パーキンソン病が進行して通院が困難になった在宅の患者さんは、すぐに動けなくなって寝たきりになってしまうわけではありません。薬を調整することによって生活の質を維持することが可能です。しかし在宅の患者さんを診ている訪問診療医の多くは神経内科を専門としていないため、パーキンソン病の薬を適切に調整することが難しいという問題があります。地域のクリニックと連携して訪問診療にも力を入れておられる関東中央病院神経内科部長の織茂智之先生に、パーキンソン病患者さんの在宅医療における課題についてお話をうかがいました。
日本神経学会が作っているパーキンソン病治療ガイドラインなどの中では、運動症状に関しては具体的な薬の量に関する記載はありません。患者さんの罹病期間、症状の程度、治療の効果の程度により変わってくるからです。一般的に早期パーキンソン病患者の初期治療においては、レボドパであれば50mg を朝1回、あるいは朝と夕の2 回から開始し、症状の改善の程度、腹部症状などの副作用を見ながら増量し200mgから300mg(分3)にすることが多いです。在宅診療の時期にはさらに多くのレボドパや他の薬剤が複数投与されていることも多く、複雑になってきます。
しかし、それでも私は最低限のことについては、知っておいていただければ良いのではないかと思います。 たとえば、在宅診療期には幻覚や妄想などが起こりやすく、特に抗パーキンソン病薬により誘発あるいは助長されることがあります。この際、レボドパが一番幻覚・妄想を起こしにくいのです。一方でレボドパはドパミンの材料ですから抗パーキンソン病薬の中では一番効果があります。従って、一般在宅医の先生は、まずレボドパを中心に薬剤調整を行えばよいと思います。
レボドパ/カルビドパ合剤は通常1錠100mgのものを処方します。ジェネリックには1錠50mgのものがありますが、通常は50mg程度の追加であればあまり大きな問題は起こりません。ですから、少し薬の効き方が悪いという場合には、まず50mgを投与して症状の変化を観察し、足らなければ100mgにアップすると良いと思います。またジスキネジと言って手足や体がクネクネするような不随運動がみられるときにはレボドパの血中濃度がやや高くなっているのですが、この時に50mgを半分の25mgにしてレボドパの使用量を微調整することによりうまく行くことがあります。
訪問診療医がパーキンソン病のどれくらいのレベルの方を診ているかということは、実はよくわかっていません。実際に私が在宅で診ている患者さんでいえば、多くはホーン&ヤールのⅣ度で、Ⅴ度の方は2-3人です。そのような方たちでも病院に通うことができなくなって在宅で医療サービスを受けるようになっているのです。
臥床状態で意識がないような患者さんもいらっしゃると思いますがホーン&ヤールⅣ度の患者さんもいらっしゃると思います。どのあたりのステージの患者さんがどれくらいいらっしゃるかなどについては今後、訪問診療医の先生方と情報交換をしていく必要があると考えます。
普段は訪問診療の先生に診てもらいながら、半年ないし1年に1回程度、神経内科の専門医と連携をして薬の調整をしてもらうということもひとつの方法です。場合によっては、薬の調整のために一時的に元の主治医に診てもらうということでもよいと考えます。そうすれば、そのときにどのような治療をして戻ってきたのかということを知っていただくことができるからです。そのようなやり取りを通して勉強していただくことは重要ですが、そのためには最低限これくらいなら大丈夫だといえる基盤となるものを作っていかなければなりません。
私が有料老人ホームなどに往診に行ったときに経験することがあるのですが、患者さんの意識が少しおかしい、あるいは不随意運動などがみられると、時に、一般の内科の先生ではやはりわからないので診てくださいと言われることがあります。総合診療で幅広い領域に携わっている医師であればまだある程度わかるかもしれませんが、もともと内科以外の先生であったり、神経系の診療が必ずしも得意でない訪問診療医にとって、神経系の診察は難しいことがあります。
認知症については最近、先生方がかなり勉強をされていますので、認知症を含む神経疾患という意味では裾野が広がってきたという印象がありますが、パーキンソン病あるいはその類縁疾患についてはまだそこまで認知されていませんし、理解の深さという点でもまだ浅いところがあります。
もっともよく効く薬であるレボドパは内服薬ですので、口から入った後、食道や胃を通って小腸の上部で吸収されます。しかし、胃の動きが悪いとなかなか腸に降りていかないため、胃で分解されてしまい、薬が効きにくくなってしまいます。あるいは、たんぱく質をたくさん摂ってしまうと競合阻害(きょうごうそがい)ということが起こって、やはり吸収が悪くなります。つまり、患者さんよっても、また患者さんのそのときの体調などによっても薬の効き方は違ってくるのです。
このように薬の吸収が悪くなっているときには、食後に薬を服用すると効きが悪く、効果が現れるのに時間がかかってしまいます。我々はこれをDelayed-on(ディレイド・オン)といいます。欧米ではパーキンソン病の薬は食前に服用することが多いのですが、日本では食後の服用が一般的です。それは食前に服用すると急激に薬が吸収され、その後また一気に下がってしまうことがあるからです。
しかし食後に服用すると、先に述べたように、食事の影響や患者さんの体調によっては吸収が非常に悪くなります。そうすると血中濃度がなかなか上がらず、たとえば2時間経ってようやく少し上がったと思ったらもう落ちてしまうというようなことになり、十分な効果が得られません。
したがって、レボドパであれば1回に200mg服用してもまったく効かないというような場合には、十分に吸収されていないため脳の中に届いていないと判断し、食前に服用するように変更します。実際にこのようにすることで薬がちゃんと効くようになるということが少なくありません。また別の方法としては、胃腸の働きをよくするドンペリドンという薬を食前に使うことも考えられます。この薬を使うことで胃の中の物が早く腸に送られるのでレボドパの吸収が早くなります。
