腋から汗が多く出てしまい、患者さんの生活の質(QOL)を著しく障害するとされる原発性腋窩多汗症。「体質だから」「恥ずかしくて病院に行けない」と、受診をためらっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。原発性腋窩多汗症とうまく付き合いながら生活するためには、まず病院に相談することが重要だと、愛知医科大学皮膚科学講座 准教授の大嶋 雄一郎先生はおっしゃいます。原発性腋窩多汗症は治療できる病気なのでしょうか。また、日常生活でどのような対策をすればよいのでしょうか。大嶋先生にお話しいただきました。
腋の汗は、気温が高いときや運動時などの体温の上昇によって生じる“温熱性発汗”と、緊張や興奮、ストレスなどの影響を受けて生じる“精神性発汗”があります。多汗症とは、少しの不安、興奮、怒り、恐怖などで大量に発汗してしまい、それによって日常生活に支障が出てしまう病気です。また、多汗症のうち原因が分からないタイプのものを、“原発性多汗症”と呼び、そのうち腋に過剰な汗が生じるタイプを“原発性腋窩多汗症”と呼びます。原発性腋窩多汗症の場合、腋以外の場所では過剰な汗は出ないのが特徴です。脳の視床下部や前頭葉といった発汗の指令を司る場所から「汗を出せ」という命令が過剰に出されることで起こると考えられていますが、なぜ腋だけに大量の汗が出てしまうのかという詳しい原因は分かっていません。
多汗には、原因の分からない原発性多汗症に対して、甲状腺機能亢進症・褐色細胞腫などの基礎疾患があるために汗が出てしまう“続発性多汗症”があります。続発性多汗症の場合は原発性多汗症と治療の流れが異なるので、まずは問診で多汗のエピソードを聞き、原発性か続発性かをしっかりと見極めることが大事です。
また、全身から汗が出ているのか、腋だけに大量の汗が出ているかを確認することも重要ですから、問診の際には、原発性腋窩多汗症に特徴的な汗のかき方をしているかどうかを伺います。具体的には、以下のような点です。
など
このほか、実際に腋窩付近の衣服を触り、衣服の濡れ方の程度を確認することもあります。
問診で汗のエピソードが確認できたら、日本皮膚科学会の原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版に設けられている診断基準に則り、診断を確定します。明らかな原因がないにもかかわらず6か月以上にわたり腋窩の過剰な汗が認められ、以下6項目のうち2項目以上に該当する場合、原発性腋窩多汗症と診断します。
1)最初に症状がでるのが 25 歳以下であること
2)対称性に発汗がみられること
3)睡眠中は発汗が止まっていること
4)1 週間に 1 回以上多汗のエピソードがあること
5)家族歴がみられること
6)それらによって日常生活に支障をきたすこと
【原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版より引用】
重症度は、Hyperhidrosis disease severity scale(HDSS)によって判断します。HDSSでは、自覚症状の強さと日常生活への支障の程度により4段階に分類され、3または4に該当する場合を一般的に“重症”と考えます。
(1)発汗は全く気にならず,日常生活に全く支障がない.
(2)発汗は我慢できるが,日常生活に時々支障がある.
(3)発汗はほとんど我慢できず,日常生活に頻繁に支障がある.
(4)発汗は我慢できず,日常生活に常に支障がある.
の重症度に分類し,(3),(4)を重症の指標にしている.
【原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版より引用】
なお重症度は、患者さんの職業や生活スタイルによっても変化する可能性があります。たとえば、外作業中心の仕事に携わっている方で、汗が多く出ていてもそれ自体が日常的なことであれば、その方は「困っていない」ので、重症度は低くなるという場合もあります。一方で、人前に出て発表をする機会が多い仕事に就いている方や人と接する仕事に就いている方の場合、汗が出ることに強い抵抗を覚える方が多く、重症度が高くなりやすい傾向にあります。
ヨード液とでんぷんの化学反応による変色を利用し、腋のどの部位から大量に汗が出ているのかを特定する“ミノール法”という発汗検査を治療前に行うこともまれにあります。しかしこの検査は保険適用外であり、時間と手間もかかるため、最近ではほとんど実施されていません。
原発性腋窩多汗症の治療における第一選択は塩化アルミニウム溶液を用いた外用療法です。しかし現在塩化アルミニウム溶液には保険適用下で使用できる薬品が存在せず、各病院が院内製剤として薬を患者さんに渡しているという実態があります。そのため医療機関によっては処方自体を行っていない場合もあり、治療を受けられる施設は限られるのが現状です。
さらに、極端に汗の量が多い患者さんに対しては十分な効果が現れないケースもあります。
塩化アルミニウム外用療法による効果が乏しい方や、皮膚がかぶれるため塩化アルミニウム外用療法の継続が難しい方に対しては、次の治療選択肢としてボツリヌス毒素製剤の局所注射が検討されます。1回の局所注射で4か月~9か月1)程度の効果が期待できるため、この治療を受ける場合は年に1~2回の頻度で注射を打つことになります。
当院の場合は年に1回、春先(4月頃)に局所注射を行って腋窩部分の露出が増える夏を乗り切っているという患者さんが多いですが、夏だけではなく冬も汗を抑えたい方には、春先に打ったボツリヌス毒素製剤の効果が切れてきた頃に局所注射を行うこともあります。
ボツリヌス毒素製剤局所注射は、重症の原発性腋窩多汗症に対しては保険適用下で行うことができる治療法です。ただし、1回あたりの治療に時間を要するため地域の開業病院などでは導入が難しく、患者さんがこの治療を受けられる医療機関は限られます。なおかつ、細い針を用いて両腋窩に複数回注射を行うため、人によっては治療時に痛みを感じることがあるかもしれません。
