人口の高齢化が急速に進む中で、多くの方がただ長生きをするのではなく、健康と認知機能を保ち続け、生き甲斐を持って生活することを理想としています。行政や医療機関でも、「健康長寿」の実現のために様々な角度から取り組みがなされています。その中でも最先端といえるアプローチを行っているのが、東京医科歯科大学医学部附属病院「長寿・健康人生推進センター」です。最新の技術による遺伝子解析や生活指導で、がんなどの病気は予防できるのでしょうか。東京医科歯科大学学長(2016年当時)の吉澤靖之先生と、長寿・健康人生推進センター・センター長の石川欽也先生にお話を伺いました。
個人の生活習慣や遺伝子要因を基礎とした「予防医学」を実践・推進する中心組織として、遺伝子検査や多種多様な検診(ドック)を病院一丸となり行っている会員制の施設です。2015年1月に設立し、2016年4月から診療を開始しました。
個人の会員の方だけでなく企業や団体など法人会員も多く、様々な年齢・職業の方の疾患予防(1次予防)や病気の早期発見・早期治療(2次予防)のためのトータルケアを行っています。
東京医科歯科大学医学部附属病院・歯学部附属病院と常に連携しているため、安心感を持って受診していただけるという特徴があります。
(右)東京医科歯科大学 学長 吉澤靖之先生
(左)長寿・健康人生推進センター センター長 石川欽也先生
吉澤学長:「長寿・健康人生推進センター」の構想を練り始めたのは、今から約7年前のことです。当時は「健康長寿」という言葉こそ存在しなかったものの、社会全体の高齢化には加速がかかり、医療費を含む社会保障費は増大の一途を辿っていたため、このままでは日本の社会保障の持続は難しいと危機感を抱いていました。
ご存知の通り、わが国では少子化も進んでいます。このような状況において持続可能な社会を実現するためには、65歳以上の方にも健康と情熱を維持していただき、できる限り長く働いていただくことが大切であると考えます。
そこで私たちが重視したのは、病気にならないよう生活習慣を指導する「1次予防」です。生活習慣指導の3本柱は食事・運動・睡眠です。
東京医科歯科大学には健康な睡眠をサポートするための専門スタッフが揃った「快眠センター」や、スポーツ医歯学・スポーツ科学を融合した「スポーツサイエンス機構」がありますから、これらを活用して総合的な1次予防を行うことが可能です。
吉澤学長:1次予防のためにはご本人の体質、遺伝的バックグラウンドを知ることが重要です。たとえば肥満になりやすいバックグラウンドをお持ちとわかれば、リスクの低い人よりも重点的に食事指導を行うことができます。
このように、1次予防を遺伝子的な情報を絡めて科学的に行うことのできる施設は、日本でも数えるほどしかありません。
また、当センターでは12種類以上(※アレンジ可能、詳しくは記事2をご覧ください。)の検診も行っていますので、遺伝子検査の結果によっては生活習慣指導と同時に個々人に応じた検診も実施することができます。たとえば下部消化管検診は通常5年に1度行いますが、大腸がんになりやすい遺伝子をお持ちの方であればより頻繁に行う、といったことができるのです。
吉澤学長:1次予防とは生活習慣指導により病気にならない心身を作ること、2次予防はドックで病気を早期発見・早期治療することです。3次予防はリハビリテーションにより早期社会復帰や再発予防を徹底することです。長寿・健康人生推進センターでは、これらを一連の流れとして捉え、総合的な予防医療を提供しています。
石川先生:医師以外に、歯科医師、看護師、遺伝カウンセラー、受付のスタッフなどが勤務しています。また、東京医科歯科大学医学部附属病院内の患者さんの栄養指導や相談を行っている管理栄養士を当センターに呼び、説明していただく機会も設けています。
吉澤学長:食事指導には今後より一層力を入れていきたいと考えています。構想段階ですが、遺伝子検査によりわかった個人の情報に合致したメニューなども作る予定です。
石川先生:がんや生活習慣病も、遺伝子検査により予防できるものと考えています。
たとえば、「胃がん」は遺伝的要因プラス環境要因で発症するものですが、既に日本人の中でなりやすい遺伝子というものが特定されています。
