間質性肺炎(間質性肺疾患)の一型である特発性肺線維症とは、肺が硬くなり呼吸が苦しくなってしまう原因不明の病気です。厚生労働省が定める国の指定難病の1つでもあり、予後が悪い点が特徴といえるでしょう。
根治的な治療法はありませんでしたが、肺が硬くなることを防ぐ抗線維化薬が登場し、その有効性に注目が集まっています。今回は東邦大学医学部 内科学講座呼吸器内科学分野(大森)客員教授の本間 栄先生に、特発性肺線維症の症状と進行の特徴、主な治療法と予後悪化を防ぐための注意点などについて詳しくお話を伺いました。
はじめに、特発性肺線維症が含まれる間質性肺炎について解説します。体の中に入った空気は、気道を通り肺の奥の“肺胞”という部屋に運ばれます。肺胞では、血液中に酸素を取り込んで二酸化炭素を排泄するガス交換が行われます。
間質性肺炎とは、主にこの肺胞の壁(間質)に炎症が起こる病気のことで、肺胞の中(肺胞腔内)で炎症が生じる一般的な“市中肺炎”とは異なります。
間質性肺炎は、原因が明確なものと原因不明のものに分けられます。主な原因には、リウマチなどの膠原病*や放射線、薬剤、感染症、土ぼこりや金属の粒などを吸い込みやすい職業・環境などが挙げられますが、原因不明な場合も少なくありません。原因不明のものは特発性間質性肺炎と呼ばれ、さらに9つのタイプに分けられます。
*膠原病:さまざまな臓器に慢性的な炎症が生じる病気の総称。本来は細菌やウイルスなどに対してはたらく免疫システムが誤って自分自身の細胞を攻撃してしまうため、自己免疫疾患とも呼ばれる。
特発性間質性肺炎の中でも、もっとも発症頻度が高いのが特発性肺線維症です。厚生労働省が定める国の指定難病の1つであり、予後が悪い点が特徴といえます。
特発性肺線維症では、なんらかの原因で肺胞の壁が傷ついた後に組織が修復される過程でコラーゲンなどの線維成分が過剰に蓄積してしまいます。線維成分が肺の間質に蓄積していくことで肺胞の壁が厚く硬くなり、呼吸してもうまく肺が広がらなくなってしまうのです。
肺胞の壁が厚くなると酸素を血液に取り込みにくくなるため、特に運動したときなど酸素がより必要なタイミングで息切れなどの症状が現れます。さらに病気が進行すると、運動をしなくても常に酸素不足の状態になる呼吸不全に陥ってしまい、体重減少やチアノーゼ*などが症状として認められるようになります。
*チアノーゼ:血液中の酸素が減ってしまい皮膚が紫色になること。
日本の特発性肺線維症の有病率は、10万人あたり10人程度と推計されています。特に50歳以上の男性に多く、ほとんどの患者さんに喫煙歴があります。この病気の原因は明らかになっていませんが、発症のリスク因子として考えられているのは加齢と喫煙です。
そのほかのリスク因子としては、ウイルス感染、遺伝的素因*、逆流性食道炎などが挙げられます。また、理髪や金属・石材・木材の粉塵にさらされる職業や環境も発症に関連する可能性があるといわれています。
*遺伝的素因:遺伝的にその病気になりやすい体質のこと。
特発性肺線維症の特徴の1つは、生命予後が悪いことです。これまでの研究では、診断確定後の平均生存期間は3~5年程と報告されています。
死亡原因としてもっとも多いものは、急性増悪という報告もあります。急性増悪とは急激に病態が悪化し、呼吸不全が進行することをいい、急性増悪が生じた患者さんの平均生存期間は2か月以内と、その予後は極めて悪くなっています。
また、急性増悪以外にも肺がんを合併するリスクも高く、長期間病状が安定している患者さんであっても注意深い経過観察が必須といえます。
特発性肺線維症は、ごく初期の段階では無症状のことが多く病状の進行にしたがって乾いた咳(空咳)や労作時の呼吸困難、ばち状指といって指先が太鼓バチのように丸く太くなる変化がみられるようになります。さらに進行すると布団の上げ下ろしや坂道を上るなどの日常動作でも容易に息切れを生じるようになり、最終的には安静にしていても呼吸困難に悩まされるようになります。
