院長インタビュー

がん治療の新たな希望、「重粒子線治療」で世界をリードする群馬大学医学部附属病院 重粒子線医学センター

がん治療の新たな希望、「重粒子線治療」で世界をリードする群馬大学医学部附属病院 重粒子線医学センター
メディカルノート編集部  [取材]

メディカルノート編集部 [取材]

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群馬県前橋市にある群馬大学医学部附属病院 重粒子線医学センターは、日本が世界をリードする重粒子線によるがん治療を専門に行っている医療機関です。患者さんに対する治療だけではなく、保険が適用となる病気の拡大や後進の育成など、日本の重粒子線治療を支える活動に取り組む同センターの、現在抱えている課題や今後ついて、センター長である大野 達也(おおの たつや)先生に伺いました。

日本での重粒子線治療の歴史は、千葉県にある放射線医学総合研究所(現・QST病院)から始まりました。そもそも重粒子線によるがん治療の先陣を切ったのはアメリカです。しかし1993年には施設の老朽化と資金難により、アメリカでの治療は終了してしまいます。

日本では1984年、国の方針で重粒子線による治療計画がスタートしています。医療専用の装置としては世界初の試みで、1994年には実際に放射線医学総合研究所で治療が開始されました。ただ、装置が大きすぎること、運用経費がかかりすぎることが課題となっていました。

その後、研究が進んだことで、大きさとコストを3分の1にまで圧縮できるようになりました。実証のために新たな重粒子線治療装置の建設することになり、その設置場所として選ばれたのが群馬大学です。

群馬大学では以前から、放射線治療医の育成に注力していました。当時、全国で放射線治療に携わっている医師のうち約10%が群馬大学の関係者で、重粒子線治療の先駆けとなった放射線医学総合研究所にも群馬大学出身者が在籍していました。また、連携している医療機関も多く、患者さんが集まるネットワークを構築できていたことも選定理由の1つとなったようです。

2005年、群馬大学昭和キャンパスに重粒子線治療装置が設置され、同時に研究や人材育成を目的とした“群馬大学重粒子線医学研究センター*”が学長直轄の施設として設立されました。日本では、放射線医学総合研究所、兵庫県立粒子線医療センターに続いて、3番目となる重粒子線治療施設です。群馬大学にとっても建学以来の一大プロジェクトで、重粒子線治療を研究できる大学としてはドイツのハイデルベルク大学に続いて世界で2ヵ所目でした。

それからも研究を重ね、2010年には実際に患者さんに対する重粒子線治療を始めました。以後、患者数は年々増加を続け、2024年現在では年間約800人の患者さんに治療を行っています。

* 編集部注 大野達也先生は治療を行う重粒子線医学センターのセンター長と、研究・教育を行う重粒子線医学研究センターのセンター長を兼任されている。

粒子線治療は、がんに対する放射線治療の一種です。従来の放射線治療では主にX線が使われていましたが、重粒子線はX線よりも重量があり、がん細胞を退治する効果も高くなっています。

X線は人体を透過するため、一方向から照射した場合、患部の前後にある健康な細胞にも影響を与えてしまいます。しかし重粒子線は患部に当たった所で止めることが可能で、患部の後ろにある細胞にはほぼ影響がありません。

また重粒子線は、体内の深度が深くなるほど効力が増すという性質もあります。その性質を利用したブラッグピークと呼ばれる高線量域を患部に合わせることで、周囲の健康な細胞への影響を極力少なくして、病巣を集中的に治療できるのです。

重粒子線のほうがX線よりがん細胞を叩く力も強いため、X線では治療が難しかったがんに対しても有効性が期待できます。また、X線よりも少ない治療回数で効果を上げられるというメリットもあります。

重粒子線治療では、最短なら1~2回、多くても16回で治療が終了します。治療期間も短くなるため、患者さんの身体や生活への影響も少なくなることでしょう。

重粒子線治療では、公的保険が適用されるがんと、先進医療で治療できるがん、臨床試験として治療できるがんがあります。公的保険で治療できるがんは以下のとおりで、いずれも手術が難しいケースという条件がつきます。

先進医療として治療できるものは、局所進行期の肺がん、I期の食道がん、直径約4cm未満の肝臓がん、腎臓がんなどです。このほかに、乳がんや腎臓がんは臨床試験として治療できる場合があります。

実際には重粒子線治療が可能かどうか、保険治療か先進医療になるか、判断が難しい患者さんも少なくありません。その場合は個別のケースごとに、外科や内科の医師とも症例検討を行って決定します。

重粒子線治療にかかる費用は、先進医療なら314万円。公的保険での治療なら約240万円(前立腺がんは約160万円)となっています。公的保険内治療では患者さんが負担する金額は1~3割で、高額療養費制度が利用できるため、実際に支払う金額は1月あたり10万円程度のことが多いです*

