埼玉県さいたま市中央区にある社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター(以下、埼玉精神神経センター)は、地域の皆さんの脳神経の病気に対して専門的な治療を提供する歴史ある病院です。精神科や埼玉国際頭痛センターでのチーム医療、アルツハイマー型認知症の新薬投与に取り組む同院の地域での役割や思いについて、理事長・センター長の丸木 雄一先生に伺いました。
さいたま市の人口は約134万人(2023年データ)で、2015年から2023年まで9年連続で若年層(0〜14歳)の転入超過数が全国1位となったことからも分かるように、子育て世代が多く住む街です。市内には病院や診療所が潤沢に存在するとともに、大宮、浦和、与野、岩槻の4つの医師会が“さいたま市4医師会連絡協議会”を構成して互いに連携を取っています。このような点から、さいたま市はかかりつけ医が地域の皆さんを支える医療環境が整っており、地域医療がうまく機能している地域であるといえるでしょう。
当センターの始まりは、1953年に開設した“毛呂病院大宮分院”です。当初は精神科に加えて脳神経外科と神経科もあり、さまざまな症状の患者さんが来院されていました。その後にさまざまな変遷を経て、脳神経の病気に特化した病院にシフトするため、1991年に現在の“埼玉精神神経センター”に名称変更したのです。当センターには2024年現在、357(脳神経内科116・精神科241)の病床と5つの診療科があり、脳神経の病気に対して専門性の高い奥行きある医療を提供できるよう努めています。
当院には“精神科スーパー救急”と呼ばれる精神科救急病棟(本館2、3階)のほか、入院に関しては急性期治療病棟、療養病棟、身体合併症病棟があり、機能分化を図っています。
救急病棟では病気の早期発見と早期治療を目指し、多職種のスタッフによるチーム医療に取り組んできました。短期間で集中的に治療を行うことにより、患者さんが3か月以内に退院できることを目指しています。そして、急性期治療としては、病気の症状改善だけでなく、生活機能や社会機能の回復、退院後の生活も考慮した治療を行います。退院後の治療や生活への不安、身体合併症などに対応するために、ほかの病棟とも連携して入院患者さんを支えてきました。
退院後は、患者さんが生活に慣れて地域の訪問看護ステーションに引き継ぐまでの間、専任の看護師による訪問看護で治療と生活を支援します。また、当センターのリハビリテーションの1つに“精神科デイケア”があります。デイケアとは、回復途上にある患者さんに対して、通常の外来診療と併用しながら医師、看護師などが関わり、さまざまなプログラムを通して行う治療のことです。患者さんが社会生活を送るために必要なスキルを身につけ、集団での多様な体験を通して自信を取り戻す過程を支援します。
脳神経内科では、96床の特殊疾患療養病棟や20床の神経集中治療病棟にて筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病関連疾患、脊髄小脳変性症などの神経難病の入院加療(長期入院およびショートステイ)および脳卒中、認知症(後述)、感染症、神経変性疾患などの診療に対応しています。ALSの患者さんは人工呼吸器を装着して過ごす場合もありますが、会話が思うようにできなくても患者さん一人ひとりとしっかりとコミュニケーションを取れるよう、看護スタッフが中心となって丁寧なケアに尽力しています。
当センターは、さいたま市より、認知症患者さんやその家族を医療面から支援する役割を担う“認知症疾患医療センター”に2009年より指定されています(2024年7月時点)。具体的な活動として、専門の相談員による認知症に関するご相談の受け付けや、鑑別診断のための検査と診察、合併症や周辺症状への対応、研修会の開催を行ってきました。
また“もの忘れ外来”では、認知症を疑う症状のある方に向けて予約制で医師の診断を行っています。画像診断や簡易テストを通じて、通常は1日で診断、その日のうちに治療を開始します。
当センターはアルツハイマー型認知症の新薬“レカネマブ”の治験に約5年間参画し、レカネマブが2023年12月に保険適用となった後の2024年1月に、投与を開始しました(2024年10月時点で70例投与中)保険適用になって間もない治療薬をすぐに実際の診療に活用できたことは、我々が誇りに思うところです。レカネマブに対する患者さんやご家族の期待は大きく、特にこれからが長い若年性(65歳未満で発症する)アルツハイマー型認知症の患者さんにとっては大きな希望となっています。
当センターでは2010年より“頭痛外来”における診療を行ってきました。その発展形として、現在は“埼玉国際頭痛センター”で投薬治療、作業療法(生活指導)、理学療法(頭痛体操)、心理療法(心理カウンセリング)などに対応しています。開設当初よりチーム医療をポリシーとして、多種の専門職が協力した包括的頭痛医療を実施してきました。頭痛の有病率は片頭痛(へんずつう)で人口の5~10%、緊張型頭痛で20%ほどにも及び、また、患者さんの身体面のみならず、精神面や社会的側面にも広く影響を及ぼし、QOL(生活の質)を低下させる要因となります。そのような頭痛の苦しみを取り除くために、頭痛外来では医師が患者さんの希望を聞きつつ、種々の治療法を駆使して問題の解決に臨みます。
隣接する特別養護老人ホーム“ナーシングヴィラ与野”と連携し、同ホームの入居者さんが医師の診察を迅速に受けられる体制を整えてきました。毎年7月には当センターと同ホームが共催で“シナプス夏祭り”を開催しているのですが、コロナ禍による中断を経て2023年には4年ぶりの開催となり、患者さんや入居者さんの笑顔を目にすることができました。
我々の運営母体は、社会福祉法人シナプスです。2003年にさいたま市が政令指定都市となり、同市との連携がより重要となった背景から、連携を深めるべく2011年に同社会福祉法人を設立したという経緯があります。医学用語の“シナプス”は、脳内で神経細胞同士が連絡する接点で、神経ネットワークの要(かなめ)となる重要な構造を意味します。この名称には、我々が地域医療や福祉においてもっとも重要と考える“ネットワーク構築”と、我々の掲げる“脳神経の総合病院”という理念を込めました。我々は今後も“忘己利他(己の利益を忘れて、他者が幸せになるために尽くすこと)”の精神で患者さんの尊厳を守り、医療や介護にまい進します。
ALSの患者さん同士で触れ合える環境づくりに貢献したいという思いから、私は2002年に日本ALS協会埼玉県支部を創設し、現在に至るまで事務局長を務めています。事務局は当センター内に置かれており、支部長と副支部長は患者さんやご遺族の方々が務めています。
また、新型コロナウイルス感染症やインフルエンザについて、ワクチン接種で地域に貢献できればと考え、当センターで接種を行ってきました。2024年度も新型コロナ・インフルエンザ等のワクチン接種を継続します。我々は今後もこのような活動を通じて、積極的に地域の方々の健康維持に努める所存です。
当センターは、開設時より地域の皆さんに信頼される医療の提供を目指してまいりました。
日本では高齢化が進行しており、2040年には3人に1人以上が65歳以上になると見込まれています。このような時代のなかで、これからも我々は脳神経の病気に対して奥行きのある診療を丁寧に行い、地域のニーズをいち早く察知して診療の形をよりよく進化させていきます。そのなかで、たとえば外来のキャパシティを拡大する、あるいは通院の難しい方に向けた訪問診療を行うなどの施策も考えています。皆さんには、地域に根差した病院として気軽に当院を利用いただければ幸いです。