在宅医療では、患者さんの生活環境を知ることができるため一人ひとりの患者さんに合わせた診療を行うことができます。高齢化が進む日本において、在宅医療の重要性はますます高まっており、在宅医療を担う若手の医師の教育は不可欠です。
本記事では、日本を代表する医学教育者である高久史麿先生(自治医科大学名誉学長 地域医療振興協会会長)と在宅医療に取り組む小畑正孝先生(医療法人社団ときわ 赤羽在宅クリニック院長)が「在宅医療の重要性と在宅医・総合診療医の育成」をテーマに行った対談の様子をお伝えします。
小畑先生:高齢化が進むなかで、在宅医療のニーズは高まっています。急性期医療だけでは、今後ますます増加していく高齢者を支えるには限界があるでしょう。
高久先生:実際の在宅医療の現場ではどのような患者さんが多いのでしょうか。
小畑先生:やはり、老衰の方やがん患者さんで在宅での看取りを希望される方が多くいらっしゃるというのは在宅医療の特徴ではないでしょうか。私は月にだいたい10〜15名くらいの方の看取りを引き受けています。しかし、まだまだ病院で亡くなる方のほうが多いです。今後在宅で看取るということが当たり前になればいいのですが。
高久先生:自宅で最期を過ごしたい患者さんも多いと思いますが、現在はやはり病院で亡くなる方のほうが圧倒的に多いですね。病院で亡くなる方が多い原因には、在宅医療を受けていても患者さんのご家族や、ケアマネジャーの方が救急車を呼んでしまうということもあるのでしょうか。
小畑先生:そうですね。在宅医療を受けていらっしゃる患者さんが亡くなる直前に病院に搬送されてしまうケースもあると思います。赤羽在宅クリニックではそれを防ぐためにご家族やケアマネジャーの方と密にコミュニケーションをとっています。自宅で看取るという方針が決まっていれば、いざというときも慌てませんので。患者さんの呼吸が止まったという連絡を受けて私が駆けつけ、患者さんを看取ることもあります。
高久先生:在宅医療で患者さんが亡くなったとき、必ずその場に医師がいなければならないわけではないですからね。
小畑先生:すぐに救急車を呼ぶのではなく、連絡を受けてから私たち在宅医が看取る。在宅での看取りが増えれば、救急車の出動回数が少なくなりますので、救急医療も本来の役割をしっかり果たせるのではないでしょうか。
小畑先生:在宅医療の大きなメリットは、一人ひとりに合わせた医療を提供することが可能な点だと思います。たとえば在宅医療ではおよそ半数が認知症の患者さんですが、認知症と診断された場合、直接的な治療方法というのはありません。しかし、認知症の患者さんが生活するうえで困難に感じていることは沢山あります。そのような場合に在宅医療では患者さんの実態をみながら一つひとつを改善していくことが可能なのです。
高久先生:確かに在宅医療ですと、患者さんがどのような生活をし、どのようなことに困っていらっしゃるかが手に取るようにわかるでしょう。極端な話をすると、外来診療で患者さんと5分間お話しするよりも、在宅で診療を行うほうが、患者さんがどのようなことを考えているかということがよくわかると思います。高齢者は複数の疾患を抱えている場合が多いですが、在宅医療では患者さんの暮らしぶりをみて、ご家族やケアマネジャーの方とコミュニケーションをとりながら患者さんを総合的に診療することができますね。
小畑先生:在宅医療は患者さんの家のなかに入り、隣に座ってお話しする。冷蔵庫のなかをみることもあります。患者さんの家に入ることで、診断や治療に必要な情報を得ることができ、患者さん一人ひとりに合わせた診療が行えるというのは在宅医療ならではですね。
小畑先生:在宅医療において、患者さんの身近な存在であるヘルパーやケアマネジャーなど介護スタッフとの連携は非常に重要です。
高久先生:確かに在宅医療の現場では介護スタッフとの密接な連携が必須だと思うのですが、医療のバックグラウンドがない介護スタッフと、患者さんをチームでケアするにあたって、なにか工夫されていることはありますか。
小畑先生:やはり、介護スタッフの医療知識の底上げは必要であると考えます。赤羽在宅クリニックでは月に5回、公民館などの地域の施設で勉強会をやっています。この勉強会では症例検討を行い、患者さんのケアについて勉強しています。介護スタッフの方だけでなく、訪問看護師の方も参加しますので職種によって前提知識が違うという課題がありますが、知識量の差以上にコミュニケーションの問題が大きいと感じています。たとえば、ケアマネジャーの方から医師に質問しづらい、そもそも医師と話す機会があまりないという意見が出たこともありました。
高久先生:なるほど。医療と介護がスムーズに連携していくためには、知識の問題だけでなくコミュニケーションの問題を解決することが重要ですね。コミュニケーションを取りやすいように医師側が歩み寄るということも必要でしょう。医療と介護のスムーズな連携は今後の課題ですね。
高久先生:在宅医・総合診療医に興味のある若手の医師は少しずつ増えてきている印象がありますが。
