インタビュー

女性に多い尿失禁とその治療――QOLの低下を防ぎ、充実した毎日を送るために

女性に多い尿失禁とその治療――QOLの低下を防ぎ、充実した毎日を送るために
巴 ひかる 先生

東京女子医科大学附属足立医療センター 骨盤底機能再建診療部 教授/診療部長/泌尿器科 教授

巴 ひかる 先生

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トイレや尿もれが気になって旅行やスポーツを自由に思うように楽しめない、そんなことはありませんか。40歳以上の女性の4割以上に何らかの尿失禁(尿もれ)の症状があるとされていますが、恥ずかしさなどから受診を控えてしまっている方も少なくありません。しかし、尿失禁は放っておくとQOL(生活の質)の低下につながります。日常生活に支障をきたしてしまうため、困っている症状があるならば泌尿器科を受診し、適切な治療を受けることが大切です。

今回は、東京女子医科大学附属足立医療センター 骨盤底機能再建診療部 泌尿器科の教授を務める(ともえ) ひかる先生に女性の尿失禁とその治療についてお話を伺いました。

尿失禁とは、自分の意思とは関係なく尿がもれてしまう症状です。なお、少しでも尿がもれてしまうならば、尿失禁と捉えます。

40歳以上の女性の4割以上に何らかの尿失禁の症状があるといわれており、そのうち腹圧性尿失禁が約50%、切迫性尿失禁が約20%、混合性尿失禁が約30%、その他の原因による尿失禁が約3%を占めています。

代表的な尿失禁のタイプについてご説明します。

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重いものを持ち上げる、咳やくしゃみをするなどしてお腹に力がかかったときに起こる尿もれを腹圧性尿失禁といいます。妊娠・出産などにより骨盤底筋がダメージを受け膀胱や尿道を骨盤内で一定の位置に保つことができず、尿道の支えが悪くなるために起こります。ほかにも妊娠・出産、重いものを持つ、排便時に毎回力む、肥満や加齢といった理由で尿道を締める尿道括約筋(にょうどうかつやくきん)が傷むことも原因となります。

特に更年期以降は女性ホルモンが低下し、尿道を閉じる圧が弱くなってしまうため少しの腹圧でも尿もれが起こりやすくなることが知られています。

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急に強い尿意に襲われ、トイレに駆け込んでも間に合わずに尿がもれてしまう症状を切迫性尿失禁といいます。切迫性尿失禁の主な原因は、過活動膀胱(尿意切迫感を伴い、日中および/あるいは夜間に頻尿をきたしたり、尿失禁を起こしたりする症状症候群)です。

過活動膀胱が起こる原因は神経の異常による神経因性と、神経には異常がない非神経因性の2つに大きく分けられます。神経因性の要因として、脳血管障害脳梗塞(のうこうそく)脳出血くも膜下出血)の後遺症や腰部脊柱管狭窄症ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)*パーキンソン病**などが挙げられます。非神経因性の要因としては骨盤臓器脱***、骨盤底の脆弱化などが挙げられます。なお、過活動膀胱は年齢が上がるにつれて有病率が高くなることが明らかになっています。

*腰部脊柱管狭窄症:加齢や労働、病気などにより神経の通る脊柱管が狭くなり、神経が圧迫を受けることによりしびれや痛みが出る病気。
**パーキンソン病:脳内のドーパミンの減少によって筋肉が固まったり震えが起きたりする病気。
***骨盤臓器脱:骨盤内の膀胱や子宮などの臓器が腟の外に出てしまう病気。

切迫性尿失禁は自分の意思とは関係なく急にトイレに行きたくなって尿がもれてしまうため、外出時などに困ってしまう場面があるといえるでしょう。それゆえに、腹圧性尿失禁よりもQOLの低下につながりやすいといわれています。

腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁の2つの症状が両方ある場合を混合性尿失禁と呼びます。混合性尿失禁は、閉経後に多い尿失禁です。

その他の尿失禁はさまざまありますが、代表的なものとして溢流性尿失禁(いつりゅうせいにょうしっきん)が挙げられます。溢れ出るように尿がもれる溢流性尿失禁は、子宮がん直腸がんでリンパ節郭清などの拡大手術を受けた後やコントロール不良の糖尿病によって末梢神経(まっしょうしんけい)がダメージを受けることで生じます。

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尿もれの症状で実生活に何らかの支障が出て困っている、改善したいという方は泌尿器科を受診してください。近年は過活動膀胱による切迫性尿失禁であれば内科でも薬を処方することが可能ですので、かかりつけの内科に相談するのもよいでしょう。ただし、内科では切迫性尿失禁と腹圧性尿失禁を鑑別することが難しい場合もありますので、どちらの尿失禁か分からない場合には泌尿器科への受診をおすすめします。

