概要
痔とは肛門病の総称(肛門に発生する病気の全てを示す言葉)です。痔核(いぼ痔)、痔瘻(あな痔)、裂肛(切れ痔)などの病気を指しますが、痔核(いぼ痔)の意味で使われることがもっとも多いです。
種類
痔核
直腸や肛門の静脈にうっ血を生じて、こぶのように膨らんだ状態が痔核です。
肝硬変、門脈圧亢進症などの病気の際に生じる直腸静脈瘤も静脈が拡張しますが、ある程度の長さをもって膨らみ、さらに枝分かれしているため、通常、長さが2cmまでの痔核とは区別されます。
肛門の皮膚の部分と直腸の境目である歯状線よりも奥のほうにできるものを内痔核、歯状線より手前の肛門にできるものを外痔核と呼びます。部位により名称が異なりますが、構造的には内痔核と外痔核に大きな差はありません。
痔瘻
肛門内の歯状線の高さにある十数個の小さなくぼみ(肛門陰窩)から汚染物質や細菌が入ると、肛門腺の中あるいは内肛門括約筋を貫いた位置で炎症が激しくなります。それによって肛門の内と外がトンネル状につながり、皮膚の穴から膿が出るものが痔瘻です。肛門周囲膿瘍を形成した後に痔瘻になる場合が多いとされています。
裂肛
歯状線より手前(肛門のふち側)にある肛門上皮が切れた状態です。切れ痔、裂け痔とも呼ばれ、痛みや出血を生じます。裂肛部の安静を保ちにくく、便などの汚染物質が通過するために、治らずに慢性化するケース(慢性裂肛*)も少なくありません。
*慢性裂肛:急性裂肛のように単に切れている状態ではなく形がいびつで硬いため、肛門潰瘍とも呼ばれる。
原因
痔核の原因
長年にわたる排便習慣(排便時のいきみや便秘など)や生活習慣(排便を我慢する、長時間座り続けるなど)により、直腸や肛門の静脈にうっ血を生じ、痔核がこぶのように膨れて、表面の組織が薄くなり出血します(風船が膨れると薄くなり向こう側が透けて見えるように血液が沁み出しやすくなります)。さらに痔核を支えるクッション組織にも負担がかかり、伸びて弱くなるために痔核を支えきれなくなり、痔核が脱出するようになります。
痔瘻の原因
下痢をすると、歯状線にある肛門陰窩という小さなくぼみに便や細菌が入りやすくなります。肛門陰窩には、粘液を産生する肛門腺が開口しており、便中の汚染物質や細菌がこの肛門腺内を逆行すると感染を生じます。肛門腺内(内肛門括約筋内)、あるいは内肛門括約筋の外側で炎症が激しくなり原発巣を形成します。炎症はそこから抵抗の少ない組織の方向に拡がろうとしますが、集まってきた白血球が感染を抑えるために炎症の周囲に壁を形成して膿が限局した状態を“肛門周囲膿瘍”といいます。肛門周囲膿瘍は自然に破れたり(自壊)、切開排膿したりすることによって皮膚と交通します。肛門内から皮膚までのトンネルが閉じないと、穴から膿が持続的、あるいは間歇的に出るようになり、この病態を“痔瘻”と呼びます。
裂肛の原因
硬い便や下痢便により、肛門上皮が切れることが主な原因とされています。最近は内肛門括約筋の緊張が高いために肛門が狭くなり直腸肛門管内圧が高くなった結果、肛門上皮の血流が悪くなり裂肛を生じる人も増えています。急性の小さい、あるいは浅い傷であれば通常は1週間以内に自然治癒しますが、何度も傷の治りを妨げる硬い便や下痢便を繰り返すと傷が治らずに大きく、深くなります。慢性期になると傷の周囲が硬くなり、傷(裂肛)よりも潰瘍の状態になります(潰瘍は傷の深さが上皮内ではなく、もう一層深い上皮下に及んだもの)。肛門を締めるはたらきをする内肛門括約筋まで炎症が波及すると、括約筋が硬くなり、肛門が狭くなるだけでなく、排便後数時間も痛みが持続するようになります。この状態になると血流が悪化し、傷の治りはさらに悪くなります。
症状
痔核の症状
内痔核は排便時に出血しますが、痛みはないことがほとんどです。ただし、肛門から脱出した内痔核が元に戻らなくなり、血栓や潰瘍、壊死、リンパ浮腫などをきたした状態は嵌頓痔核と呼ばれ、激しい痛みを伴います。
