インタビュー

子どものインフルエンザ対策について――ワクチン接種の疑問を医師が解説

子どものインフルエンザ対策について――ワクチン接種の疑問を医師が解説
齋藤 昭彦 先生

新潟大学 大学院医歯学総合研究科小児科学分野 教授

齋藤 昭彦 先生

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子どもや高齢の方は重症化のリスクもあるインフルエンザ。流行懸念の話題が毎年挙がるものの、過去2シーズン(2020年~2021年、2021~2022年)の感染者数の報告は非常に少ないものでした。しかし、新型コロナウイルス感染症ワクチン接種が進んだことや政府の骨太の方針により国内はもちろん国際的な人の往来がさらに活発になってくることで、今シーズン(2022~2023年)は状況が変わってくるかもしれません。

単発的な流行であったもののすでに学年閉鎖の発生報告もあり、今シーズンはインフルエンザに対してどのような策を講じるべきなのか、またお子さんにワクチンを接種させるべきなのか、不安を抱えている親御さんも多いのではないでしょうか。

今回は新潟大学 大学院医歯学総合研究科小児科学分野 教授の齋藤 昭彦(さいとう あきひこ)先生に、お子さんのインフルエンザ対策のために親御さんができること、またワクチン接種の重要性について、詳しくお話を伺いました。

過去2シーズン(2020年~2021年、2021~2022年)はインフルエンザの感染者数が非常に少なく、小児の医療現場においてもインフルエンザの患者さんはほとんどみられませんでした。

その大きな理由の1つとして、昨今の新型コロナウイルス感染症の流行による生活習慣の変化が考えられます。インフルエンザは、飛沫が中心ですが、接触で感染することもあります。ですので、マスクの着用や手指衛生の徹底などのコロナ対策によってインフルエンザの広がりが抑えられた可能性があります。

もう1つの大きな理由として、インフルエンザの流行は、人の移動が大きく関係しています。インフルエンザウイルスは、オセアニアから東南・東アジアを経由して日本へというルートが一般的です。過去2シーズンはコロナにより人流がストップし、ウイルスが国外から持ち込まれる機会がほとんどなかったことも、流行しなかったことに大きく貢献したと思います。

さらには、新型コロナウイルスとインフルエンザウイルス、2つのウイルス同士の干渉作用による可能性も考えられます。あるウイルスが流行しているとき、ほかのウイルスの流行が抑えられることは、これまでも他のいくつかのウイルスで報告されています。

では、人流が活発になりつつある今シーズンはどうなるのでしょうか? 南半球のオーストラリアのデータでは、すでにインフルエンザの流行が確認されています。向こうの冬場である5~6月に感染者数が急激に増えてピークに達した後、7月上旬にかけて大きくピークアウトしていますが[1]、感染者の累積数はコロナ禍前の例年と同等になると考えてよいでしょう。日本もオーストラリアと同じような流行をたどるのであれば、コロナ禍前の例年と同規模の流行をきたす可能性があります。

しかしながら正確に流行を予測することはできません。インフルエンザの症例数の決定には多くの要素が絡み合っています。

症例数が増える要素としては、今シーズンは感受性のある人(感染する可能性がある人)が極めて多いことが挙げられます。この2シーズン、インフルエンザに感染しなかった人が非常に多く、今シーズンは感染する可能性が高いということです。それにより、流行ピーク時の感染者数が例年より増える可能性があります。

一方で症例数が減る要素もあります。たとえば今後、国民のインフルエンザのワクチン接種に対する興味・関心が非常に高まり、ワクチン接種率が上昇すれば、集団免疫が獲得され、絶対的な症例数が減ることになるでしょう。また、コロナ禍の新しい生活習慣となった日々の感染対策が継続されるのは間違いなく、感染者数を抑えられるかもしれません。さらには先述の新型コロナウイルスとの干渉があれば、より数を抑えられる可能性もあります。

このように多くの要素のバランスにより、最終的な患者数は決まっていくと考えられます。

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前述のとおり、今シーズンはコロナ禍前と同規模でインフルエンザが流行する恐れがありますが、ワクチン接種をはじめとした“子どものインフルエンザ対策”は、流行の有無にかかわらずしっかり行い、準備しておくことが大切です。なぜならインフルエンザは、子どもが罹患すると重症化するリスクがあり、また、一部の患者さんは命に関わる可能性もあるからです。