遺伝子検査によりリスクがあるとわかれば、続いて胃カメラによる検診を受けていただきピロリ菌感染の有無を調べます。ピロリ菌もまた胃がんのリスク因子となるため、見つかった場合は除去します。加えて飲酒も胃がんのリスクを高める環境因子となりますから、もしその方の飲酒量が多いようであればお酒を減らすよう食事指導も行います。
石川先生:飲酒がリスク因子になるがんに「食道がん」があります。食道がんのリスクは、飲酒に喫煙が加わるとさらに上昇します。日本人を対象に飲酒・喫煙と食道がん(食道扁平上皮がん)の遺伝子・環境相互作用を調べた研究によると、遺伝子要因も環境要因も持っていない人に比べ、遺伝子要因を持っている人の食道がんリスクは10倍ほど上がりますが、これに加えて飲酒・喫煙の両方をされている方のリスクは180倍以上にも上昇するとされています。食道がんに関しては環境要因が非常に大きく、プラスアルファで遺伝的要因も発症のリスクを高めると捉えていただくのがよいでしょう。ですから、予防のためにはまず禁酒・喫煙することが肝要になります。
実際に私どもの実績として、ご自身に遺伝的要因があるとわかったことで禁煙に成功し、さらに飲酒量も半分に減らせた方がいらっしゃいます。
ご自身の遺伝的バックグラウンドを知らなければ、やはり好きなものを断つことは難しく、またきっかけも得られないため、こういった成功事例はあまりみられません。お付き合いなどで飲酒はやむを得ないという受診者の方もおられますが、タバコに関しては複数の方が卒煙できていますので、遺伝子検査は食道がん予防に繋がるものと確信しています。
石川先生:ただし、受診者の方ががんになりやすい遺伝要因を持っていることがわかった時に、説明不足のまま結果のみ開示することは、ご本人のためになるとは考えていません。というのも、私たちの行う遺伝子検査は、「この遺伝子を持っているから必ずがんになる」というほどの影響力があるものではないからです。
逆の例として有名なのは、アメリカの女優アンジェリーナ・ジョリーさんの乳がん予防のための乳房切除です。アンジェリーナ・ジョリーさんの場合、非常に高確率でがんになる遺伝子変異がみつかっており、更に乳がんの強い家族歴もあったため、将来高い確率で起こり得る発症に備えて予防措置をとったのです。
しかし、私たちが検査するのは遺伝子要因プラス環境要因であり、上述の例ほど強い遺伝子を調べるわけではありません。なぜなら、前者のほうがより「ありふれた病気」だからです。
受診される方には、最初にお見えになったときに以下の図を用いて発病のメカニズムをご説明し、「結果として高いリスクを持っていることがわかったとしても、病気になることを100%保障しているわけではない」ということも丁寧にお伝えします。
(資料提供:東京医科歯科大学医学部附属病院「長寿・健康人生推進センター」)
私たちが遺伝子検査を行う目的は、何らかの病気のリスクとなる生活習慣があればそれをやめられるよう働きかけ、「1次予防」をすることです。
また、遺伝的要因が低いとしても、加齢などの抗えない環境要因によるリスクも存在するのが現実です。
これらのことを初回の面談にて十分にご説明し、同意していただけた方のみ検査を受けていただいていますので、結果を聞いて大きなショックを受けられる方は、現時点ではさいわいにもおられません。
吉澤学長:遺伝子検査が広く行われている国では、遺伝子情報のみをみて「●%、○○という病気のリスクがある」という分析結果を割り出し、郵送やWEBなどで受診者に報告するといったサービスもあるようです。しかし、専門家の説明がなければ、リスクが高いとされた病気の「予防」を行うことは難しいのではないでしょうか。
当センターでは、たとえば禁煙が環境要因によるリスクとなっていれば、禁煙外来で受診者の方のフォローアップを行います。検査後のサポート体制が充実していることも、当センターの強みであると考えます。
東京医科歯科大学医学部附属病院 教授 長寿・健康人生推進センター センター長
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現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。