい知識と考え方が無い状況での性交渉の結果として、望まない妊娠となる場合が少なくないのも現状です。最近では全体的に人工妊娠中絶の数は減っていますが、20歳代の望まない妊娠は減っていません(厚生労働省:平成15年度保健・衛生行政業務報告結果の概要より)。初めての妊娠の中絶が原因となって不妊になることもあります。これは女性の人生にとって大変重大なことです。また、望まない妊娠をして公衆便所で出産をするなど、不幸な妊娠の結末が最近クローズアップされています。母性が確立していない女性が、単に生殖機能が完成しただけの身体で、妊娠についての正しい理解が無いまま性交渉を行い中絶となる。これは身体への影響と同時に、生涯を通じての心のトラウマにもなります。
そのような問題を引き起こす原因として、学校での性教育において性と生殖の本質ついての教育がなされていないこともその一因として挙げられます。「性器」に関する教育は行いますが、妊娠の意義と心身への影響・性感染症の予防を含めた正しい性交渉・家族計画などについての教育は非常に乏しいのが現状です。このような現状を踏まえて、「望まない妊娠」の10歳代女性の健康に及ぼす影響をしっかりと考えなければいけません。
性交経験年齢の若年化の影響として、クラミジア・淋病などの性感染症の問題も増えており、特に10歳代の女性での発症の増加が見られます(㈶東京都予防学医学協会より)。低用量ピル(低用量経口避妊薬)が手軽に入手できるようになりましたが、妊娠は防げても性感染症は防げません。ですから、正しいピルの使い方の理解が必要ですし、コンドームを使う・相手の状態を知ってお付き合いをする、などを考えて行動をしないといけません。また、感染症の程度が強いとクラミジアの場合、不妊につながります。思春期の性と生殖に関しては、自身でしっかりと学ぶことと周囲が正しく教育することが肝心です。理解しない・させないばかりにその後の人生を大きく左右する多くの健康問題が発生することを認識しなければなりません。つまり思春期は、女性の生涯の健康管理を始める重要な時期なのです。
月経異常・望まない妊娠・性感染症に対しては正しい性教育の実践や安全・確実な避妊方法を伝えることが必要ですし、低用量ピルが使えるようになりましたが、正しい使い方を教育しないといけません。
また最近では妊娠中の母親の栄養状態が悪いと、産まれてくる子どもが将来生活習慣病になるリスクが高くなるというデータも出ています(胎児のプログラミング説)。今や、妊娠中から子どもの生涯の健康を考えないといけない時代になっています。自分のライフサイクルと健康に対して広い視野を持つことが必要になってきました。
現在「子宮頸がん予防ワクチンの接種」についての検討が進められています。日本では、厚生労働省が一時接種を推進しましたが、接種を受けた女性の一部に発症した接種との関連性が疑われ障害が問題になりました。一方世界的に見ると、子宮頸がん予防ワクチンの接種を実施していない国は少なく、日本もそのうちの一つの国に入っています。また子宮頸がんワクチンの導入が遅れると年間約9000人の患者予備群がうまれるというデータもあります。接種の安全性と問題点に関してはまだ解明されておらず、一部に発症した事例が一つの社会現象として非常にネガティブに捉えられています。専門家側も早く・正しく評価を行い、メリット・デメリットを科的に証明する必要があります。思春期の女性にとっては非常に不幸な出来事が起こってしまいましたが、子宮頸がん予防ワクチンの普及は上記の患者予備群の抑制に大事な役割を持っていますので、その点は理解してもらいたいと思います。どのような医療や予防方法でも副作用が完全にないということはありません。ですから副作用が現れた場合は、直ちに救済・サポートを行う、エビデンスを集積して解決を図り、そのために必要な体制を迅速に構築することが肝要となります。