インフルエンザは38℃以上の発熱や頭痛、関節痛、筋肉痛、全身の倦怠感などに加え、喉の痛み、鼻汁、咳などの症状がみられますが、通常は発症して数日間で回復します。しかしながら、一定の頻度で症状が重くなり、合併症をきたすことがあるのです。

特に子どもに懸念されるのは、下記に挙げられる重い合併症です。

インフルエンザ脳症

インフルエンザ感染の経過のなかでウイルス感染による脳の影響によって、急な意識障害、けいれんなどの症状が起こります。病態が急に進行するので、救急車で搬送されることが多く、脳の画像検査では脳全体にむくみがみられます。死に至ることもある大変怖い病気です。死亡率は約8~9%、身体障害、精神障害の後遺症は約25%の子どもにみられるといわれています[2]

なお、脳症と異常行動(高い建物から飛び降りてしまうなど)との関連については、発熱によるせん妄の影響であることも考えられ、詳しくは明らかになっていません。

心筋炎

インフルエンザウイルスそのものが心臓の筋肉に炎症を起こし、心臓のポンプ機能が低下して体に十分な血液を運ぶことができなくなってしまいます。かぜのような症状や嘔吐、腹痛などの消化器の症状からはじまり、進行すると胸痛、呼吸困難といった症状をきたします。なかには亡くなるお子さんもいます。

肺炎、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)

通常インフルエンザウイルスは喉などの上気道に感染しますが、肺などの下気道に感染することもあります。ウイルスの型によって違いはありますが、特に2009年に大流行したA型(H1A1)は肺炎を起こしやすいことが知られています。

肺炎が重症化すると体の中で炎症を処理できなくなり、過剰な免疫によって肺が攻撃されて急性呼吸窮迫症候群を引き起こすことがあります。重篤な呼吸不全が現れ、救命処置や集中治療を行っても、命を落とすことがあります。気管内挿管して人工呼吸をしないと救命できないことが多く、ICU(集中治療室)での治療となります。長期間の入院も必要となり、非常に侮れない合併症です。

基礎疾患をもつ子どもや免疫の弱い子どもは重症化のリスクが高いことが知られています。特にチアノーゼのある先天性心疾患のお子さんや、喘息などの慢性の呼吸器疾患をもつお子さんなどです。

しかしインフルエンザの問題は、昨日まで普通に元気だった健康なお子さんでも重症化が起こり得ることにあります。

前日まで元気にしていたお子さんが翌日ICUに入って生死をさまよっている、というケースもあります。私たち小児感染症を専門とする医師は、毎年冬場にそのような状況に接することが多々あります。ワクチン接種は、重症化予防に大きな役割を果たしますが、そのような患者さんの親御さんとの会話の中で、「ワクチンを接種していればこんなことはなかったのかも……」と言う親御さんの後悔の念は計り知れません。実際の医療の現場を知る立場からも、しっかりとワクチンを接種するなどの予防策を講じることの重要性を強くお伝えしたいです。

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マスクの着用、手指衛生、人混みを避けることなど、まさに現在のコロナ禍で定着した感染予防対策が、そのままインフルエンザの対策につながります。

唯一違うのは“流行前のワクチン接種”です。インフルエンザはインフルエンザのワクチンがあり、新型コロナウイルス感染症と異なり毎年流行する時期がほぼ決まっています。したがって、接種できる時期が来たら流行より早めに接種して備えることができるのです。

ワクチンには“感染を防ぐ効果”があります。これは、ワクチンによって効果が異なります。一方で、“重症化を防ぐ効果”もありますが、多くのワクチンはこの効果のほうが大きいです。

インフルエンザワクチンは、まずWHO(世界保健機関)によって毎年南半球で流行しているウイルス株に対応したワクチン株が選定されます。そして日本では国立感染症研究所でその候補の中から流行予測や有効性、供給可能量を考慮したうえで株が選択され、各製薬会社がそれを基に製造します。流行するウイルス株とワクチンで作られた株が一致すると効果が高くなり、一致しないと効果は低くなります。

