2016年4月に発生した熊本地震によって甚大な被害を受けた熊本市立熊本市民病院(以下、熊本市民病院)は、2019年10月に新築移転し、新病院としてスタートを切りました。しかし、移転から間もなくして起こった新型コロナウイルス感染症の流行により、全病床の稼働開始が大幅に遅れるという試練に見舞われました。
さまざまな試練を乗り越えてきた同院の強みや、注力している取り組みについて、病院事業管理者である水田 博志先生にお話を伺いました。
当院は1946年2月に熊本市立民生病院として開設されました。その後、診療科の新設や増床を重ねながら70年以上にわたり地域の皆さんの健康と生命を支える、地域の中核的な病院として役割を担ってきました。
近年では、2016年4月に発生した熊本地震により甚大な被害を受け、病院機能の縮小を余儀なくされました。しかし同年9月には病院再建の基本計画が策定され、2018年2月より新病院の建設工事を開始、そして2019年10月に新病院として開院する運びとなったのです。新病院は熊本地震の経験を教訓とし、最新の免震装置や耐震性のある受水槽などを設置し、さらに屋外やエントランスは災害時にトリアージ*や治療スペースとして生かせるよう十分なスペースを取るなどの工夫がなされました。
*トリアージ……傷病の緊急度や重症度により治療の優先順位を決めること。
こうして生まれ変わった当院ですが、新病院開院からわずか数か月後に今度は新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の大流行という試練が訪れました。コロナ禍では、第一種感染症指定医療機関として外来診療の実施だけでなく、従来の感染症病床に加えて一般病床の一部も感染症病床に転換するなど、地域のコロナ対応の拠点病院として役割を担いました。予期せぬコロナの流行により、本来であれば2020年4月には新病院の全病床を稼働させる予定でしたが、大きな遅れが生じてしまいました。全388床(一般病床380床・感染症病床8床)での運用をスタートさせることができたのは、コロナが5類感染症に移行して約1か月が過ぎた2023年6月のことです。
これらの試練を乗り越えてきた当院は、“市民の生命と健康を守るために、安全で良質な医療を提供します” という理念を掲げ、地域の基幹病院として次の5つの実現を目指しています。
当院は、30以上の診療科を有しており幅広い分野の診療を行っていますが、その中でも特に強みとしているのが、小児・周産期医療および救急医療です。
当院は、NICU(新生児集中治療室)やGCU(新生児回復室)、さらにMFICU(母体・胎児集中治療室)を有しており、熊本県の総合周産期母子医療センターとして指定を受けています。MFICUでは妊娠22週以降の超早産期からの母体搬送を受け入れ、NICUでは未熟性がきわめて強い超早産児やさまざまな基礎疾患を持つ重症な児の治療を行っています。
また、当院は県内において唯一、新生児から小児の心臓手術が行える病院でもあります。小児循環器内科と小児心臓外科が連携し、診断から手術、管理治療を行います。心臓手術を受ける患者さんは低年齢化が進んでおり、約6割が1歳以下の乳児となっていますが、当院では複数の診療科が連携し、低年齢のお子さんの手術にもしっかり対応できる体制が整っています。
そのほかにも、新生児内科、小児科、小児外科など複数の小児診療科を有し、内科的な治療から手術まで幅広く対応しています。小児外科での鼠径ヘルニア、停留精巣などの手術、泌尿器科での膀胱尿管逆流症など小児泌尿器科疾患の手術、脳神経外科での脊髄髄膜瘤や頭蓋骨縫合早期癒合症などの先天性疾患に対する手術も積極的に行っています。また専門外来として小児呼吸器病専門外来なども実施しており、かかりつけの先生と連携のうえ気管支喘息の長期管理などを行っています。
当院は地域の皆さんの健康と生命を守るための基幹病院として、“断らない救急”をモットーとし、24時間365日体制で救急患者さんを受け入れています。救急応需率(救急車受け入れ要請のうち、受け入れができた割合)は、9割を超える高水準で推移しており、当院への救急搬送は年々増加しています。旧病院時代の救急車搬送は年間約4,400件でしたが、2023年度は約6,700件にまでに増加しています。
救急搬送の増加にともない年間の新規入院患者数や手術件数も増加していますが、今後も救急の患者さんをしっかり受け入れられる状態を維持できるよう、さらなる体制の強化を図っていく所存です。
当院は複数の診療科に加えいくつかのセンターや部門を設けていますが、中でも特発性正常圧水頭症の患者さんに対する治療を行っている“正常圧水頭症(NPH)センター”は県内でも珍しいのではないでしょうか。
特発性正常圧水頭症とは、髄液(頭の中の水)の循環が悪くなることによって歩行障害や認知障害、尿失禁などの症状を引き起こす疾患です。これらの症状は高齢者に多くみられ、さまざまな病気が原因となり得ますが、特発性正常圧水頭症が原因である場合は、治療により改善する可能性があります。
当センターでは、脳神経外科、脳神経内科、整形外科、泌尿器科、精神科、リハビリテーション部門、その他診療科の専門医による多角的な検査・診断が可能であり、さらに唯一の治療法(2024年9月現在)である“髄液シャント術”という手術も行っています。検査から治療まで一貫した診療が可能ですので、該当する症状でお悩みの方はぜひご相談ください。
当院が地域の基幹病院としての使命を果たすうえでは、地域連携体制をしっかり維持していくことが重要です。そのためには、当院を含め地域の医療機関で病院ごとの機能を生かし、機能分化を推進していくことが必要となります。
具体的には、日常的な病気の治療や日頃のケアはかかりつけの先生方にお任せし、専門的な検査や治療が必要な場合には当院にご紹介をいただくこと、また当院での治療により症状が安定してきたら、今度はかかりつけの先生方に逆紹介させていただくという流れをつくることです。
そのため当院では、かかりつけの先生方との連携を強固にし、スムーズな紹介・逆紹介の流れを作れるようさまざまな取り組みを行っています。たとえば、紹介時の参考としていただけるよう、かかりつけの先生方に当院の診療科ガイドブックを毎年送付したり、WEBセミナーや研修会、カンファレンス、病病・病診連携懇談会を実施したりするなどして、交流・意見交換の機会をできるだけ多くつくれるように努めています。
当院は幅広い診療科を有し、周産期医療や感染症医療を担う地域の基幹病院であり、“かかりつけの医療機関では対応が難しい患者さんの診療にあたる”ということを基本としています。地域の皆さんには、まずはご自身の健康や病気などについてなんでも相談できる“かかりつけ医”をもっていただきたいと考えています。そのうえで専門的な検査や治療が必要となった場合は、当院への紹介状をお持ちのうえ予約を入れてお越しください。
患者さんやご家族、そして地域の医療機関にとっても信頼され、求められる病院となるよう職員一丸となって努力を続けてまいりますので、今後もぜひ、温かいご理解・ご支援を賜りますようお願い申し上げます。
地域の基幹病院として幅広い診療科を有する当院での研修は、さまざまな症例を学び、多くの経験を積むことができます。志望科が決まっている方はもちろんのこと、志望科が決まってない、さまざまな診療科を体験してみたいという方にもおすすめです。担当指導医が直接、丁寧に指導しますので、研修先選びでお悩みの方はぜひ当院での研修をご検討ください。病院見学も随時受け入れています。
*病床数や診療科、提供する医療の内容等についての情報は全て2024年9月時点のものです。