聴く力で相手の思考を想像する

昭和大学医学部産婦人科学講座 准教授
松岡 隆 先生

聴く力で相手の思考を想像する

周産期医療で臨床と教育に力を注ぐ松岡隆先生のストーリー

公開日 : 2017 年 09 月 01 日
更新日 : 2017 年 09 月 01 日

興味を追求するうちに父と同じ職業へたどり着いた

父親は町の産科医でした。小学2年生の頃、私の日記にはすでに「将来は医者になる」と書いてあります。今では考えられないくらい、当時は素直な子どもだったのでしょう。中学に入ると、医者以外の仕事、たとえば総理大臣や銀行マンに憧れました。無意識のうちに「決められたルールに乗せられたくない」と思い始めたのかもしれません。

勉強は嫌いではなかったですが、読書や、教科書の内容を教わることは嫌いで、数学を勝手に勉強していました。「習う」より「考える」ことが好きなちょっと変わった少年だったと思います。結局、大した紆余曲折もなく、気付けば医学の道を選ぶことになりました。蛙の子は蛙というわけです。

親子3代(息子誕生当日、自宅の医院にて)

 

病院実習で「肌に合う」と感じた産婦人科の道へ

医学生5年目には病院に出て、さまざまな診療科の臨床実習をします。当時はクリニカル・クラークシップ制度といって、1人の指導医について実際の診療を経験する方法が行われていました。授業では内科に興味があったのですが、どうも現場にでてみると肌に合わない。産婦人科実習が始まると、思いの外楽しく、私の指導医になっていただいた西田先生の行くところすべてについて行きました。図書館でのリサーチ、手術のアシスタントから何から何まで、常に行動をともにしたものです。研究用の手術検体が出たとなれば夜中であっても構わず取りに行きましたし、突発的な出来事にワクワクしました。実習をはじめて1週間が過ぎた頃には、先頭だって教授回診に参加し、産婦人科に自分がピタリとはまった感覚を覚えます。

「俺は、産婦人科に合っている」

直感的に産婦人科を選びました。産科は、母が子を産むという物理的な現象をサポートする仕事であり、医師の裁量が少ない分野かもしれません。しかし産婦人科は自分で検査し、判断し、最終的にはゴールである出産まで結びつけることのできる他にはない診療科です。この部分は私にとって非常に魅力的で、かつやりがいを感じることができます。産婦人科を選んでから今まで、ほかの診療科への浮気を考えたことはありません。20数年、産婦人科の周産期、特に超音波医学を専門にしてきました。未だに飽きることなく楽しくエコーが出来ていますので、自分の選択は正しかったと確信しています。

一生懸命働くほどに人のためになる医師という仕事

医師という仕事の素晴らしい点は、一生懸命働くことがそのまま患者さんの喜びにつながるところです。働けば働くほど人のためになる。それも目に見える形で。こんなに気持ちのよいことはありません。

今から考えると、私が産婦人科の医師になったのは、八百屋の息子が八百屋になるように自然な成り行きだったようにも思います。そういう意味では、医師になること自体は自分ひとりで決めたわけではないのかもしれません。しかし、医師になって以降、自分の居場所は自分ひとりで決めてきたつもりですし、医師としてのやりがいも自分で見つけ出したつもりです。

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昭和大学医学部産婦人科学講座 准教授

松岡 隆 先生

筑波大学医学専門学群を卒業後、昭和大学医学部に入局。同大学産婦人科学講座講師、医局長を経て、2014年より昭和大学医学部産婦人科講座准教授兼医局長。周産期医療を専門とする一方、胎児ドックをはじめとした超音波検査のスペシャリストでもある。大学に所属する傍ら、自由が丘の田中ウィメンズクリニックで地域医療にも貢献し、幅広く活躍している。

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