全身性強皮症(以下、強皮症)の原因は未だ解明されておらず、治療の決め手となるような有効な薬剤がないことが大きな課題となっています。しかし現在、有効な治療薬となる可能性があるいくつもの薬剤が臨床試験に入っています。日本医科大学付属病院リウマチ・膠原病内科部長であり、同大学院医学研究科 アレルギー膠原病内科学分野教授の桑名正隆先生に、強皮症治療薬の開発状況や国際的な研究への取り組みについてお話をうかがいました。
これまで実施された強皮症の治験は、いずれも失敗に終わっています。当然、薬そのものに効果がなかった可能性もあるのですが、国際的なエキスパートの集まりで現在議論されているのは、治験のやり方が良くなかったのではないかということです。
治験に組み入れる患者さんを均一化して、より薬の効果を判定しやすい進行例を組み入れれば差が出たはずなのに、無治療でも進行が止まったり改善するタイプの患者さんが多数含まれていたことで正しく評価ができなかった可能性が指摘されているのです。また、強皮症の患者さんの症状は多彩で、患者さん毎に症状や病態は大きく異なります。当然ながら、有効な治療法も患者さん毎に異なる可能性があります。
それぞれの患者さんに、ある特定の治療薬が効く・効かないという個人差があるのと同時に、もうひとつ重要なポイントは「時期」です。発症して早い時期であればまだ効く余地があっても、時間が経ってしまったらどんな治療をしても効かない患者さんがいるからです。
これまで蓄積してきた多くのコホート研究(特定の集団を対象として経過を追跡する観察研究)の結果から、どのような患者さんであれば病気が進行するか、言い換えれば治療の効果がみやすいかがわかってきています。今行われている治験はすべて、基本的にはこれらの要素を組み込んだプロトコール(実施要領)で実施されています。
現在進行中の治験では、組み入れた時点と、ある一定期間治験薬を投与した後の患者さんの生体情報を得るようにしています。たとえ全体として臨床試験で治療効果が得られなかったとしても、皮膚や血液などの生体情報を組み合わせることで特定の特徴を持った患者さんに対してのみ効くことが証明できれば、特定の患者さんの治療薬として使用できる可能性があるからです。
そのために患者さんの遺伝情報、皮膚や末梢血の遺伝子発現のプロフィールなど、さまざまな情報を同時にとっておき、「ある特定の型の患者さんであればこの薬が効く」というオーダーメイド医療を視野に入れて、現在治験を進めています。ただ単にある薬の効果を調べて、承認のためだけに治験を行うのではなく、患者さんにご協力頂く貴重な機会を最大限に活かして将来的な研究や創薬に結びつけることを世界的に取り組んでいます。
欧米、中国や韓国では、強皮症の患者さんを登録して臨床情報を前向きに収集していくコホートと呼ばれる取り組みが以前より進められています。しかし残念なことに日本はこの分野で大きく遅れています。かつては行政主導で特定疾患(現在は指定難病)の研究班が設置され、申請情報を登録していました。しかし今は国の方針で予算が縮小されてしまった事情があり、行政主導でそのような取り組みが難しくなっています。
その場合、次の取り纏め機関として学会の可能性もあるのですが、強皮症の診療には日本リウマチ学会だけではなく、日本皮膚科学会、日本呼吸器学会などさまざまな分野の医師が関わるという背景があります。特定の学会で扱っている疾患でないために、残念ながらなかなか取り組みが進んでいません。
海外に目を向けると、政府や学会の主導で推進しているコホートもありますが、複数の製薬会社からのドネーション(寄付)、あるいはコンソーシアム(共同事業体)を作るケースも多くみられます。社会的状況の違いがあるとはいえ、残念ながらこの領域では日本は後進国であると言わざるを得ません。アジアでは韓国のほうが大きく進んでいて、国を挙げて強皮症をはじめとした稀少疾患、難病への取り組みを行っています。
そこで私たちが現在進めているのは、海外で行われているコホートに積極的に加わっていくということです。海外での大きな枠組みの中に少しでも日本人の情報を入れていくことによって、世界的に貢献をするだけではなく、日本人と他の民族との比較などを将来的に活用できればと考えています。
日本医科大学 大学院医学研究科アレルギー膠原病内科学分野 大学院教授 、日本医科大学付属病院 リウマチ・膠原病内科 部長、強皮症・筋炎先進医療センター センター長
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