* この医療費はあくまで目安であり、患者さんのご年齢や収入によって変わります。

がん患者さんの中には、がん以外の持病を抱えている人も少なくありません。群馬大学医学部附属病院には、外科、内科、循環器科、呼吸器科、小児科などさまざまな診療科がそろっているので、持病を抱えている患者さんでもワンストップで重粒子線治療が行えます。

日本で重粒子線治療を行っている医療機関の多くは、重粒子線治療に特化しています。そのため持病のある患者さんの場合、重粒子線治療を行う医療機関とかかりつけ病院が連携をとって治療に当たることになります。

例えば、心臓病でペースメーカーを埋め込んでいる患者さんの場合、重粒子線でペースメーカーが誤作動を起こす可能性があります。そのため循環器科の医師のいる医療機関でないと、重粒子線治療が難しくなっています。病院の連携にかかる時間的なロスが、患者さんと家族には負担となる場合があります。

当センターなら連携にかかる時間的ロスを最小限にして、安心安全な重粒子線治療ができます。重粒子線治療と手術、抗がん剤、免疫療法などを組みあわせる集学的治療においても、当センターでの治療が向いているといえるでしょう。

粒子線治療は、日本に導入された当初は全て先進医療として行われていました。その後は研究が進み、2016年、2018年、2022年、2024年と、公的保険の適用範囲が少しずつ広がってきました。当センターで重粒子線治療を受けている患者さんのほとんどは、保険内治療となっています。

ただ公的保険の適用範囲は、患者さんの希望だけでは拡大されません。症例や治療の効果など、学術的なデータをそろえて厚生労働省に申請し、厳正なチェックを受けてようやく適用範囲の見直しが行われるのです。

当センターでは、これまでに治療した全部の症例を院内キャンサーボードで提示しているほか、データとしてまとめて学会に提出。そして学会が日本全体のデータをとりまとめて保険診療範囲の拡大申請を行うことで、重粒子線で治療できる範囲が広がってきました。

2024年6月には、新たに早期の肺がん、長径6cm以上の局所進行性子宮頸部がん、婦人科領域から発生した悪性黒色腫について、保険での重粒子線治療が可能になりました。これも当センターの活動が一役買っていることと自負しています。

保険内治療の適用範囲が広がれば、当然のことながら患者さんも増えます。実際に当センターでも、早期肺がんが保険適用になった結果、患者数が倍以上になった実感があります。

大学病院の使命は、患者さんに高度な医療サービスを提供することと同時に、後に続く人材を育成することでもあります。当センターでも、重粒子線治療に携わる医療スタッフの育成に注力してきました。国内で重粒子治療を担当する医師のうち、約半数は何らかの形で群馬大学に関係しているといってよいでしょう。

群馬大学では留学生も数多く大学院生として学んでいます。また、先進的な重粒子線治療を日本で学び、やがては故国に戻って重粒子線治療を広めてほしいとの思いから、当センターではQST病院と共同で国際研修トレーニングコースを実施。2024年までに、延べ26か国以上から600人以上が参加しています。

今や世界の重粒子線治療は、日本が牽引しているといっても過言ではないでしょう。こうした活動によって、少しでも多くの方ががんを克服できることを願っています。

実は日本の医学教育では、放射線治療はあまり重視されてきませんでした。医師国家試験に放射線治療に関する問題が出されることもまれです。医学生も試験に出ない項目の勉強に時間を割くのはもったいないということになりがちです。

群馬大学では以前から、放射線医学教育に力を入れてきました。重粒子線医学センターで実際に重粒子治療を行っていることは、群馬大学の強みといってよいでしょう。群馬大学なら、ほかの医療教育機関では学べない分野を講義や実習で学べるのです。放射線医学を学ぶには、これ以上はない環境といえます。

粒子線治療を専門としなくても、重粒子線治療に触れたことのある医師が多くなるだけで、がん治療をめぐる状況は変わっていくことでしょう。重粒子線治療について知ることで、がん治療の選択肢の1つとして患者さんに提案できるようになるからです。

例えば前立腺がんであれば、すでに群馬県内では多くの病院で、がん患者さんに向けた治療法の説明が確立されています。一般的な手術やロボット手術、X線を用いた強度変調放射線治療(IMRT)、小線源治療といった治療の選択肢のリストの中に、重粒子線も加えられているのです。

当センターとしても、まずは多くの医療関係者に重粒子線治療を知ってもらわなければならないと感じています。そのためのデータ公開なども行っています。

重粒子線治療は、まだ歴史の浅いがん治療分野で、精力的に研究が進められています。今後ますます重粒子線治療が進化することで、多くの患者さんにとってがん治療への負担がより少なくなることを願っています。

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