大規模災害が起こった後、避難所や車中での生活を続けることで、足に血栓が生じたり、筋力が低下して健康を失ってしまったりすることがあります。このように、体を動かさないことで起こる心身の多様な症状を「廃用症候群(はいようしょうこうぐん)」と呼びます。東日本大震災の発生直後から、被災者の方へのリハビリテーション支援を行われた山形大学医学部附属病院・副院長の高木理彰先生に、災害リハビリテーションについてご解説いただきました。
大規模災害に見舞われた地域(以下、被災地)の方々は、過酷な環境で心身に大きな負担を抱えながら生活を続けていかなければなりません。大切なものを失い、精神的にも非常につらい状況に陥ります。また、平時のように仕事のために通勤したり、ご自宅で過ごしていたときのような日常生活動作をすることがなくなってしまいます。体をあまり動かさない生活を続けていくと、体を動かす筋肉が衰えたり、関節の動きが悪くなってしまうことがあります。また、足を動かすことが少なくなると、静脈での血の流れも悪くなってしまいます。胃腸の動きも悪化するため、便秘などに悩まれる方も増えます。
このように体のさまざまな機能が落ちていくため、災害という非日常に直面した方の生活の質(QOL)は極度に低下します。その生活の質を少しでも向上させ、日常生活動作ができるよう環境を整えていくことが、災害リハビリテーションの意義と目的です。
災害時にリハビリテーションが必要になる方は、大きく3グループにわけられます。
まず、災害が起こる前から病気や障害のため介助を必要としており、リハビリテーションを受けていた方々には、引き続きリハビリテーション支援をしていかなければなりません。
具体的には、脳卒中後の脳血管障害やALS(筋萎縮性側索硬化症)などにより、寝たきりに近い状態にあった方々が、1つ目のグループに該当します。
2つ目は、何らかの病気や障害はあったものの、平時(発災前)にはリハビリテーションが不要だった方々のグループです。体育館などの避難所には、椅子やベッドなどの設備がなく、床に座って生活しなければならないことがほとんどです。また避難所では遠くの仮設トイレを使用する必要なども生じます。そのため、もともと膝や股関節などに障害がある場合、立ち上がったり移動したりする際に困難を感じることが増加します。筋肉が衰えてきたり、関節の動きが悪くなってくると、体を動かすことはますます困難になっていきます。
発災後は、このような方々に対し、動作の練習などのリハビリテーションを提供することが重要です。避難所でも過ごしやすいよう、手すりを設置したり椅子に工夫を加えたりすることも、「環境調整」というリハビリテーションのひとつです。
3つ目は、平時は病気や障害などの問題を持たず生活されており、避難所生活によって筋力低下や肺塞栓症のリスクが生じたグループです。特に高齢者の方は、体を動かす機会が減ることにより、筋力が低下して体力が落ちていく傾向があります。
また体を動かさないことで足の静脈に血栓(血の塊)ができ、動いたときに肺や心臓へと飛んで血管を塞いでしまう肺塞栓症にも注意が必要です。肺塞栓症は、長時間のフライトにより起こることも多いため、「エコノミークラス症候群」という別名でも知られています。
2007年の新潟県中越地震の際には、車中泊をされていた方が、動作時に肺塞栓症を起こして亡くなられています。このようなケースをPDD(Preventable Disaster Death)、「防ぎえた災害死」といいます。
大規模災害後のPDDは、以下のような理由で起こります。
東日本大震災直後の医療介入については、1995年の阪神・淡路大震災を機に結成されたDMAT(災害派遣医療チーム)が、組織としてスムーズに初動対応を行ったことが高く評価されました。しかし、東日本大震災では、津波により生死が大きく分かれてしまいました。そのため、DMATによる救命救急処置も重要でしたが、時間の経過とともに、それにも増してリハビリテーション支援が必要となる高齢の避難生活者のほうが目立ってきたことが大きな特徴となりました。
