聴く力で相手の思考を想像する

DOCTOR’S
STORIES

聴く力で相手の思考を想像する

周産期医療で臨床と教育に力を注ぐ松岡隆先生のストーリー

昭和大学 医学部産婦人科学講座 准教授
松岡 隆 先生

興味を追求するうちに父と同じ職業へたどり着いた

父親は町の産科医でした。小学2年生の頃、私の日記にはすでに「将来は医者になる」と書いてあります。今では考えられないくらい、当時は素直な子どもだったのでしょう。中学に入ると、医者以外の仕事、たとえば総理大臣や銀行マンに憧れました。無意識のうちに「決められたルールに乗せられたくない」と思い始めたのかもしれません。

勉強は嫌いではなかったですが、読書や、教科書の内容を教わることは嫌いで、数学を勝手に勉強していました。「習う」より「考える」ことが好きなちょっと変わった少年だったと思います。結局、大した紆余曲折もなく、気付けば医学の道を選ぶことになりました。蛙の子は蛙というわけです。

親子3代(息子誕生当日、自宅の医院にて)

病院実習で「肌に合う」と感じた産婦人科の道へ

医学生5年目には病院に出て、さまざまな診療科の臨床実習をします。当時はクリニカル・クラークシップ制度といって、1人の指導医について実際の診療を経験する方法が行われていました。授業では内科に興味があったのですが、どうも現場にでてみると肌に合わない。産婦人科実習が始まると、思いの外楽しく、私の指導医になっていただいた西田先生の行くところすべてについて行きました。図書館でのリサーチ、手術のアシスタントから何から何まで、常に行動をともにしたものです。研究用の手術検体が出たとなれば夜中であっても構わず取りに行きましたし、突発的な出来事にワクワクしました。実習をはじめて1週間が過ぎた頃には、先頭だって教授回診に参加し、産婦人科に自分がピタリとはまった感覚を覚えます。

「俺は、産婦人科に合っている」

直感的に産婦人科を選びました。産科は、母が子を産むという物理的な現象をサポートする仕事であり、医師の裁量が少ない分野かもしれません。しかし産婦人科は自分で検査し、判断し、最終的にはゴールである出産まで結びつけることのできる他にはない診療科です。この部分は私にとって非常に魅力的で、かつやりがいを感じることができます。産婦人科を選んでから今まで、ほかの診療科への浮気を考えたことはありません。20数年、産婦人科の周産期、特に超音波医学を専門にしてきました。未だに飽きることなく楽しくエコーが出来ていますので、自分の選択は正しかったと確信しています。

一生懸命働くほどに人のためになる医師という仕事

医師という仕事の素晴らしい点は、一生懸命働くことがそのまま患者さんの喜びにつながるところです。働けば働くほど人のためになる。それも目に見える形で。こんなに気持ちのよいことはありません。

今から考えると、私が産婦人科の医師になったのは、八百屋の息子が八百屋になるように自然な成り行きだったようにも思います。そういう意味では、医師になること自体は自分ひとりで決めたわけではないのかもしれません。しかし、医師になって以降、自分の居場所は自分ひとりで決めてきたつもりですし、医師としてのやりがいも自分で見つけ出したつもりです。

医師人生で出会った3人の恩師

私には3人の恩師がいます。

1人目は私が昭和大学医学部産婦人科学講座に入局したときの教授だった矢内原巧教授です。1994年から5年間お世話になり、産婦人科医師としての基礎を作っていただきました。どの産婦人科医局にしようかで迷っているとき、見学に行った昭和大学の教室の雰囲気に惹かれ、この医局を選びました。この出会いがなければ今はありません。

2人目は岡井崇教授です。矢内原教授のあと昭和大学を13年間先導された岡井教授は、日本の周産期医療を大きく発展させた人物です。岡井教授の指導のもと、私は産婦人科の周産期という分野に導かれました。

3人目は関沢明彦教授です。昭和大学における上司で、3人目の教授となりますが、恐れながらいうと見本となる良き先輩です。医局や医療の発展のために注ぐ熱い思いと研究マインドには、いつも敬服しております。とにかく優しく、仕事の早い先生です。ともに教室の指導にあたることができて幸せです。

前列左:松岡先生 前列左から4番目:矢内原教授、5番目:岡井教授、前列右から2番目:関沢教授

トップに立つ人物には類い稀なる「聴く力」がある

恩師3人はともに教授職を務めており、人を導く力のある方ばかりです。この御三方の、人を導く力の源泉がどこにあるのか、その共通点を考えてみたことがあるのですが、みな類いまれなる「聴く力」をお持ちでした。