特発性肺線維症は、基本的にゆっくりと症状が進む慢性的な病気です。しかし比較的急速に進行する場合や、ゆっくりと進行していても途中から急に症状が悪化する急性増悪が起こる場合など経過にはさまざまなパターンがあります。
重症度の高い患者さんほど急性増悪を生じるリスクは高いといわれていますが、いつごろ発症するかなど経過を予測することは難しいため、症状の進行が認められたときにはできるだけ早く抗線維化薬による治療を開始することが重要です。治療開始のタイミングを逸さないためにも、定期的に呼吸機能検査や画像検査、血液検査を行い、時間の経過に伴う検査データの変化を慎重に観察することが必要といえます。
慢性の経過をたどっていた患者さんでも、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスなどのウイルス感染をきっかけとして急性増悪を生じてしまうことがあります。急性増悪を防ぐために重要なのは、できるだけ感染症にかからないことです。人込みを避けることはもちろんですが、インフルエンザウイルスワクチンや肺炎球菌ワクチンなどの予防接種を受けることが対策の基本となります。
特発性肺線維症が進行してからの治療開始では十分な効果を期待できないため、比較的症状の軽い早期に治療を開始することが重要です。そのためには、可能な限り早く間質性肺炎を専門とする医師にたどり着くことが鍵となります。
8週間以上続く空咳や、呼吸困難を自覚した段階で医療機関を受診してほしいと思います。インターネットを活用して間質性肺炎の専門家を受診することができれば、早期発見の可能性はより高まります。
特発性肺線維症では、典型的な症状や検査所見を確認していくことで診断と経過観察を行い、その後の治療開始のタイミングを計ります。
診断のために、まずは問診で基礎疾患や職業歴、住居環境、飲んでいる薬の種類について確認する必要があります。次に重要になるものは胸部の聴診です。“バリバリ”または“パリパリ”という音はもっとも特徴的な所見の1つで、 “捻髪音”あるいは“fine crackle”といい、聴取した場合には間質性肺炎を念頭において検査を進めていくことになります。
この捻髪音を聞き逃さないためには、丁寧な聴診が欠かせません。診察を行う医師には、特に背中側からの聴診を必ず行ってほしいと思います。その結果、もし少しでも間質性肺炎の可能性を疑った際には、X線撮影や血液検査を実施したうえで専門施設への紹介を行ってください。
間質性肺炎では酸素を体に取り込む機能が低下するため、ちょっとした運動で酸素飽和度(体に取り込まれた酸素の量)が下がってしまうことがあります。そのため、パルスオキシメータ(酸素が血液にどの程度供給されているかを調べる医療機器)や、動脈血液ガス分析と呼ばれる検査によって酸素飽和度や酸素分圧を測定します。
そのほかの検査には、肺活量を調べる呼吸機能検査や画像検査、血液検査があります。呼吸機能検査では肺活量を含めた肺の機能を調べます。画像検査にはX線写真やCT検査などがあり、X線写真では肺全体が白っぽくみえる“すりガラス様陰影”や、網の目のような陰影を示す“網状影”という所見が多くみられます。CT検査では肺が蜂の巣のようにみえるハニカムラング(蜂巣肺)という所見が特徴的で、肺全体のどのくらいの割合を占めるのかを定期的に評価します。血液検査では“KL-6”や“SP-A”、“SP-D”という間質性肺炎の程度を示すマーカーが増えているかを確認します。
まったく症状の進行が認められない場合には、治療の必要はありません。しかし、たとえ現時点で軽症であっても症状や検査所見で病気の進行が認められるならば、ただちに治療を開始する必要があります。具体的な目安としては、6~12か月で肺活量が5~10%以上低下している場合、労作時の低酸素血症(血液中の酸素が減少した状態)や呼吸困難などの自覚症状がある場合、CT検査で線維化の進行が確認された場合などが考えられます。