外痔核は排便時に肛門部で膨らみますが、痛みはあっても鈍痛です。しかし、静脈に血栓(血液が固まったもの)ができると(血栓性外痔核)、激しい痛みが起こります。血栓性外痔核には通常、保存的治療を行いますが、血栓が大きく痛みが強い場合や出血が続く場合には外科的な切除も考慮します。
痔瘻の症状
肛門周囲膿瘍では、比較的急に肛門部の腫れ、痛み、発熱を生じます。膿瘍を切開して膿を出す(排膿)と、症状は速やかに改善します。皮膚に近い肛門周囲膿瘍は腫れや痛みがあり分かりやすいですが、深い膿瘍(直腸周囲膿瘍や深部膿瘍)では症状が発熱や違和感だけで診断の難しい場合があります。痔瘻になると、間歇的に肛門周囲が腫れるときに強い痛みを感じますが、持続的に膿や血液が出ていると強い痛みはほとんどありません。穴の周囲がかぶれることがあります。
裂肛の症状
排便時に強い痛みと出血があります。通常、出血は紙に付く程度であり、多くはありません。硬い便や下痢便では、排便時の痛みが強くなります。裂肛が慢性化して深くなると、排便後も数時間痛みが続くようになります。
痔瘻がん
痔核・痔瘻・裂肛は何れも良性の病気ですが、慢性の炎症が10年以上続くと、深部痔瘻では肛門管のがんである痔瘻がんの合併が報告されています。痔瘻がんは痔瘻の炎症が10年以上続いている人に肛門管のがんを認めた際にだけそのように呼ぶと決められています。しかし、わずか1年間、3年間の炎症でも痔瘻がんと同様のがんを認めた深部痔瘻の例があるので、長く放置しなければ大丈夫と考えないでください。痔瘻がんになると人工肛門や命に関わることもありますので、深い痔瘻は早く診断・治療する方が好ましいと考えます。
検査・診断
問診
肛門部の症状(違和感・出血・痛み・膿の排出など)、経過、排便や生活習慣について聴取します。
視診・触診・肛門指診
肛門部分を目で見て観察し(視診)、直接触れて状態を調べ(触診)、さらに肛門に指を入れて診察(肛門指診)を行っていきます。特に肛門指診は得られる情報が多く大切な検査です。
肛門鏡検査
肛門鏡という器具で肛門を押し広げて、内部の状態を観察します。
経肛門的超音波検査
肛門から超音波のプローブ(探触子)を挿入して検査します。痔瘻の部位や拡がりなどを評価することができます。
下部消化管内視鏡検査(大腸内視鏡検査)
出血の症状で受診したものの、診察した際に肛門鏡で出血を説明できる病変を認めないときなど、直腸中部よりも口側の大腸を調べる必要がある場合に大腸内視鏡検査を行います。また、“排便時に肛門から脱肛する”と痔核を疑う訴えであっても、実は大腸ポリープということもあるためです。
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治療
痔核の治療
症状があっても普段の生活に支障のない場合は、保存的治療を選択します。日常生活が制限される場合には手術的な治療法(手術、硬化療法など)を検討します。
排便時に肛門外に脱出する痔核が自然に戻らず指で押し戻す必要がある場合、指で戻してもすぐに脱出する場合は、根治するためには手術的な治療が必要です。ただし良性疾患のため、治療法の説明を行ったうえで最終的には患者の希望により手術を行うか決定します。
手術的な治療法の代表的なものは、結紮切除術です。さまざまなタイプの痔核に対応できますが、切除範囲が広い、切除が深い場合や、痔核を切除した傷と隣の切除した傷が近く、間に肛門管の上皮が十分残っていないと、術後に肛門狭窄を起こすことがあります。
近年では内痔核に対する治療法として、ALTA療法(硫酸アルミニウムカリウム・タンニン酸を用いた硬化療法)が注目され、ALTA療法単独での治療や、結紮切除術との併用が行われています。ALTA療法は術後の痛みが軽く、出血が少ないので入院期間の短縮も期待できます。
痔瘻の治療
肛門周囲膿瘍を切開排膿するだけで、痔瘻根治手術をせずに30~50%は治癒すると報告されています。しかし、痔瘻の状態となり排膿を繰り返す場合は手術治療が検討されます。
