リンパの流れが悪くなり、リンパ管にリンパ液が過剰に貯留することでむくみが生じるリンパ浮腫。リンパ浮腫が発症する原因はいくつかありますが、日本ではがん手術に伴うリンパ節摘出が原因の1つとなっています。今回は国立国際医療研究センター病院の形成外科・診療科長で国際リンパ浮腫センター・センター長の山本匠先生に、リンパ浮腫の原因や症状についてお話を伺いました。
リンパ浮腫はリンパの流れが滞り、手足などにむくみが生じる疾患です。リンパは動脈と静脈に続く「第三の循環」とよばれるほど、私たちが生きていくうえで重要な役割を担っています。まずはこのリンパの役割についてご説明しましょう。
血液は心臓から送り出されると、動脈から各組織の毛細血管に渡ります。毛細血管に栄養素や酸素を供給した組織液(血液中から滲み出した液体)は、そのあと約85%が血液として静脈へ流れ心臓に戻りますが、約15%は血液に戻らず、リンパ管にリンパ液として回収されます。リンパ管を流れるリンパ液は最終的に頸部の静脈角(じょうみゃくかく)とよばれる部位で静脈に合流し、心臓へと循環していきます。
このリンパの流れが何らかの原因で滞ってしまうと、毛細血管から静脈へ戻れなかった水分が貯留し、リンパ浮腫となります。
リンパ浮腫は、リンパの流れを滞らせている原因が明らかな「二次性リンパ浮腫」と、原因が明らかでない「原発性リンパ浮腫」に大別されます。
リンパ浮腫の多くは二次性リンパ浮腫です。特に日本をはじめとした先進国では、リンパ浮腫はがんの手術や放射線治療に伴い発症するケースがほとんどです。しかし世界的には、熱帯地域を中心にフィラリア感染によるものが多くを占めており、リンパ浮腫の発症原因は地域ごとに違いがみられます。
それでは、それぞれの発症原因について詳しく解説していきます。
原発性リンパ浮腫の多くは原因不明で発症します。二次性リンパ浮腫以外のリンパ浮腫が「原発性リンパ浮腫」と総称されるため、その病態はさまざまです。
ヨーロッパを中心とした地域では、原発性リンパ浮腫に罹患している患者さんはご家族が代々リンパ浮腫に罹患しているケースもあり(家族性リンパ浮腫)、一部では原因の遺伝子が明らかになっています。また生まれつきリンパ系の奇形によりリンパ液の流れに滞りがみられる患者さんもいます。
がんの手術を行う際に、がんの転移を防ぐ目的でがん周辺のリンパ節も同時に摘出することがあります。これをリンパ節郭清(かくせい)とよびます。
たとえば乳がんで腋窩(えきか:脇の下)リンパ節郭清を行った場合、本来上肢から腋窩リンパ節を通過し頸静脈から心臓に戻るはずのリンパ液が、腋窩部でその流れを止めてしまいます。すると上肢リンパ管でリンパ液が過剰に貯留し、最終的に皮下に滲み出てきてリンパ浮腫の症状がむくみとして現れます。
二次性リンパ浮腫の原因として多い症例は、乳がんや子宮がんの術後です。
しかし発症率でみると、悪性黒色腫(メラノーマ:皮膚がんの一種)や外陰がんの術後が高い傾向にあります。
この理由は、悪性黒色腫や外陰がんでは鼠径部(足の付け根)のリンパ節郭清を行うことが挙げられます。鼠径部のリンパ節は足のリンパ液を直接的に吸収しているため、これらのリンパ節を失うと足のリンパ浮腫を発症しやすくなってしまうのです。
また、まれではありますが大腸がんや前立腺がん手術でリンパ節郭清を行うことでもリンパ浮腫を発症することがあります。
そのほかに、放射線治療もリンパ浮腫の発症原因となることがあります。放射線を照射すると、放射線の影響で照射部分のリンパ管が硬化(線維化)し、徐々に内部が閉塞していきます。
リンパ管は表皮に近い部分から「毛細リンパ管・前集合リンパ管・集合リンパ管」とあり、放射線治療ではこれらすべてのリンパ管が硬化してしまいます。特に放射線治療が導入されたばかりの1960年代頃に放射線治療を受けた方はリンパ浮腫を発症することが多く、重症化する事例も多くありました。
世界的には熱帯地域を中心にフィラリアという寄生虫に感染することによりリンパ浮腫を発症する患者さんもいらっしゃいます。特にフィラリアの一種であるバンクロフト糸状虫は、蚊を媒体にヒトのリンパ管やリンパ節に寄生して破壊する特性を持ちます。そして破壊されたリンパ管はリンパ液を流すことができなくなり、リンパ浮腫を発症します。
