骨髄異形成症候群(MDS)は、比較的高齢者(特に60歳以上の方)に多い疾患です。あらゆる血液細胞のもとになる細胞(造血幹細胞)のDNAに傷がつき、血液細胞がうまく作れなくなります。その結果、赤血球が減少する貧血、血小板の減少、白血球の減少がおきます。また、急性骨髄性白血病を発症しやすい、という特徴があります。
今回は、筑波大学血液内科の千葉滋先生に、骨髄異形成症候群の種類や原因、症状などについてお話をうかがいました。
骨髄異形成症候群(MDS)とは、あらゆる血液細胞を作り出すもとになる細胞(造血幹細胞)のDNAに異常が起こり、これらの細胞が自分のコピーを増やして異常な形態の血液細胞を作り出す一方、正常な血液細胞が減少してしまう疾患です。またこの疾患には、急性骨髄性白血病*になりやすいという特徴もあります。
急性骨髄性白血病…造血幹細胞や造血前駆細胞(造血幹細胞に比べると、どの血液細胞を作るかの方向性が少し定まったものの、以前として未熟な細胞)が骨髄の中でがん化し、「芽球」と呼ばれる状態のまま全く造血せずに無制限に増え、血液の中にもどんどん流れ出してくる疾患。
60歳以上の方に発症することが多く、年齢を重ねるほど発症率は高くなります。70歳以上の方では、10万人あたり年間約30人以上が新しく骨髄異形成症候群と診断される、と推定されています。また、理由はわかっていませんが、女性よりも男性の発症頻度がだいぶ(日本の調査では1.9倍)高いことも知られています。
骨髄異形成症候群は、塊り(腫瘤)を作ったり、組織を破壊したりするわけではなく、この点では、いわゆる「がん」とは似ていません。しかし、この疾患を発症する原理は実はがんと似ています。つまり、骨髄に住んでいる造血幹細胞のDNAに傷がつき、この細胞がまわりの正常な細胞を押しのけて自分のコピーを増やしていきます。このコピー細胞は、がん細胞のような振る舞いはせず、一定程度血液細胞を作りますが、あまり上手に作れなかったり、途中で作るのをやめたまま死んだりしてしまいます。この状態は無効造血と呼ばれ、骨髄の細胞数は増えるのに、白血球、赤血球、血小板といった血液細胞がいずれも減少していきます。
骨髄異形成症候群患者の血流中の血液細胞や、骨髄中の造血細胞を、顕微鏡で観察すると特徴的な形態異常を示します。これは「異形成」と呼ばれます。病名は、この観察からつけられたものです。
骨髄異形成症候群は、大まかには、急性骨髄性白血病に特徴的な「芽球」が一定程度まで増加しているのか、そうでないのか、で分けます。また、芽球が増加していないタイプは、環状鉄芽球と呼ばれる、鉄が環状に溜まって見える細胞が増加しているか否か、などで分けます。
「芽球」は、顕微鏡では丸い大きな核をもつ細胞として観察され、造血過程が進んでいない未熟な細胞です。骨髄異形成症候群は、この芽球の割合が骨髄にいる造血細胞の20%未満と定義されています。20%以上の場合には、急性骨髄性白血病と診断されます。つまり、骨髄異形成症候群を引き起こすDNAの異常がおきると、「芽球」が少し増えることがあるものの、発病した時点では20%には達しないのです。これに対し、はじめから急性骨髄性白血病として発病するようなDNAの異常がおきると、発病時点で「芽球」が20%以上になるわけです。ただし、芽球の割合が多いほど、骨髄異形成症候群から急性骨髄性白血病に移行しやすいことがわかっています。このように骨髄異形性症候群から二次的に発生する急性骨髄性白血病は、はじめから急性骨髄性白血病として発病する疾患とは成り立ちが異なります。
一方、「芽球」が少ない(骨髄の造血細胞の5%未満の)骨髄異形性症候群患者さんは、急性骨髄性白血病になる可能性が健康なヒトに比べれば高いのですが、「芽球」が多いタイプの骨髄異形性症候群に比べると低いことがわかっています。
骨髄異形成症候群の患者さんには、以下のような症状が出現します。
