外部から見えてしまう顔や体の「傷あと」は、私たちの心に深い影を落とす要因となることもあります。傷あと治療の第一者として知られる慶應義塾大学病院形成外科の教授・貴志和生先生は、白く隆起した小さな切り傷や、色素沈着を起こした打撲痕など、どのような傷あとであっても「気になるようであれば、ぜひ形成外科を受診して欲しい」と語ります。本記事では、症例写真と共に、傷あとの種類や治療法についてご解説いただきました。
体の表面を覆う皮膚は、外界と接する(1)表皮と、コラーゲン線維やエラスチン線維などの成分により構成される(2)真皮により成り立ちます。
軽い怪我などにより表皮のみを損傷した場合、傷が治癒していくとともに表皮も再生するため、「傷あと」は残りません。しかし、傷がその下層の真皮まで及んだ場合、損傷部は線維化してしまい、完全には再生しないため、「傷あと」として残ってしまいます。
そのため、日常生活中にできたごく小さな切り傷などでも、傷の到達度によってはあとが残ることがあります。
正常な皮膚の表面には、皮溝と皮丘により作り出される網目状の“きめ”があります。皮丘には汗腺で作られた汗の出口である汗孔、皮溝には毛穴があります。
一方、傷あととなった部分は、正常な皮膚とは異なる以下のような特徴を持っており、私たちはこれを「傷あとの定義」としています。
※損傷部位やその周囲がミミズ腫れのように赤く盛り上がる「ケロイド」や「肥厚性瘢痕」は、病的な状態(異常瘢痕)であり、正常な治癒過程で残る傷あととは異なるため、本記事では除外するものとします。
- 皮膚の“きめ”がなくなっている、もしくは乱れている。
- 毛包や汗腺など皮膚付属器がなくなっている。
- 色素沈着または色素脱失を起こしている。
- 毛細血管が増えている。
- 隆起または陥凹している。
(参照:慶應義塾大学 形成外科学教室WEBサイト)
”きめ”や毛包や汗腺を失った皮膚はてかてかとした質感に変わり、色素沈着を起こした皮膚は茶色や赤黒い色を呈します。また、傷ができると一時的に新たな血管が生じますが、この新生血管が消失せずに残ってしまい皮膚が赤っぽい色になることもあります。
切り傷のあとが白くなり隆起することもありますが、これは傷の修復過程で新たに作られた肉芽組織が線維化するためです。
傷あとの見た目に違いがあるのは、このようにメカニズムが異なるからなのです。
受傷原因や大小によらず、全ての傷あとが治療の対象となります。体表に気になる傷あとがあるようであれば、ぜひ形成外科を受診してください。
当科で治療することの多い傷あとの代表例には、顔面や頭部の傷あと、やけどの跡、リストカット後の跡などがあります。
傷あとには、以下のように色々なタイプがあります。
当科で特にみる機会が多いのは、転倒などがきっかけでとなった顔面の傷あとです。
また、毛髪が消失している頭部の傷あとも、目立ってしまうため治療を希望される方が多々見受けられます。ある程度幅が広い場合は、まず瘢痕(傷あとの部分)を縫い縮め、それでも傷あとが目立つ場合は、「自毛移植」を行います。この際、毛髪だけを移植しても再び抜けてしまうため、「花の苗」を植えるようなイメージで、他の部位の毛髪の周囲の組織も共に移植します。
傷あとではありませんが、男性型脱毛(PHL/旧名称・AGA)の手術治療も、形成外科で行っています。上述したように、周辺組織と共に自毛を移植することで、毛がしっかりと生着するため、新たな毛髪も徐々に生えてきます。