2017年現在、日本ではこのような発症例はありませんが、昔は九州地域を中心にフィラリア感染でリンパ浮腫を発症する患者さんがいらっしゃいました。
先述の通り、日本でのリンパ浮腫の原因の多くはがん手術に伴うリンパ節の摘出です。ですから、リンパ節摘出後「将来リンパ浮腫を発症するかもしれない」と不安を抱いている方もいらっしゃるかと思います。従来はむくみの自覚症状・診察所見から診断をしていたため、がん治療してから10年以上経過してからリンパ浮腫を発症したという方もいます。
しかし2018年現在では、ICGリンパ管造影検査(色素を注入してリンパ液の流れを確認する検査)により自覚症状が出る前から診断することができます。
将来的にリンパ浮腫を発症するかどうかについては、このICGリンパ管造影検査を行うことで、ほぼすべての患者さんで術後2年以内に診断をつけることが可能です。
ICGリンパ管造影検査では異常なリンパの流れを確認できるのですが、リンパの流れが異常であっても術後2年以内では多くの患者さんに自覚症状はありません。リンパ浮腫の代表的な症状であるむくみは、リンパ浮腫が相当進行してから出てくる症状です。また、症状が進行すればするほど治療効果は弱くなっていきます。ICGリンパ管造影検査を術後2年まで定期的に受けることで、症状が出ていない段階で早期にリンパ浮腫を発見して治療を行うことが可能になります
リンパ浮腫のもっとも早期ではむくみはみられず、リンパ管内の圧力が高まることで張りや重だるい症状がみられます。このとき患者さんが自覚できるむくみの症状はなく、医師が注意深く診察をしてもわかりません。早期での診断はICGリンパ管造影などの検査でのみで行うことができます。
また注意しなければならないのは、むくみ自体はリンパ浮腫の患者でなくとも経験する現象であるため(立ちっぱなしだと夕方にむくむ症状など)、必ずしもむくみがあるからといってリンパ浮腫とはいえません。
反対にどれだけ重いむくみがあっても、リンパ管造影検査で異常を認めない場合はリンパ浮腫ではない可能性が高いので、別の疾患を疑う必要があります。
早期のリンパ浮腫の診断にはリンパ画像検査が不可欠です。リンパ浮腫の患者さんがむくみを感じ始めたときには、すでにリンパ浮腫は進行している状態にあるといえます。
リンパ浮腫が進行すると、皮膚・皮下組織に間質液(水分)が貯留してむくみが顕著になっていきます。
はじめは間質液の貯留だけのため、皮膚を押すと凹みが一時的にみられるむくみ(圧痕性浮腫:あっこんせいふしゅ)がみられます。しかし罹病期間が長くなってくると間質液だけでなく脂肪が増えてくるため(脂肪沈着)、皮膚を押しても凹まなくなってきます(非圧痕性浮腫:ひあっこんせいふしゅ)。
さらに進行すると皮膚が分厚くなり、イボやトゲ状に硬い皮膚となってくることがあり、象皮症(ぞうひしょう)とよばれる状態となります。なかには、リンパのう胞とよばれる皮膚の毛細リンパ管が拡張して1〜2mm程度の袋状のイボを生じたり、リンパ漏(リンパろう)というリンパ液が皮膚から漏れ出してくる状態になることもあります。
短い期間で重症な皮膚症状が現れる人もいれば、生涯にわたり皮膚症状がまったく現れない人もいます。現時点ではどのような人が象皮症になりやすいかは、詳しくはわかっていません。
リンパ浮腫は全身のあらゆる箇所に起こりますが、多くみられるのは腕や足、陰部などです。
特に陰部のリンパ浮腫はむくんでいても気づかない方も多く、また言いづらいという理由でむくみに気づいていてもなかなか医師に相談できない患者さんもいます。そのため陰部のリンパ浮腫は長期にわたり放置されやすく、医師が診察する頃にはリンパのう胞やリンパ漏を生じているほど進行していることが多いのが現状です。
陰部のリンパ浮腫は下腹部・恥骨部(ちこつぶ)の浮腫からはじまりますが、この時点では「太ったかも」としか思わない人もいます。リンパ浮腫治療の経験が豊富な医師でないと診察だけで診断することはできません。
陰部リンパ浮腫を早期に診断するにはリンパ画像検査が必要です。陰部リンパ浮腫は下肢リンパ浮腫に合併することもあります。そのため下肢リンパ浮腫がある人は陰部および下腹部の変化に注意し、気になることがあれば医師に相談するといいでしょう。
また、足のむくみは健康な人にもみられますし、他の病気でもみられる症状であるため、リンパ浮腫との見分けが難しいことがあります。私たちが患者さんを診療するときには、以下のような特徴をみるようにしています。