マイクロ波を用いて腋窩の汗腺を破壊し、半永久的に発汗を抑える治療法(保険適用外)もあります。当院では実施していませんが、一部の美容皮膚科などで導入されており、原発性腋窩多汗症の治療選択肢の1つといえるかもしれません。
2020年11月、保険下で処方可能な原発性腋窩多汗症治療薬が登場しました。この薬は脳からの発汗命令を伝達するアセチルコリンと汗腺の受容体の結合をブロックする作用を持つ抗コリン薬を外用タイプ(塗り薬)にしたもので、塩化アルミニウムとは異なる作用で腋窩の発汗を抑えます。
さらに、この薬は保険適用であるため、全国各地の医療機関で処方することができます。このことから、たとえば今まで都心で治療を受けていた患者さんが地方に引っ越した場合でも、引っ越し先の地域医療機関で同じ薬を処方してもらうことができますから、より多くの地域の患者さんに治療を届けられる可能性があります。
なお、外用タイプの抗コリン薬を用いて治療を行う場合も、基本的には1日1回の塗布を“継続すること”が必要です。その点を考慮しても、患者さんの経済的な負担が少なくて済む保険適用下の薬が登場したことは、原発性腋窩多汗症の治療における大きな変化だと考えます。
また、外用タイプの抗コリン薬は塩化アルミニウム溶液に比べて刺激感が少なく、皮膚がかぶれる副作用も生じにくいといわれています。そのため、従来の塩化アルミニウム外用療法では皮膚がかぶれてしまうという方にとっては、治療の選択肢が広がったといえます。
原発性腋窩多汗症の患者さんのQOLは、腋の汗の症状によって著しく障害されているという報告もあります。腋からの汗を完全に止めることは難しくても、症状を抑えるための治療を保険下で受けることができる時代になりました。ですから、まずは“原発性腋窩多汗症には治療法が存在すること”を多くの患者さんに知っていただくことが大事だと考えます。そのために、今後も原発性腋窩多汗症における治療について広く啓発していく取り組みが重要になると思っています。
原発性腋窩多汗症の患者さんは、「汗染みが目立つ素材や色の衣服を着られない」「周囲の目が気になってさまざまなことに対する集中力が低下してしまう」「腋の汗で友達に不快な思いをさせないかが気になってしまう」などの悩みを抱えていることが多いようです。
腋の汗によって人とのコミュニケーションや日常生活に支障が生じていると感じている方は、自分自身のQOLを向上させるためにも治療を受けていただけたらと思います。
過去の疫学調査によると、日本における原発性腋窩多汗症の有病率は5.75%と海外に比べても高い一方で、病院を受診している患者さんの割合は6.3%にとどまっていることが知られています2)。このことから、患者さんの多くは腋汗の症状に悩んでいるにもかかわらず、治療法があることを知らない、または病院に行くのが恥ずかしいと感じているなどの理由から受診をせず、結果的に適切な治療を受けられていないことが予測できます。
この病気の問題点は、家族や友人に相談しづらいことです。特に他者の目線に敏感な学生の方や女性は、誰にも病気のことを打ち明けられず一人で悩んでいる方も多いかもしれません。しかし治療を受けることで衣服の汗染みや人の目などが気にならなくなり、生活上のさまざま悩みが解消できる可能性はあります。ですから一人で悩まず、勇気を出して一度病院を受診し、医師に相談してみてください。原発性腋窩多汗症の治療は継続して行うことが大事ですから、医師と話し合いながら治療方針について一緒に考えていきましょう。
原発性腋窩多汗症の方の中には、腋臭症(ワキガのこと)のように腋から臭いがしているのではないかが心配だという方もいらっしゃいます。
汗そのものは無臭ですので、汗が多いだけで臭いが生じることはありません。ただし、汗を雑菌が分解すると臭いが発生します。原発性腋窩多汗症の治療はあくまでも汗を抑えることが目的であり、臭いを抑える目的で行われるものではありませんが、腋が汗で湿っている状態は雑菌が繁殖しやすい環境になるので、治療を行って腋の湿潤環境を改善できれば雑菌の繁殖が抑制され、結果的に臭いが少なくなる可能性はあります。
患者さん自身で行われている対応策としては、制汗剤が第一に挙げられます。ただし制汗剤の中にはわずかな塩化アルミニウム成分が含まれているタイプもあるので、制汗剤で腋窩がかぶれてしまう場合は過度な使用を控えてください。そのほか、汗拭きシートや腋窩に敷くパッドなどを活用するのも1つの手段です。
かつて原発性腋窩多汗症は体質の一種と考えられており、病院を受診しても「体質の問題」とされていた時代がありました。また、塩化アルミニウム溶液の処方やボツリヌス毒素製剤局所注射などの治療を行っている施設は限られたため、最初に治療を行っていない病院を受診して「治療できない」と言われ、諦めてしまった方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、今では原発性腋窩多汗症は医療機関で治療できる時代になりつつあります。最近では保険適用下で受けられる治療法も広がって、自分に合った形の治療を選べるようになりました。
以前私が診た患者さんの1人に、原発性腋窩多汗症は治療できることをお伝えした瞬間、感極まって涙を流した方がいらっしゃいました。そのくらい、この病気が“治療できるようになったこと”は非常に大きな変化なのだと思います。
かつて「治療がない」「体質だから仕方ない」と言われて諦めてしまった方も、勇気を出してもう一度病院を受診してみてください。そして、あなたに合った治療を受けていただきたいと思います。
出典
1)大嶋雄一郎ほか:西日本皮膚科, 75 (4): 357-364, 2013
2)日本皮膚科学会『原発性局所多汗症診療ガイドライン 2015 年改訂版』
愛知医科大学 皮膚科学講座 准教授
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