一方、アトピー性皮膚炎による湿疹などの皮膚症状や、掻きむしってできた浅い傷の治療は、アトピー性皮膚炎の治療が主になりますので、形成外科ではなく皮膚科で行います。冒頭で、当科では全ての傷あとを治療対象としていると述べましたが、アトピー性皮膚炎の患者さんが皮膚を掻きむしってしまいできた傷は、いわゆる「瘢痕」として残ってしまうほど深いものではありません。
傷あとの治療法は多岐にわたりますが、ここでは多くの施設で行われる一般的な治療法として、5つの手術法をご紹介します。
【対象となる傷あとの特徴】
隆起もしくは陥没している傷あと・幅が広い傷あと
【方法】
傷あとの手術のなかでも、最も低侵襲でシンプルな方法です。
切除縫合術という名の通り、傷あととなっている部分を取り除き、周囲の皮膚を寄せて縫合します。
傷あとの幅が広く、一回で縫い縮めることができない場合は、半年以上の時間を空け、皮膚の再生を待って再度同様の手術を行います。これを「分割切除術」といいます。
【対象となる傷あとの特徴】
切除縫合術では皮膚に歪みが生じてしまう部位にできた傷あと/幅の広い傷あと(例:広範囲に及ぶリストカットの跡)
【方法】
腹部など、目立たない部位から皮膚組織を切り取り、傷あと部分へと移植する方法です。
植皮術は、「全層植皮」と「分層植皮」にわけられます。全層植皮では、皮膚(表皮・真皮)だけでなく、その下層の皮下脂肪も移植片として切り取るため、よりしなやかで見た目にも違和感の少ない仕上がりを目指せます。
分層植皮は表皮と真皮を薄く切り取るため、移植後の患部の見た目は、全層植皮に比べ劣ります。
ただし、生着率は分層植皮のほうが高いため、悪性腫瘍の摘出後や重いやけどを負った直後など、急いで皮膚移植を行わねばならない場合には積極的に用いられます。
【対象となる傷あとの特徴】
広範囲に及ぶ傷あと
【方法】
正常な皮膚の下にシリコン製の水風船を埋め込み、2~3か月かけて風船を膨らませ、皮膚をのばしていきます。切除した傷あと部分を、伸びた皮膚で覆うように補填し、縫合します。分割切除術と同様、一度の手術で補填しきれないほど傷あと部分が大きい場合は、1年ほどの時間を空けて皮膚の再生を待ち、再度水風船を埋め込んで2度目の治療を行います。
【対象となる傷あとの特徴】
色素脱失を起こした傷あと・幅が広く柔らかい傷あと
【方法】
傷あと部分の皮膚表面を、カミソリのような特殊な医療器具で削り取ります。削り取った皮膚(もしくは他の部位から切除した皮膚)を非常に細かな粒状に切り刻んで、削り取った傷あと部分に移植します。これにより、皮膚の質感が改善します。
【対象となる傷あとの特徴】
毛髪・毛包が消失している頭部の傷あと
【方法】
以下の方法を組み合わせます。
●傷あと部分の縁の皮膚にかかる緊張を可能な限り抑える
●皮膚縫合部に毛包を誘導する
●自毛移植(毛髪とその周辺組織の移植)
これにより、頭部の傷あとを「ほとんどわからない」といってよい状態にまで治すことが可能になりました。
前項では、代表的な手術治療について解説しましたが、当科では、傷あとのタイプや部位、患者さんのご希望に応じ、レーザー治療や軟膏などを用いた薬物療法も行っています。
たとえば、色素沈着を起こしている傷あとには、Qスイッチルビーレーザー治療と軟膏療法を組み合わせて行います。
また、毛細血管が拡張し、皮膚が赤くなっている(発赤)傷あとには、色素レーザーも用います。
次の記事『治らないニキビやリストカットの跡、やけどの傷あとを病院ではどう治療する?』では、やけどの跡やリストカットの跡の治療など、受傷したきっかけごとの代表的な治療法をご紹介します。
慶應義塾大学医学部形成外科学教室 教授・診療科部長
貴志 和生 先生の所属医療機関
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