これまでの国内のデータでは、感染予防効果はA型に対して60~80%程度有効で、重症化予防は、株が一致するかに加えて接種を受けた人の年齢や罹患歴などにも影響されますが、入院の予防効果は76%と報告されています[3]

どちらにせよ効果は100%ではありません。また、南半球で流行したウイルス株が国内でも同様に流行するかどうかも予測不可能です。しかしこれまで多くの場合、そのルールにしたがって流行していますので、先に流行している株から予測されたワクチンを確実に接種することは、私たちにできる最大限の対策となります。

日本のインフルエンザの流行パターンは、子どもから流行がはじまって大人に移行することが多いです。ですから、ワクチンが接種可能な時期が来たらまずは子どもの接種を検討しましょう。

しかしながら大人も感染するリスクにさらされる機会は多く、大人から子どもに感染するパターンもあります。子どもを守るためにも、子どもを取り巻く大人も感染対策とともにワクチン接種をし、家庭内で集団免疫を作り上げることが大切です。

私は親御さんにワクチンの説明をするとき、車のチャイルドシートを例にお話ししています。なぜ子どもをチャイルドシートに座らせるのか。それは万が一交通事故に遭ったときに子どもが大きな外傷を負わないためのあらかじめの対策です。実際、交通事故に遭うとは誰も思っていませんので、あくまで万が一を考えてのことです。

ワクチンもチャイルドシートと同じで、前提として重い病気が起こることはまずない。でも重症化する万が一の可能性があるので、それを防ぐための接種なのです。“リスクを最小化するために行動する、準備をしておく”ことは、とても大切な概念であると思っています。

もしインフルエンザと新型コロナウイルス感染症が同時に流行した場合、小児診療の現場においても重症の入院患者さんが増えて医療体制がひっ迫する可能性があり、非常に大きな問題になることが想定されます。幸いにも昨シーズンまでは新型コロナウイルス感染症の小児の重症者の報告はそう多くはありませんでしたが、一定の割合で必ず重症例は出ます。現在の第7波のように、子どもの感染者が増えれば当然重症者も増えています。医療がひっ迫して入院することができない、あるいはICUのベッドが埋まって救命できないといったことも危惧されます。

また家庭内にも感染が広がれば、学校や保育園などの通学・通園ができない、それによって親御さんの仕事ができない、そして社会活動が止まってしまう可能性があります。新型コロナ単独の流行と比べて、さらに拍車がかかることでしょう。

ワクチン接種は、唯一積極的に行える対策ですので、新型コロナウイルス感染症とインフルエンザ、両方のワクチンを確実に接種することが重要となります。

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インフルエンザワクチンの接種を検討するにあたり、親御さんからよく聞かれる疑問点をまとめたので、参考にしてみてください。

今シーズンの流行時期はまだ不明ですが、日本では例年12月頃から流行し、1~2月に流行のピークを迎えています。ワクチン接種から効果が出るまでに2週間ほど必要なので、例年どおりの流行であれば、11月頃までに接種を済ませるとよいでしょう。

また、13歳以上は原則1回接種、6か月以上13歳未満のお子さんは2回接種が必要とされています。そのシーズンの流行に合わせて作られるワクチンは異なるため、毎年接種が必要です。昨シーズンはワクチンの供給量が足らず、接種できなかったお子さんもいらっしゃったようですが、初めての接種の場合は確実に2回、それ以降は、少なくとも1回は接種できるようにしていただければと思います。

2022年7月よりインフルエンザワクチンと新型コロナウイルスワクチンの同時接種が可能になりました。ただし、インフルエンザ以外のワクチンと新型コロナウイルスワクチンの同時接種は、子どもの接種に関するデータがまだ蓄積されていないため実施できません。新型コロナウイルスワクチン接種の前後2週間、間隔を空けることが必要になります。例外として、創傷時の破傷風のワクチンなど緊急性を要するものは、2週間を空けずに接種できます。