尿失禁で泌尿器科を受診された方に対しては、問診と尿検査を行います。尿検査では、膀胱炎膀胱がんといった病気や、切迫性尿失禁を起こす原因になり得る病気が隠れていないかを調べます。

過活動膀胱症状スコア(OABSS)

問診により過活動膀胱を疑う場合には、過活動膀胱症状スコア(OABSS)と呼ばれる質問票を使用し、尿意切迫感や排尿回数、切迫性尿失禁が週に何回あったかなどを答えていただきます。ただし、このスコアはあくまでも目安ですから、スコアをもとに丁寧に症状を伺い、どのタイプの尿失禁かを診断します。

排尿記録

いずれの尿失禁であっても、水分摂取量が多すぎるために尿量が増えていることが疑われる場合には排尿記録をつけていただきます。排尿記録などをもとに飲水量を適正にしたうえで、尿失禁や頻尿があるかを改めて確認する場合もあります。

薬の量を決めたり薬の量が適正かを確認したりするために、残尿測定検査(超音波で排尿直後の膀胱に残っている尿量を調べる検査)をすることもあります。また、主に手術を希望する腹圧性尿失禁の患者さんにはパッドテスト(パッドを用いて尿もれの量を計測する検査)を行います。

尿失禁の治療選択肢は、尿失禁のタイプごとに異なります。女性に多い尿失禁の治療法について、以下で詳しくご説明します。

腹圧性尿失禁の治療選択肢は、行動療法、薬物療法、手術療法の3つに大別されます。

行動療法

腹圧性尿失禁の行動療法として、骨盤底筋訓練と減量が効果的であるといわれています。特に、肥満は腹圧性尿失禁の要因の1つですから、運動や食事療法を組み合わせて減量を行うことで尿もれの改善が期待できます。

薬物療法

薬物療法は、軽症から中等症までの方が適応となります。治療薬であるβ₂アドレナリン受容体作動薬は以前、気管支喘息の治療に使用されていましたが、尿道括約筋に作用して尿道を閉じるはたらきがあることが分かったため、腹圧性尿失禁の治療に用いられるようになりました。なお、指先の震えや動悸などの副作用が出ることがあります。

手術療法

尿道の下に特殊なテープを通し、腹圧によって過度に動いてしまう尿道を支えて尿もれを防ぐ手術で、中部尿道スリング手術といいます。この手術には、恥骨の後ろ側に通したテープで尿道を支える“TVT手術”と、左右閉鎖孔に通したテープで尿道を支える“TOT手術”という2つの方法があります。

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TVT手術、TOT手術

手術は、重症の方はもちろん、軽症から中等症でも生活の質が低下して困る場合は適応となります。TOT手術は膀胱や腸を傷つける恐れがほとんどないためTVT手術より安全ですが、尿道括約筋が重度に傷んでいる方では成功率が低下することがあります。一方、TVT手術は成功率が高く再発率が低いですが、排尿困難やごくまれに腸管穿孔(ちょうかんせんこう)や大出血などの合併症をきたす可能性があります。

再発率や治療効果の観点からTVT手術が推奨されるケースが多いですが、高齢の方や重度の肥満の方などはTOT手術がすすめられる場合があります。

切迫性尿失禁の治療選択肢は、行動療法、薬物療法に大別されます。なお、2020年に保険適用となった薬物療法の1つであるボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法についても紹介します。

行動療法

骨盤底筋訓練、膀胱訓練を行うことで症状の改善が期待できます。多尿の方は多飲を避け、水分摂取量をコントロールして、尿量を適正化することが大切です。また、肥満の改善も効果があるといわれています。

薬物療法

切迫性尿失禁の治療では、その原因である過活動膀胱の治療を行います。つまり、過活動膀胱の治療によって過活動膀胱に伴う切迫性尿失禁の改善を図るということです。そのため、切迫性尿失禁に対する薬物療法では過活動膀胱の治療薬である抗コリン薬とβ₃アドレナリン受容体作動薬(β₃作動薬)が基本となります。

膀胱の収縮を抑えるはたらきのある抗コリン薬には口が渇きやすい、便秘になりやすい、高齢の方では認知機能の悪化を招く可能性があるといった副作用があります。そのため、高齢の方は膀胱を弛緩させる作用のあるβ₃作動薬が第1選択肢となります。若い方であれば、効果と副作用を考慮して治療薬を選択することが重要でしょう。なお、抗コリン薬は閉塞隅角緑内障(へいそくぐうかくりょくないしょう)の方は服用禁忌です。

