ビタミンD欠乏性くる病・骨軟化症は、ビタミンDの欠乏により発症する骨の病気です。「くる病・骨軟化症」という病気の名前を耳にしたことがなく、珍しい病気だと考えている方も多いかもしれませんが、患者さんはおよそ1万人~1万5千人にひとりだといわれています。アレルギーや長期療養などにより誰でも発症する可能性があり、未診断の患者さんが多いとも考えられています。
今回は、ビタミンD欠乏症くる病・骨軟化症とはどんな病気なのか、東京大学医学部附属病院 伊東伸朗先生にご解説いただきました。
ビタミンD欠乏性くる病・骨軟化症は、ビタミンDが欠乏することで、石灰化障害(骨の石灰化が妨げられること)が起こる病気です。くる病と骨軟化症は発症時期で分類されます。子どものときに発症すると「くる病」、大人になってから発症すると「骨軟化症」です。
発症すると、強い骨の痛みや筋力低下などの症状があらわれます。また、症状が長期にわたって続くと、靭帯の石灰化や関節症などが起こって治療が困難になる場合があります。なるべく早く受診し、適切な治療を受けることが重要です。
ビタミンDは、骨の代謝(古い骨が新しい骨に入れ替わるしくみ)に不可欠な栄養素です。ビタミンDが欠乏すると、血中のカルシウム・リンの濃度が低下し、下記のような異常が引き起こされることがあります。
ビタミンDが欠乏すると、血中のカルシウム濃度が低下します(低カルシウム血症)。そのとき、血中のカルシウム濃度を上げるために、副甲状腺ホルモン(PTH)が分泌されます。
副甲状腺ホルモン(PTH)は、血液中のカルシウムを増加させるためのホルモンです。腎臓でのカルシウムの排泄を減らすはたらきと、骨のなかに存在するカルシウムを血液中へ送るために骨を溶かすはたらきをもちます。過剰にはたらくと、骨粗しょう症を引き起こします。
ビタミンDが欠乏すると、血中のリン濃度が低下します。(低リン血症)。すると、強い骨を形成する「ハイドロキシアパタイト」という、カルシウムとリンによって構成されている成分が不足します。このとき、本来であれば石のように固いはずの骨が、細胞成分が多くて柔らかい骨になってしまいます。
子どもの場合、およそ1万人~1万5,000人に発症することがわかっています。大人の発症例については、日本では正式な統計データは発表されていません。
ビタミンD欠乏性くる病・骨軟化症は、日本では戦前などの栄養環境の悪い時代にはよく知られていたものの、栄養環境が良くなった現在では、医師の間でもあまり認識されなくなってきました。
しかし、後に書くように、現代でもさまざまな原因によりビタミンD欠乏性くる病・骨軟化症を発症している患者さんが一定数存在します。病気の認識が低くなってきたことから、未診断の患者さんや、リウマチ・変形性関節症・骨粗しょう症などと誤診されて間違った治療をされている患者さんが多くいると考えられています。
正しく診断されて早期に治療を受ければ、骨の状態を改善させることができる病気です。
ビタミンD欠乏性くる病・骨軟化症は、ビタミンDの欠乏によって引き起こされる病気です。しかし、ビタミンDが一時的に欠乏したとしても、くる病・骨軟化症の症状が出る前に再度充足できることがほとんどです。
多くの場合、食材からも日光からもビタミンDが補充できないときに発症しやすいと考えられています。
ビタミンDは、キノコ類、鮭などの魚に多く含まれている栄養素です。これらの食材をまったく食べないという方は、ビタミンDが不足する場合があります。
ビタミンDは、日に当たると皮膚の下で産生される栄養素です。そこで、外出して日にあたる機会がない場合には、ビタミンDが不足する場合があります。
環境省によれば、ビタミンDの充足に必要な日光の照射時間は、1日1回、日向で15分間(両手の甲に照射・平均的な食事の摂取は必要)とされています。なお、季節、気候や緯度によって異なります。
神経性やせ症とは、摂食障害のひとつに分類される病気です。過度の食事制限を行うなど、食事がうまく食べられなくなってしまった状態のことをいいます。ビタミンDが含まれる食材を摂取する機会が少なくなるため、ビタミンDが不足しやすいといえます。それに加えて、外出の頻度が少ない場合には、ビタミンD欠乏性くる病・骨軟化症を発症する可能性が高くなります。
さまざまな食材への食物アレルギーと、日光過敏症がある場合、ビタミンD欠乏性くる病・骨軟化症を発症する可能性があります。たとえば、ビタミンDを含む食材(キノコや鮭など)が食べられず、日光過敏のため日傘や日焼け止めクリームが欠かせないという場合です。
入院中で外に出る機会が少ない方は、日光を浴びる時間が少なくビタミンDが不足しやすいと考えられます。さらに、下記のような状況が重なると、くる病・骨軟化症を発症する状況になりやすいと考えられます。
炎症を抑えたり、免疫の働きを弱めたりする薬です。ステロイドには、ビタミンDの吸収や活性化を阻害する作用があることが知られています。
遺伝子との関連については、はっきりしたことはわかっていません。ただし、遺伝子がかかわる可能性はあると考えられています。なぜなら、ビタミンDの不足が軽度であるにもかかわらず、その影響を受けやすい方がいるからです。
食生活には問題がないのに外出する時間がちょっと短かったというだけで、ビタミンD欠乏症の症状が出てしまう場合には、遺伝子の軽度の変化がかかわっているのかもしれません。
2018年現在、ビタミンDが少しでも不足するとビタミンD欠乏性くる病・骨軟化症を発症するケースについての研究報告はなく、治療法の確立していないことが課題となっています。
推測されることのひとつとして、ヒトが体内に取り込んだビタミンDを活性化させるはたらきを持つ酵素(1α水酸化酵素)や、活性型ビタミンDの受容体をコード*する遺伝子に軽度の変異がみられるとき、ビタミンD欠乏症の影響を受けやすくなるのではないか、と考えています。なお、これらの遺伝子の重度の変異は、「ビタミンD依存症」という生まれつきの病気を起こします。
今後もビタミンDのさらなる研究が期待されています。
コードする…DNA上に、ある特定の遺伝情報が存在していること。
東京大学医学部附属病院 難治性骨疾患治療開発講座 特任准教授、骨粗鬆症センター 副センター長
東京大学医学部附属病院 難治性骨疾患治療開発講座 特任准教授、骨粗鬆症センター 副センター長
日本内科学会 総合内科専門医・内科指導医日本内分泌学会 内分泌代謝科専門医・内分泌代謝科指導医・評議員日本糖尿病学会 糖尿病専門医・糖尿病研修指導医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医日本骨粗鬆症学会 認定医・評議員日本骨代謝学会 評議員
糖尿病、高血圧や内分泌疾患全般を診療しているが、その中でも骨粗鬆症や原発性副甲状腺機能亢進症、くる病・骨軟化症といった骨代謝疾患の診療を専門としている。特に生理的なリン濃度調節因子であるFGF23が関連する疾患に関しては世界に先駆けた臨床研究・基礎研究を行っている。
「東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 内分泌骨ミネラル代謝研究グループホームページ」
https://plaza.umin.ac.jp/bone-mineral-lab/
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