また、pHによってもレボドパの吸収に違いがあり、pHが低い(酸性が強い)ほうが実は吸収がよいとされています。したがって、胃酸を抑える薬を服用するとレボドパの吸収が悪くなることがあります。ある実験によればpHが低い状態から徐々に上げていくと、たしかに薬の血中濃度が低くなります。
このように、パーキンソン病の薬が効きにくい要因としては、食事を食べ過ぎたり牛乳を一緒に飲むと薬の吸収が悪いといった一般的なことに加え、pHの問題もあるため、それらを工夫することだけでも改善される可能性があります。
薬の服用に関しては、嚥下(えんげ)の問題もあります。つまり、物がうまくのみ込めなくなったり、誤嚥(ごえん)して苦しい思いをするようなことがあると、患者さんは薬を服用したくありませんし、実際にのめないということが起こります。
そのような場合には、貼り薬を併用するという方法があります。パーキンソン病の薬で、ロチゴチンという経皮吸収型のドパミンアゴニスト製剤があります。これを貼ると内服薬を服用しなくても済みます。このような工夫も案外知られていないところがあるかもしれません。
まず申し上げたいのはパーキンソン病を理解してほしいということです。パーキンソン病の薬が効いている状態をオン(on)といい、薬の効果が切れて患者さんが動かなくなっている状態をオフ(off)といいます。そのオンとオフが交互にみられる患者さんがいるということは、パーキンソン病の方がよく入院してくる病棟であれば看護師さんもよくわかっていますが、普段あまり接触がない看護師さんの場合にはそれがわかっていないことがあります。そうすると看護師さんは、さっきまではあんなに動いていたのに全然動かないのは怠けているのではないかと勘違いしてしまうことがあるのです。
ですから、パーキンソン病の患者さんと接する医療従事者はまず病態を理解する必要があります。パーキンソン病では薬の効果が切れて動けなくなることがあるのだということを知り、それが「オフ」という状態なのだと理解してあげることができれば、今はオフだから助けが必要なのだと考えることができます。
また、パーキンソン病のさまざまな非運動症状として、幻覚や妄想があります。患者さんに妄想や幻覚の症状が現れると、ご家族が周囲の目を気にして家から外に出さないようにしてしまうことがあります。最近では少なくなってきましたが、特に都市部よりも地方では、そういったことが今でも起こっています。
しかし妄想・幻覚はパーキンソン病の「症状」であり、場合によっては薬によってそれが助長されていることがあります。ですから、適切に治療することによって止めることができますし、そのためにも症状を隠さないようにしていただきたいと考えます。
パーキンソン病には現在、病気そのものを治してしまうという根本的な治療法はありません。もちろん、薬はうまく使えば非常によく効きますが、進行期になると一定以上は効かないという限界もあります。そこで薬による治療以外に何をするかというと、可能な範囲で体を動かすことが重要です。
パーキンソン病の症状をよくするためにリハビリテーションが非常に有効であることはデータからも明らかです。ですから、診断が下りたその時点から、家族も一緒に運動をすることをお勧めします。運動といってもいわゆるスポーツではなくて、ウォーキングとストレッチが中心になります。1日30分の散歩でも構いません。それを診断された時点からすぐに始めると、その後の経過が全然違ってきます。
体を動かすことは認知症にもよいということがわかっています。エアロビクス・エクササイズ、いわゆる有酸素運動を行った方たちのグループとそうでない方たちのグループを1年追跡して比較した結果、エクササイズをしたほうのグループでは、脳の中の海馬(かいば)という、記憶を司る器官が大きくなっていたということが論文で報告されています。
ほとんどの神経細胞は他の細胞とは異なり、分裂によって増えることはないといわれています(例外は海馬の一部と脳室周囲の神経細胞)。先ほどの海馬は例外だとしても、神経細胞そのものが増えなくても神経と神経の結びつきは運動することによって増える可能性がありるます。それは神経の可塑性と呼ばれています。従って、パーキンソン病患者の運動症状を薬を使ってある程度改善したうえで、、患者さん自身で歩いていただくことが大切だと考えます。
患者さんが在宅になり、ある程度介護が必要となると、今度は介護する方のことも考えなければなりません。患者さんにもその点は理解していただき、ショートステイなどを利用するということもひとつの方法です。患者さんがショートステイに行っている間は、介護しているご家族が休むことができます。
しかし、患者さんの中にはどうしても自宅を離れて施設に行くのは嫌だという方もいらっしゃいます。そのような患者さんに対しては、デイケアやショートステイに行くのはあなたのためでもあるけれども、むしろ家族のためなのですよ、とお話しするようにしています。患者さんと長くお付き合いをしてきた主治医がそのことをきちんと伝えれば納得してくださるものですし、実際にデイケアやショートステイに行ってみるとよかったとおっしゃる患者さんも多いのです。
今は介護保険などの公共サービスを利用することができますから、ご家族は極力自分だけで抱え込まないということが大切です。抱え込むことはかえってマイナスであり、できるだけ負担を分散していくことを考えるべきです。そのほうが長続きしますし、ひいては患者さんご本人にとってもよいことであると考えます。
パーキンソン病の患者さんは社会全体の高齢化によって増えてきています。また病気そのものに対する認知度が高くなり診断技術が向上したことも、新たに見出される患者さんが増える要因となっています。その患者さんたちの予後は、薬の使い方など、いかに適切な治療を行うかによって大きく異なってきます。その意味においてパーキンソン病は、我々神経内科医が診断と治療においてもっとも手腕を発揮できる疾患であると考えます。
関東中央病院神経内科 部長
織茂 智之 先生の所属医療機関
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