小畑先生:そうですね。少しずつ「総合診療」という言葉が定着してきているのを実感しています。その一方で教育体制には課題があります。総合診療医に興味のある方は多いですが専門医・指導医に関してはこれから体制が整うという状況ですし、若手の医師が在宅医療を経験する機会もほとんどありません。実際に在宅医療に取り組まれている先生も、ほとんどが元々専門の診療科があって、在宅医療に移ってきたというケースです。
高久先生:なるほど。在宅医・総合診療医の育成は地域包括ケアの展開に際して欠かせないですね。教育に関して、小畑先生の院長としての取り組みがありますか。
小畑先生:当院では、まず院長の私が同行して基礎的な研修を行うようにしています。在宅医療では患者さんを総合的に診療しなければならないですし、緩和ケアや看取りの役割も担うこともあります。ですから研修では医師としてのスキルアップに加えて、在宅医療に必要なあらゆることを身につけていただきたいと思っています。
高久先生:在宅医療に特化した研修を行っているということですね。在宅医療においては医療の知識だけでなく、高いコミュニケーションスキルも求められると思います。
小畑先生:患者さん、そしてご家族、介護スタッフとのコミュニケーションは非常に大切です。実は当院はあえて患者さんごとに医師の担当を決めていません。毎回診療に訪れる医師が違うとなると心配される方もいらっしゃいますが、当院では担当を決めなくても医師と患者さんが問題なくコミュニケーションをとれるように、トレーニングの一環としてこのような体制をとっています。
患者さんに安心していただけるよう、どの医師でも知識やコミュニケーションスキルが均質になることを常に心がけています。
高久先生:あえて担当の医師を決めないというのは画期的な取り組みですね。在宅医・総合診療医の育成に関して日本は遅れていると思っていますが、クリニック単位でこのような取り組みが行われていることに驚きました。在宅医・総合診療医の人数を確保することも大事ですが、質の高い在宅医療を実践するためにはやはり在宅医療に特化したカリキュラムの必要性を感じます。
高久先生:さて、小畑先生は今後埼玉県で積極的に在宅医療を展開していきたいとお考えのようですね。埼玉県は人口10万人あたりの医師数が全国一少ないということですが、埼玉県の医療過疎についてはどのようにお考えでしょうか。
小畑先生:埼玉県は都心へのアクセスが良く、自分で病院に行く元気がある患者さんは、都心の病院を選んでいるのかもしれません。そうすると根本的に医療過疎が解決される見込みはなく、自分で移動できない弱者がそのあおりを受けてしまいます。もし、そういう方が亡くなる直前の状況になってから救急車を呼んでしまうと、埼玉県の救急医療は機能しなくなります。そのようになる前の段階で在宅医療を利用してほしいというのが私の願いです。また、在宅医療は過剰な医療を防ぐことができるので、医療費の抑制にもつながります。そのような観点からも、将来の日本のためにも在宅医療をうまく利用してほしいと考えています。
高久先生:埼玉県で在宅医療の展開が実現できれば、全国でも実現可能なのではないでしょうか。埼玉県から日本全国へ、そしていずれは日本から海外へ高齢化社会のモデルを輸出できれば理想的ですね。
小畑先生:はい。在宅医療の充実は、日本国民全体にメリットの有ることだと自負しています。日々の診療で診ているのは高齢の患者さんがほとんどですが、私は将来を担う子どもたちのために、日本の未来のためにという意識で在宅医療に取り組んでいます。
高久先生:在宅医療の重要性を理解し、早急に在宅医・総合診療医の教育体制を整える必要があります。
公益社団法人 地域医療振興協会 会長、日本医学会 前会長
日本血液学会 会員日本内科学会 会員日本癌学会 会員日本免疫学会 会員
公益社団法人地域医療振興協会 会長 / 日本医学会 前会長。1954年東京大学医学部卒業後、シカゴ大学留学などを経て、自治医科大学内科教授に就任、同大学の設立に尽力する。また、1982年には東京大学医学部第三内科教授に就任し、選挙制度の見直しや分子生物学の導入などに力を注ぐ。1971年には論文「血色素合成の調節、その病態生理学的意義」でベルツ賞第1位を受賞、1994年に紫綬褒章、2012年には瑞宝大綬章を受賞する。
医療法人社団ときわ 理事長、医療法人社団ときわ 赤羽在宅クリニック 院長
2008年、東京大学医学部卒業。卒業後の2年間の研修医生活のなかで多くの矛盾や課題を発見したことがきっかけで、初期臨床研修終了後は医療制度・政策を研究するためすぐに東京大学大学院に進学し、公衆衛生学を学ぶ。在宅医療には大学院生時代のアルバイトから携わる。医療の矛盾や課題は、在宅医療という形でも解決できると考え、以後、在宅医療を専門とする診療所で院長として診療に従事。約300名の主治医として、患者さんに寄り添った診療を提供。より質の高い在宅医療を多くの方に提供するため、2016年9月に在宅医療を専門とする「赤羽在宅クリニック」を開業し、日々診療に邁進している。
小畑 正孝 先生の所属医療機関