肛門内と外が管(瘻管)でつながる痔瘻には、方向や深さなどによりさまざまなタイプがあります。また、治療成績を重視する方法や括約筋の機能を重視する方法など、手術術式も数種類あります。
代表的な手術としては、以下が挙げられます。なお、文中で使用する“原発巣”は、肛門腺内の感染が内肛門括約筋の外側におよび、炎症が一段と激しくなった部位のことを指します。
瘻管開放術
膿の通り道である瘻管を原発口から原発巣まで切開して開放する手術です。治療成績を重視する方法ですが、括約筋がかなり切れます。そこで、瘻管を開放後に組織を一部縫合して機能障害を緩和する方法も行われています。
瘻管切除術
瘻管を原発口から原発巣まで全て切除する手術です。瘻管開放術よりも治療成績は優れていますが、括約筋の障害はその分強くなります。瘻管を切除後に周囲の組織を縫合して機能障害を緩和する方法も行われています。
痔瘻結紮療法(シートン法)
膿の通り道である瘻管にアラビアゴムや薬液を滲みこませた糸(金沢糸)を通して輪状に縛り、瘻管の壁を浄化(綺麗に)した後に人体がゴムを体外に押し出す作用を利用してゆっくりと組織を切っていく方法です。治療成績を重視する方法です。原発巣を切除する方法と切除しない方法があります。括約筋はある程度切れますが、ゆっくり切れるので、瘻管開放術や瘻管切除術より括約筋の障害は少ないとされています。浅い痔瘻でも治癒までに2~3か月間かかるのが短所ともいえます。
括約筋温存手術
機能を重視した手術法です。細かい手技の違いを入れると、10種類以上の術式があります。原発巣を切除後に、内肛門括約筋を切らずに筋肉の線維を分けて瘻管を結紮する方法や、肛門陰窩から内肛門括約筋までの間で瘻管を結紮、切離する方法などがあります。括約筋に対する障害はもっとも軽いのですが、再発率はもっとも高くなります。再発を少なくするために原発口(肛門小窩)の縫合閉鎖などの工夫が行われており、新しい治療法が出てくる可能性があります。
治療成績と機能温存のいずれを重視するかが各々の治療法で異なります。4種類全ての治療法を施行している施設は少なく、手術前にその違いを十分説明してもらい、術式を選択すべきですが、一般の方には難しい選択です。
裂肛の治療
まず、便秘や下痢を改善する排便コントロールを行います。また外用薬(注入用軟膏)や、局所の血流を改善する内服薬を投与します。改善が見られない場合や、慢性裂肛になって肛門ポリープや見張りいぼ、肛門狭窄などを起こしてきた場合には、手術治療を考慮します。
代表的な術式は、側方皮下内括約筋切開術(LSIS)です。LSISは感覚の手術であり、切開する程度が難しい治療法です。切開を受けてちょうどよいと思っても3か月後や数年後に肛門が緩く感じることがあるので、筋肉の切開を少なめにすることが大切です。
また指で直接肛門部を押し広げる手法(用手肛門拡張術)もありますが、LSISよりもさらに術者の感覚で決まる治療であり、強く拡げてしまうと肛門が緩くなることも報告されており、この治療法を行う医師は減少しています。
硬くなった慢性裂肛のために肛門狭窄を生じた場合には、慢性裂肛とその周囲の瘢痕(硬く縮んだ組織)を切除して、肛門外の皮膚弁を移動して切除した創を覆うSSG(Sliding skin Graft:血流のある外側の皮膚を中にずらす方法)が行われます。
LSISとSSGは何れも優れた治療法ですが、治療成績や後障害の評価にはいろいろな意見があります。
手術を受けて改善することよりも、裂肛は早期に保存的な治療を行い、慢性化させないことが大切です。
予防
痔疾患を悪化させないための生活習慣として、すでに述べている排便習慣の改善が第一ですが、長距離運転や立ち仕事、デスクワークで長時間座り続けるなど肛門に負担をかける姿勢を避けることや、便通を整えること、肛門環境に留意するなども大切です。
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