抗線維化薬が治療の主役です。現在、特発性肺線維症に対して使用できる薬剤は2種類あり、肺線維化の進行を抑えるはたらきがあります。どちらも生命予後の改善など一定の効果が確認されている薬ですが、薬によって光線過敏症*や食欲低下、下痢や肝機能障害などの副作用が現れることがあります。副作用を理由に治療を中止せざるを得ない患者さんも少なくないため、対症療法を併用しながらどれだけ長い期間治療を続けられるかが生命予後に寄与します。
なお、経過の予測が難しい病気であるため、たとえ症状が安定していたとしても診断後は定期的な受診が必要です。
*光線過敏症:日光に当たることで、かゆみを伴う発疹が現れる症状。
特発性肺線維症の患者さんは、病気の進行や治療薬の副作用でさまざまな症状と向き合う必要があります。そのため抗線維化薬による治療だけでなく、そのほかの対症療法やリハビリテーション、メンタルケアなどを含む患者さんのトータルケアが重要です。
たとえば、主な症状である呼吸困難が進行すると在宅酸素療法が必要になったり、寝たきりにならないようリハビリテーションを行ったりするケースがあります。また、呼吸困難は患者さんに大きな苦痛をもたらすため、うつ病発症のリスクが高いといわれています。このため、苦痛を和らげる緩和ケアやメンタルケアにも早い段階から取り組むことが大切です。
生命予後に関する予測も難しいため、治療を開始したときや急性増悪が生じたとき、在宅酸素療法を導入したときなど変化があったタイミングで、予想される今後の経過については家族や友人を含めて話し合っていただきたいと思います。
長期間治療が必要と診断された患者さんとご家族にとって、経済面の支援も重要です。我が国では、長期の治療が必要な患者さんを支援するために指定難病に対する“医療費助成制度”があります。
特発性肺線維症に関しては病状が進行する前に治療を開始するのが重要であることを踏まえて、比較的軽症の患者さんであっても医療費総額33,300円を超える月が年間3回以上ある場合には医療費助成の申請が可能です。このような制度も活用しながら、軽症の段階から治療をスタートして予後の悪化を可能な限り防いでいただきたいと思います。
現在使用できる抗線維化薬は2種類のみですが、少しでも生命予後を改善するためにいくつもの臨床試験がすでに始まっています。たとえば、効果はあるものの副作用の強い抗線維化薬を吸入薬にすることで、治療効果を維持したまま副作用を軽減することができないかといった研究です。
また、現場で使用できる2剤を用いても症状が進行してしまう患者さんに対しては、さらに薬を追加する多剤併用療法の研究も進められており今後の治療の主流になることが考えられます。
間質性肺炎の一型である特発性肺線維症は、早期の受診と診断、治療開始がその後の経過に影響する病気です。進行し過ぎて肺の機能が落ちてしまってからでは治療の効果も乏しく、予後がさらに悪化してしまいます。そのため特発性肺線維症が疑われる場合は、できるだけ早く間質性肺炎の診断・治療を専門とする医師を受診することが大切です。
また、家族や友人など周囲の方たちの支援も不可欠です。周囲の方が病気について理解していれば、急に息切れの症状が悪化したなど急性増悪が疑われる変化に気が付いて受診を促してくださる場合もあります。
特発性肺線維症の治療は今も研究が進められていますが、早期発見・早期治療が重要なことは変わりません。空咳が長引くときや運動時の呼吸困難があるときには、可能な限り早く受診するようにしましょう。
東邦大学医学部内科学講座呼吸器内科学分野(大森) 客員教授、東邦大学医療センター 大森病院間質性肺炎センター 顧問、医療法人社団同友会春日クリニック 医員
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