インフルエンザワクチンとほかのワクチンに関しては、接種間隔を空けなくてはならないものはありません。たとえばインフルエンザワクチンの接種翌日に肺炎球菌やB型肝炎麻疹(ましん)風疹(ふうしん)のワクチンなどを接種しても問題ありません。

接種した部位の痛み、腫れ、赤みなどの副反応が起こることがあります。また、軽く熱が出ることもあります。しかし一過性であり、通常2~3日でなくなることがほとんどです。また、まれですがワクチンを接種した直後(多くは30分以内)にアナフィラキシーの症状(発疹(ほっしん)かゆみ、呼吸困難感など)が出ることがあります。

これまでのワクチンの開発の歴史や安全性のデータから見ても重い副反応はまず起こりません。血小板減少性紫斑病ギラン・バレー症候群という末梢神経障害(まっしょうしんけいしょうがい)の報告はありますが、これらは極めてまれな報告であり、因果関係はつかめていません。

明らかな発熱のある方、急性疾患にかかっていて接種後に具合が悪くなることが予想される方、これまでインフルエンザのワクチンを接種してアナフィラキシーを起こした方は接種できません。

予診票に鶏卵アレルギーに関する項目がありますが、アレルギーがあったとしても接種できます。インフルエンザのワクチンは鶏卵から作られているため、卵に対してアレルギーがあると接種できないと言われることがあるようです。しかし国内で作られているインフルエンザのワクチンは、アレルギー反応を誘引する“オボアルブミン”というタンパクの量が極めて少なく、卵アレルギーを心配しなくてよいレベルの含有量です。

ただ、アレルギーは程度がさまざまですので、激しいアレルギー症状のあるお子さんに関しては、アレルギーを専門とする医師に相談してから接種するとよいでしょう。

子どものインフルエンザワクチンは任意接種のワクチンで、費用は基本全額自己負担となります。医療機関によって異なりますが、1回3,000~5,000円程度です。市区町村によって独自の助成事業を行っていることもありますので、各自治体に確認してみるとよいでしょう。

親御さんの中には、ワクチンの添加剤による健康被害があるのではないかと不安に思われている方も多くいらっしゃるようです。しかし、過去にエチル水銀(チメロサール)と発達障害との関連が指摘されたことはあったものの、近年の研究で関連はないとされています。また現在日本で製造されているのは、エチル水銀を除去したワクチンや、減量したワクチンです。

インフルエンザで重症化するかどうかは予測のできないことであり、この予測のできない状況にさらされてしまうのはとても怖いことです。ほとんどのお子さんは罹患しても数日熱が出る程度で、抗インフルエンザ薬を発症後48時間以内に服用すれば熱が1~1.5日程度早く下がり、その後、回復します。しかし一部のお子さんは脳症や心筋炎肺炎などの合併症により重症化してしまうことがあるのです。

命を落とす、けいれんが止まらなくて不可逆的な後遺症が残る、一生寝たきりになる、心筋に障害が出て運動制限がかかってしまう……そのような重いインフルエンザの患者さんを、私たち小児感染症を専門とする医師は多く見てきました。親御さんたちと話をし、インフルエンザワクチンを接種しなかったことへの後悔を聞くと「ただ知らなかった」で済ませてはならない、もっと我々専門家がしっかりワクチンについて伝えなくてはならない、と感じています。

チャイルドシートの例でお伝えしたように、ワクチン接種は万が一のための備えです。費用は少しかかりますがしっかり準備し、何もなければそれはよかった、という考えで接種していただきたいです。「今年は流行しそうだから接種しよう」「流行しなさそうだから接種しなくていい」と流行に左右されることなく、毎年準備をすることが“常識”として当たり前になることを願っています。

参考文献

  1. オーストラリア保健省 「Australian Influenza Surveillance Report – 2022 Influenza Season in Australia」https://www1.health.gov.au/internet/main/publishing.nsf/Content/cda-surveil-ozflu-flucurr.htm#current
  2. 厚生労働省 インフルエンザ脳症研究班 「インフルエンザ脳症ガイドライン【改訂版】」https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/hourei/2009/09/dl/info0925-01.pdf
  3. Masayoshi Shinjoh, et al. PLoS One. 2015 Aug 28;10(8):e0136539