インタビュー

甲状腺内視鏡手術を得意とする医師によるチェルノブイリでのボランティア活動

甲状腺内視鏡手術を得意とする医師によるチェルノブイリでのボランティア活動
清水 一雄 先生

日本医科大学付属病院 名誉教授、医療法人社団 金地病院 名誉院長

清水 一雄 先生

この記事の最終更新は2016年09月27日です。

金地病院の清水一雄先生は、日本で初めて甲状腺の内視鏡手術を行った甲状腺領域の大家として知られています。甲状腺の内視鏡手術は、首に傷跡がないため、女性に多い甲状腺疾患の治療において、審美的な観点から大きな進展をもたらしました。

甲状腺手術にあけくれる多忙な日々を送る清水先生ですが、毎年必ずチェルノブイリを訪れて20年近くボランティア活動を続けられています。清水先生がチェルノブイリでどのような活動を行っているのか、インタビューさせていただきました。

ミンスク市での手術(2012)年
初めて訪れたときの(1999年)チェルノブイリ検診活動の様子
初めて訪れたときの(1999年)チェルノブイリ検診活動の様子

チェルノブイリでの原発事故が起こったのは1986年のことです。事故発生から4年くらいたったときに、小児の甲状腺がんがあきらかに増えてきているという報告がLancetと呼ばれる著名な医学雑誌でも取り上げられました。1986年より前の10年間と後の10年間を比較した小児甲状腺がんの発症数が72.5倍に増加などの非常にインパクトのあるデータをこの活動に参加したとき見せていただき衝撃を受け、原発事故後の放射能汚染に起因する甲状腺がんについて強く関心を持つようになっていました。

チェルノブイリ原発事故後の現地支援活動を行っていたグループから、医者が足りないからと誘われたのが最初にボランティア活動をすることになったきっかけです。1999年に初めて、被災国であるベラルーシ共和国に行きました。ベラルーシ共和国への飛行機や車、列車を使った現地での移動も含めると往復で約6日間もかかります。

ベラルーシ共和国の汚染地区ストーリンというところで初めて、被災者の検診を行ったのですが、83名の方の検診を行い、そのうち12名に甲状腺がんの疑いがありました。その中で、結果的に5名の方が手術を受けましたが、そのうちの4名が子どもの頃にチェルノブイリ事故で被曝した患者さんだったのです。そのことに強いショックを受けて、それが原体験となり、ボランティア活動を続ける原動力となっています。

初めて訪れたときの(1999年)チェルノブイリ検診活動の様子
初めて訪れたときの(1999年)チェルノブイリ検診活動の様子

当初は基本的な検査について教えていました。甲状腺の超音波の見方や組織細胞診のやり方、組織の染色方法やがんの診断についてなどです。教え始めた当初は穿刺吸引細胞診という検査方法で最初の5年間くらいはかなりのエラーがあったのですが、皆一生懸命勉強してくれて、ここ数年はほぼ成功するようになりました。

検査だけではなく、内視鏡手術・治療についての教育も行っています。内視鏡手術用機器類を日本から持ち込むので、よくモスクワ空港で引っかかっていました。内視鏡用の吊り上げ機器がちょうどライフルと同じような大きさなので、手術に使う機器類であることわかってもらうのに非常に苦労しました。また現地でシンポジウムを開催し内視鏡手術のビデオを医師、看護師や医療関係者に見せたり、メリットをプレゼンテーションしたりと、現地へこの手術を導入するために色々努力を重ねたのですが、最初のころはなかなか伝わりませんでした。

現地で手術をはじめられるようになったのは、一人の女性患者さんがきっかけでした。2007年の検診で20歳の女性に7mm程度の悪性腫瘍がみつかりました。この女性は母親の胎内で被曝し低汚染地区で生まれ育ちました。このベラルーシの女性を日本まで連れてきて治療を行ったことが、現地で手術をする突破口となったのです。

患者さんと付き添い医師を含めた二人の渡航費、付き添いの医師の日本滞在中の費用・手術代を含めた全医療費を当方で負担しました。費用は400万円近くかかりましたが、沢山の賛同者のおかげでお金は集まりました。その女性の手術は無事成功し、メディアでも大々的に取り上げられました。女性もベラルーシで受ける手術のように首に大きな傷跡が残らなかったとすごく満足してくれました。

退院の時、私から女性に一つだけお願いをしました。国に帰ったら、自分の傷跡をできるだけ多くの医療関係者、友人や親戚、患者さんに見せて、頸部に傷のない手術を受けたということを伝えてくださいというお願いです。

翌年またベラルーシにいつものボランティア活動のため訪れた所、手術をしたベラルーシの女性が、検診会場に顔を見せてくれました。約束通り、自分の傷跡を周囲に見せて、内視鏡手術の良さを説明してくれたのです。以来、現在まで毎年、検診時、会場を訪れてくれます。

初めて訪れたときの(1999年)チェルノブイリ検診活動の様子
初めて訪れたときの(1999年)チェルノブイリ検診活動の様子

周囲も内視鏡手術に前向きになり、もともと興味を持っている外科医が多くいましたので、翌年の検診時、現地の外科医に手術室に連れて行かれ、この設備で甲状腺内視鏡手術が可能かと尋ねられました。すでに胆嚢など一般外科の内視鏡手術は行われていたことから素晴らしい機材がそろっており問題がなかったので、すぐに手術が行えるようになりました。その翌年から現地でも甲状腺内視鏡手術がスタートしたのです。

私が現地で手術を行った患者さんたちは年々増えていますが、多くの患者さんたちが私達の検診時、元気な顔を見せに来てくれます。これらの患者さんたちに会うことが、毎年ベラルーシに行く楽しみの一つになっています。

現地の医師も若手を中心として積極的に学ぶ姿勢を持ってくれて、自分たちで私の術式を行うため、独自で工夫し機材の開発を行ってくれています。おかげで今は手術機器類を持参せず手ぶらでベラルーシに行くことができるので、空港で止められるようなことがなくなりました。

福島では県民健康調査検討委員会のメンバーで甲状腺評価部会の部会長をつとめていました。福島での被曝の影響が健康に対してどのような影響がでているのかという検証を行っているのですが、その甲状腺について専門家として参加しています。

チェルノブイリのときも被曝から4年以降に甲状腺への影響が出てきているので、福島で不安に思っている方も多いと思います。ただチェルノブイリと福島では被曝量はチェルノブイリの方がかなり多く、ヨード環境の差からヨード摂取量が日本とベラルーシでは異なるなど、この事故による甲状腺への影響に関しては両国を同じ土俵で比べることはできません。

甲状腺に対して放射能の影響の有無を確認するために、福島県では事故当時18歳以下の被災者38万人に対して甲状腺の超音波検診を継続的に行っています。原発事故後行われている検診により発見された甲状腺癌とその治療に関して臨床的、疫学的、統計学的客観的な立場から様々な意見がありますが、きちんとデータを分析して、被曝との因果関係を見ていく必要があると思っていますし、世界中が推移を注目する中、その結果を将来世界に発信する義務が我々にはあると思っています。

小児の検診(1999年)
小児の検診(1999年)
小児の検診(1999年)
小児の検診(1999年)
超音波と細胞診検査
超音波と細胞診検査
小児の検診
小児の検診
若い現地医師への診断技術の指導(日本からの医学生も)
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術前の患者 病室訪問 触診検査
術前の患者 病室訪問 触診検査
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