治療効果をみながら薬の種類を変えたり、作用の異なる薬を組み合わせたりすることで、症状の改善につなげています。

ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法

2020年に保険適用になったボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法とは、膀胱鏡を用いてボツリヌス毒素を膀胱の壁に注入し、膀胱の過剰な収縮を抑える薬物療法の一種です。薬物療法を12週間以上行っても効果がみられなかった難治性過活動膀胱が対象となります。外来で行うことのできる治療ですが、効果持続期間は6~10か月間とされるため、効果を維持するためには繰り返し治療を行う必要があります。

腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁のどちらが日常生活により支障をきたしているかによって治療方針を決めていきます。行動療法と薬物療法を併せて行うことも、効果的であると考えられます。

骨盤底筋訓練とは、ゆるんでしまった骨盤底筋群を鍛え、尿もれの改善を目指すトレーニングです。骨盤底筋訓練は毎日行うことが重要ですから、寝る前や通勤中、テレビを見ているときなどに行うことをおすすめします。

日常生活に取り入れやすい、仰向けの姿勢、座った姿勢での骨盤底筋訓練の手順をご紹介します。

【仰向けの姿勢】

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  1. 仰向けの姿勢で(ひざ)を立てリラックスします。このとき、膝と膝の間はこぶし1つ分ほど開けましょう。
  2. 肛門(こうもん)から尿道までをゆっくりと10秒ほどかけて締め、10数秒かけてゆるめます。これを10回繰り返します。
  3. 2の締める・ゆるめるという動作を早いテンポで行います。これを同じく10回繰り返します。
  4. 2と3を1セットとして1日に5セット程度行います。

【座った姿勢】

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  1. 背すじを伸ばして、足を肩幅に開いて椅子に座ります。
  2. 肛門(こうもん)から尿道までをゆっくりと10秒ほどかけて締め、10数秒かけてゆるめます。これを10回繰り返します。
  3. 2の締める・ゆるめるという動作を早いテンポで行います。これを同じく10回繰り返します。
  4. 2と3を1セットとして1日5セット程度行いましょう。

【骨盤底筋訓練のポイント】

遅いテンポと速いテンポのどちらも行うことで、遅筋と速筋という両方の筋肉を鍛えることが骨盤底筋訓練のポイントです。したがって、遅いテンポの動作はゆっくりと、速いテンポの動作は短くしっかりと行うという意識で行いましょう。

なお、どちらかの方法だけでも、組み合わせてもよいので、生活に取り入れやすい方法で1日5セット程度行ってください。

膀胱訓練とは、膀胱にためることのできる尿量を増やすためのトレーニングです。過活動膀胱による頻尿や切迫性尿失禁に効果があるとされています。膀胱訓練の流れとポイントをご紹介します。

【膀胱訓練の流れ】

  1. 尿意を感じたらまずは5分、トイレに行くのを我慢します。すると、尿意がいったん消えると思います。
  2. その後、再び尿意を感じたらトイレに行きましょう。

【膀胱訓練のポイント】

尿もれが嫌だからという理由で早め早めにトイレに行ってしまうと膀胱が縮んでしまうため、ますますためられる尿量が少なくなります。トイレに行きたいと思ってもまず1度我慢して尿意をやり過ごし、再度尿意を感じる前にトイレに行けるようになることを目標にするとよいでしょう。

失敗してしまう恐れもありますから、在宅時に行うのがよいと思います。また、尿もれパッドなどを活用しながら、毎日取り組むことをおすすめします。

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尿失禁は治療可能な病気です。「高齢だから仕方がない」などと諦めずに、尿もれでお困りの方は1度泌尿器科にご相談ください。尿失禁の治療をとおしてQOLの向上につなげてほしいと思います。

もちろん治療したからといって20歳代の頃のように尿もれの心配が一切なくなるわけではありません。足腰の筋肉と同じように膀胱の筋肉も加齢とともに衰えるからです。それでも治療をすれば、尿もれを気にして外出やスポーツを控えるなど、日常生活を楽しめなくなることを避けられます。若いときを100点満点とするなら80点を目標として設定し、症状の改善に励んでいただきたいと思っています。

夜に排尿回数が多いと“過活動膀胱”と結び付けてしまう方もいらっしゃるかもしれません。しかし、過活動膀胱は夜だけでなく日中も頻尿の症状があるのが特徴です。

排尿トラブルで受診された患者さんの中には夜間のみトイレに頻繁に起き、1回の排尿量は少なくなく、普通の量が出るという方がいます。これは夜間多尿による夜間頻尿という別の病気であると考えられます。夜間多尿によって夜間頻尿を引き起こす代表的な内科疾患には、潜在性うっ血性心不全や睡眠時無呼吸症候群高血圧などがあります。夜間頻尿になる原因にはさまざまな理由が考えられますが、原因となる内科疾患がある場合はその治療を受けることが重要です。

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