医学的に貧血というのは、赤血球が減ることを意味しています。赤血球は、肺から体のあらゆる組織に酸素を運ぶ働きをしています。このため、貧血になると、体の隅々で酸素が足りなくなります。このような酸素不足は、体がだるい、疲れやすいといった症状として現れます。
一方、組織が酸素不足になると、心臓は多くの血液を体に流すことで組織に赤血球を送ろうとしますし、また肺はより多く呼吸をして酸素を取り入れようとします。こうした心臓や呼吸の働きは、動悸や息切れといった症状として現れます。さらに貧血が悪化すると、脳の血管の拍動や拡張が刺激になって、頭痛が生じます。
血小板は、出血を止める働きをしています。そのため、血小板が減少した場合は、出血しやすい、止血しにくい、といった症状が現れます。たとえば、腕や足をぶつけていないのに痣ができたり、搔きむしっていないのに、紫斑(赤い斑点)ができたりします。
もう少し進行すると、歯茎や口腔粘膜など、粘膜からの出血が出現するようになります。女性の場合は、生理の出血が多くなることもあり、血圧がさがるほど出血することもあります。頭の中に出血するようなことがあると、命にかかわります。
骨髄異形性症候群では、白血球の中で特に好中球という白血球が減少します。好中球は、細菌を食べる働きをしています。たとえば、肺に細菌が入り込んだ場合、健康な状態であれば少量の細菌は好中球が食べてくれるので何もおきないところ、好中球が減少すると、少量の細菌でも肺炎になってしまいます。あるいは、ニキビは毛嚢に細菌が入り込んで炎症を起こした状態(毛嚢炎)ですが、好中球が減少した状態では、毛嚢炎が重症化することもあります。さらに、私たちの大腸には多量の細菌が存在し、ある意味で体の一部として共存しています。ただし、この共存関係は、細菌が粘膜を超えて体に侵入するとすぐに好中球が食べてくれる、という条件で成立しています。好中球が減ると、この平和な共存関係がくずれ、細菌が粘膜の内側に入り込むために、感染症が成立してしまいます。
骨髄異形性症候群は、3種類の血液細胞がうまく作られずに減少する疾患ですが、こうした意味でよく似た疾患として再生不良性貧血という疾患が挙げられます。貧血、血小板減少(出血しやすい)、白血球減少(特に好中球減少により感染症にかかりやすい)が起きている一方、他の臓器には異常がないため、症状から鑑別することは困難です。
しかし、骨髄検査を行うと鑑別できます。骨髄異形成症候群では異常造血幹細胞のコピーにより、形のおかしい造血細胞が正常より増えていることはすでに述べたとおりです。これに対し、再生不良性貧血は造血幹細胞そのものが減っており、骨髄の中で造血細胞が減少しています。例えて言うと、骨髄異形成症候群は、骨髄という血液工場の中でどんどん製品を作ろうとしているものの、不良品ばかり作っているので、血流という市場まで製品が出回らない。これに対し、再生不良性貧血では、血液工場である骨髄で生産そのものがストップしてしまった状態、ということになります。
2017年現在、日本に何人の骨髄異形成症候群の患者さんがいるのかという正確な数字はわかっていません。
ただ、骨髄異形成症候群は高齢者の疾患であり、日本では急速に高齢化が進んでいます。その高齢者の約10人に1人に貧血があるといわれています。血圧や糖尿病などで病院に通っている方に多少の貧血があったとしても、「高齢者だからこの程度の貧血は許容範囲」と判断されることは少なくありません。そのような患者さんのなかに、骨髄異形成症候群が相当数隠れている可能性があります。
私たち血液内科がみている患者さんは氷山の一角にすぎず、骨髄異形成症候群の本当の患者数、または、予備軍とされる方の数はわかっていないのです。
記事2『骨髄異形成症候群(MDS)の検査と治療 年齢・予後予測を考慮した治療法とは』では、骨髄異形成症候群はどのような検査をして診断されるのか、移植治療や支持療法などの治療法について詳しくご説明します。
筑波大学 医学医療系血液内科 教授
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