トップに立ち人を導くためには、特定の分野において造詣が深いことはもちろん、人の話を聞く・物事を理解する能力=「聴く力」が必要不可欠なのかもしれません。恩師たちが短い時間で相手の話の本質を理解し、的確な質問を投げかけたり、弱点を見抜いたりといった場面に幾度も出くわしました。そのような彼らの姿をみているうちに、医師には「聴く力」が非常に重要な能力であることに気付かされました。

医師として大切な「聴く力」

「この人が心の底で考えていることはなんだろう?」

私は日々の診療で「聴くこと」を重要視し、その間ずっと患者さんの頭のなかを想像します。相手の頭のなかを想像するには、観察力と集中力をフル稼働せねばなりません。目にみえる情報をキャッチし、相手の話す言葉から様々なポイントを確認し、これまでの経験・知見から得た論理に基づいて、患者さんに向ける言葉を選びます。

「今日は、どうされました?」これは医療面接で最初に聞くことです。患者さんにはそれぞれに事情があり、一般的に変と思われることでも、本人には何かしら理由があります。患者さんから発せられる情報を自分の頭(論理)で解釈するだけでなく(これは基本!)、患者さんの頭(論理)で考えると、訴えや行動がより理解できるというわけです。伝えたい情報・伝えなくてはいけない情報は、目の前の患者さんがもっとも知りたいことではないかもしれません。しかしたとえ的外れであっても、まず患者さんが知りたい情報を提供しないことには、話を聞いてくれません。

果たしてその言葉を伝えるべきか、伝えるにしてもどのように表現すべきか。常に自分に問いかけながら患者さんに話をするのです。これは5秒先の未来に思考を置く感覚に近いかもしれません。そしてこの会話方法に慣れると、相手が潜在的に求めていることが推測できるようになります。「聴く力」を存分に使って診察にあたると、患者さんが心の底で望んでいた方法を提案できる気がします。しっかりと聴く、そして、最適な言葉を話す。この対話を繰り返せば「この人は自分を理解してくれている」と患者さんとの信頼関係が構築され、ひいては良質な治療につながるのです。

話がそれますが、私の専門は胎児エコーです。胎内にいる胎児はもちろん言葉を発しません。エコーを通して胎児の状況を把握しなければなりません。「エコー」=「音」です。物言わぬ胎児からの聞こえない「音」を聞き分け、胎児の頭になって考える様にしています。

教育はまさに「青は藍より出でて藍より青し」

私は1994年から昭和大学に勤め、現在では教育に携わっています。教育では、後輩それぞれの好機に応じて自身の経験を惜しみなく伝えます。後輩がつまずいたときには、ただ改善のポイントを教えるのではなく、自分がそれを乗り越えたきっかけを教えます。人からただ教えられたことはすぐに忘れてしまいますが、本人が自力で考えて乗り越えたことは忘れることがありません。

彼らの成長を通して、私も成長する。教育とは、常にその追いかけっこです。まさに青は藍より出でて藍より青し。藍色という染料が原料の藍草よりも青くなるように、教室の先輩から多くを学び、先輩も後輩から多くを学び、ともに試練を乗り越え、成長していく。教育とは素晴らしいものだと思います。

後輩とともに手術を行う 左:松岡先生

後輩たちには「医師としての姿勢」を大切にしてほしい

医師には「医師としての姿勢」が何よりも大切だと考えています。よい医師であるために、医療技術や能力はもちろん重要です。しかし、それよりも手を抜かずに誠意を持って医療にあたる、「医師としての姿勢」のほうがよほど大切ではないでしょうか。

医師も人間です。常に100%のパフォーマンスが出せるわけでもありませんし、時間にも限りがあります。厳しい状況であればあるほど「医師としての姿勢」が輝くようになります。そして、その姿勢があれば、必ず人は成長しますし、患者さんや家族のためになる医療を提供できるようになります。

臨床(患者さんを診察・治療すること)は目の前の人を助け、教育は10年後の数万人を助け、研究は100年後の1億人を助ける、と私は思います。助ける人の距離と規模は違うとしても、医師には確固たる使命があるのです。

私はこれまでの医師人生で、産婦人科領域の臨床と教育に力を注いできました。これからも私は、後進の医師たちがいずれかの道で自身のやりがいをみつけ、よい医療に携わることができるよう、信念をもち冷静な態度で、教育を続けていきたいと思っています。

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