詳しくは後述しますが、リハビリテーションとは震災や大津波などの難を逃れた方のPDDを防ぐために極めて重要な役割を持つ医療なのです。
震災や大津波などを逃れ避難所に集まった方々のなかには、冒頭に記したように「リハビリテーションが必要な人」が多数おられました。そのなかから、リハビリテーションの必要度をみて優先順位を判断することが「リハ・トリアージ」です。
まず、優先度を見極めるために、(1)寝たきりの方や、体を動かすことが困難な方、病気や障害をお持ちの方などのグループ、(2)環境が変わり生活に困難を感じるようになったグループと分類をしていきます。また、一時避難所ではなく、より生活環境がよい避難所へ移動していただく必要がある方々(いわゆる災害弱者の方々)も、同時並行で見極めていきます。具体的には、病気の方やお子さん、妊婦さん、高齢の方などが該当します。山形大学リハ支援チームが支援に入った気仙沼市では、津波の被害を免れた丘の上に残ったホテルを、このような方々の避難所としていました。私たちも同ホテルに滞在させていただきながら、被災された方々に対する運動指導や体調管理などを行いました。
廃用症候群とは、体を動かさないこと(不活溌)により起こる以下のような二次的障害の総称です。
最も代表的な症状のひとつです。避難生活の初期から中期に特に多くみられます。
萎縮とならび、初期から中期に気をつけねばならない代表的な廃用症候群のひとつです。車の中や避難所の床上でじっとしていても発症します。水分補給が少なく、脱水状態になると、そのリスクがさらに高くなります。肺塞栓症などによる突然死の原因ともなり得るため注意が必要です。
寝る姿勢が続くことで体を起こすときに血圧が下がり、ふらつく症状です。俗に「脳貧血」と呼ばれることもあります。
避難所では、さまざまな感染症が起こりやすく、特に肺炎が多くみられます。一方向を向いて寝ることで、使われる肺とあまり使われない肺が出てくるためです。
「床ずれ」のことです。
体を動かさない状態が続くと、骨からカルシウムが出ていき、尿中に排出されます。そのため、カルシウム結石ができることも多く、尿路結石や尿路感染症が起こりやすくなります。
腸の動きが悪くなるため起こります。
過酷な生活をしいられ、狭いスペースでふさぎ込みがちになる方も多数おられます。このような精神的な症状(うつ状態など)も、廃用症候群のひとつに数えられます。
2011年の福島第一原発事故の直後、山形県の一次避難所には3,800名余りの方が避難して来られました。なかには歩行困難な方や膝が悪い方も多く、まずは避難所となった体育館におけるプライバシーの確保や椅子の設置など、「生活支援」を行いました。
避難所では、山形市内の医療関係者が深部静脈血栓症の有無を確認するためのエコー検査も実施し、特に寝たきりの方や歩行が困難な方の足に、高い割合で血栓がみつかりました。
新潟県中越地震を教訓として早期の検査と医療介入を行い、山形県に来られた約3,800人の方の血栓を原因とした死亡を初期の段階でゼロに食い止められたことは、救いとなる結果であったと感じています。
山形大学 医学部附属病院 副院長
山形大学 医学部附属病院 副院長
日本整形外科学会 整形外科専門医日本リウマチ学会 リウマチ専門医・リウマチ指導医日本リハビリテーション医学会 リハビリテーション科専門医・リハビリテーション科認定臨床医日本手外科学会 会員日本肘関節学会 会員日本小児整形外科学会 会員
災害時の運動器医療を専門とし、2011年の東日本大震災直後には山形県に避難された福島県民の方へのリハビリテーション支援を行った。その後、宮城県気仙沼市で医療支援活動を行い、災害リハビリテーションの有用性を示すための現地調査を実施した。災害時の医療支援活動のノウハウを活かし2015年のネパール大地震の際にも現地に駆けつけるなど、国境を超えた活動も行っている。
高木 理彰 先生の所属医療機関
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