<リンパ浮腫で起こる足のむくみの特徴>
など
典型的なリンパ浮腫ではこれらの症状がみられることがありますが、大部分の患者さん、特に早期のリンパ浮腫の場合は該当しないことがほとんどです。そのため、症状所見はあくまで診断のための材料として用い、確定診断の際には必ず先述のICGリンパ管造影やほかのリンパ画像検査を行うようにしています。特に、原発性リンパ浮腫の診断にはICGリンパ管造影やリンパシンチグラフィ・SPECT-CTなどのリンパ画像検査が不可欠になります。
リンパ浮腫の患者さんに注意していただきたい合併症は蜂窩織炎(ほうかしきえん)です。蜂窩織炎とは、細菌感染などで皮膚の深部から皮下の脂肪組織にかけて炎症を起こす疾患です。
リンパ液には免疫細胞が含まれているので、リンパ液の流れが滞ると、滞った部分の免疫力が低下します。すると些細なことがきっかけで蜂窩織炎を発症し、患部が熱を持って赤く腫れ上がるなどの症状が現れます。そのため、リンパ浮腫の患肢はけがをしないように十分に注意する必要があります。また下肢の場合は爪の手入れも重要です。
リンパ浮腫で蜂窩織炎を発症した患者さんのお話を聞いていると、ほとんどの人がけがなどの心当たりとなる原因がありません。
しかしなかには「数日前から少し風邪ぎみだった」という方もいますので、体調を崩さないようにすることは重要です。風邪をひいているときは、喉だけではなく全身にもウイルスや炎症反応がおきていますが、リンパ浮腫の患肢ではそういったものがリンパのうっ滞により排出されにくく、炎症が起こりやすいのではないかと考えられます。
リンパ浮腫に長期的に罹患することで、まれに脈管肉腫(スチュワート・トリーブス症候群)を発症する患者さんがいます。
脈管肉腫はリンパ管・血管にできる悪性腫瘍ですが、皮膚に近い場所に発症したときにはリンパ浮腫が起きている部分に赤い発疹がでてきます。
これが熱を持っていれば蜂窩織炎である可能性が高いです。しかし、熱感もなく局所的に赤い発疹が出ている場合には、早急に病理検査(組織を採取し顕微鏡的に調べる検査)を受け、脈管肉腫ではないかどうか調べる必要があります。
リンパ浮腫はむくみの自覚症状が出るまで進行すると、体の負担が大きな治療が必要になります。そのため、先ほどもお話したようにリンパ節摘出後などでリンパ浮腫の発症に不安を感じている方はまずICGリンパ管造影検査などのリンパ画像検査を受けることをお勧めします。ICGリンパ管造影検査で早期診断につなげることができれば、治療の選択肢も広がりますし低侵襲手術(体の負担の少ない手術)で治癒させることも可能です。記事2『リンパ浮腫の治療法−スーパーマイクロサージャリーを駆使した手術治療とは』ではリンパ浮腫の治療についてお話しします。
国立国際医療研究センター病院 形成外科・診療科長 国際リンパ浮腫センター・センター長、リンパ超微小外科臨床修練プログラムディレクター
国立国際医療研究センター病院 形成外科・診療科長 国際リンパ浮腫センター・センター長、リンパ超微小外科臨床修練プログラムディレクター
日本マイクロサージャリー学会 会員日本リンパ学会 会員日本静脈学会 会員日本脈管学会 会員日本手外科学会 会員日本乳癌学会 会員日本頭頸部癌学会 会員日本微小循環学会 会員日本外科学会 会員日本臨床外科学会 会員日本形成外科学会 形成外科専門医・再建・マイクロサージャリー分野指導医
東京大学医学部を卒業後、形成外科医として国内外で再建手術を執刀し臨床経験を積む。スーパーマイクロサージャリーの技術を用いて超微小血管・リンパ管を9000本以上吻合してきた。この高い再建技術を学ぶために海外からも多くの医師が訪れている。
山本 匠 先生の所属医療機関
「リンパ浮腫」を登録すると、新着の情報をお知らせします
本ページにおける情報は、医師本人の申告に基づいて掲載しております。内容については弊社においても可能な限り配慮しておりますが、最新の情報については公開情報等をご確認いただき、またご自身でお問い合わせいただきますようお願いします。
なお、弊社はいかなる場合にも、掲載された情報の誤り、不正確等にもとづく損害に対して責任を負わないものとします。
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。